金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

Information

――人生120年と言われるように日本人は長生きしている…。

 岸本 私は今年で61歳だ。人生が120年だとすると、残された60年はこれから社会に出る人たちの役に立ちたいと考えている。そのための具体的な行動として、3年前から「常若甲子園」というプログラムを始めた。これは、中学生や高校生が自分の職業人生をみつけるためのキャリア形成のサポートだ。現在の学習指導要領には小中高でキャリア形成できるようにカリキュラムが組まれているが、皆が納得する方法論があるわけではない。そこで、自分の人生の目的を見つけた人がその考えを発表する場となる「常若甲子園」を考案した。一人100秒程度で、自分の人生の目的とそれに向けた具体的な活動を動画で制作し、YouTubeに流すというものだ。それを見て、自分と同じ目的を持つ人や共感する人達が繋がり、その輪が目標に向かう気持ちを後押しするような場になればと考えている。「若常甲子園」は3年前に26人の小学生と高校生で始めた。最初は高校生の参加だけを考えていたが、小学生の推薦が二人あった。また、自分が生きてきた経験を伝えたいという70、80歳代から参加希望があった。大人の参加は、道なき道を歩む高校生の力になると実感している。どんな場所にいるか、どんな教育を受けているか、そういった事は全く関係なく皆に利用して欲しい。自分の将来目標がSNS上で複数の人と繋がり、その色がだんだん濃くなれば、実現の可能性も濃くなってくるだろう。今の時代はインターネットを使って色々な人と繋がることが出来る。自分の職業人生を考える中で、そういったネット技術の利点を大いに利用してもらいたい。

――生成AIなどデジタル技術が人の生き方を変える可能性もある…。

 岸本 『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2100年の世界を描く中で「100年後の人類は今よりもっとヒューマニタリアンになっている」と綴っている。技術の進歩に伴って人間の生活は変わっていくが、一方で、人間の気持ちはより人道的になっていくという予想だ。仮にそういう可能性があるならば、100年後の日本はどのように技術発展し、その結果どのような暮らしを求めていくのだろうか。そういった興味から、私は町や村に住む方々の暮らしを観察し始めた。驚いたのは、都会で生まれて豊かに育ってきたのに、わざわざ離島や郡部に移住している人が多くいるということだ。「自分はお金を払って欲しいものを自由に買うことができるが、何かを作ることはできない。消費者の身体しかもっていない自分自身にうろたえ、果たして自分は何かを作り出せるのか、或いはそういう生活が出来るのかを試したいから来ている」という答えは都会で生まれ育った人の実感かもしれないと思った。話を聞いた人の中には、大阪大学の物理学博士課程を修了した女性や、東京の有名私立大学を卒業後に外資系金融機関に就職した若者がいた。人々の生活というものは、生まれた場所や親の職業によって違ってくると思うが、そのことに疑問を持つ子供がいるというのは意外な発見だった。少なくとも私はそういった疑問を持たなかったからだ。

――敢えて田舎に移住する人々が続出する現象から考えられることは…。

 岸本 私が住む世田谷区の集合住宅には約100世帯が住んでいるが、知り合いは5世帯もいない。近所と言っても隣に住んでいるだけの関係だ。ゴミ出し日のルールを守らない人や、自転車を自分勝手に置く人もいる。顔の見えない人間関係がもたらすストレスや社会的諸問題は多い。それが町や村への移住を促す要因になっていたり、都会の人たちが自分たちのライフスタイルを考え直すきっかけになっているのかもしれない。顔の見える人間関係を求めるライフスタイルの変化があるとすれば、それは今後の日本にどのような影響をもたらすのだろうか。小さい頃、家族で海水浴に行った。夕焼けを見ながら砂浜で感じた海のにおいは今でも懐かしい思い出だ。「五感を全部使って生きる」中で感じた気持ちはAI(人工知能)を使って文字表現することは難しい。他にも、死んだらどこに行くのか、生まれる前はどこにいたのかといった、目に見えない世界についてAIはどこまで関与できるだろうか。AIが発達していく中で、人間の関心は知識と情報から「感性」へと移っていくのではないか。

――AIの発達によりむしろ感性が重要になると…。

 岸本 IT技術の発達によって、パソコンさえあれば仕事ができるようになった。一方で、だからこそ人と一緒に何かをしたり、人の為に何かをするという事が大切な時代になっているように感じている。今のAIのラーニング機能では人の会話を数時間聞くだけで、その人が言いたいことが大体わかるようになるとも言われており、話す機能の付いたコンピューターが一台あれば一人でも生きていけると思っている人もいるかもしれないが、コンピューターに出来る事は「自分がしてもらいたい事」であり、「自分がしたい事」を決めることが私たちの大事な仕事になる。「自分の好きなことが人の役に立ち、且つ、それで生計がたてられる」というのが理想だろう。私たちの毎日は、何かをしたからお金が貰えるという「稼ぎの時間」としたいこと、しなければならないことをする「仕事の時間」の組み合わせでできている。後者の例は、コンクールへの出展の準備や、高校生の子供の弁当作りだ。好きなことであればうまくいかなくても踏ん張りがきく。「好きだ」という想いと紐づけながら職業人生を歩んでいけば、変化の速いこれからの時代、何かがあった時にも志を持って打開していくことができるのではないか。自分の好きな事や、やりたいこと、自分ごとに惹きつけてキャリア形成を一人ひとりが取り組めるよう学校教育の方法論が求められていると感じている。これから5年ないし10年、AIと人間の役割分担の線は明らかに変化していくだろう。それに伴って小中高校の教育内容は、今後の人間がやるべき事は何なのかを見据えて子供たちの教育方針を考えていかなければならない。ITを教えるということというよりも、個々人の人生のプランニングを助けるという観点だ。

――教育方針を考える現場の状況は…。

 岸本 昨年、全日本教職員連盟のシンポジウムに参加した。テーマは「学校のウェルビーイング」で、教職員や生徒の親、子ども自身のウェルビーイング(満足度)を考えるものだった。その場にいた教職員の雰囲気は「自分たちの幸福度よりも親や子供の満足度を高めたい」という感じだった。すばらしい考えだが、教職員の負担は過重になっており、病気で休む教師の割合も高い。先ずは教職員のウェルビーイングを改善しなければ生徒へのサービスの改善は難しいと感じている。規模の経済が働く部門は小さくなった。隣の人と同じ仕事をするのは人気がない。1000人生徒がいれば人生は全て異なる。しかし学校教育の方針は一つの方向に導き順位づけすることが基本だ。順位づけができないことがたくさんあることを思い出さないといけない。校則にしても犯罪や安全に関わることに絞って良いのではないか。土台にメスを入れてこそ、学習する内容を見直したり、個別最適教育を広げる意義が出てくる。

――これからの抱負は…。

 岸本 「常若甲子園」や、学校教育におけるキャリア形成に加え、お金をかけずに志と知恵で健康と教育の問題を解決することを考え、形にしていきたい。国と地方の財政赤字は、早晩行政サービスを見直すことを迫るだろう。フロントに立つ市町村が教育、医療、福祉を見直さざるを得なくなる。そうなった時に慌てなくてよいように、健康と教育は自分たちのお金と知恵で解決していくという住民自治の考え方に立って民間事業を発展させたいと思っている。同時に、厳しい労働環境にある医療福祉従事者や学校の教職員がゆとりをもって生活できるようになればと思っている。[B]

――日本の半導体産業が弱体化した原因をどう見るか…。

 大塚 日銀で半導体の調査担当をしていた約40年前は、日本が世界の半導体シェアの6割を占めていた最盛期だった。そこから今日の状況に至ってしまった理由はいくつかあるが、そのひとつはバブル崩壊後に「3つの過剰」解消がブームになってしまったことだと思う。1999年の経済白書に盛り込まれた「3つの過剰」の3つとは「債務・設備・雇用」を指す。バブル崩壊後の経済再生を目指していた日本ではこの3つを削ることができる経営者が良い経営者と言われるようになった。しかし、設備を削ったら何もできない、設備を得るには借金も必要だ、最後は何をするにも人材が頼りだが、その3つを削れと号令をかけた日本が成長するはずがない。雇用過剰を解消するために半導体メーカーはエンジニアをリストラしたが、その多くが中国や韓国の半導体メーカーに雇用され、結果的に中国や韓国の技術力向上につながった。その頃、1987年に創業した台湾TSMCの創業者モリス・チャンは「収益を計上する余力があれば、すべて技術開発と人材育成に投入しろ」と指示していた。韓国サムソンの創業者李秉喆(イ・ビョンチョル)は「不景気の時こそ設備投資しろ」として、積極的に半導体設備投資を進めていた。その間、中国では1992年以降、鄧小平が「南巡講話」で改革開放を訴え、安い労働力を売りに中国への投資を呼び掛け、日本企業は競って中国に進出していった。これに対し台湾総統の李登輝は、「戒急用忍」つまり「急がば回れ」という大号令を出し、「重要な産業は大陸に持って行ってはならない。とりわけ半導体産業の国外持ち出しを禁じる」として1995年に対中貿易制限法を制定して自国の産業保護に腐心していた。以上のような経緯を振り返ると、現在の日の丸半導体の低迷は、わが国の政財界の注意力不足、判断ミスと言わざるを得ない。

――半導体分野で戦略的に日本が競争力を確保できる分野を開拓することが急務だ…。

 大塚 半導体製造プロセスにおいて、中流工程のシリコンインゴットの分野は日本とドイツの優位性が維持されている。しかし、さらに上流の原材料の硅石は地球上のどこでも採掘できるにもかかわらず、精錬された高純度シリコンはブラジル、ノルウェー、中国など一部の国がシェアを占めている。それは、精錬して高純度シリコンにする過程で膨大な電力を消費するため、電力料金の安い国が優位ということだ。これについては、生前の安倍元首相に「せっかく中流で優位なのだから、上流で他国に依存するリスクを回避するため、国策として硅石の精錬メーカーに安い電力を供給して国内生産してはどうか」と提言したことがある。また、半導体チップに微細な配線を焼き付けることができるEUV(Extreme UltraViolet:極端紫外線)露光装置はオランダASMLの独壇場であるが、EUVは1986年に日本人が発明した技術だ。また、次の半導体材料のひとつと言われているカーボンナノチューブも日本人が1991年に発明したものだが、今や中国と米国にリードされている。日本は自ら開発したテクノロジーや技術を製品化に活かすことができない体質が根付いてしまったが、これは国の産業政策や企業経営者の問題だ。日本は労働生産性が低いのではなく、政策や経営の生産性が低いと言うべきだろう。究極の半導体材料とも言われる人工ダイヤモンドの実用化が迫っている。この分野でも過去の轍を踏まないように日本のエンジニアや企業の奮闘を期待したい。政策や経営が現場の邪魔をしては、本末転倒だ。

――日本は技術を盗まれることが上手だ(笑)…。

 大塚 世界的には半導体の微細化は限界を迎えており、次は積層化技術が主戦場になる。さらに微細化するといっても2ナノメートルぐらいまでが限界だということはサムスンやインテルも分かっていることだ。日本はベルギーのimec(アイメック)という半導体研究機関と組んで2~3年後に2ナノメートルまでの技術を獲得しようとしているが、ここで注意が必要なのは、imecは逆に日本の積層化技術に注目していることだ。日本にもimecと組むメリットはあるが、imec側にもメリットがあるからこそ日本と組んだということを肝に銘じる必要がある。過去と同じ轍を踏まないように、合意や提携は相手にもメリットがあるから成立するということを念頭に置かなければならない。西側諸国として対中国、対ロシアの価値観を共有しているから協力してくれるというような綺麗ごと、表面的な話ではない。現状では日本の優位性が維持されている積層化技術が流出しないような注意力と戦略的運営が肝要だ。日本が守るべきものは何かということを、政府、産業界が共有し、注意深く他国との提携や協力を進めることが大切だ。

――台湾のTSMCが熊本に半導体工場を建設する…。

 大塚 喜ぶべき話ではあるが、日本が誘致できたTSMCの工場は最先端ではない。半導体集積回路には、ロジック半導体、パワー半導体、センサー半導体など様々なカテゴリーがある。1980年代に日本が半導体業界の中心にいたころは、家電に搭載されるパワー半導体を日本が制覇していた。日本はパワー半導体では現在も優位な立場にあるが、スマホやパソコンのCPUとして使われるロジック半導体では完全に劣後している。4年ほど前、経済産業省に各国メーカーが何ナノメートルまで微細化が実用化されているかを比較図にしてもらったところ、サムスン、インテル、ファーウェイ子会社ハイシリコン等は5ナノメートル前後だったが、その時点で日本は40ナノメートルと桁違いに遅れていた。パワー半導体中心の日本の微細化技術力の相対的地位は現在も変わっていない。日本企業は「半導体は消耗品だから安い国から買えばいい」と考えていたことが災いした。ロジック半導体は産業の生命線を握っている。TSMCは最先端技術を日本には持ち込まず、熊本工場もせいぜい2桁台のナノメートルにとどまるはずだ。台湾は中国対策として製造拠点を世界各地に分散させていく必要があり、その一環として熊本に工場を作った。どの程度の技術を熊本に持ち込むかは、日本との交渉次第だろう。imecの場合と同様、日本固有の技術を適切にブロックしつつ、バーターとして微細化の技術を引き出す必要がある。

――半導体問題に関心を持ったきっかけは…。

 大塚 日銀の新人時代に産業調査を担当した時から関心は維持している。微細化やGPU等の新しい要素は続々と登場しているが、上流から下流までの基本的産業構造は変わっていない。1980年代に当時の半導体メーカーや信越化学等から学ばせてもらった基礎知識は基本的に陳腐化しておらず、現在もその延長線上にある。2010年代に入って意識的にフォローアップしているのは、この分野に関してある程度の知見や土地勘を持たないと産業や経済の先行きを見通せないからだ。岸田政権の評価すべき点は、日本の給料が30年間上がっていないこと、半導体産業を含めた日本の競争力が低下していることを認めた点だ。実質賃金や産業競争力に関して安倍元首相とも国会で議論してきたが、安倍さんは常に総雇用者所得や労働生産性の話に転じていったため、議論は深まらなかった。上述のような半導体の産業構造のことも議論したことがあるが、やはり労働生産性の話に転じていった。労働生産性は「結果」であって「原因」ではない。政策や経営の生産性が高くなければ競争力は維持できない。政策や経営の拙さ故に売上や利益が増えなければ、労働力で除した労働生産性が低下するのは当たり前だ。

――ようやく経済安全保障の議論が一般的になってきた…。

 大塚 半導体以外にも経済安全保障の論点は多岐にわたっているが、ようやく議論できる土壌ができてきた。2014年に国家安全保障局を作ったことは安倍元首相の功績の1つだが、経済班は2020年に設立された。2020年3月、コロナ禍の中で安倍元首相に経済班の対応を質したところ「経済班はまだ作っていない」との答弁が返ってきた。そこで経済班設置の必要性を説き、翌4月に設立された。こうした経緯もあるので、国家安全保障局経済班とは断続的に意見交換しているが、その延長線上で外国人土地取得規制法案も提出した。中国人と中国企業は日本の土地を取得できるのに、日本人と日本企業は中国の土地を取得できないのは相互主義に反する。こうした当たり前の国益の話がようやく真正面からできるようになったことは前進と言える。[B][N]

――「CFO思考」(ダイヤモンド社)という本を著された…。

 徳成 私は過去にペンネームで十数冊の本を書いたが、今回の本は初めて実名で記した。長年、海外駐在も含めグローバルな金融の世界で働いてきた中で、日本社会の弱点として感じたことが金融リテラシーだ。日本には金融リテラシーの義務教育がなく、一般の事業会社では企業に入ってからも教えない。そんな中で、政府の「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、DC年金やつみたてNISAなどを薦められても、普通のビジネスパーソンにはよくわからないだろうと思い、投資や金融リテラシーの本をペンネームで書いてきた。私は三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に新卒入社して運用業務と融資業務を、そして三菱UFJフィナンシャル・グループとメーカーのニコンではCFOとして資金を調達するなど、多様なポジションを経験した。三菱UFJ時代には米国子銀行の取締役も経験し、その中で、日本の財務経理担当役員と欧米流のCFOの違いを大きく感じた。世界には色々なタイプの投資家がいるが、資本市場の歴史が浅い日本ではそういった投資家に対応できるCFOが育っていない。そこで、今回は実名で、日本の伝統的な企業の財務経理担当者に向けて、グローバル基準のCFOを目指して欲しいとこの本を書いた。スタートアップ企業の若手経営者の皆さんも読んでくださっていると知り、日本経済への希望を感じている。

――ニコンのCFOとして就任したのは2020年4月。苦労したことは…。

 徳成 ニコンは過去2度、早期退職を実施したため中間管理職が少ない。そのため、昨年1年間の採用は新卒よりもキャリア採用の方が多く、現在の管理職も約3割はキャリア採用だ。技術者の採用も、これまでのモノを作る技術者よりもデータやソフトウェア関連の知識を持った技術者を多く採用している。こういった変革は現社長の馬立のもとで進められている。私がニコンに入社した1週間後にコロナ禍による緊急事態宣言が出て在宅勤務となったため、部下の顔も覚える暇がなかった。飲み会にも行けずコミュニケーションも図れない中で、会社の状況を把握するのは大変だった。しかし、コロナ禍で売り上げが一気に低下して赤字になったことで、皆の危機意識にスイッチが入り色々なことが進んだ。それはむしろ良かった事だ。

――CFOとしてコロナ禍に進めた事は…。

 徳成 当時は創業103年の歴史の中でも最大の赤字状況にあり、先ずはそれを止血すること、次にビジネスモデルの変革、そして次の成長の種を蒔くことが私の仕事だった。そのような考えのもと、一眼レフからミラーレスにシフトし、ミドル・ハイエンド商品に絞ったことで、スマートフォンに押されて2年連続赤字だったカメラを扱う映像事業は完全に黒字になった。今では稼ぎ頭だ。現代はスマホを使って写真を撮り、それを編集してSNS上に載せる事が誰でもできる。それは裏を返せば映像表現の面白さを誰にでも感じてもらえる環境にあるということだ。そのうちの何割かの人々がスマホに飽き足らず、他の人とは一味違う写真を撮りたいと考え、我々のミドル・ハイエンド商品に興味を持ってもらえれば良い。また、これまで「ニコン製」という完成品に拘っていたものを、部品などのコンポーネント、要は中間製品の生産・販売に注力するよう、新しく事業を立ち上げた。その事業部門は初年度1億円だった利益が一昨年度127億円、昨年度は146億円と急伸した。半導体が稠密化していく中、我々がこれまでに半導体露光装置で培ってきた色々な技術が、半導体関連のメーカーの皆様の悩みに応えることができるのではないかと考えたことが的中した。今は、新しい成長の種となる光の技術を使って、サステナブルな新しい世の中をつくり上げるという成長戦略を立てて取り組んでいるところだ。例えば、レーザーによる様々な金属加工を実現する当社の「光加工機」は、飛行機の表面をサメ肌の形状に加工して空気抵抗を低減し、燃料費及びCO2排出量の削減に貢献出来る。この技術はすでにANAとJALの航空機でテスト採用されている。

――変革を遂げる中で、アクティビストの意見と衝突するようなことは…。

 徳成 広義でのアクティビストとはお付き合いがあるため、当然色々なご意見を頂く。基本的に投資家はそれぞれ違った意見があり、株主配当が良いという人もいれば、株主還元を増やすよりもM&Aに資金を投入した方が良いと考える人もいる。アクティビストといっても議決権行使で通らなければ、その提案は意味がないということをわかっているため、取締役会で納得してもらえるような提案や、他の株主から賛成票が貰えるような、まっとうな提案をしてくるケースも増えているようだ。CFOとしては、フィルターの役を果たし、理不尽な要求には応じないが、会社のためになる提案と考えれば取締役会で議論をするという姿勢が大切だと思う。普通の株主は意見が通らなければ株を売却して終わりだ。不満を持った株主の皆様が何も意見を言わずに黙って離れていってしまうことのほうが実は怖い。

――株主から短期的に利益を求められ、自社株買いに走るような企業もあるが…。

 徳成 当社は自社株買いもしているが、それほど大規模ではなく、中期経営計画でも配分可能原資の約9割は成長戦略のためのM&A、設備投資、R&Dに使い、残りの1割を株主還元に使うと明記している。株価を短期に上げるには株主還元の割合を増やした方が良いのは明らかだが、我々はそうしていない。それを株主の皆様は御理解くださり、評価してくださっている。だからこそ株価も上がってきているのだと感じている。また、こういった我々のスタンスを評価してくださる投資家を選び、株主になってもらえるようお願いしに行くのも私の仕事だ。最近では長期保有が期待できる年金基金やソブリンファンドなどにも会ってもらえるようになってきた。長期安定株主の存在は、他の投資家の方々にとっても安心材料となる。実際に当社の株主にはそのような長期投資家が増えてきており、私はその期待を裏切らないようにこれからも努めていく。

――一般の事業会社のCFOについて思う事は…。

 徳成 CFOになるためには、先ず数字がわかる事が大事で、次にコミュニケーション能力の高さが求められる。欧米やアジアでは女性のCFOも非常に多く、三菱UFJが出資したタイのアユタヤ銀行やインドネシアのバンクダナモンでも女性CFOが活躍していた。日本の女性達にも期待している。また、CFOは業態を変えても活躍できるのも魅力だ。モルガンスタンレーの元CFOはグーグルのCFOとして手腕を振るい、米ゴールドマン・サックスの財務担当者もX(旧ツイッター)に迎え入れられた。GAFAがこれだけ伸びたのは業種を跨いで異動したプロCFOの力だと言っても過言ではないだろう。今、スタートアップで頑張っている日本企業のCFOも、ベンチャーキャピタルとして資金調達に奔走するという、企業として一番大変なところを経験していると思う。そういった人たちがこの本を手に取り、評価してくれているのは、私としても大変喜ばしい。

――取締役と執行役を分離させる方向となっている日本のコーポレートガバナンスについて…。

 徳成 現在のコーポレートガバナンス・コードでは、日本の企業が十分にリスクを取っていないことについて「社外取締役を入れることで健全なリスクテイクを後押しする役割をすべきだ」とされている。しかし、それはなかなか難しいと思う。経営者として成功された大企業の社長や会長が社外取締役となったとしても、彼らはどちらかというと会社が永続することに重きを置いていらっしゃる。監視役としての役割を果たしておられる方に、リスクを取るよう提言する役割を期待する事は無理があると思う。アメリカではBoard3.0が話題となり、PE(プライベート・エイクティ)など長期投資家代表を積極的に取締役会に入れていく事が提言されているが、日本では現実的ではない。日本企業で健全なリスクテイクを進めていくために私が考えるのは、社外取締役として、別の会社でCFOを務めていた人物もしくは証券会社のアナリストなど、資本市場に精通している人や投資家と関わった経験のある人を入れることだ。三菱UFJフィナンシャル・グループでは、必ず他の会社でCFOを経験した人材を社外取締役に招いていた。そうすると社内のCFOと議論をすることが出来る。そうすることで取締役会での資本の使い道に関する議論も活性化する。

――金融機関の若い世代に期待することは…。

 徳成 私の古巣の金融機関のビジネスパーソンには、転職してもその人と仕事をしたいなと思われる人物になっていってほしいと思う。これからは企業サイドも、銀行や証券を金融機関の名前で選ぶのではなく、自分たちの会社の事をずっとサポートしてくれるような人物やチームと付き合っていく時代になるだろう。[B]

――法改正によって総会屋がいなくなり会社を批判できる者がいなくなった今、アクティビスト(物言う株主)は資本市場の健全化のために必要な存在だ…。

 丸木 我々は株主である以上、利潤を目的とする。株価の上昇と配当以外は何も得られない株主にとって、株主価値を上げるために必要な提言は当然の事だ。経営者は、有権者から選ばれた政治家と同様に、株主の利益のために働くということだ。「企業には色々な利害関係者がいて、給料や税金の支払い、社会貢献の問題もあり、株主だけに向くことは出来ない」という意見もあるが、それは間違っている。従業員への給料やボーナス支給、取引先への対価支払いや銀行融資への返済などは債権債務であり、それらを契約に基づいて支払う事は義務だ。しかし、株主は利益が出た時にしか配当が貰えず、損をすれば財産がなくなって終了という立場にある。そのリスクを全て背負っているからこそ、法律は株主に特別な権利を与えている。もちろん、利益を上げる手段として関係者を大切にすることは大事であり、我々は株主価値を上げるために従業員の給料を上げるよう提案をしたこともある。我々の提案をある程度受け入れてもらった結果、我々が投資して売却した会社の株価は、我々が売却した後の方が上がっているケースが殆どだ。それは我々の誇りとしているところだ。

――投資先の見つけ方は…。

 丸木 先ず、本業のキャッシュフローが安定している会社で、なおかつ、現金や有価証券、或いは本業と関係のない不動産などでアセットを持ちすぎている企業だ。そして、コーポレートガバナンスに改善の余地が多いところだ。例えば、天下りなど役員の選び方が不明瞭だったり、役員報酬の決め方が不明確だったり、いまだに買収防衛策があったりといった、改善点が多い会社を選んでいる。基本的に我々はビジネスのオペレーションには口を挟まないが、改善して欲しい事項はしっかりと会社に伝えている。100%その改善要望が通らなくても、ある程度採用してもらえれば、株価が上がってリターンが得られると考えているからだ。しかし、大抵の会社は株主が提案すると条件反射的に反対し、それが出来ない理由を考える。そして、株主の資産を使って助言会社や弁護士等のアドバイザーを雇い、「どうすればこのうるさい株主たちの言いなりにならずに済むのか」という相談をするのだが、大抵のアドバイザーは経営者に気を使ってか、耳の痛いことは言わずにオブラートに包んでしまう。それが、日本の企業統治の改善がなかなか進まない一因となっている。

――豊かな日本を長い間享受してきた人たちが、改革の必要性もその意識もないまま現場のトップから経営者となるケースが日本には多い…。

 丸木 現場では優秀でも、経営者として優秀であるとは限らない。一般的に日本人は勤勉で優秀な人が多いが、トップの人のレベルに関しては欧米や中国の方が高いと感じる。その理由は、日本ではトップとしての訓練がされていない人がトップになっているからだと思う。日本の会社に余剰資産が多い理由も、保有資産がないと何かがあった時に経営者が不安だからだ。経営に自信がないために余分な資産を持ち、資本効率性が悪くなり、そのためROEも低い。経営に自信がないのであれば、自信のある人に経営を変わってもらうべきだ。経営が失敗した時の為に資産を保有しておくのではなく、失敗しないように色々とリスクを考慮しながら経営していくのが本筋だ。株主もそれだけのリスクをとったうえで投資をしているため、経営者がきちんと考えて行動したうえでの失敗に対しては、甘受すべきだ。

――資産が株主にとってプラスになるような、例えば右肩上がりの会社の株式を持つ事については…。

 丸木 会社が保有する他社の株式のリターンで、投資家の期待に応えられる会社はまずない。必ず右肩上がりが続く株式を選別できる眼識を持っていれば別だが、素人では難しいし、仮に利益が出ても法人税が発生する。ROEは税引き後のリターンであり、それが8%以上であることを目標とするならば、日本の上場株式の平均リターンでは届くことはない。我々のような専門家でない限り、それだけのリターンを得る事はまず出来ないだろう。投資している会社が有価証券投資で利益を得ることを期待するよりも、投資家は別途自分で投資信託を買った方が良い。投資家は、その会社の本業で利益が出る事を期待して投資するものだ。企業というものは、本来の事業に必要な投資をして利益を出すことが重要だ。よく「日本の経営者はキャッシュの上に座っている」と言われるが、確かに日本の企業は安全弁を持ち過ぎている。日本は2度にわたる金融不安で、銀行が融資をしてくれないという経験からキャッシュを手放せないということかもしれないが、例えばリーマンショック後の米国で、米国企業が同じような行動をとっているかと言えば、取っていない。これは日本特有の企業行動だ。コロナ時に「日本企業はお金をため込んでいてよかった」という声が上がっていた時でも、私の知り合いの米国人は「そんな無駄なものをもっているからROIC(投下資本利益率)が上がらないのだ」と話していた。

――一方で、経済安保の観点から考えると、例えば黄金株などを持つなど対策を考えておく必要があるのではないか…。

 丸木 例えば、トヨタが持ち合い株を大量に保有しているのは、中国企業からの買収を防ぐためとの説明を聞いたことがある。しかし、「電気通信会社の株式について20%以上は外国人が保有してはならない」という規制があるように、外資から守るべき企業は外為法だけではなく、業種特有の法令で規定するのが王道であり、日本特有の株式持ち合いは止めるべきだ。政策保有の目的は、「株を持っていると取引ができる」ということらしいが、そこには、製品やサービスの質を上げようとするインセンティブが失われる危険性が潜んでいる。また、政策保有株式を持つ相手企業は安定株主だ。その意味するところは「会社の資産を使って取引先の経営者の保身に協力する」ということであり、それが果たして、株式会社の資産の使い方として正しくないのではないかという問題がある。そもそも株を持っているから取引できるというのは「取引という利益を与えている」という点で、会社法120条に違反しているのではないかという考え方もある。さらに、政策保有株式を持つ安定株主は、株式発行会社の総会議案には常に賛成するものだ。そうすると、自社株式を保有する経営者や安定株主を合わせて5%を超えるようなケースでは、議決権行使という面から考えて「共同保有者の大量保有報告制度」を出すべきだと思う。そしてなにより、政策保有株式を持っていると、その株の時価評価で財務状況が変化する。例えば、2000年代の初めは、本業では利益が出ていても政策保有株式が評価損で減益となったり、赤字となるケースもあった。また、株式の含み益は自己資本に入るため、マーケットが強い時は自己資本が膨らみ、マーケットが弱い時には自己資本が縮む。そんな自己資本でROEの目標設定が果たしてできるのかという問題がある。そういった様々な理由から、我々は、政策保有株式は持つべきではないと考えている。

――最近、盛んにSDGsが唱えられているが、株主にとってその位置づけは…。

 丸木 SDGsは、近年は投資家にとってはESGのEとSのことと理解している。ESGは、投資のトレンドとして無視できるものではなくなった。米国では、エネルギー産業そのものの否定に繋がるとの考え方や、例えば、CO2を相殺するのに多額の費用が掛かるとなれば、それは株主にとってはマイナスだという考え方がある。しかし、世界の大勢ではESGの優れた会社に投資しようという動きが強く、ESGに優れた会社に投資しようとする投資家が増えれば、その会社の資本コストは下がり、結果として株価が上がることになる。賛同できないのは、社会貢献と称した「建前だけの寄付」だ。株主としては、本業と関係ないところでの環境・社会貢献は必要ないと思っている。ESGの振りをするためだけに寄付するのは止めるべきだ。寄付したいと考える経営者が個人で寄付すればよい訳であり、株主のお金を使って寄付すべきではない。我々にお金を預けている投資家は米国人が多く、3年程前から「ストラテジックキャピタルのESGポリシーはどうなっているのか」ということを気にし始めている。我々としても具体的に投資先企業に働きかけ、投資家の声に対応するようにしている。例えば、石炭火力発電所への部品供給ビジネスをおこなっている商社にそのビジネスからの撤退を求めたり、パチンコ等のギャンブル業界から手を引くよう提言したり、建設会社には労災事故について調べて再発防止策を徹底するよう求めている。法令違反のみならず社会正義に反すると思われることについても、会社として社会的規範を順守してもらうように働きかけている。ESGのGであるカバナンスの問題も同様だ。それによって我々が投資する会社の企業価値が高まり、株主価値が上がれば良いと考えている。

――御社自身の顧客(投資家)構成について…。

 丸木 8割超が外国人投資家だ。当社は上場企業の経営者に敵対的になる可能性が高く、例えば、日証金の歴代社長に日本銀行出身者が就任し続けていることを問題視して声を上げている。そんなところに金融機関やその運用会社が投資することは簡単ではないかもしれない。また、日本の事業会社の年金基金担当者にグループ企業の株は買わないように相談されても、そういった約束は出来ない。そういった理由から、当社の顧客(投資家)の構成は必然的に海外の投資家が多くなっている。もちろん、日本の機関投資家でも入っていただいているが、それはごく一部だ。裏を返せば、だから生き残っていけているのだと思う。他の日系機関投資家も我々のように企業に対して株主としてはっきりとモノを言うようになったら、我々の存在価値はなくなり、この程度の規模では生き残っていくことが出来なくなる(笑)。

――今後の抱負は…。

 丸木 もちろん、ファンドの規模を大きくし、日本経済がもっと活性化するようなお手伝いが出来るようになりたいという思いはある。ただ、一方で、弊社の投資家の意向として、ファンドのサイズを大きくしてほしくないという要望もある。過去の投資運用会社は、小さいうちは運用成績が良くても規模が大きくなると成績が下がっていくというケースが多かったかららしい。そういった事から、当面はあまり大きくないサイズでパフォーマンスを上げ、ゆくゆくは投資家のご了解を得たうえで徐々に規模を拡大していければ良いと思っている。[B]

――今後の抱負と課題は…。

 山道 我々のミッションは不変であり、公平公正な売買機会の提供と、世界中の投資家や企業に魅力的な市場やサービスを提供することで、豊かな社会の実現に貢献することだ。これを果たしつつ、市場を取り巻く環境の変化に対応し、デジタル化やサステナビリティに関する取り組みなど、これまで取引所の枠組みになかった新しい分野を積極的に開拓し、競争力を向上していこうと考えている。課題は様々あるが、まずは国内外への情報発信を強化していきたい。昨今、日本を取り巻く環境は大きく変化している。ロシアによるウクライナ侵攻、中国によるロシア支援、台湾情勢の悪化など、地政学リスクが高まっている。その一方で日本国内では、今年度の日本企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、名寄せ後の個人投資家の株主数が過去3年間で10%以上増加するなど、過去20数年間では見られなかったインフレマインドへの変化が見られている。我々も「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなどの取り組みを進めているところであり、日本においてこのような「良い変化」が起きていることを、しっかりと国内外の投資家に伝えていかなければならない。

――情報発信の方法は…。

 山道 情報発信については私からはもちろんのこと、様々なところから、いろいろなレベルで発信していかなければならないと考えている。JPXは非常にステークホルダーの多い会社だ。一般的な会社のステークホルダーとしては、株主、従業員、顧客、地域社会などが挙げられるが、我々の場合はそれに加えて、上場会社、国内外の多種多様な証券会社、様々な投資家、規制当局、さらにはマーケットを分析している有識者などもいる。こうした数多くのステークホルダーと意見交換をしながら、ステークホルダー目線なり、ユーザー目線なりを取り入れていくサイクルを構築し、マーケットの変化を捉え、対応していく必要があると考えている。私自身、国内外問わず、コミュニケーションをとっていくが、社員にもいろいろなレベルでコミュニケーションをとってもらうことで、その成果を組織の施策に活かしていきたい。今年1月に東証と大証が合併してJPXが設立してからちょうど10年を迎え、現在は11年目に入ったところだ。過去10年を振り返ると、東証と大証の統合はもちろん、東京商品取引所の統合と総合取引所の実現、市場区分の見直しなど大きな出来事があったが、いずれも順調に進んだと考えている。今後も不変のミッションを果たし続けながら、情報発信の強化やオープンな組織風土の醸成を進めつつ、今後の10年を築いていきたい。

――取引所の統合の目的の一つである競争力向上についてどう考えているのか…。

 山道 取引所ビジネスにおいて、競争力を規定する要素は実は少ない。1つ目は上場している商品の質と量。現物市場であれば上場企業、デリバティブ市場であれば上場している指数・商品先物やオプションなどになる。2つ目は市場に参加する投資家の数と幅。東証は世界でも特に現物市場の流動性が高いと評価されている。どれだけの上げ相場であっても買うことができ、どれだけの下げ相場であっても売ることができる。これを可能にしているのは多様で幅広い投資家層であり、彼らがこの流動性を生んでいる。3つ目がシステム。取引所というのはシステムを中心にしており、ほぼIT企業のようなものだ。従って我々の売買システムが信頼性、堅牢性、利便性で競争力を有しているかどうかが要素となる。4つ目が取引制度や規制が安定的でユーザーフレンドリーであるか否かという点だ。これらのうちで商品の質と量については、上場商品の多様化として、例えば現物市場であればIPOの推進や、アクティブETFなど新しいタイプのETFの上場制度整備など、デリバティブ市場に関しては、最近では日経225マイクロ先物や日経225ミニオプション、短期金利先物などの上場などを行っている。一方で、「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなど、投資対象としての上場企業の魅力・質を高めるための取り組みも実施している。

――コーポレート・ガバナンス改革は企業の負担との声も聞かれている…。

 山道 コーポレートガバナンス・コードの導入から8年間が経過し、その間に2度の見直しを行ってきたが、ようやく海外の企業から進展が見られていると評価されてきた。今後も改革を持続していくという意思を持ち続けることが重要と考えている。もちろん負担が大きいとの声も受けており、細則主義に陥らないことが大切だ。5月にG7財務相・中央銀行総裁会議に先立って、金融庁とOECDが共催したG7ハイレベル・コーポレートガバナンス・ラウンドテーブルに参加したが、その時の結論はコーポレート・ガバナンスの要諦は形式ではなく実質であるということであり、実質面の追求は日本だけでなく世界中の課題となっている。一朝一夕で解決できる問題ではないが、今後、どのように実質を追求していくかを考えていかなければならない。実質という意味では、「資本コストや株価を意識した経営」の要請も、単に資本コストを計算し、株価を上昇させればよいという話ではなく、中長期に持続的な成長をどう達成するかが本質だ。要請を行ったのは私の東証社長としての最後の日だったが、「単に自社株買いや増配を求めるものでない」ということをはっきりと記載した。もちろん自社株買いや増配を否定するものではなく、余剰資本を株主に返すのは当然の話だが、今回の要請の趣旨は、研究開発・人的資本への投資、設備投資あるいは事業ポートフォリオの見直しなど中長期的な企業価値の向上に資する方策をまず考えてほしいという点にある。

――企業の内部留保も問題視されている…。

 山道 過去数十年間はデフレ経済だったため、現金を保有することがある意味正しい判断だった。しかし、現状では電力料金値上げや食品価格の上昇、企業レベルでも大企業を中心に賃金上昇が進んでいる。今年度の企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、JPXの株主数がこの1年間で13万5000人に倍増したことなどにも表れているように、家計金融資産も株式投資に向かっており、明らかにデフレマインドからインフレマインドに転換してきている。日銀の金融政策次第だが、もし金融政策が変化するとすれば、ある程度のインフレが定着したということ。マーケットは一時的に円高・株安に振れると思うが、その後のマーケットへの影響を考えれば、良いことだろう。

――IPO市場の活性化について…。

 山道 IPOは、新しい経済の担い手であるスタートアップがリスクマネーを調達し、成長するという循環の一部を担っており、連綿と続いていくことが重要となる。我々はIPO活性化に向けて3つの施策を実施している。1つ目が地方におけるIPOエコシステムの構築だ。証券会社や監査法人、IPO経験者などのコミュニティは東京や大阪には存在しているがその他の地域にはあまりない。そこで地方公共団体や地域金融機関、経済団体、大学等と連携して、地域のIPOを目指す人々のためのエコシステム構築を支援している。これまでに全国の地域金融機関11行および1大学と協定を締結し、エコシステム構築に向けた支援活動を行ってきた。こうした取組みの成果もあり、近年では、東京以外の地域から、毎年30社を超える新規上場企業が生まれている。地域経済・雇用の活性化に直結する取り組みであるため今後も精力的に取り組んでいく。2つ目がクロスボーダーIPOで、アジアでのIPOを目指している企業に対して集中的にマーケティングを行っている。クロスボーダーIPOを実現した上場企業は2011年以降の累計で21社だが、水面下では20社程度が東証でのIPOに向けて準備を進めており、毎年3~5社のクロスボーダーIPOが実現できると考えている。アジアの取引所では、シンガポールは流動性に乏しく、セカンダリーでのオファリングが難しく、香港は中国のリスクもあり、敬遠されていることなどもある。そのため、流動性があり、セカンダリーオファリングが可能な東証はアジアにおいて最適とされている。もちろんNASDAQに新規上場したいという企業もいるが、そうした企業においても、東証をインキュベーターとして活用し、成長してからNASDAQに上場するという考えも持つ企業もいる。

――市場区分見直しについては…。

 山道 3つ目が、現在、市場区分見直しに関するフォローアップ会議でテーマに挙がっている、グロース市場の活性化だ。IPO市場の機能強化と上場後の成長に関する方策の2つの面から議論をしている。足元ではグロース市場上場企業の経営者から意見を募集しており、この意見を踏まえて議論を本格化していく。日本にはユニコーンがいないという意見もあるが、我々としては大きく成長してから上場していただいても、小さいうちに上場して、資金調達をして大きく成長していただいてもどちらでも構わない。ただ、日本の場合、レイターステージにおけるリスクマネーの供給者が少ない。そのため、現在の環境下で上場基準を引き上げると、レイターステージの企業が資金調達できなくなり、エコシステムにとってマイナスとなる。英国では年金運用の5%をスタートアップに割り当てるような改革案などの動きがでている。日本も同様にリスクマネーの供給を促進する必要があると考えている。[B][X]

――昨年12月、「東京工業大学つばめ債」(40年サステナビリティボンド、発行額300億円)を発行した…。

  田町キャンパスの借地権を設定し、試算では年45億円の土地活用事業の収入を担保に債券を発行した。使途は主にキャンパスの再開発だ。大学の規模に対して相対的に発行額を大きくできたのは、やはり返せるメドがあるためだろう。東工大は年間約500億円の予算で活動しており、これまではそれ以外の自由にできるお金を持っていなかったが、土地活用事業によって約10パーセントの余裕ができたことによって、長期的な戦略を初めて立てられるようになった。その効果は大きい。

――学部の統廃合については…。

  将来的には、進めていくべきだと考える。長い歴史のなかでは学問の名前も変わるし、講義体系も変わっていく。歴史をさかのぼれば、明治時代の東工大は、窯業など当時の日本の主要産業だった軽工業を支える学問を教えていた。その後、例えば窯業学科なら無機材料分野につながっていった。ただ、それぞれの学科にある基礎的な学問領域をどのように扱うかということは慎重に考えなければいけない。化学をやるなら有機化学と物理化学を勉強しましょう、という点は変わらない。基礎科目と変化していく専門分野とをどのように組み合わせるかというのはとても重要だ。また、現在の技術動向を考えると、少なくとも情報系の教育は強化しないといけない。情報系学科の重要性は理解していても、歴史的な経緯もあって、東工大の情報理工学院はまだかなり小規模だ。そのため情報理工学院の学士課程の定員を現在の90人から130人に増やすよう文科省に申請したところだ。学科再編をしようとした時には、どこの大学も一緒だと思うが、学内の反対意見をどのように変えていくかというのが難しい。また、文科省の定める入学定員と教員数に関するガチガチの規則にもやりにくさを感じている。

――24年度秋をメドに、東京医科歯科大学と統合して「東京科学大学(仮称)」となることを検討している…。

  医学部も色々な学業分野のなかの一つだ。単に医工連携だけをやるために統合するわけではない。自分たちのそれぞれの強みを持ったうえで、人間について色々な分野で考えないといけないという学術的な問題意識に立って統合する。まず、僕ら東工大の側に一つ欠けているのは、人と直接関わるところの知見だ。人を幸せにしたい、人の役に立ちたいとは言いつつも、人と関わりが少ない。例えばヘルスケア機器といってもスマートウオッチや健康診断の機器など色々な機器があるが、僕らが想像だけで作るのではなく実際に医師や現場の人と一緒に作れば、さまざまな齟齬(そご)がなくストレートに進むだろうし、どういうものを作ればいいかというところで工学の知見も生かせるだろう。加えて、医学部との統合によって、新しい産業が生まれる可能性のある場ができると考えている。僕は日本の産業に対して危機意識を持っている。「失われた30年」の間、日本は新しい産業を興してこなかった。工学は製造業とのつながりが深いが、製造業は世界でもあまりGDPが伸びていない。日本は結局製造業しかない。新しい産業を作っていない。そこに強い危機感がある。

――新しい産業とは…。

  医科歯科大は「現場の医療だけで良いのか」という危機感を持っている。目の前の治療を行うことだけが医学というわけではない。例えば、健康長寿を目指そうと思ったら、病気になる前に自分の体のことを知って、未病の段階での対策や、運動や食事も含めたケアをしないといけない。その時、今までの治療だけを行う医師で良いのかということになる。医科歯科大はそれを「明日の医療」と表現していて、僕は「医者いらず」が一つの目標にならないかと考えている。統合議論のなかでは「『コンバージェンスサイエンス』をやります」と説明している。コンバージェンス1.0は第二次世界大戦前後の物理と工学の融合(物理工学)、2.0は21世紀になった時の生物学と工学の融合(生命工学)、3.0は理工学・医歯学・人文社会科学を融合した「総合知」で未知の課題を発見し解決することを指す。僕は、それに合わせて医工連携1.0、2.0、3.0を考えてはどうかと発言している。医工連携1.0はメディカルエレクトロニクス、1.5がオンライン診断やAI診断、2.0が「医者いらず」といったところか。そしていま、「医工連携3.0とは何だろう」を一緒に考えているところだ。

――大学の予算は年々削減されているうえ、当局によりさまざまな規制がある…。

  学術的なことをやるにはある程度の余裕と無駄が必要だ。全部が成功するということはあり得ず、失敗を許容する必要がある。無駄をやろうと思うと予算的にも余裕がないといけない。それをどれだけ僕らが許容できるかだ。許容せずにやろうとすると、「予算は削る、限られた予算のなかでやれ」と規則でがんじがらめにすることになり、それが現状の悪循環を生んでいると見ている。これは受け売りだが、16年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生は、「科学技術を文化に」と基礎研究の重要さを表現した。それだけ余裕を持ちなさいということだと理解している。余裕を持つからこそ新しい科学が生まれる。いま、科学技術は人間の幸せや利便性に直結して役に立つこととして人々に受け止められている。科学技術にかかわる人のなかにも役に立つことやそれによって稼ぐことに価値や嬉しさを感じて満足する人がたくさんいるが、根底から考えれば、役に立つということの前に「文化」でないとだめなのだと思う。そのうえで、文化に対してお金をどれだけ投じることができるかという発想になる。時代をさかのぼって考えると、昔の数学者や物理学者は貴族のお抱えだったという。文化として金銭的に支えられていたからこそ天才がたくさん生まれてきたのかもしれない。極論だが、日本は文化・芸術にお金をかけない。それは教育にお金をかけないということにも通じている。本当に新しいものは、余裕のある美しさから出る。物心両面の余裕をなくしたら新しく生まれるものも生まれない。

――一方で、東工大では大学発ベンチャーや企業との提携の取り組みも行っている…。

  もちろん「役に立つ」側面も重要で、新しい産業を作り出すためにも積極的にやらないといけない。東工大はこれまでに150社を超える企業に「東工大発ベンチャー」の称号を授与してきたが、スタートアップ企業はさらに積極的に増やしていきたい。ただ現在の課題は、どうしても情報系の事業に偏っているということだ。それも重要ではあるが、世の中を根本から変えるような、人間そのものの幸せにつながる技術となると、やはりハードウェアがついてくる必要がある。ハードウェアにかかわるスタートアップは時間がかかり、ぱっと思い付いて一時もてはやされてできるというものではない。ベンチャー企業の育て方も変える必要がある。短い時間軸で回収を目指すのではなく、息の長いスタートアップのつくり方、見守り方を、意識して作っていかなければいけない。また、投資家のすぐに利益を回収しようとする傾向も顧みられるべきだ。特に日本の投資家はすぐにリターンを求める傾向があると聞く。米国にもそういう投資家は多いが、なかには本当の富裕層がいてリターン度外視でお金を出す。そのような投資がないと世の中を変えるようなスタートアップは出てこないのではないかとも思う。息の長い投資が必要だ。

――こういう学校にしたいという目標は…。

  変わり続ける大学にしたい。新しい技術や研究は、それまでの技術や研究を超えることが当たり前だ。同様に、教育者のやりがいは、自分より優れた人間を育てることだ。自分のできないことができる人を育てることができれば、教育者冥利に尽きる。常に新しいことのできる、今いる人ではない新しい人を生み出していけるのは、大学など教育機関であり研究機関だ。ただ、自分より優れた人間を育てるということは、劣等感とジェラシーを感じることでもあり、すごく難しいことだ。学生や研究者、教職員も含めて、自分がコントロールできる人間しか育てられない大学は衰退するしかない。[B][L]

――SBIによる新生銀行のTOBでは少数株主が不利になっている…。

 門多 SBI新生銀行のTOBは、少数株主がTOBに応募しなくても成立する下限なしという非常に特殊なTOBで、その結果、少数株主はTOB価格2800円で強制買取されて閉め出される(「スクイーズアウト」)こととなる。社外取締役などで構成される新生銀行の特別委員会は、下限なしの前提としてTOB価格を3000円以上とすべきとしていたが、なぜか2800円で押し切られた。TOBに応じた株主もかなり少なかった。特別委員会の委員たちは2800円で受けた理由を何も説明していない。これは大問題であり、米国であれば善管注意義務違反として、特別委員会、つまり社外取締役が訴訟を受けると思う。

――真にコンプライアンスの問題だ。訴訟で価格を修正できるのか…。

 門多 日本における訴訟は、「買い取り不当」と叫ぶ米国とは異なり、ファミリーマートのケースで見られたように、裁判所で妥当なTOB価格を「決定」してもらう形となっている。このケースでは、TOB価格2300円に対し、裁判所は2600円と決定した。SBI新生銀行についても同様のケースが想定される。ただし、制度上訴訟に持ち込むには課題が多い。まず株主総会でTOBに反対し、反対票を確実に投じたことを議事録に記載してもらい、その上で裁判所に「決定申立」を貰うという煩雑な手続きが要る。ファミリーマートのケースでは、米国のフレンドリーアクティビストであるRMBキャピタルが「決定申立」をし、TOB価格より高い価格の決定を得た。米国の場合は代表訴訟として株主全員が対象となるが、日本の場合はTOB価格2300円で何も言わずにTOBに応募した人は2600円を貰えない。つまり日本の場合は言った人でなければもらえない。だけれども以前は、TOBに応じなかった少数株主がすべてTOB価格2300円で泣き寝入りだったことを考えれば、今は一応手を挙げれば2600円となり得るため進歩はしている。その点、今回のSBI新生銀行のTOB価格2800円はどうなっていくのか。もちろん裁判所もちゃんとしたプロに価格を算定してもらうはずだ。ブックバリュー(帳簿価格)では4500円を超えているだけに、問題は大きい。

――不服であれば投資家は手を挙げなければならない…。

 門多 今回TOBが成立しなくても下限がないため、スクイーズアウトで、TOBに応じなかった少数株主の株式は強制的に吸い上げられてしまう。公的資金についてはスクイーズアウトの対象としていない。これは公的資金が実質的にTOBの呼びかけ人に就いたからだが、少数株主からすれば公的資金(何年か後に高い株価での買戻しを希望している)と我々と株主の立場として何が違うのか大きな違和感があろう。

――公的資金の賛意が問われる…。

 門多 公的資金はSBI新生銀行の株価が7450円(公的資金完済に必要な株価)ありきとなっているはずだ。株式公開している段階でこの価格は絶対実現できないために、非公開として経営を効率化して7450円に引き上げる戦略と説明されている。まず非公開にしないでも7450円に引き上げられるかどうかを議論することが必要だろう。出なければ現経営陣の怠慢だ。あおぞら銀行とは異なり、新生銀行は借金を株に転換してしまったためにこうした問題が出てきた。背景にはファンド株主の圧力あり、同行は普通株にして頑張って価格を上げて借金を返すというシナリオを選択してしまった。一時期、新生銀行は新しい銀行として成長の期待感はあったが、ビジネスモデルが成功しなかった。今後、どのように7450円にするのか。公的資金もSBI新生銀行も未公開会社になっても説明責任があるが、現段階ではそれも不透明だ。できるだけ早く公的資金を返済したいと主張しているので、テクニカル的には利益剰余金や資本剰余金を活用することでの「返済」を狙うのではないか。ただしこれは禁じ手で、SBI新生銀行の本源的な株主であるSBIホールディングスの株主の利益を損なう(株主平等原則に反する)こととなる。そのために現段階では、安い値段で買い取るTOBを仕掛けたのではないか。このような異例のTOBであれば、会社を解散するとの同じと捉え、ブックバリュー(4500円)を少数株主に配るべきではないか。

――ガバナンスの問題もある…。

 門多 ファミリーマートもSBI新生銀行もワンマン経営者によって特別委員会が押し切られたパターンだ。SBI新生銀行はSBI地銀ホールディングスの傘下で、SBI地銀ホールディングスの代表でもない北尾氏が関与していることはガバナンス上問題だ。また、今後はSBIの機関銀行化(少数事業会社と資本的人的に密接な相互関係を持ち、その企業へ融資を集中させる銀行)の可能性もあり、金融庁は注意すべきだ。これはあおぞら銀行にソフトバンクが参加する際にも議論された問題だ。過去に北尾氏が新生銀行に対し、「株主の立場」で同行とマネックス証券との投信業務提携の横車を押したとの情報もあり、要注意だ。非公開化されると、それが「ブラック・ボックス」となるリスクがある。そもそも決して小さくはない銀行を非公開にしておいて良いのかという金融システム上の問題もあり、これについての金融庁の意見も聞きたい。

――一方で、ガバナンス改革の次のテーマは…。

 門多 次のコーポレートガバナンス・コードの大きなテーマは、取締役会をモニタリングボード(社外取締役を過半数とし経営執行の監督に重点を置く)に移行することだ。米国では典型的なガバナンス形態で、経営執行陣はあくまでも契約で雇われているにすぎず、取締役と執行役は明確に別れている。取締役会にはCEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)や戦略的に重要な執行役員しか出席しない。米国では経営執行陣の人事もモニタリングボードの役割の一つだ。モニタリングボードの下に、監査委員会や指名委員会、指名報酬委員会を置くこととなる。とくに指名委員会は大きな意義を持ち、社外取締役だけで構成し、取締役の指名と経営者の指名(2つのサクセッション・プラン)を行う。日本の場合、会社をよく知るCEOが指名委員会に入らなければ機能しないため入らざる得ない状態となっているが、それでも経営者は交代させられるリスクを常に考えていなければならなくなる。

――社外取締役の人材不足が課題だ…。

 門多 1人で5~6社を兼務している例も見受けられ、最近では特に女性の兼務が目立っている。そのため、いかに人材を育てていくかが重要となる。我々は企業向けの役員研修を実施しているが、社内取締役の研修も始めている。これは従業員から上がった人が、上から言われたことに頷くだけでは取締役として機能しないからだ。一方でそのために社外取締役がいるのだが、その機能が発揮するための人材、資質が重要だ。この点、日本の従来の構造的な問題として、経営委員会や常務会であらかじめ結論を出してしまい、取締役会で新しい議論ができないのが常態であったことが上げられる。経営委員会などで結論を出さずに幅を持たせて、社内取締役にも自由に討議させる場にしないと取締役会の役割は果たせない。結論ありきでは社外取締役も反対し難いためだ。社外取締役のウルトラCは、議題や提案を突き返すことにある。特に企業不正があった企業においてそういった例が見られている。取締役会で判断きる十分な材料やリスクの議論ができていないならば、突き返すのもガバナンス改革の次の課題の一つだ。

――プライム上場企業の女性役員比率を3割とする目標が掲げられた…。

 門多 多様性は女性だけではなく、外国人も入る。日本全体の女性の活性化の観点から、女性役員比率3割が良いと言う人もいるが、まずは執行役員や部長クラスの分母を増やさなければ3割達成は難しい。女性の社外取締役で「3割」を充足するようになると、社内の女性の活性化には直接は役立たない。政府の言うプライム上場企業の「役員」というのは明らかに取締役を指しているが、執行役員や監査役も含めて3割とするのはどうだろうか。まずは数字ありきではなく、実体を充実させていくことが重要だ。

――地域銀行に対するPBR1倍は十分な議論が必要だ…。

 門多 三菱商事がウォーレン・バフェット旋風もありPBR1倍を超えたという。産業セクターごとにPBRのセンター値は異なるのが実状だ。PBRだけではなく、配当利回りなども考える必要があり、投資家はTSR(株価上昇と配当を合わせた株主総利回り)で見ている。ROEや資本効率だけでは、米国でリーマンショック危機が生じたように、短期的な利益の追求を狙い経営者に過度のリスクを取らせる問題がある。ROEを狙うから自社株買いも起こる。それよりは研究開発や設備投資の方が将来の株価を上昇させる。ROE重視で重視で短期思考となったことで米国ではすでに批判されている。また、シリコンバレーバンクのように、ROEが高くても取り付けがくれば終わりだ。私はPBRよりも株主総利回り(TSR)のほうがまだマシだと考えている。特に銀行の場合は、PBRより「信頼、サステナビリティ」をすべてのステークホールダーが重視しているのではないか。企業価値経営においてどのような経営指標を重視するのか、投資家の期待も斟酌し経営者の判断するところであり、ガイドラインなどに惑わされず取締役会、経営者が主体的に決めるべきだ。[B][X]

 島田 安倍総理大臣(当時)の暗殺など日本にテロリズムが再び出現してきているのは、日本の民主主義が機能していないからだとみている。また、その原因は若者を中心に貧富の差が拡大している一方で、メディアが民衆の声をきちんと拾い上げて報道をしないところにある。

 木村 メディアが声を拾い上げなければ、自分で訴えるしかない。安倍元総理大臣銃撃事件の山上徹也被告も、明確な動機のもと、銃を手製するほどの意志を持ち、かなり前から綿密に計画を立てて犯行に及んでいる。行き場のない怒りと押さえきれない思いを抱えて、大胆で非道な犯罪に手を染める若者が目立ってきているのは、やはり政治に問題があるからだろう。最近頻発している強盗事件や窃盗犯罪も、政治がうまく機能していないひとつの事象だ。白昼、人通りの多い銀座での強盗など、その手法はどんどん大胆になっている。しかも、そういった犯罪が、暴力団のような組織ではなく、いわゆる半グレによって行われている。若者の多くがそれだけ追い詰められ、将来への展望もないという事なのだろう。或いは、そういう事をして、日本の政治への不信感を訴えているのかもしれない。

 島田 政治に関して言えば、与党や政権と大手メディアが癒着し、メディアが政治の問題を指摘するという役割を果たしていない。このため、国民は不満がたまる一方で、それがネットの発展と相まって新聞やテレビ離れにつながっている。また、野党もだらしなくて、与党の政策を批判する能力がないに等しい。多くの国民から見ればさほど重要ではないLTGBの問題に相当の時間を割いたり、首相官邸でのパーティー問題を鬼の首を取ったように批判している。このため、今のままでは立憲民主党や共産党は敗けるだろう。

 木村 日本の政治は100年先を見据えたプランニングが出来ておらず、また、大手メディアは政権の広報係になっているだけで、批判もしない。このままでは十数年で日本は地盤沈下してしまうだろう。政治が機能していない今の状況を抜本的に変えるためには、組織を変える必要がある。政権を交代してメディアとの馴れ合いをなくし、役人は民間からリクルートして新しい風を送り込むことだ。ただし、いきなりトップに民間人を置くと、風土や慣習の違いなどもあって、うまく機能しないこともあるため、各省の各局毎に、局長クラスや課長クラスをまとめて10名ほど民間人と入れ替えるといった形をとればよいのではないか。

 島田 行き場のない民意を抱えた人達をどうにかする政治システムがない一方で、今の日本は未だ全体的にみれば豊かであるため、若者や宗教二世などは別にして国民全体の問題意識は国防以外あまり盛り上がっていない。国防は北朝鮮による毎週のようなミサイル実射や中国の覇権主義に加え、ウクライナとロシアの戦争が決定打になり、国民の意識が一気に変わった。

 木村 今、日本の統一地方選挙では約3割が無投票当選となっており、まだ政治に無関心な国民が多い。選挙に行かない自由もあるが、世界には国民への投票を義務づけている国が約30カ国ある。日本も国政選挙に3回行かなかったら何らかの社会ボランティア活動をするといったような合意事項を作るべきではないか。一方で、米国ではバイデン大統領夫人が岸田総理大臣夫人をホワイトハウスへ招待して懇談会を開催するなど、「米国は岸田政権を支える」というメッセージを明確にしている。それも中国への対抗策なのだと思うが、そういった米国の戦略に乗せられて嬉々としているような日本では駄目だ。米国に頼らず自力できちんと立てるように、今のうちに構造改革をしておかなければならない。その体制が構築されないまま、例えばこの先、中国と米国が再び仲良く手を組むような日が来れば、日本は悲惨な状況になってしまう。そういった状況を招かないように政治家にしっかりと立て直してもらいたのだが、なかなか期待できる政治家がいないというのが実状だ。その結果として、「天誅」ということも起きかねない。1932年に起きた血盟団事件、そして同じく5.15事件の再来という可能性もないとは言い切れない。しっかりしないと駄目だ。それが今の日本だ。

 島田 今、日本の株式市場が好調なのは、米国の対中国戦略のために、米国が日本を重用しているからだ。逆に言えば、中国が米国に白旗を上げた時は、30年余り前にソ連が崩壊して日本経済の没落が始まった時のように、一気に転げ落ちていくだろう。つまり、地政学的リスクによる日本買いだ。同時にEUはウ・ロ戦争が長期化し経済が疲弊している。これも日本買いの一つの材料だ。

 木村 そう考えると、中国はほどほどに強権国家として頑張ってくれていた方が、日本としては良いという事か。そうはいっても、例えば、中国が米国に白旗を上げて崩壊したとして、昔の三国時代のように分裂して各々で国を引っ張っていくような体制になれば、それはそれで近隣の日本としては付き合いやすくなるのかもしれない。これは米国にも共通して言える事だと思う。また、人口比率と購買力を考慮して現在のG7とBRICSのGDPを比較してみると、もちろん、まだG7の方が優勢ではあるものの、BRICSも随分と近づいてきている。若さという成長力を考えると、今後BRICSがG7に取って代わることも十分考えられるのではないか。

 島田 とはいえ、軍事的にも経済的にもまだ米国一強であることには間違いない。特に今はウ・ロ戦争で米国は潤っている。シェールオイル、穀物、半導体、武器が絶好調で、このため、消費者物価もなかなか下がらない。一方、欧州ではロシアの石油資源が輸入できないため、スタグフレーションとなり、物価が上昇し、景気がなかなか上向かない。中国に至ってはバブルが崩壊し、見通しは暗い。

 木村 ただ、ロシアの原油は、今、インドや中国、バングラデシュ、パキスタンなどが購入しており、国際社会の制裁は殆ど効いていない。さらに言えば、この経済制裁は米国が決めたものであり、国連が決めたわけではないため、実際に経済制裁を行っているのは日本や米国や欧州の15カ国ぐらいで、残りの国々はロシアと自由貿易を行っている。つまり今のロシアは、かつてソ連が崩壊した時のように資源がなくなり生活が困窮するという可能性はなく、この戦争もあと10年は続きそうだ。兵器が不足している事や、兵士の士気が低下していることで、そろそろ戦争も終焉とみる向きもあるが、西側報道は疑ってみるべきだ。

 島田 クリミア半島は、米国の支持を受けて1910年に日本が朝鮮半島を領有したのと同様に、今度はロシアがウ・ロ戦争の敗戦の末に世界中のブーイングを受けて返還することになるのではないか。また、民間軍事会社ワグネルのプリゴジン氏がプーチン政権に反旗を翻し、それを恐れたプーチン大統領が軍部を盾にプリゴジン氏をベラルーシに追放した。このことは、ロシア政権の内部が一枚岩ではなくなっており、プーチン大統領の独裁制が弱くなってきている表れではないか。

 木村 ただ、米国の中でもキッシンジャー元国務長官や一部の保守派の人たちは、「地政学的にクリミアはソ連時代のロシアの位置にありカフカス人やタタール人と一緒に暮らしていた。東部2州も元はノボロシアという現在のロシアにあった。そこに戻ればよいのではないか」という発言をしている。私も実際にクリミアに行き、その街の雰囲気を見たことがあるが、当時はロシア人が6割、ウクライナ人が2割、その他タタール人が1.5割といった割合で、町の人たちに話を聞くと、「ウクライナの政権下にあった時は、国自体が貧しく、インフラもきちんとしていなかったが、ロシア政権下になってからは町が発展した」という声が多かった。

 島田 プーチン大統領は、ウ・ロ戦争で劣勢が明確になった場合に、戦術核を使うのではないか。責任が転嫁できてプーチン大統領の身の安全性が確保できれば、核使用まではいかないと思うが、ウ・ロ戦争敗戦と内部分裂の結果として政権崩壊の同時リスクが高まれば、戦術核が選択される可能性は十分にある。

 木村 ロシアは明確に核使用ドクトリンを決めている。核攻撃の挑発的行動がロシアに仕掛けられれば、プーチン大統領は戦術核を使う可能性は十分にあるだろう。ただ、それはもちろん、戦闘が続き、例えばロシアがこの戦争に敗北して首都のモスクワ辺りまでウクライナに侵攻されたら、といった仮定の話だ。そもそも、この戦争はウクライナがミンスク合意を反故にしようとしたことから始まっている。それが米国の術中にはまり、今のような状況を作り出している。こういった公正性のなさに一矢報いようとするプーチン大統領は私は立派だと思うし、指導的にも正しい側面があると思う。ゼレンスキー大統領もミンスク合意の形に戻って、かつてのような兄弟国として仲良くしていけばよいと思う。一つ確かなことは、ロシアとウクライナ間では米国の介入による一悶着があり、そこで米国は大儲けしているという事だ。次にアジアで同じようなことが起こった時には、再び米国の金もうけが始まるだろう。[B]

――中国の覇権主義の拡大や、ロシア対ウクライナ戦争での諜報活動を見ていると、日本の安全保障戦略は喫緊の最重要課題だ…。

 稲村 私は警視庁公安部外事課で諸外国のスパイ事件を捜査した経験からスパイ事案への対処を専門としており、民間企業においても情報漏洩事案等の不正調査を担当する経験を有し、官民でスパイ事案を多く取り扱ってきた。その中で、一見、普通の情報漏洩事案に見えても、実は背後に中国共産党が関わっている事案が散見された。例えば、防衛省にある装備を卸している企業に勤めていた元社員が、当該装備の技術情報を持ち出したという事があった。その技術情報は最新のものではなかったものの、現在日本で使われている技術であり、決して流出させてはならないものだ。技術情報を持ち出した元社員は中国の国営メディア関係者と深くつながっていたが、間接的に人民解放軍の影響下にあることも判明した。こういった事案は企業の不祥事に当たるため、企業側から積極的に公にされることはほぼ無く、なかなか表出しない。また別の例では、あるファンドから「特定業種(製造業)の買収を積極的に進める社員がいるため、身辺調査をしてほしい」という依頼を受け、調べていくうちに、その社員は中国共産党の有力者と繋がっていることが判明し、同人の指示のもと、ファンド社員が企業を買収していたという訳だ。その企業を買収した後にそのファンドの人間が役員として送り込まれれば、技術情報にアクセスされる危険が高まる。これらの事案は「合法的な技術流出」となり、捜査機関としても取り締まることは出来ない。こういった手段が民間企業で多く見られるようになっている。

――日本政府は外為法を改正し、日本の安全保障上重要な企業への出資規制を強化したり、企業から従業員への機微技術の提供の一部を管理対象にしているが…。

 稲村 「みなし輸出(非居住者に対する技術提供)」の管理に関して言えば、入り口段階でのスクリーニングだけで、その後の定常的観測=監視はそのノウハウとリソースがなければ難しい。また、最初は潔白な身分で入社ないしは入所した人物に、後に中国人民解放軍や国営企業の人物等が接触し、その指揮下に入るというケースも多々見られる。その根底には中国人の法的な義務として共産党から情報提供を求められれば断れないという国家情報法がある。情報流出を本当に防ぎたいのであれば、対象人物の受け入れ時のスクリーニングと定常的な監視が必要だが、それは権利の問題から徹底できないのが現状だ。この点、宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、先端技術の保護や重要物資の供給網確保といった政府の経済安全保障強化を踏まえ、軍事転用可能な技術情報などの流出を防止するため、「宇宙科学研究所」の外国人研究者や学生の受け入れ方針において、中国は一部の特例を除いて排除するほか、ロシアや北朝鮮については例外なく不可と位置づけ、既に運用を始めている。中国の国家情報法や過去の技術窃取状況を見ても、私は正しい策だと思う。また、現在の日中関係、国際情勢を見れば当然の自衛でもある。在日中国人や在日留学生の殆どは善良な中国人だが、一声かけられれば従わざるを得ない状況にあるのは事実だ。

――日本の国家安全を考えると、中国人労働者や中国人留学生に対して、重要技術や機密情報を扱う企業で働かせたり学ばせたりするのは問題がある…。

 稲村 日本の国家安全を考えると、国内での研究開発においては中国と分離させておいた方が安全だろう。また、問題は中国で開発や共同研究を行う場合だ。実際に中国側と共同研究を行っている日本のグローバル企業などは多数あるが、そういった会社の一部には危機意識が低く、情報セキュリティもグローバル基準で横断的に管理しているなど、中国特有のリスク事象を想定できていないケースがある。一方で、日本の防衛産業を担う企業では、経営陣の意識が高く、機微技術を扱う事業に関しては他の事業と分離させて人事交流も一切せず、しっかり守りを固める策をとっている。そういった違いは企業のリスク感度によるものだろう。もちろん、国籍だけで判断して排除することは難しいが、警察白書や防衛白書に記載されている対象国は、アジアでは中国、ロシア、北朝鮮の3国であり、この3国と機微技術を扱う場合は、これまでの話を前提にリスク感度を高めて対応を検討しなければならない。

――防衛の観点から、日本の法律が遅れていると感じるところは…。

 稲村 「スパイ防止法を日本で作るべき」という論調があり、それは必須だと思う。今、スパイ行為があった時に捜査機関としては、スパイ防止法のようなスパイ活動を取り締まる法的根拠がないため、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法などの適用を駆使しながら、何とか対応している状況だ。また、スパイ事件の特性上、任意捜査をしていれば察知されて帰国されてしまう可能性が高くなるため、よりハードルの高い強制捜査を目指さなければならないといった実情もある。一方で、経済安全保障という面から見て合法的な技術流出の経路も多く、不正競争防止法や外為法に加えて新たにスパイ防止法を整備しただけでは、合法的技術流出は防ぐことが出来ない。そうであれば、例えば先端技術を扱う企業や研究所にスパイ活動を含む技術流出に関する教育指針を示したり、経済安全保障上のリスクを明示した上で技術流出への対策基準を示すような、包括的に対応できる法律(カウンターインテリジェンスの概念)を作るべきではないか。この点、現在、高市大臣が取り組んでいるセキュリティ・クリアランスは、アクセス権のコントロールという観点から、スパイを機微な情報に触れさせない様にするという取り組みであるとともに、ファイブアイズ(機密情報共有5カ国)と同盟関係を結ぶ上で求められている制度だ。同盟国同士が信頼して情報を共有できる体制にするために、また、国の機密情報を民間の特定人物と共有することで先端技術開発やサイバーセキュリティ能力を向上させるといった、経済安全保障の面で日本を支える制度となる。

――日本のセキュリティ・クリアランスはなかなか進まない。その理由は…。

 稲村 日本人は個人の権利に対してアレルギーを誘発しやすい。また、左派勢力がそのアレルギーを利用して活動を拡大するという構図もある。沖縄の辺野古問題でも、本当に困っている方々に乗じて行き過ぎた活動をする集団・組織がいるのは事実であり、プラカードを掲げて抗議活動を行っている中で、そのプラカードの一部には中国の字体が使われる等、中国の影響力工作が浸透しているという事実もある。ただ、その線引きは難しい。セキュリティ・クリアランスの法制化にあたっては、それが制度化されれば同盟が一歩進むのは明確だ。一方で、企業としては機微技術を扱う人材を採用する際に、個人の思想まで調べる必要が出てくるのか、ということも問題になってくる。そういった企業の難題を解決する策として、私のように特定秘密取扱者として国から認定されている人物を入れ、情報伝達の部署に配置させるやり方もあるのではないか。

――現在の日本企業の経済安保対策への意識は…。

 稲村 日本の大企業に関してはそれなりに感度が高まっていると思うが、横並びではなく、意識の高い企業もあれば、あまり気にしていない企業もある。そこにリソースを割くべきかという問題もあり、先陣を切って進める事は難しいようだ。一方で、中小企業に関しては、予算もリソースも割けないというのが実状だ。優秀な技術を持つ中小企業が中国やロシアのスパイのターゲットになっており、特にニッチトップと言われているような会社は気を付ける必要がある。経産省は技術情報認証管理制度を作り、技術情報流出を防ぐためのチェックリストをクリアした企業に認証を与えているが、そのチェックリストには人の観点からのリスクの言及があまりない。例えば、社員の中に中国政府や中国関係機関の影響下にある人物がいる、といったような項目だ。重要技術を取り扱う企業に対しては、そういった観点からのチェックも行わなければ管理制度も意味のないものになってしまう。

――実際に行われているスパイの具体的な手口とは…。

 稲村 例えば、あるスパイが重要機密情報を持つ企業の社員に道を聞き、それをきっかけに会食する関係にまで発展し、その後、頻繁に会って意見交換を行うようになるというものだ。誰かがそういった事態に気づいて注意をすれば大事になるのは避けられるのだが、それが機密技術情報の流出につながるケースは多い。工作員はターゲットとする人物の通勤経路や家を丹念に調べ、さらに生い立ち、趣味や家庭事情なども調べたうえで、偶然を装い、道を教えてほしいと声をかける。そして、帰宅時などを狙い、しばらく同じ方向に一緒に歩いて世間話が出来るように仕組んでおく。そうして話を合わせながら会食までもっていくという手筈だ。こういった典型的なやり方に騙される日本人は実際に多い。なぜなら、スパイはターゲットとなる人物について調べ尽くしているからだ。スパイはプロ中のプロだ。

――国や地方公共団体など、行政事務を取り扱う組織の経済安全保障対策の意識は…。

 稲村 スパイが先端技術を有する企業の社員や各分野の識者をもつ人物に接触したという話はよく聞くが、政治家もそのターゲットにされやすい。実際に、中国人女性にハニートラップを仕掛けられた国会議員がいることは記憶に新しい。こういった例は、影響力工作の一環として多くみられるところで、難しいのは、それが違法行為ではないという事だ。そして、あまり声高に指摘すると中国を嫌悪する右派とみなされてしまうため、思想の左右の議論に帰結してしまい、カウンターインテリジェンスといった本質の深い議論に至ることが少ない。しかし実際には、魅力的な役職や資金の提供、女性絡みで弱みを握って脅しをかけるといった方法で、機微情報は常に狙われている。今後、これまでの技術情報管理の概念から一歩踏み込み、経済安全保障の観点で情報セキュリティ・技術情報管理のあり方を再考しなければならない。そこには、これまで絵空事のように思われていた「中国によるスパイ」や「国家による合法的手段による技術窃取の手法」もリスクシナリオとして捉えられなければならない。[B]

――4月に大阪市長に就任されたが、市長としての抱負は…。

 横山 まずは2025年の大阪万博が第一で、150カ国を超える国々の英知が集結するイベントを成功させるために尽力していく。万博に向けて大阪の経済を底上げしつつ、それによって安定的な税収を得て、将来世代への投資に回していきたい。万博自体は半年間のイベントでしかないが、これに絡めて市内のまちづくりも進めている。何十年も議論が止まっていた淀川左岸線という高速道路の延伸では、ベイエリアと大阪市街地、京都や奈良に向かう道路と連携する。鉄道でもインバウンドや万博を見据えて、梅田になにわ筋線の新しい駅ができ、新大阪との接続が改善された。万博を主軸に、IR(統合型リゾート施設)も含めたハード面の整理を行っていくつもりだ。ソフト面では再生医療や健康医療など医療産業に力を入れていきたい。財政面では、過去の大型投資による負債の返済が近年は終わりを迎え、大阪市の財政はかなり体力を付けてきた。もちろんこれからも市政改革やコスト削減は行い、市有財産の売却などできることを続けていくつもりだが、成長投資を行う余力が十分にあると考えている。これからは将来世代への投資に舵を切るつもりだ。

――日本維新の会は今回の統一地方選挙でかなり勢力を拡大した…。

 横山 日本維新の会(以下、維新の会)の拠点である大阪では、改革の成果が目に見える形で表れていることが評価されていると思う。まずは精力的に進めていた行財政改革によって大阪市の借金がかなり減少したうえ、天下り団体の改革も進めてきた。また、街づくりへの投資も成果が目に見える形でお届けできていると思う。例えば、大阪市営の地下鉄については駅や車両が汚れているなど評判があまり良くなかったが、維新の会がてこ入れし、車両にディスプレイを付けたり、誰でも使っていただきやすいような綺麗なトイレの整備などを進めた。駅の売店も地下鉄の外郭団体による運営から大手コンビニチェーンに切り替え、売り上げや収入が増加した。

――教育にも投資を進めている…。

 横山 積極的に財政改革を行った分、教育分野への投資に振り向けており、小中学校給食の無償化を実現させた。そもそも大阪市の中学校には給食がなかったが、維新の会でこれをまず実現した後に、今は中学校給食の無償化を実現し、既に無償化できていた小学校とあわせて、義務教育での給食の無償化を達成した。これは子育て世帯には実感いただきやすいところだと思うし、維新の会のメンバーが市長を務める他の市でも順次無償化に向けて動いているところだ。大阪では、吉村大阪府知事と私の公約で掲げた教育の無償化に向けて取り組んでいて、大阪で生まれてから大阪で大学を卒業するまでのすべての教育を無償で受けることができる流れを作りたい。まずは、ゼロ歳から2歳までの保育料の無償化に着手することと、塾と習い事に毎月1万円のクーポンという形で助成することを考えている。大阪で所得の多寡にかかわらず無償で教育を受けられる仕組みを構築し、大阪から新しい教育モデルを日本全国に提案したい。

――大阪市政での課題は…。

 横山 人口問題や高齢化、子どもの貧困といった対策では課題がまだ多い状況にある。現状では大阪市の出生率は依然低下傾向にあり、これには難しさを感じているところで、教育の無償化を進めつつ、例えば働きやすさなど、両親が子供を預けて安心して働ける社会を構築する必要性を感じている。保育所の待機児童は既にゼロになっているが、保育の無償化を行ううえでは、保育士の確保が課題だ。また、児童虐待やヤングケアラー、子どもの貧困など子ども政策で、即座に根本的な解決策を提示することはどれも難しいが、重点的に取り組んでいきたい。一方、大阪市の健康寿命は他の自治体と比べて低く、がん検診の受診率も低い状況になってしまっている。大阪市は面積が狭く、ビルやイベント施設などが集中しているので、市民の運動の機会がなくなってしまっているのではないかと思う。そのため、定期健診の受診や健康寿命増進の取り組みなどを行っている。

――2025年に大阪万博を予定されているが、経済政策については…。

 横山 やはり目玉になっているのは大阪万博で、まずは万博に向けて大阪の経済界と連携し、産業振興につなげていきたい。加えて、大阪は歴史的に医療や製薬関連の産業に強みを持ち、現在は再生医療を主軸に置いていて、こうした医療関連産業の底上げを図っていきたい。再生医療ではこれまではもう治らないと考えられていた病気を治すことができるようになる可能性を秘めていて、大阪に来て病気を治して頂く医療ツーリズムのプランを作っていく。大阪市中心部の中之島には、最先端の未来医療の産業化を推進するために未来医療国際拠点が2024年にオープンする予定で、ここに医療機関と企業、スタートアップ、支援機関が集積する。京都大学のiPS細胞の研究所も入る予定で、大阪市としてもバックアップしていくつもりだ。この点、万博やIRを機にホテルや観光施設、リゾート、国際会議場などの施設ができるので、たくさんの人に大阪を訪れてもらい、先端医療に触れて帰ってもらうというストーリーを描いていきたい。このほか、全国的にインバウンド需要が伸びているなかで観光産業に力を入れていくつもりだ。大阪市の隣の堺市も歴史的な街並みや仁徳天皇両古墳など観光スポットが多く、大阪市から京都や奈良にも行きやすいので、これらが一体となって観光産業に力を入れていこうと考えている。

――金融面での政策は…。

 横山 大阪を第2の国際金融都市にする構想を描いている。わが国の国際的な金融都市は東京の1都市のみで、付随する機能も東京に一極集中してしまっている。他のアジア市場ではシンガポールや香港、韓国・ソウルなどの成長が著しく、中国・上海が何十年とかけて国際金融都市を確立させ、中国が北京、深センなどとあわせて複数の国際金融都市を保有していることと比べると対照的だと思う。大阪でも日本取引所グループ(8697)傘下の大阪取引所が頑張っており、大阪にはIPOセンターという新しいセンター機能を設立した。今後はまだ確定ではないが、大阪府と大阪市で協議して、地方自治体でできる範囲で税制面などでの優遇措置を考えていきたい。吉村知事もその意向を表明している。ただ、これは政策としてのバランスが難しい面もあり、なぜ金融業界だけ優遇するのかといった批判も当然想定されるので、まずは経済界の皆さんの理解を得たいと考えている。大阪は商いの町としての歴史が深く、金融面でも大阪で挑戦や商売がしやすいと言っていただけるようにしたい。[B][N]

――今年1~3月期の実質GDP成長率、第一次速報値は前期比で0.4%のプラスに転じた…。

 宅森 第一次速報時点では2四半期連続のプラスではなかった。(1~3月第二次速報値は7%のプラスに上方修正され、10~12月期もプラスに戻ったため、2四半期連続のプラスになった)。このように今は非常にエコノミスト泣かせの状態だ。昨年10~12月期の実質GDP成長率が、これまでプラスだったにもかかわらず、1~3月期の第一次速報時点では結局マイナスとなった様に、最近の実質GDPは季節調整をかけ直すと細かいところも変わってくる。コロナ禍前の2019年度のピークさえ、4~6月期か7~9月期か、これまでかなり入れ替わった。エコノミストとしては数年遡って考えたうえで総合的に判断することが求められている。コロナ禍での季節調整は難しく、突然の自粛要請やその解除が続き、その波が影響して統計も安定しないというのが実情だ。ただ、日銀が消費者物価指数(コアCPI)の目標を2%と定めて金融政策を行っていることで、マーケットはその他の細かいデータについてはあまり重要視する必要はないとみている感が強い。本当は様々な重要経済指標を過去の修正分も含めて丹念に追うべきだと思うが。

――ロシアとウクライナ戦争の影響は…。

 宅森 ロシアとウクライナ戦争によって原油価格が高騰し、穀物価格などが跳ね上がり、CPIが押し上げられたが、これは供給サイドの問題であり、需要が強くてCPIが上昇している訳ではないため、金融政策が効きにくい。さらに、エネルギー価格については政府対策が実施されることで、上がっているはずの価格が下がる様なこともあり、反動などを含めて予測などが難しい。コロナ禍対策として多額の予算が費やされたが、それらは海外医薬品を購入するために使われるなどしたため、国内の成長にはなかなか寄与していない。国内企業で医薬品を開発製造するというかたちなら違っていたのだろうが、財政支出をしている割にGDPや雇用などが伸びないのはそういった理由がある。

――今後の見通しは…。

  インバウンドが輸出の伸びに繋がっている。外国からの旅行客も、買い物がしやすいという事もあって、引き続き期待できるだろう。加えて、今は円安なので旅行は海外より国内を選ぶ人が多い。また、モノの面をみると、4月の実質輸出入動向は、輸出が1~3月期に比べて3.3%プラス、輸入も2.0%プラスで、モノの外需の寄与度もプラスだ。サービス消費は底堅いだろう。政府の全国旅行支援が終了したとしても、コロナ禍によって自粛を強いられていた人達が外に出ていきたいというマインドは強い。景気ウォッチャー調査の現状水準判断DI3月50.0、4月50.5で17年11、12月以来の2カ月連続で景気判断の分岐点50以上になった。景気が良いと考えている人の方が多く、景気ウォッチャー調査で新型コロナウィルスに関するDIを作成してみると現状判断・先行き判断とも60台という高い数値が続いている。コロナ禍の反動でリベンジ消費などが強く現れると見る人が多くなっているということだ。そうした事から、今年4-6月期のGDPは個人消費回復などが続きプラスになると考えてよいだろう。外需もプラス寄与になりそうだ。7-9月期についてはその反動がどのように出てくるのか、或いは天候要因もあってまだ不明確だが、恐らくは順調に推移するのではないか。

――世界経済を心配する声も多いが…。

  確かに、一番の心配事は世界経済だ。日本経済研究センターのESPフォーキャスト調査でも、21年9月から昨年まではコロナが一番の腰折れ理由だったが、今では「米国の景気悪化」が一番の懸念事項で、次いで「国際金融危機」となっている。すでに金融面での副作用も出てきている。しかし、それはリーマン・ショックの時とは少し違う。リーマン・ショックの時は金融商品を組成している一部がデフォルトし、その商品の価値が全てなくなってしまったが、今回はその商品の価値が下がっただけで、換金すると損が出るものの、例えば大手銀行に組み込まれてしまえば、その商品は資産の一部として残る。日本の金融機関はリスクに対するチェックであるストレステストをきちんと行っているため比較的健全で、そういう面で日本の経済は強いと言えよう。また、最近の米国経済統計では底堅い数値も出ており、アトランタ地区連銀のGDPNOWでも次期四半期で2%程度の経済成長率を予測するなど、米国景気はそこまで悪くない。また、消費者物価指数の昨年5、6月の前月比は、昨年4月の低めの伸び率と違ってかなり高めだったので、今年の5、6月の前年同月比は鈍化しよう。金利についても、ここからさらに1%上げるというのであれば大変だが、あってもあと一回程度であればそれほど急激に景気が失速することもないのではないか。部品不足の影響などを受けていた日本の鉱工業生産指数は、昨年8月をピークに下落基調だったが、1月を底に2月と3月で上昇してきており、今のところ心配することはないだろう。

――7~9月期のポイントは…。

 宅森 海外で悪材料が出ないかどうかがポイントだ。部品不足で落ち込んでいた生産指数が徐々に盛り返し始め、製造業でも戻りの兆しを見せている。9月短観では完全に切り返すだろう。クイック短観で見ても5月の製造業DIは切り上げてきており、非製造業はリベンジ消費もあって強い。そう考えると、海外は不透明ながら国内消費は堅調に上向き始め、7~9月期もプラスとなっていくことが見込まれる。いずれにしても、生産性を上げるためにもDXなどの設備投資は必要だろう。一方で、物価高については色々な価格対策もあり、そろそろ落ち着いてきたという感じだ。景気ウォッチャー調査で「価格or物価」関連現状判断DIの数値を見ても、50を分岐点として昨年12月と今年1月は連続30台という悪い数値だったが、4月は49.9という限りなく50に近くなっている。こうなると、小麦価格の値上げ幅を本来の13.1%から5.8%にする政策はもったいなかったように思われる。特例としてあと千億円程度を出して値上げゼロにしていれば、小麦を使った商品価格も上がることは無く、国内の雰囲気もまた違っていただろう。価格改定による食品の値上げは昨年10月をピークに先々は落ち着いていく事がわかっている。また、円ベースの入着原油価格は遂に4月にマイナスとなり、今後もマイナスが続くことが見込まれている。エネルギー価格が低下すれば半年後の電気料金は下がるだろう。9月に政府の電気価格対策が終了しても、電気代は10月以降も大きくは上がらないということだ。こういう事がわかってくれば、安心感が出てくるのではないか。実質賃金も、エネルギー価格が反映されるようになれば、かなり落ち着きをみせ、むしろプラスになることも考えられよう。

――日本の株式市場は上昇している。国民のマインドにもプラスの影響を及ぼすだろう…。

 宅森 映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は公開3週間続けて興行収入1位となり、歴代の興行収入ランキングでも81位にまで昇ってきた。この映画は、何度失敗しても諦めない心をテーマにしたものだ。そこに、コロナ禍でも諦めずにここまで耐えてきた日本人皆が共感しているのだろう。また、今年4月のプロレスのIWGP世界ヘビー級戦でチャンピオンになったSANADAは、その後のインタビューで「諦めない心を見せることが出来たと思う」と語っていた。野球のWBCで日本が14年ぶりに優勝したのも、諦めずに頑張ってきた結果だ。特にその立役者となった大谷翔平選手は、昨年や一昨年にも増して存在感を強めており、彼の活躍が今の日本人の大きな関心事になっている。彼のホームランと日経平均の動きも連動しているように見えて面白い。「うさぎ年には株価が跳ねる」というジンクスもある。今年はその通りになってきているのではないか。[B]
※インタビューは2023年5月19日時点の内容です

――大和証券グループの投資会社の会長・社長に就任された…。

 小林 われわれを取り巻くさまざまな課題に対して、それを解決する方法は何か、金融の力でできることは何かを考えている。例えば日本社会が直面している高齢化・人口減少問題は、企業の目から見ると事業承継問題として立ち現れる。また国内では、昔からある大企業の多くが成熟期に入り停滞しており、スピンオフ(企業が特定の部門を分離して新会社として独立させること)などによる潜在成長力の向上が課題になっている。世界に目を向けると気候変動問題や環境問題があり、国内外を問わず、さまざまな社会課題がある。そのなかでわれわれが金融の会社として何ができるか。1つは投資によって好影響を与えるということだ。証券会社としての本業である金融仲介業務も重要だが、自己資金の投資や、投資家からの出資によるファンド投資の形でエクイティを使いながら、社会課題の解決に貢献する企業や事業を成長軌道に乗せるというのが狙いだ。

――大和証券グループの投資の特徴は…。

 小林 大和証券グループの投資の1つの特徴は、投資対象のアセットの種類が多いことだ。当グループの投資部門は、大和企業投資、大和PIパートナーズ、大和エナジー・インフラの3社で、中間持株会社の大和インベストメント・マネジメントが3社を束ねるという組織になっている。1つ目に、大和企業投資は、40年以上にわたってベンチャーキャピタル(VC)としてやってきた会社だ。投資額は、40年間では2,300社を超える国内外のベンチャー企業に数千億円規模、現時点ではファンドも入れて約800億円だ。2つ目に、大和PIパートナーズは、国内において事業承継やスピンオフに課題を持つ企業にプライベートエクイティ投資をする会社だ。中堅規模で、成長が踊り場にある企業への投資を行う。人や数字の管理などに問題があるような会社が多いが、われわれがそこにお金だけでなく人やノウハウを投じることによっていっそう成長が可能だと見て投資する。特にわれわれが強いのは財務・資本政策関係のノウハウだ。現時点では、債権や不動産への投資を含め、総額約1400億円投資している。3つ目に、大和エナジー・インフラは、再生可能エネルギーに対する投資を行っている会社だ。太陽光発電、洋上・陸上風力発電、バイオマス発電などに投資している。まさに今、アセットとして右肩上がりの領域だ。その他、インフラ関連の投資では、配電・通信・高速道路等のコアインフラなどにも投資している。総額では約1500億円投資している。

――大和証券グループ本社の中田誠司社長は、証券業以外の事業領域を拡大していく方針だ…。

 小林 中田が「ハイブリッド戦略」と呼んでいるところで、まさに事業ポートフォリオの多様化が進んでいる。例えば、国内における「企業投資」という観点で言えば、大和企業投資と大和PIパートナーズはカニバリゼーション(自社の事業どうしなどで競合すること)しているように見えるかもしれないが、原則として両社において企業の成長ステージごとに投資対象が競合しないようにしており、VCとプライベートエクイティで求められる人材・ノウハウ・経験等も異なる。また、海外については、全世界を見つつもターゲットを絞っている。そのなかでも、いまだ潜在成長率が高い東南アジアのマーケットに注力し、ベンチャー・プライベートエクイティ投資を行っている。大和企業投資は、ベトナム、中国、台湾に独自の活動拠点を持ち、現地での知見とネットワークを持つパートナーと組んで現地の有望な成長企業に投資をしている。また、大和PIパートナーズは、昨年、シンガポールに拠点を設立し、より機動的な投資活動が行える体制を構築した。さらに、大和エナジー・インフラは、代表的な投資先である太陽光発電所の例でいえば、日本以外に欧米でも投資している。投資した再生可能エネルギーの発電所は全世界で34拠点、総発電出力は2098メガワットとなっている。欧米の太陽光発電所に投資するのは、現地の制度が日本より進んでおり、そのノウハウを日本で転用できるためだ。太陽光発電のコストは土地を借りて太陽光パネルを敷くという設備投資にかかり、発電に必要な燃料輸入はないため、電気を売る価格が分かればキャッシュ・フローを読みやすく、金融商品と考え方が近い。あとは運営上のリスクとリターンの問題で、リスクを専門家から学ぶことが重要になってくる。われわれが運営できるようになれば、いずれそれを金融商品にして投資家に売っていきやすくもなる。また、日本より先に価格が変動する仕組みに移行した欧米でのノウハウを知っていると、日本でのプライシングに役立つ。電気を売る価格は、コストの上ぶれを見込み、バッファーを取って設定するのだが、そのゆとりを小さく見積もるほど価格競争力が上がってくる。このように、われわれが資金を回すことによって事業が発展することになるのは、素晴らしく面白い。これから先、気候変動問題や環境問題の下、再生可能エネルギーの導入は日本も避けて通れない。いち早く動き、社会に貢献したい。

――岸田内閣はベンチャー育成に力を入れている…。

 小林 ベンチャー投資に対する日本政府の支援が強化されているのは当然だ。さまざまな問題を解決するのはイノベーションしかなく、イノベーションはベンチャー企業から生まれやすい。いかにベンチャー企業に投資によるリスクマネーを供給するかが重要だが、日本には資金だけでなく人、ノウハウが不足しているのが実情だ。ついこの間、大和企業投資も関わる日台のバイオベンチャーファンドの台湾での投資先を見学したが、医薬品の製造・販売の許可を出す役所である、日本でいう厚労省の施設と、ベンチャービジネスを作り上げるイノベーションセンターが同じ敷地内にあった。同じことを日本でやろうとしたら縦割り行政でそうはいかない。厚労省とベンチャー育成を担当する経産省とでまったく別の動きをするだろう。台湾のような一極集中の政策の強みは「当たれば大きい」ことだ。このため、まだまだ日本には制度などを見直す余地と伸びしろがあるとも考えられる。

――大和インベストメント・マネジメントが上場する選択肢は…。

 小林 ありえる話ではあるが、今は具体的には考えていない。大和証券グループの会社としてのメリットもある。われわれは、同業の独立系投資会社と比べて、決済の確実性と投資における意思決定のスピードを強みとして信頼を得ている。大和証券グループという看板の下で、間違いなく支払うということと、それほど大きな会社ではないため機動力があるということだ。その信頼性との見合いで、われわれに今より力が付いて看板が必要なくなったときは、どちらが良いかという選択肢が出てくるだろう。また、今、投資部門の3社の収益性はほぼ同じレベルだが、一期ごとの収益より長期的な見方が重要だ。その点、外部資金をファンドとして運用する大和企業投資は、管理報酬等により収益が安定している。40年間でそのようなビジネスモデルになったということだ。証券会社には自己資本比率規制があり、自己投資は相当「資本を食う」ためむやみにできない。そのため、ゆくゆくは残りの2社も、投資家から預かった資金をベースに、自分たちも同じ船に乗って投資するというスタイルに向かうのではないかと思う。ビジネスとして安定性が高まり投資額は増えるとすれば、いっそう投資の目利きとリターンを得る力が重要になってくるだろう。

――今後の抱負と課題は…。

 小林 やはり、1つは自己資本比率規制にどう対応するかという点で、キャピタルリサイクリング、つまり保有するアセットを金融商品化・ファンドに売却し、常に資本を回転させるということをいかにスムーズにやっていくかということだ。また、アセットの種類をどう増やしていくかということも大きな課題だ。たくさん種類がある分散されたポートフォリオほど安定するが、一方で成長との兼ね合いもあり、今は今後成長するであろう分野・領域に経営資源を注力している。リスクとリターンの関係を常に考えながら、ポートフォリオを着実に増やしていきたい。[B][L]

――国際的な知見を行政に応用されている…。

 岸本 昨年の7月に杉並区長に就任する前は、オランダとベルギーにそれぞれ約10年ずつ住み、国際的な財団でキャリアを積み上げてきた。これまでの区長は都議会議員や都庁の元職員、元副区長など、何かしら行政に関わっている方が多かったが、やはり人的なネットワークや知識など、行政や人の動かし方を知っておられ、それは大きな強みだと思う。私にはそういった行政での経験がない代わりに、おそらく他の方が持ってないものを持っている。国際的な知見や経験を含め、今までの政治はあまりそういったことを求められなかったが、杉並区民はそれしか持っていない区長を選んだ。そこには新しいリーダーシップへの期待があると思うし、逆に心配も多くあると思うが、私は期待をやはり信頼に変えていくしかないと考えている。日本社会の停滞感は否めない。国際的な変動に対する日本社会の沈黙感や変わらない感は強く、賃金が上がらないだけではなく、国際感覚の低さが今回のサミットで可視化された。新しい社会に対応して行くための人材育成を、国の生き残りを賭けて行わなければならないと思っている。

――杉並区では、区民の意見を予算編成の一部に反映させる参加型予算の制度を始められている…。

 岸本 行政における問題意識として、国民が50%近い税負担をしているにもかかわらず、支払ったものがどこで使われ、どこまで自分たちに返ってきているか、その意思決定に参画できている感覚がものすごく薄くなってしまっている。区や都、国家予算の何億円、何兆円といったレベルでは国民の感覚として分からなくなっている。杉並区でも今年度の予算は一般会計2107億円で、介護保険や国民健康保険などを加えれば3270億円になり、この規模の予算に興味を持つのは難しいと思う。参加型予算では、例えば社会福祉や学校、まちづくりなど身近なお金の使い道を考えるきっかけになることを狙っている。自分たちの払っているお金について知る権利があるし、行政がいくら周知を行っても、それを受け取る側はなかなか把握することが難しい。ただ、実際に自分がそれに参加すれば、「一般会計予算とは何だろう」「一般会計じゃない予算があるのだろうか」と疑問も湧いてくる。特に若者たちに参加して欲しい。選挙に行くだけではなくて、地方自治に主体的に関わっていく人を育てていかないと、地方自治は先細りしていくという危機感を持っている。

――財源はどこから手当てするのか…。

 岸本 初年度に関しては、国税として徴収し各市町村に配っている森林環境譲与税を杉並区で積み立てた基金が6000万円程度あり、この基金の使いみちを23年度にインターネットなどを通じて提案を募集し、ネット投票などで提案を絞り込み、24年度予算案に盛り込むことを考えている。区長に就任し、参加型予算をやりたいと言ってもネックだったのは財源で、区の職員が編み出してくれたアイディアだ。森林環境贈与税は森林整備を促進する施策に充てるために国から譲与されるものだが、都心で森林整備というのも使い道がなかなか難しい。今回に関しては、森林整備という制限のなかで、試験的に区民からアイディアを出してもらって使い道を決めてもらうことにした。初年度の参加型予算は森林整備と使い道が限られてしまうが、住民参加のシステムをまず作ってみて、制度をスタートさせたかった。将来的には、財源を工夫して用途を広げていきたい。一方、地方自治には議会があり、予算は議会の議決に基づき成立するものなので、区議会での賛否両論は当然想定される。ただ、これは割合の問題だと考えていて、杉並区の一般会計予算が2000億円あるなかで、0.1%にも満たない額を、まさに市民教育とか主権者教育に使おうという趣旨であって、これは区政にとってプラスだと強調したい。住民は収入の半分近くを行政システムに支払っており、その使い道を決め、支払った金額に見合った利益を受ける権利を持っているはずだ。

――海外での経験を踏まえて、日本の自治体で改善すべき点は…。

 岸本 議会改革は本当に重要なテーマだと考えている。日本は地方議会の投票率の低さが際立っており、今回の統一地方選では50%を切ってしまった。もっと主権者教育を行って、特に20代の若者に地方自治に興味を持ってもらい、投票率を上げる必要があると思う。地方議員のなり手不足も問題だ。その背景には、それなりに忙しいのに給料が安く、魅力が感じられないことがある。DXなどの活用で議会も効率的に運営できるはずで、副業を認めたうえで議会は夜に開催するなど、議員の負担を減らすことは必要だ。杉並区では新任の区議が増え、区長も新任なのでそれぞれ未知数な部分も多いが、もちろん議会改革は歓迎するし、私は行政として頑張っていきたい。

――人口減少については…。

 岸本 杉並区の人口は微増傾向にあるので、人口減少は当面は大きなテーマではない。どちらかというと人口増加に対応する問題解決が求められている。もちろん人口増減に関係なくやらなければならないが、子育て世代への支援や住宅の確保、学校教育の充実など基礎自治体として当然やるべきことで、これに対する緊張感は常に持っている。杉並区では、前区長の取り組みもあって保育所の待機児童はゼロを達成している。むしろたくさん作った区の保育所に空きができ始めている。これについては、これまではフルタイムの共働きの家庭のための保育に区の予算を充てていたが、現在、さまざまな働き方や修学する親にも保育が必要だと考えている。社会全体で子どもを育てていくという考えが重要で、そのための社会インフラを整備する必要がある。

――区長としての課題は…。

 岸本 課題でもあり、区長の仕事としてワクワクするのはまちづくりだ。東京23区ではどの区も大きな再開発を進めており、タワーマンションを建てて富裕層に住んでもらい、入ってくる住民税で区役所の建て替えなどをする手法が使われているが、杉並区はそういうものは似合わないだろう。身の丈に合ったレトロ感が好きで杉並区に住んでいる人が多いと思う。歴史や文化を重んじ、身の丈サイズのレトロ感を活かしながら、防災やまちづくりを進めていくという、新しいチャレンジだ。杉並区の隣には吉祥寺があり、中央線を使えば新宿も近い。ショッピングモールや映画館は杉並区の周りに山のようにあるなかで、杉並区では他の価値観を追求していく一つのモデルケースを目指している。ただ、大規模な再開発を行わないと国からの補助や企業の設備投資資金など、官民の資金が入ってこなくなってしまうが、そうではなくともまちの発展はできるということを区民の人達と一緒に考えていき、ある意味では最先端の都市に、それでいて身の丈にあったレトロ感を重んじていきたい。

――国への要望事項は…。

 岸本 まずは、いわゆる「ボートマッチ」を行政が行えるような仕組みづくりだ。これはオンライン上で「性の多様性についてどう思いますか?」といった質問に答えていくと自分の考えに近い候補者を表示してくれるサービスで、有権者への情報提供の一つの手段だ。国政や県知事選では新聞社などが行っている。杉並区の選挙管理委員会では、今回の区議選で70人近く立候補者がいたため有権者がどの候補者を選べば良いのか分からなくなってしまっている恐れがあったため、選挙啓発の一環としてボートマッチを行おうとしたが、結果として公職選挙法に違反する恐れもあるとの総務省の見解が示されたので選挙管理委員会が中止を決定した。一方、海外では、オランダやドイツの総務省に当たる省庁で、「市民の政治参加」というセクションがあるが、そこが中心となってボートマッチの仕組みを20年以上前に作り、各自治体が選挙に応じてデータを更新し、有権者に提供している。欧州では若者を含めて70%から80%の投票率に達しているなか、杉並区の区議選では20代の投票率が20%台となっていて、これは危機的な水準だ。こうした政治を続けてきた結果、日本が停滞してきたことを考えれば、地方自治でもボートマッチの仕組みを利用し、積極的な政治への参加を促せるようにすべきだ。自治体がやろうとしてもできないのだから、国として自治体が利用できるシステムを作って欲しい。また、非正規の公務員、つまり会計年度任用職員の処遇を上げて欲しい。元々は非常勤職員の処遇改善を目的に始まった制度であり、杉並区でも力を入れているが、総務省における自治法の改正により、これまでの課題であった勤勉手当の支給が地方自治体でも可能となったのは前進だが、この制度によりワーキングプアを全国的に作り出してしまっているのではないか。会計年度任用職員は、例えば保育や図書館などの公的施設で活用されているが、労働時間の短いパートタイマー的な勤務が主で、しかも女性が圧倒的に多い。これだけで生活するのは非常にきついのではないかと思う。経団連が長らく正規から非正規に置き換えていくことをやってきて、この結果が今の日本なので、総務省には国を挙げて処遇改善に繋がる方策をもっと考えて頂きたい。[B][N]

――個人投資家の株式保有比率低下の原因と対策は…。

 中島 個人投資家の株式保有比率は低下しているが、保有残高自体が減っている訳ではなく、海外投資家や日銀のETF買いが増え、また個人投資家も投資信託経由での購入が増えており、結果として個人投資家の保有比率が低下している。こうした状況の中で、政府は資産所得倍増プランを策定し、NISAの恒久化および抜本的拡充を決定した。NISAの利用推進は、個人投資家の株式保有比率低下への対策にもなると考えている。

――金融経済教育を推進する組織も新設する…。

 中島 いざ投資しようというときにどうすればいいのかわからない、自身に相応しい投資商品がわからないといった状況では安定的に資産を増やしていくことは難しい。そうした課題へ対応するため、金融経済教育推進機構という法人をつくり、国として本格的に真正面から金融教育に取り組もうとしている。機構の運営の詳細は、まだ決定していない。ただ、我々としてはできるだけ民間のリソースを活用したいと考えている。法案の審議状況などを見ながら今後具体的な内容をよく考えていきたい。

――株式市場においても経済安全保障に対する警戒感が高まっている…。

 中島 日本市場のことを考えれば、海外投資家を含めて幅広く、多様な参加者がいて、厚みを持ち、厚みがあることによって市場の安定が図られるべきで、グローバルに開かれた市場としていく方向に変わりはない。ただ、経済安全保障の観点は重要だ。外為法において出資規制が強化され、海外投資家が日本株を買う場合で、問題となりそうな場合はこの法律で対応することが基本的となる。今後も法律という透明な形で対応すべきだと考えている。外為法の規制見直しにあたっては、経済安全保障と海外投資家にとって魅力ある市場の両立に向けて、金融関係者の意見も踏まえながら議論を行い、いまの仕組みがつくられている。金融庁も経済安全保障に対する問題意識は高い。一方で、我々に経済安保の知見が十分にあるとは言えないため、政府として専門家などが地政学的リスクを分析しており、そうした点について金融庁も政府の一員としてコミュニケーションをとりながら取り組んでいる。今後制度開始が予定されている経済安全保障推進法では、「金融」が重要インフラのひとつに挙げられており、例えば、有事の際に銀行の勘定系システムが停止してしまうと日本の金融システム全体に影響を与える恐れがある。このため、勘定系システムなどの基幹システムをつくる際に、経済安保の観点からチェックをするなどの対応が想定されている。

――台湾有事に伴う中国リスクを開示すべきではないか…。

 中島 有価証券報告書では会社が有しているリスクをきちんと開示することを求めており、すでに特定国で売上高または有形資産が全体の10%以上ある場合については開示を求めている。また10%未満だとしても投資家にとって必要であれば開示するよう促している。中国や台湾とビジネスをしなければ収益を逃すことにもなるため、ビジネスをしているがリスクをきちんと認識しており、有事が発生すれば対応できる旨を含めて開示することが、投資家にとって重要だと考えている。形式基準については未来永劫変わらないということはなく、常に投資家にとって必要なものを考え、どれを義務付け、どれを任意とするのか不断に見直していくに尽きる。現時点における海外に関する開示体制はそれなりに十分だと考えている。

――市場国際化の遅れの要因である所得税の高さを埋める手立ては…。

 中島 日本のように経済規模がある程度大きい国が、タックスヘイブンの国のように税率引き下げで投資を呼び込むというのは考え難い。このため、日本の場合は、市場としての魅力を高めることで投資を呼び込むことが重要であるという考えから、コーポレートガバナンス改革などに取り組んでいる。ややもすると日本企業は内部留保を貯めがちであるが、収益を上げるための投資を行うようになれば海外投資家の関心は高まる。またサステナブル・ファイナンスにおけるアジアのハブとする方策も考えられる。グリーンや脱炭素に向けた移行などにおいては多額の資金が必要となっており、つまり金融が必要とされる段階に入ってきている。また日本には地球環境に有用な技術がそれなりにあり、人材もいる。さらには資金もある。そうした要素を組み合わせれば、日本がグリーンの国際金融センターとなり、アジアにおけるプレゼンスを高めることも可能だ。例えば、昨年、日本取引所グループに設置されたESG債情報プラットフォームにおいて、単に日本の債券だけではなく、アジアの債券も閲覧できるようにするなど情報を拡充すれば、魅力的な家計金融資産というメリットもある日本に世界中から人や資金が集まることが期待される。

――社債市場が余り発展していない…。

 中島 金融庁が社債発行にブレーキをかけているということはまったくない。昨年の金融審議会でも社債市場の活性化に向けた議論を行った。制度的には法的な義務を負うことになる社債管理者をだれが担当するのかという、社債管理の担い手確保の問題があるだろう。ただ、日本でなぜ社債発行が活発化しないのか。企業にとってメリットがあれば社債を発行するだろうし、メリットがなければ銀行借り入れとするだろう。企業サイドから発行ニーズはあるが発行できないという声があれば対応しなければならないが、日本は歴史的に銀行の借入金利が低く、社債の方が手間・コストがかかると言われている。海外のように元から金利が乗っている世界とは異なることから社債発行のニーズが高まらない。しかし、いつまでたっても鶏と卵の話では仕方がない。企業の資金調達手段の多様化の観点からは株と銀行借り入れに社債発行を加えることができ、また投資家サイドにとっても国債以外のフィックストインカムの投資先となるため、社債市場に厚みを持たせる必要はある。投資家による社債の評価に必要な情報が開示されることも重要だ。社債権者となる投資家には、担保も含め銀行が発行会社に対する融資にどのような条件をつけているのかが見えない。その点、見える化によって投資判断にあたって不利にならないようにすることなどについて、金融審議会での議論などを通じて推し進めている。現状発行がないBB格については、金利が乗ればリスクを取れる投資家は出てくるだろう。しかし金利が乗らなければ投資家にメリットがなく、投資家がつかない。これも鶏と卵の話だが、投資家層を厚くし、リスクをとって高利回り社債を求める投資家の存在も必要である。

――欧米の金融不安に起因する見直しの必要性は…。

 中島 現時点で日本において変えようと考えている金融規制はない。やみくもに規制を変えるのではなく、いま何が起きているかをきちんと整理し、どのような原因で破綻なり、経営不安が起きたのかを見極めたうえで、必要であれば手直しをしていく。まずは現状の金融システム不安を沈め、その教訓をどう生かしていくかが重要だ。日本の地銀は全体感で言えば、資本が厚く、有価証券において海外金利上昇に伴う含み損はあるものの、株高による含み益がある。ただ個別行でまちまちでもあるため、個別に有価証券リスクの管理態勢の整備を求めている。日本の銀行が破綻するとは考えていない。しかし、リーマンショックのように、世界景気が大きく落ち込めば、日本の金融機関も影響を受ける。今後の世界の経済動向や金利動向に対する関心は高く、それらが金融機関にどのように影響を与えるかを注意深く見ていかなければならない。[B][X]

――米中の外交対応の報道を見ていると、最近は中国のプレゼンスが目立つ…。

 貞岡 米中関係を考える際には、現時点の状況だけを見ていると近視眼的になりがちだ。「木を見て森を見ず」とならないために、「トゥキディデスの罠」を下敷きに考えたい。トゥキディデスの罠とは、新興国と覇権国が対立した場合にしばしば戦争に至るという現象を指す。2017年に、グレアム・アリソンハーバード大学教授が著書で紹介した。トゥキディデスはスパルタとアテネによるペロポネソス戦争の歴史を研究した古代ギリシャの歴史学者で、アリソン氏はその人にちなんで現象を名付けた。同氏が率いるチームの研究によれば、過去500年の大国同士の争い16件のうち、12件つまり75%が戦争に至ったという。戦争になった最近の例でいえば、第一次・第二次世界大戦だ。第一次世界大戦は新興国ドイツが覇権国だった英国に挑戦し、敗戦した。第二次世界大戦はドイツと日本が米国に挑戦して負けた。また逆に言えば、4件だけは平和的に解決されている。一つの例は冷戦だ。旧ソ連は覇権国の米国に挑戦したが、冷戦構造によって封じ込められ、自然に衰退した。もう1つの例は、第一次世界大戦後の英国から米国への覇権の移り変わりだ。英国は第一次世界大戦に勝利したものの疲れ果て、加えてワシントン海軍軍縮条約によって海軍の主力艦の総トン数を制限された。その結果、覇権国の地位がイギリスから米国に平和的に移ったと歴史家は見ている。この研究に照らして現在の米中関係を考えると、覇権国に当たるのは米国だ。米国は、第一次世界対戦後から第二次世界大戦を経て現在に至るまで軍事大国で、世界一のGDPがあり、基軸通貨体制もある。国際秩序はこれまで軍事力、経済力を持つ米国を中心にして回ってきた。そこに力をつけてきた中国が挑戦しようとしているという図だ。米国には大国思想が、中国には中華思想がある。ともに自分たちが世界の中心だという意識だ。どうしても、覇権国対挑戦国として、対立の要素が非常に多い。

――今後、米国と中国のどちらが勝つのか…。

 貞岡 米国も問題を抱えている。最大の問題は「分断」だ。ただ、米国は建国当初からいろいろな考え方、出身の人々が集まった、まさに「合衆国」であり、南北戦争という最も大きな分断を乗り越えて現在の大国になっている。米国はバラバラになっても敵があればまとまる国でもあり、私は分断については心配していない。2つ目に人口減少だ。しかし、米国には移民が流入しており、社会の新陳代謝が促されている。加えて、軍事力も世界一を保っている。一方、中国はどうか。問題の1つは共産主義体制だ。共産主義では経済は回せない。いずれひずみが大きくなり、それ以上の経済発展はしないという段階がくる。人口減少も経済に打撃を与える。さらに、最大の問題は、現在の中国が習近平国家主席の独裁体制ということだ。共産党体制においても集団指導体制を取っていれば正しい方向に進む可能性が高くなるが、いまの中国の体制では指導者が「右向け右」と言えば皆が右を向く。米国にもいろいろな問題はあるが、民主主義の下、選挙で指導者を選び、その過程を自由なマスコミが批判する環境がある。やはりその点も米国が強い理由だ。

――米国は中国に対し半導体輸出を規制し、世界的な西側包囲網によって中国経済は孤立しつつある。中国はこれからどうするのか…。

 貞岡 中国のとる道は3通り考えられる。「負けました、これからは国際社会の優等生となります」と譲歩して意見表明する。もしくは、抵抗は続けるが軍事的手段は取らない。この場合、デカップリングによって中国経済は縮小し、貿易マーケットも減っていくことでジリ貧になる。3つ目は、「このままやっていても将来的に米国との競争で負けていくしかない」ということで、米国に牙をむくという選択だ。現在の米国は、ウクライナ侵攻を見ていても分かるように、できるだけ戦争はしないという方針をとっているが、例外がある。米国はやられたら必ずやり返す。習近平がまかり間違ってグアムやハワイ、ロサンゼルスにミサイルを撃てば絶対に反撃があり、それが第三次世界大戦になるだろう。戦争にならないとして、指導者がかつての鄧小平のように「ここは喧嘩をせず、世界と仲良くやってお金をしっかり稼ぎましょう」と言える人物に代われば、世界は平和になるが、中国は世界第2の地位に甘んじることになるだろう。それが中長期的に見た米中関係だと考える。

――台湾侵攻などのリスクは…。

 貞岡 リスクはある。ただ、結論から言えば、台湾が平和的に統一されればもちろん、武力によって統一されたとしても、米中関係はそれほど傷つかない。まず、習近平は平和統一の可能性を最大限探るだろう。軍事力を使うにしても、台湾の周囲の海上封鎖など、被害を出さずに軍事力を示し、それによって台湾に選択肢を与えるという体をとるだろう。そうした場合、台湾の民衆がどう反応するか。香港を見れば、19年の大規模デモ以降、中国が1国2制度50年の約束を破って次々と本土化を図っており、香港国家安全維持法に押さえつけられた結果、今は抗議の声がほとんど聞こえてこない。台湾でも、「統一されてもしばらくの間は本土とは違う体制ですよ」「従来と同じように商売してもいいですよ、自由に行動していいですよ」という条件を与えられたら、「戦争するよりはいいじゃないか」と受け入れる世論が出てくる可能性も高い。そうなれば、台湾国民が「抵抗していない」のに米国や日本は介入なんてできない。そのストーリーを習近平は最後まで諦めないだろう。もしストーリーが成立せずに武力侵攻に至るとしても、台湾の地形を考えると簡単ではない。台湾は周囲を海に囲まれ、中央に巨大な山脈が背骨のごとく走っているため、なかなか上陸できる場所がない。台湾が抵抗すれば、中国が相当な被害を出さないと成功しない。また、米国が介入するとすれば、台湾に部隊を派遣せず、後方支援で終わらせる可能性が高い。米国自身が攻撃されれば話が変わるが、習近平はしないだろう。結局のところ、いわゆる米中の全面対決にはならないのではないか。

――中国国内の格差問題や経済問題によって中国で内乱が起きる可能性もある…。

 貞岡 ひとえに今後の中国の経済発展しだい、共産党が14億人の民を食わせられるかどうかだ。万が一、地震などの天災や経済政策の失敗で多くの中国国民が「飢える」ということになれば、中国の過去の歴史同様に、内乱の可能性は高まる。一方で、過去の歴史になかった要素として、技術の発達によって人々を監視する技術が飛躍的に進歩している。人々の間でまたたく間に情報が伝播するという面もあるが、IT技術の進歩がどのように中国の今後の安定に寄与するかは不透明だ。

――中国の外交的プレゼンスは長期的に見ればたいしたことはないのか…。

 貞岡 現在、和平外交で得点を稼いでいるような面もある。一方で、中国大使の発言では、駐フランス大使による旧ソ連諸国の主権を疑問視する発言や駐日大使の台湾情勢をめぐる脅迫的な発言などが表面化している。一方では和平に重きを置くというポーズを取りながらも、文字通り「衣の下から鎧が見える」様相だ。そのような状況には、専門家だけでなく西側諸国の大衆も、「中国は信用ならない国だ」と感じているのが実情ではないか。中国がウクライナの和平に成功すれば、短期的に得点が稼げるかもしれないが、その他の中国の覇権主義的な「悪い」評判、行動はなかなか消えない。1つ良いことをなしたからといって、残りの99をなかったことにするのは難しい。そうしたことを勘案すると、中国が米国に代わり世界のリーダーとなるのは遠い将来のことではないか。[B][L]

――世界中でデジタル通貨の開発競争が巻き起こっているが、その結果、基軸通貨ドルが脅かされるとの懸念もある…。

 山岡 デジタル通貨について現在多くの国が調査研究をしているが、その隠れた思惑として通貨間の競争激化が意識されている。とりわけ、中国のデジタル人民元への政治側の警戒感は根強い。主要国の中で先駆けてデジタル通貨の調査研究を進める中国について、各国の政治サイドでは「国際通貨の主導権を握ろうとしているのではないか」という懸念が目立つ。もちろん、各国とも中国警戒論をデジタル通貨の調査研究の表向きの理由にしているわけではなく、公式には「デジタル技術で金融インフラの利便性を高める」という目的を掲げている。ただ、先進国ほど中央銀行によるデジタル通貨の発行は難しい問題を抱える。発達した銀行システムを持つ先進国で中央銀行が自らデジタル通貨を発行すれば、民間銀行の預金を奪うかもしれない。中央銀行が個人や企業に直接貸出を行うのは不得手であるため、民間銀行の貸出や資金仲介を縮小させ、効率的な資源配分を損なう可能性があるからだ。

――先行している中国での運用の結果は…。

 山岡 中国は2014年にデジタル人民元の調査研究を始め、中国の人々が実際にデジタル人民元を使う試験運用の段階まで至っている。しかし、アリババのアリペイやテンセントのWeChatペイを凌駕して使われる状況にはなっていない。アリペイやWeChatペイのアプリは、買い物や各種チケットの予約など、中国の人々の生活を全面的にサポートしているが、中央銀行が自らのデジタル通貨に直接、このような多様な商用サービスを付けることは難しい。このため中国の人々にとっては、やはりアリペイやWeChatペイの方が便利だという評価が多い。これは、自律的に発達を遂げた民間のデジタル決済インフラを中央銀行デジタル通貨が凌駕することは適当でないうえ、現実にも難しいことを示唆しており、他国にとっても有益な情報だ。このことを踏まえ、デジタル人民元が人民元自体の国際的プレゼンス向上に顕著に寄与するわけではないだろうという冷静な見方も、最近では出てきている。

――なぜ中国はデジタル通貨を発行したがっているのか…。

 山岡 中国当局から見れば、アリペイやWeChatペイを運営する民間企業が国内の支払決済インフラを占拠することは由々しき事態だ。中国当局としても、アリババやテンセントが民間企業としてある程度成長することは歓迎するし、自由な経済活動を尊重しているというアピールにもなる。しかし、これらの民間企業が中国共産党より強大になることは歓迎していない。とりわけ近年、中国はアリババやテンセントといった巨大ハイテク企業に強い規制をかけるようになっている。したがって、デジタル人民元の隠れた目的としても、アリペイやWeChatペイへの牽制という趣旨はあるだろう。同時に、中国当局は最近、デジタル人民元が実現しても、これはあくまで民間の決済インフラの補完であるという説明ぶりに変えてきている。このことも他国にとって有益な情報だ。欧米や日本も、決済インフラの主役は民間であり、仮に中央銀行デジタル通貨が実現するとしても、それはあくまで民間との協力のもとで発行されるというスタンスを、一段と明確にしている。

――デジタル通貨発展の方向性は…。

 山岡 現時点で中央銀行デジタル通貨に期待される役割としては2つが考えられる。一つはライフラインとしての小口デジタル決済サービスだ。例えばスウェーデンは、国土は広いが人口は少なく、現金の流通にはコストがかかる。日本のように全国どこでもATMがあるわけではなく、人々が現金を入手するのは大変だ。そうした中、少額の支払い用の、現金代わりのデジタル通貨を中央銀行が自ら供給すべきではないかという問題意識が、検討の背景にある。また、銀行口座もクレジットカードも持たない人々に、社会インフラとしてのデジタル通貨を提供すべきではないかとの議論もある。もっとも、途上国や新興国は別として、このようなニーズが先進国でどの程度あるのかは分からない。もう一つはその対極であり、銀行間決済やクロスボーダー決済の利便性を高める、ホールセール決済手段としてのデジタル通貨だ。クロスボーダー送金にはコルレスバンクを介して何日かかかることが多いが、中央銀行デジタル通貨の整備を各国で進めることで、クロスボーダーを含めた大口決済の利便性を高められないかなどが論点となっている。ただ、各中央銀行は既にRTGS(Real-Time Gross Settlement、即時グロス決済)を構築している。例えば、日銀の日銀ネット、欧州のTARGET2、米国のFedNowなどだ。中央銀行デジタル通貨が、これら既存のシステムを超える価値をどの程度創出できるのかが論点となる。また、決済の利便性向上に向けて、日銀ネットなど既存のRTGSの改良を通じて実現できることもたくさんあるだろう。

――関連する技術としてブロックチェーンの活用が進んでいる…。

 山岡 ブロックチェーンを本気で決済手段に活用していくならば、やはり決済手段の価値の安定が求められる。これらの技術を使って短期的に儲けようとする人々は仮想通貨に飛びつきやすかった。発行にコストのかからない仮想通貨なら、1円でも買ってくれる人がいれば発行者はシニョレッジ(通貨発行益)で儲かる。ただ、このような仮想通貨は価値の変動が激しく、決済手段には使えない。また、近年注目を集めたNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)も、残念ながらこれまで投機目的として注目され過ぎてしまった。さらに「NFTの決済にはブロックチェーンを使う仮想通貨が便利」と喧伝されがちで、そうなると、投資対象も決済手段もリスクが大き過ぎ、一般の人々が入りにくいマーケットになってしまった。しかし最近では、投機色の強い市場で多くの事件が起こり、各国が市場健全化の意識を強く持つようになっている。例えば米国では、「ステーブル」をうたいながら実際には価値安定化の枠組みが十分でないステーブルコインについて、規制を強化する動きがある。これらを通じて過度に投機的な動きが淘汰されれば、金融市場として、ブロックチェーンが適切に活用される良い方向に向かっていくと思う。ブロックチェーンは、従来は取引対象化が容易ではなかった権利や価値を新たに取引対象にできる可能性を広げており、この技術を活用する上では、デジタルアセットを巡る制度設計が重要になってくる。

――日本で中央銀行デジタル通貨が実現するための課題は…。

 山岡 まず、現在の日本銀行法の枠組みの下で発行できるのかどうか自体が論点だ。例えば、決済の利便性の観点から、デジタル通貨は1円単位で支払えないと意味がない。日本銀行法では日本銀行は「銀行券を発行する」とあるが、銀行券の現在の最低金額は1000円であり、中央銀行債務を一般向けに1円単位で発行しようとすれば、何らかの法律・政令の改正が必要となる可能性がある。さらに、サイバー攻撃への対策も重要だ。ハッカーは大規模なシステムをハッキングすることにプライドを見出すので、中央銀行デジタル通貨はサイバー攻撃の標的になりやすい。また、現金はプライバシー保護の点では良くできたシステムで、千円の銀行券は「1000円」という価値情報しか持たないため、発行者である日銀も「誰が何を買ったか」は分からない。ところが、中央銀行デジタル通貨の設計次第では、中央銀行がそうした情報まで把握できる可能性がある。中国がデジタル通貨の実験を始めた際には脱税防止が目的の一つに掲げられており、利用者の情報の把握が暗に想定されている。日本でも今後同様の論点が生じる可能性があり、当局がデジタル通貨を通じて人々の日常取引の情報を把握することをどこまで許容するかが議論となり得る。

――今後の取り組みは…。

 山岡 私が座長を務めるデジタル通貨フォーラムでは、中央銀行ではなく銀行をはじめとする民間企業が円建てのデジタル通貨を発行するスキームを想定している。このスキームでは、民間銀行預金をそのままブロックチェーン対応にすることや、人々が預けた預金を見合いに民間銀行がデジタル通貨を発行することを考えている。これにより、中央銀行がデジタル通貨を発行する場合に問題となる「民間銀行預金の侵食」を避けられる。また、仮に中央銀行デジタル通貨が発行されても、共存は可能と考えている。デジタル通貨フォーラムは金融機関のほか、メーカーや商社などの一般企業、オブザーバーとして金融庁や日銀なども参加しており、官民一体となって検討を進め、民間デジタル通貨の実現とデジタル技術を通じた社会課題の解決に向けて取り組んでいきたい。[B][N]

――中国の産業政策に日本企業が飲み込まれるリスクが高まっている…。

 宗像 習近平政権は、中華民族の偉大な復興、祖国の完全統一を目標とし、富国強兵を推進している。経済と国防を協調して発展させるという「軍民融合」を国家戦略に格上げし、「中国製造2025」という産業政策を打ち出した。その中で、日本企業が強い部素材、製造設備などが狙われている。日本企業が技術を中国に持ち込むと、その技術が中国の同業に渡り、中国がその分野で市場支配力を高めていく、というパターンがある。例えば、2010年の尖閣諸島沖事件の際、中国はレアアースの対日輸出を制限した。その後、中国は、「レアアースの安定供給を望むなら、磁石の製造を中国で行えばよい」と日本の主要企業を誘致した。磁石材料製造のための技術や製造装置は、武器製造にも用いられうるものであり、「通常兵器の開発、製造若しくは使用に用いられるおそれの強い貨物例」の2及び3に掲載されているが、結果として輸出され、日本企業による中国での生産が始まり、それを機に中国地場企業の競争力が一気に高まっていった。ボトルネックを克服できる技術やサプライチェーンの上流の物資を握る企業は、中国から熱烈に歓迎されている。しかし、実際に足を踏み入れてみると、大局的には技術を奪われていくという構造になっている。在中国欧州商工会議所のレポートでは、最初は「ビジネスクラス」待遇で歓迎され、技術が移転され中国の同業企業が育った後は、「貨物庫」送りになると表現されている。もちろん技術は進歩し、キャッチアップが起きる。ただ、中国の場合は、キャッチアップが政府の財政支援や強制技術移転によって人為的に加速されている。先を走り続けるためには、そういった中国の産業政策の仕組みを理解し、技術の流出を防がなければならない。中国で生産していなくても、ボリュームゾーンで価格競争を仕掛けられ、収益が悪化し先端分野に投資できなくなり、競争から脱落するというパターンもある。高付加価値帯に移ればよいという議論があるが、稼ぐ力を維持するためにはボリュームゾーンで踏みとどまることが大切だ。しかし、中国政府の様々な支援によって、採算度外視の大増産が行われる場合がある。これは、既存の通商ルールでは必ずしも止められないため、同志国と連携して対応する必要がある。

――中国政府は現在、かつて日本の技術だった高性能磁石などの製造技術を自分のものとし、今度は輸出禁止とする方向だ…。

 宗像 最近の中国は、自国の市場や資源・製品に対する外国企業の依存を梃子にして、外国への圧力を高めるという、経済的威圧の動きを強めている。外国に握られているサプライチェーンのチョークポイントは、技術を獲得して自給自足化して克服し、さらには中国が自らチョークポイントを握れるところまで持っていく。この流れは、2018年以降の個別企業向けの半導体輸出規制が引き金となった。2020年には、国内外の双循環によって経済の発展を目指すという戦略を打ち出し、中国がチョークポイントを握ることで外国が対中供給を断絶させる動きに対し強力な反撃力と抑止力を持つという方針を明確にしている。今回の高性能磁石等における製造技術の輸出禁止の動きは、それを実行するものと言える。自給自足化のための政策手段としては、政府調達も使われている。非公開の目録への掲載を条件とするなど、非常に不透明な形で外資を排除している。社長とその配偶者について中国籍であることを求めるなど、属地主義的な国産化にとどまらず属人主義的な要素も見られる。政府調達に加え、広く重要情報インフラ企業の調達で参照される国家標準を改定して、中核部品の国内での設計、開発、生産を要求する動きが出ている。米国は、中国がWTOに加盟した当初、中国が民主化に向かうという期待を持ったが、それは幻想だった。2017年の米国安全保障戦略は、「競争相手を国際制度やグローバルな通商に参加させれば、彼らは善良で信頼できるパートナーになる、という過去20年の政策の前提は間違っていた」としている。

――日本企業はそうした中国の戦略に対して、どのように行動すべきか…。

 宗像 自社の事業が中国から見てどのような位置づけにあるのかを理解することが出発点になる。中国政府が自給自足化を追求している分野では、技術が流出し中国同業が育って用済みになれば、手のひら返しで冷遇されることを覚悟する必要がある。技術情報が断片的に漏洩しても高度なすり合わせによって品質が管理されていて簡単に再現できないものもあり、現地生産を続ける顧客との関係もあり、現地でどこまでの事業活動をするかは各社それぞれの状況に即した経営判断による他ない。先ほど述べた在中国欧州商工会議所のレポートで「エコノミークラス」と言われている自動車のような川下の消費財については、政府の関与が比較的弱い。テスラは、最近、上海にバッテリーを製造する新たなギガファクトリーを建設することを発表した。車両のセンサーが収集するデータのみならず工場の生産管理データも中国企業との合弁のデータセンターに置くことを求められる。中国に置くデータは内容を見られても仕方ないと割り切った上で、中国市場での事業拡大を図っていると思われる。アパレルなども政府の関与は少ないであろう。ただ、過去にも反日運動が高まったことがあり、その種のリスクは織り込む必要がある。昨年10月、米国が、先進半導体関連の対中輸出を事実上禁止する厳しい輸出管理を導入した。日本は、3月末に、高性能半導体の軍事転用防止のため、製造装置23品目(米国の対象品目とは一致しない)を輸出管理の対象に追加する案を発表した。特定国を名指しするものではないが、中国は強く反発した。その数日前には、アステラス製薬の日本人社員が突然拘束された。スパイ活動関与の容疑というが、要件がはっきりしない中で拘束するのは、威圧に他ならない。さらに中国は、反スパイ法を改正し、スパイ行為の定義を「国家機密やインテリジェンス」の違法な取得と提供から「国家機密やインテリジェンスその他国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の違法な取得と提供に広げ、国防と関わりない産業情報の収集・交換までスパイ行為として罰することができる体制を整えているようであり、中国に駐在する人々が平時からさらされるリスクが格段に高まっている。加えて、仮に中国が台湾を武力で統一しようとした場合には、台湾に駐在する日本人社員やその家族の安全をどう守るか。日米が中国と敵対すれば、中国拠点の日本人社員や資産がどうなるのか。さまざまなシナリオを想定して、どう行動するか平時からしっかりと考えておく必要がある。

――日本では経済安全保障推進法も制定されたが、サプライチェーンについては…。

 宗像 法律によってサプライチェーンの強靭化のための国内投資などに対する支援が行われるが、一定の時間がかかる。着実にやる他ない。一方で、中国がレアアースや磁石製造技術の輸出を規制するようになり、中国に依存していると大変なことになるということが欧州にも浸透しつつある。中国はWTO加盟後世界の投資を集めて急成長したが、投資家の信頼を壊すというオウンゴールをしていることは、日本にとってある意味、大チャンスだ。「日本は世界が信頼できる製造業のハブになる」ということを国是としてアピールし、併せて海外の優秀な人材が日本で働きやすくなる工夫をすればよい。日本は、治安が良く、国民性が穏やかで、食事が美味しく、暮らしやすいが、今はあまりにも安い国になっている。この機会に、個別具体的なプレイヤーを念頭に置いて、どのような政策を行えば産業集積を取り戻せるのかを綿密に検討して実行すれば、日本にとって久しぶりに本格的な成長ストーリーが描けるのではないか。ただしそのためには、顧客目線で考える必要がある。

――日本政府がやるべきことは、お客さん目線になって政策を考える事…。

 宗像 政策は往々にして上から目線で作られがちだが、成功している企業は、自社のビジネスを一旦離れて、顧客が何を考え、どのような生活をして、どのようなモチベーションを持っているかを、顧客目線で考えるところから出発して商品やサービスを構想し、顧客層に試してもらって改良を重ねてから発売し、その後もアップデートを続ける。日本政府も、何をどう変えれば企業が日本に留まりたい、日本に来たいと思うのかをしっかり調査して政策を設計し、一度作った制度も顧客体験の観点からアップデートし続けることが大事だ。米国のインフレ削減法(IRA)は、産業界と緊密に話し合って設計された制度ではないか。非常にドライなグローバル企業に評価してもらうために、周到に政策を設計し、投資のリターンが見込まれる部分に的を絞って、世界との補完関係を考えつつ進めていけば、日本再興のストーリーが描けるだろう。そう思うと、オウンゴールで信頼を失っている中国に感謝の念すら湧いてくる(笑)。今まで成長戦略が難しかったのは、日本がどのような姿を目指すのかが明確ではなかったからではないか。しかし、今は大調整の波が来ている。この機会に観光だけでなく、日本に定住して地域振興に貢献してくれる外国人を増やしていくのもよいのではないか。政府が本気になれば、今まで制約だと思われていたことも克服できる。脱中国の受け皿になってお客さんを呼び込むという明確な目標に向かって、官民一緒になって頑張っていただきたい。[B]

――黒田氏が日銀総裁を退任した。黒田氏が行った大規模緩和、いわゆる黒田バズーカについて改めて評価をしたい…。

 A 黒田バズーカは、いわゆるアベノミクス、安倍元首相が押し進めた経済政策の一つだ。このため、アベノミクスの評価の中で論じられるべきだろう。そのアベノミクスは一言で言えば、太平洋戦争並みの犯罪的とも言える大失敗だ。理由は、国の借金が約2倍の1200兆円に増えたものの、GDPは500兆円台のまま変わらず、また実質賃金は減少してしまった。会社経営に例えれば、会社の負債が2倍に増えたものの、売上は余り変わらず、賃金はむしろ減ってしまったという状況で、経営陣が3回ぐらい総退陣しなければいけない赤字会社の末期症状だ。

――何故そうなったのか…。

3本の矢とも失敗

 B 多くの人が指摘しているのは、アベノミクスが掲げた規制緩和、財政出動、大規模緩和の3本の矢のうち、規制緩和と財政出動は余り行われずに、いわゆる大規模緩和の一本足打法になってしまったというわけだ。しかもその大規模緩和も続け過ぎて、効果よりも副作用が大きくなってしまい、景気促進効果を失ってしまったということだろう。

 C 規制緩和は初めのうちは色々言われていたが、しばらくすると何も言われなくなった。そこは規制緩和により権力が奪われるのを嫌った霞ヶ関の役人の勝利だろう。一方の財政出動の方は、確かに予算規模は膨らんだものの、税収も大幅に増加しており、また、国債費(国債の利子)は大規模緩和により少なく抑えられたままで民間から国へと富が移転する構造が続いている。そしてこれがデフレの要因の一つにもなっている。

 A 税収の増加は、もちろん消費税の引き上げが大きく、これに加えて上場企業のROE推進によるスリム化経営で法人税や配当課税が増加したことも見逃せない。スリム化経営によって、外国人投資家も喜ばせた半面、賃金と設備投資と下請け企業への支払いなどが抑制され、これも消費増税とともにデフレ圧力となった。つまり、財政出動による景気刺激策は実質的には行われていないと言って良い。

大規模緩和の継続で無駄の山

――規制緩和はともかく、財政出動が行われず大規模緩和も緩和効果が無くなっていれば、デフレは治らんわな…。

 B 大規模緩和も初めのうちは効果があったと思うが、続けているうちに副作用ばかり目立って効果が無くなった。副作用の最たるものは、Cが指摘したマイナス金利や長期金利抑制により国債費が抑制された結果、富が国民や企業や金融機関から国へとシフトしたことが一つ。大規模緩和の継続によりいわゆるゾンビ企業が生き残ったことや、財政支出が容易にできることにより財政の無駄使いが巨額となって、官民ともに日本経済を無駄の多い成長できにくい体質にしてしまった。

 C デフレの要因としては、税収の増加やマイナス金利の他に、企業の海外進出やDX化、少子化も挙げられる。海外進出は米国に巨額な貿易黒字を糾弾された結果の対策だが、それにより貿易立国から経常黒字立国に変身したものの、経常黒字による円高と極めて安い輸入製品や海外賃金によるデフレ圧力に晒されることとなった。その意味では円安効果を生むマイナス金利政策は、リーマンショックの後もそうだが、安い製品輸入によるデフレ効果を緩和する一定の役割は果たしたと思う。

完成度低い国際収支立国

 A 問題は、マイナス金利政策やYCC(イールドカーブコントロール)が大幅な経常黒字によるデフレ効果を緩和している間に日本経済を次のステージに引き上げられずに、ズルズルと大規模緩和を続けてしまったことだ。円高をうまく利用した政策、例えば外国人労働者の期間雇用の大規模な解禁や国際金融の抜本的強化策の導入など規制緩和や抜本策が打ち出せずに、それまでの円安・輸出立国政策を変えられなかった。このため、今でも円安により外国人観光客を増やそうなどと言っている。政策立案の発想が40年くらい古い。最もそれには輸出中心の経団連企業の体質に依るところも大きかろう。

――デフレのそもそもの原因は、バブル崩壊後の日銀の金融引き締めの長期化と、バブルと金融不安の再来を恐れ銀行を規制した金融庁の金融監督指針の問題だった…。

 B 日銀の金融引き締めは白川総裁から黒田総裁に変わった時点で緩和に転換し、金融監督指針も既に変わっていて、その2つはさすがにデフレ要因では無くなっている。しかし、黒田バズーカによる大規模緩和は国の膨大な借金作りや経済の非効率化を促進させた。また、金融監督指針が変わったと言っても金融機関が融資体制を変えるには10年タームで時間がかかるし、マイナス金利により体力が衰えている現状では新たな投資も難しい。結局、メガ三行の海外融資や地銀の海外投資を除けば、国内ではDX化などによるコスト削減が中心になる。つまりそれはデフレ経営だ。

減税が出来ないことも問題

 C 日本の財政政策が財政支出ばかりで減税をしないこともデフレ要因の一つだ。財務省は利下げを嫌ったかつての日銀と同様に、減税は「負け」という信念を持っている。それはそれだけなら確かにその通りだが、減税の代わりに財政支出するとなると話は別だ。というのは、日本の場合は一度財政支出を増やすと中央官庁の省利省益から二度と減らすことは出来ず、それが経済の非効率化を促進しかつ財政が非健全化し国民の富をも奪うためだ。また、国民の自由な経済選択が反映される減税と異なり、財政支出は需要を反映しにくく無駄が多いことは経済の教科書にも出ている。コロナ予算はなんと140兆円の規模に膨らみ、かつその半分以上が取ってつけた支出や無駄な支出だと指摘されていることが良い例だ。

――財務省にも問題ありと…。

 A 信念から減税が出来ないだけでなく、予算を査定する主計局の機能ももうボロボロでどんぶり勘定を容認している状況だ。このままでは遠からず円安・国債安のインフレになり、その先は国債の紙屑化だ。このため、主計局の査定能力の抜本強化や会計検査院の大増強、国会の決算機能の野党化などが急務と言えよう。その手前に、一刻も早く国債発行を容易にできる今の大規模緩和を止めさせて、国債金利を正常化することで国債発行に歯止めを掛けさせないと日本国の持続性は危うい。日銀はSDGs債を買うより先にやることがある。

市場と対話できず国債介入残高が増加

 B それと日銀が市場との対話能力をつけることも急務だ。黒田バズーカの最も悪いところは市場との対話を怠り、国債買い入れという力ずくで金利を抑制してきたことだ。その結果、金利が市場機能を失って経済の非効率化に拍車をかけるとともに、500兆円もの国債買い入れ残高を作ってしまった。昨年からの円安とエネルギー価格の高騰によるGDP停滞も、日銀と市場との対話を前提として金利を自由化していればそれほどの円安にはならず、よってGDPのマイナスは防げたであろう。もっとも、円安対応で後手を踏んだのは、日銀の物価見通しが下手くそだということも問題だが。

――まぁ、まだ色々と問題はあるが、とにかく、まずは市場原理を大切にした効率の良い経済に戻し、財政規律を正常化することだな。そうしなければやはり国債は紙屑だ…。[B]

――スタートアップ育成の一環として非上場株式の整備を進められた…。

 森本 証券会社による非上場株式の投資勧誘は、日証協の自主規制規則で一部の取引を除いて原則禁止とされてきた。これはもともと、大蔵省の通達に拠るもので、当時、未公開株の取引で被害が出たため、厳しい規制をとってきた。一方、米国では10年以上前から企業の資金調達は公募よりも私募が多い状況になっており、新興企業が非上場株を使って私募で多額の資金を調達し、多くのユニコーンを輩出している。しかし、米国で自然にそうなった訳ではなく、私募の手続きについての規制緩和が大きく寄与した。オバマ政権時代のJOBS法などが代表例だ。また米国は非上場株式のセカンダリー取引も盛んで、主としてネット上のプラットフォームで取引が行われている。こうした米国の状況を見て、日本は非上場株式の発行・流通を制限しすぎであり、規制緩和して取引を活性化させるべきとの意見が強まってきた。そうしたなか、2020年に政府の規制改革推進会議や成長戦略でこの問題が取り上げられ、政府の方針として成長資金供給のために非上場株の発行・流通の活性化を図ることが示された。それ以来、金融庁と日証協で非上場株取引の制度整備を進めてきたというのがこれまでの経緯だ。

――具体的にどういった制度整備を進めたのか…。

 森本 日証協の規則を緩和し、証券会社が非上場株式の投資勧誘を可能とすることはもちろん必要だが、それだけでは非上場株の取引は実施できない。非上場株式は継続開示を行っていないため情報量が少なく、市場価格がなく、さらにリスクは大きいことから、取引はそうした銘柄でも投資判断ができる、リスクがとれる一定の投資家に限定しなければならない。また、証券会社が投資勧誘する際の具体的なルールや情報提供の方式も決めなければならない。米国においても全く自由に取引している訳ではなく、米国証券取引委員会(SEC)がレギュレーションDなどの規則を定めている。レギュレーションDでは、投資家は自衛力認定投資家という、ある程度の資産があり、投資経験がある、いわゆるセミプロ投資家に限定している。また情報開示は、継続開示に比べればずっと簡素だがフォームDと呼ばれる様式を用いることを求めている。日本においても、以前から金商法上、米国の自衛力認定投資家に相当する特定投資家制度があったがほとんど活用されていなかった。これは、特定投資家が非上場株を取引する際のルールが定められていなかったからだ。そのため、金融審と日証協の懇談会で検討し、特定投資家制度を実際に使えるようにルールを整備していこうということになった。ただし、米国の制度をただ真似するのではなく、日本の実情を踏まえなければならない。実際、日本の新興企業の資金調達環境も変化している。例えば、ベンチャー・キャピタルも以前と比べると活発に投資していて、freee(4478)やラクスル(4384)など何度も私募で資金調達をして成長してから上場する例も出ている。私募調達への証券会社の関与についてニーズを聞くと、レイターステージにおいてはかなり意義があるとの意見や非上場株のセカンダリーマーケットが必要だとの意見を確認し、それらを元に制度設計を行った。

――特定投資家制度をどのように見直したのか…。

 森本 例えば、個人が特定投資家になるためには純資産3億円以上など非常に厳しかったが、金融庁がこの要件をある程度緩和し、例えば、年収1000万円以上で一定の知識経験がある者などとした。また、日証協でフォームDに相当する情報開示である特定証券情報の様式を定め、さらに証券会社が実際に投資勧誘する際のルールを決めて、昨年7月に「特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)」としてスタートした。現在、証券各社は社内の体制整備と案件発掘に取り組んでおり、まもなく第1号が出てくると考えている。J-Shipsでは、非上場株式だけではなく、私募投信も特定投資家に販売可能となることも重要な点だ。従来から証券会社は私募投信を販売してきたが、投資家の数が50人未満という制限があった。J-Shipsでは人数制限がないのでプロ投資家向けの私募投信をより小口の金額で販売することができるようになる。

――特定投資家は国内に現段階で何人程度いるのか…。

 森本 日本国内ではまだ数百人程度に留まっている。一方、米国では1000万人以上とケタが大きく異なる。世界第2位の家計金融資産を有している日本において数百人程度と少ない理由の一つは、これまでは特定投資家になるメリットがなかったからだと考えている。しかし、今後は証券会社が特定投資家向け商品の販売勧誘を行うので、日本の非上場株式に加え、魅力的なオルタナティブ商品を提供していくことが特定投資家増加のカギになると考えている。

――非上場株取引制度の改善に向けた今後の取り組むべき課題は…。

 森本 J-Ships以外でも非上場株式の取引として、株主コミュニティ制度や株式型クラウドファンディングといった制度も従来からある。これらと今説明したJ-Shipsの取引では、例えば特定口座での取り扱いができず、損益通算できないなど税制上の取り扱いは上場株式に比べて不利となっている。このため、非上場株の税制面での取り扱いは、少なくとも上場株式並みにしてもらいたいと要望している。海外では投資家がリスクをとっているからむしろ上場株式よりも税制面で優遇されているのが実情だ。

――IPOやPOでもスタートアップ育成に役立つ改善はあるのか…。

 森本 先般のIPOプロセスの改善策の議論では、当初は専ら公開価格と初値の乖離が注目された。その後、次第にスタートアップの成長を促すためのIPOプロセスの改善という目標が共有されるようになったと思う。具体的には、現在日本では、上場前はベンチャー・キャピタルが、上場時は個人投資家がスタートアップへの主要な投資家となっている。しかし、PEファンドやクロスオーバー投資家といった他の投資家が、上場前及び上場時に参入しないとスタートアップの資金調達が増えないし、上場前後の企業評価の連続性も保てない。そうした観点から、今回のIPOプロセス改善策では、ロードショーの実効性向上やコーナーストーン投資家の慣行定着など上場時に機関投資家の参加を促すような施策を盛り込んでいる。また、従来の日証協の引受規則では、M&Aを資金の使途とする公募増資が行いにくいという問題があった。この点について今般、主幹事証券による資金使途の審査を柔軟化する規則改正を実施することにした。これにより、スタートアップのExit(出口)の一つである上場企業によるM&Aが行いやすくなることを期待している。

――総じてスタートアップへの証券投資を増やすための課題は…。

 森本 スタートアップへの証券投資は、成長性の評価になるので値付けが難しいし、換金性が低く長期投資が求められる。実際には、成長投資を専門とするファンドや機関投資家が資金供給する際の値付けを元に、他のプロ投資家も証券投資する形となる。こうしたやり方は、市場価格があって流動性がある伝統的な証券投資とは大きく異なり、規制面や証券会社の業務面で従来と異なる対応が必要になる。しかし、投資対象を市場で常時取引されていない資産に広げることは、「パブリックからプライベートへ」という証券業務の進化の方向性とも一致している。スタートアップへの証券投資拡大は、岸田内閣の「スタートアップ育成5カ年計画」の重要な柱であり、また投資家、証券業界の為にもなることなので、是非、J-Shipsなど今の取組みに道筋を付けて行きたい。[B][X]

――ロシアのウクライナ侵略以降、欧州では石炭火力発電の利用を再開するなど、脱炭素とは逆の動きが出てきている…。

 小山 ウクライナ危機によって、欧州ではエネルギーの安定供給が根底から揺さぶられることになった。ウクライナ危機前まではロシアから安いエネルギーを手に入れることで、欧州の経済と暮らしは成り立っていた。時々、供給不安の発生など不都合な点があったこともあるが、何とか乗り切ってきた。しかし、ウクライナ危機を受けて欧州のエネルギーに重大な危機が起こり、方針を転換せざるを得なくなった。国民や経済にエネルギーを安定供給することが最優先課題となり、省エネを徹底的に行いつつ、石炭や原子力の活用も進めた。脱炭素目標を掲げてはいるものの、危機対応としては何でもありということは、欧州の全ての国で共通の考えになったと思う。EUのうちドイツは、欧州で脱石炭の動きが出てきたときも国内石炭産業の存在もあって比較的慎重であった。今回の石炭火力の活用も、エネルギー危機対応で使えるものは何でも使うということになったという流れがある。ただ、欧州の政策としては、今は危機対応だから石炭を使っているという認識で、長期的に脱炭素を推進するという旗は全く下ろしていない。

――2050年のカーボンニュートラルの手前となる2030年の目標を後倒しするような動きはあるのか…。

 小山 欧州に関して言えば、その可能性はないと考えている。EUが22年の3月に発表した、「REPowerEU」は、脱ロシアと脱炭素を同時に進める計画だ。これは、もともと予定されていた脱炭素を進め、化石燃料を減らしていけば、結果的にロシア産の化石燃料を使わなくて済むという狙いがある。ただ、再生可能エネルギーへの転換を進めるといっても、すぐにロシアから調達していた化石燃料を買わずに済むわけではない。昨年はウクライナ危機を受けて米国からLNGを大量調達し急場をしのいだが、方向性としては2030年までに可能な限り省エネ・再エネを進め、電力化や水素といった取り組みで脱ロシアと脱炭素を同時に達成することに邁進している。

――欧州では原子力の利用も再び前向きになっている…。

 小山 欧州では一昨年後半ごろから原子力が脚光を浴び始めている。原子力は政治的にセンシティブな問題で、EUでは各国の判断に任せていた。こうしたなか、2021年10月にEU欧州委員会の委員長がEUにとって原子力は必要だと述べたことが注目された。そのもとで欧州では、フランスやイギリスなど原子力を推進する国が増えた。EUは、「REPowerEU」と原子力で脱ロシアと脱炭素を同時に進めるつもりで、大義名分としては脱炭素の推進が脱ロシアにつながるという論理だ。ただし、それが筋書き通りに上手くいくのかどうかについては、様々な課題があるというのが私の見立てだ。脱炭素化への移行のなかでエネルギー価格が大幅に上昇すれば、欧州といえども国民や経済が耐えられるかどうか、が問題になる。EUはウクライナ危機前の2021年10月の時点で、早くもエネルギーに補助金を付けるというそれまでは考えられなかったような手を打った。もともと先進国は途上国のエネルギー補助金を批判していたが、EUが補助金導入を検討し始めたことで日本もガソリン補助金や電気・ガスに補助金を付け始めた。エネルギー価格の高騰に対しては、先進国でさえも脆弱であることがわかる。

――各国が石炭火力に回帰するなか、日本が脱炭素を取り組めば取り組むほど日本経済の競争力が落ちる可能性がある…。

 小山 真水で一からエネルギー転換のコストを積み上げていけば、日本経済にとって負担が大きくなると思うが、日本の場合は、原子力発電の再稼働が可能であるという世界のなかで、ある意味では「特殊なポジション」にある。欧州ではこれから新しい原子力発電設備を建設するが、これには時間もコストも掛かる。これに対し、日本の原子力発電所で再稼働を果たしたのは10基なので、20基以上の今後の再稼働の潜在的な可能性がある。原子力発電所再稼働には規制機関がOKを出し、地元の合意を得る必要があるものの、設備自体は既にあるので、安全性を確保して既存の設備を利用できるようになれば、日本は世界のなかで最も効率的に二酸化炭素を減らしながら電気を安定供給し、電力コストを抑制できる可能性を秘めている。そのため、岸田総理が原子力発電の利活用を進めようとしているのは正しい選択であると考えられる。これから先のエネルギー転換を進め、脱炭素を実行するためには、水素技術やネガティブエミッションなどのイノベーションが必要だが、現段階ではコストが高い。その点でも既存の設備を活かせる原子力発電の利活用は重要だ。

――経済安保面からのコストも考えなければならないなかで、再生可能エネルギーで最善な電源は…。

 小山 再生可能エネルギーのなかで、今後最も期待が集まっているものの一つが洋上風力発電だ。ただし日本の場合、偏西風が安定的に吹いている欧州から比べると風況の面で決して有利な条件とは言えないうえ、海の水深がすぐに深くなる場合が多く、海底に設備を設置する着床式ではなく浮体式を採用することが求められるため結果的にコストが掛かってしまうことも課題だ。地熱発電は安定した電源で風力や太陽光などの不安定さはないが、一番の問題は、熱源の多くが国立公園内にあることに加え、地元の利害と対立してしまうこともある。例えば、地熱発電のために井戸を掘るにあたっては温泉事業関係者の懸念・反対に対応する必要があることのほか、水素技術も2050年のカーボンニュートラルには必須で、2030年の時点である程度エネルギーミックスに組み込まれている必要があり、そのためには現段階からロードマップを描いていく必要がある。コストの大幅な引き下げが必要不可欠なうえ、それでもどうしても相対的に高コストになる点を踏まえ、市場に導入できるような制度・メカニズムを考える必要がある。日本の場合は水素も輸入に頼らざるを得ないため、国際的なサプライチェーンを日本の企業が中心になって構築する必要がある。さらに、水素輸送に関しては、マイナス253度の超低温で液体にして運ぶことが考えられるが技術的ハードルが高く、非常にコストが掛かる。そのため、運ぶときはアンモニアなどで運ぶという選択肢もあり、現在は国際的な技術競争とサプライチェーン構築の競争が行われている段階だ。

――どのエネルギーもどこか欠点がある…。

 小山 CO2を排出せず、国産エネルギーである再生可能エネルギーも完全無欠なエネルギーではない。太陽光や風力など自然由来で不安定なエネルギーの割合が増えれば増えるほど、その不安定さを補うための蓄電池や系統増強などの対応が必要になる。その結果、専門用語で言う「統合コスト」が増大する。これは不安定なエネルギー供給を補って安定的にエネルギー供給を図るためのコストだ。再生可能エネルギーの活用が進み発電コストが下がったとしても、統合コストを勘案するとエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの適切な割合がどこかのポイントで存在すると考えている。統合コストの他にも大きな関心事項は経済安全保障コストだ。再生可能エネルギーや蓄電池、EVなどの製造に必要なレアアースやレアメタルなどいわゆるクリティカルミネラル(稀少鉱物)は今後需給逼迫が予想され、中国など特定供給源への偏在性が存在する。再生可能エネルギー利用が進めば、稀少鉱物問題由来での経済安全保障コストが高まる可能性があり、その点でも再生可能エネルギーの最適な割合を考えていく必要がある。

――政府への要望は…。

 小山 エネルギー安全保障や脱炭素は市場に全てを任せていては解決せず、適切な政策をしっかり実行することが重要だ。今日の世界情勢やエネルギー情勢の下では、国家・政策の役割が大きく、それなしにエネルギーと脱炭素の問題は解決しないし、国内政策だけではなく国際的な政策も大きな役割を持ってくる。今年はG7もあるので、日本政府が日本のことだけではなくて国際エネルギー市場の安定化や脱炭素化でリーダーシップを発揮して欲しいと考えている。[B][N]

――防衛予算の財源として外為特会を使うことになったが…。

 神田 外為特会の運用収益から出てくる剰余金については、内部留保の中長期的な必要水準を確保する観点から3割以上を外為特会利用とすることを基本としながら、外為特会や一般会計の財務状況を勘案して一般会計への繰入額を決定している。令和4年度分については昨年成立した令和4年度予算で見込んでいた剰余金の7割をこれまでと同様のやり方で一般会計の一般財源として活用することとしたうえで、昨年の予算策定時の見込みからの上振れ分を含む残る1.9兆円を一般会計に繰り入れ、追加的に防衛財源として活用することとした。外貨建債券金利上昇や、円安が急激に進行して剰余金の大幅な上振れが見込まれたなかで、24年ぶりのドル売り為替介入によって外為特会の財務状況が大きく改善したことを勘案し、大幅に活用することが可能と判断した。また令和5年度分の方は、剰余金相当額の見込みのなかで、為替・金利の動向を踏まえ、現時点で確実に発生が見込まれる1.2兆円について財源確保法(案)による特別な措置により、通常と異なる進行年度中に前倒しして臨時的に一般会計に繰り入れ、防衛財源に充てることにした。防衛費の臨時的な追加財源をファイナンスすべく、外為特会から合計3.1兆円を確保したわけだ。令和4年度分の一般財源に繰り入れた0.9兆円を合わせ、合計で4兆円を剰余金から繰り入れることになる。市場動向で剰余金が上振れたことに加え、為替介入で財務状況が例外的に大きく改善し、さらに来年度分も先取りした。こうした例外的な条件が重なったことによる金額であることから、来年以降、こんなことを続けていくことはとてもできない。いうまでもなく、国の信用における最後の砦、心臓部は外貨準備だ。政府の財政は世界最悪水準で極めて悪く、投機筋からも狙われているところ、外為特会が健全でなければマーケットから危険視される。従って、我々はその健全性を護らなければならない。今回の繰入額は、その観点からも、私自身が計算に計算を重ね(ストレステスト)、決着に向けた議論を主導して数字を固めた責任を自覚しているが、措置後も日本の外為特会は健全だ。しかし、これはあくまでも異例で臨時的な措置にすぎない。日本の外貨準備高は途上国で輸入の何カ月分と言われているよりも遙かに多いが、他方、一秒で膨大な資金が動くようにマーケットが巨大化しているなか、本当に我が国の通貨価値を護ろうとすれば決して過大ではない。昨秋の英国危機のエピソードが示すように、国は謙虚でなくてはならない。

――金融資本市場における経済安全保障についてどう考えているか…。

 神田 危機意識は極めて高い。ここまで地政学的緊張が高まり、国際秩序が危機的な状況にあるなか、法の支配といった基本的価値、市場経済を守るためにも、市場関係者も目覚めなければならない。ロシアによる不法で不当なウクライナ侵略だけではなく、台湾海峡の問題、さらに北朝鮮がICBM等を庭先に頻繁に打ってきている。こうして地政学的リスクの高まりが切迫感を増すなか、我が国経済が自律性の向上、優位性・不可欠性の確立を通じた経済安全保障の強化がますます重要な課題となっている。財務省としても極めて高いプライオリティをもって取り組んでいる。ルールに基づく開かれたグローバル経済システムの維持を通じた経済の効率性を確保しつつ、経済の強靱性強化を通じた経済安全保障を両立させていこうと考えている。例えば、対内直接投資の審査制度を適宜見直している。19年の外為法改正で国の安全等の観点から指定される一定の業種を営む上場会社の株式を外国企業等が取得する際に必要となる事前届出の閾値を10%から1%に引き下げるとともに、事前届出が必要となる業種を随時追加している。国の安全、公の秩序、公衆の安全などの観点から財務大臣および事業所管大臣が事前に審査を行い、問題があると認められる場合、取引中止の勧告・命令を行うことが可能という、他国同様、市場との関係では例外的に強い財務大臣の権限となっている。更に、G7でも財務トラックでは、経済安全保障を優先課題の一つとして掲げており、サプライチェーンの強靱化、新興・途上国の基幹インフラへの投資、国際決済システムの在り方について議論を深めている。

――実際に買収防衛の効果がでているのか…。

 神田 最も大きいのがデタランス(抑止)だ。実際に取引中止となるリスクに加え、レピュテーションリスク(ネガティブな情報が広まった場合のブランド損失リスク)もある。「外為法に引っかかるのではないか」との懸念が会社の決定に大きな影響を与えている。ノーアクションレターを出しているわけではないが、私への問い合わせは相当に多い。また米国案件に関する問い合わせもある。日本はそれほどではないが、米国の場合、制裁に引っかかると企業として業務の継続性が難しくなるためだ。その点、米国案件では我々は過去にはありえなかったほど米当局と頻繁に相談している。例えば、経済安全保障や制裁、投資審査の実施は米国等と一体になっており、通常のカウンターパートである国際担当次官に加え、制裁や経済安保担当の副長官や次官のラインとも、日々、相談している。昨年の対ロシア制裁のロシア産石油価格上限(プライスキャップ)についても米当局と相当詰めた。ロシアが無謀なことをしているために、むしろ海外当局との一体感が高まっている。また、昔では考えられないが、マーケットが不安定になれば、毎晩のように主要国の金融当局者と電話・ビデオ非公式会議を開催し、金融情勢などの議論を繰り返すという団結した行動が取れるようになっている。今は日本がG7やASEAN+3の議長なので、私が召集することも多い。

――一方で、経常収支が大幅に減っている…。

 神田 21年が22兆円の黒字で、22年が11兆円の黒字と半減しており、そこには構造的な問題が根本にある。日本はモラルハザードを包摂する政策により、成長産業への資源、特に労働力移動を抑制し、国際競争力を高める努力をしていないため、輸出数量が伸びにくい。一方で輸入は、原発稼働が大きく制約されているうえに、エネルギー価格が上昇しており、かつ再生可能エネルギーに限界があるということで、構造的に貿易収支は崩れている。またサービス収支も悪化している。研究開発(R&D)やデジタルサービスがIT化の進展で海外に流出しており、例えば、デジタル広告をクリックすれば自動的に米国に資金が流出する構造となっている。これらを補う資本収支はどうかといえば、十数兆円の出超となっている。要するに日本経済は構造的に大きな問題を抱えており、抜本的な改革をしなければこの先、経常黒字を回復させることは難しい。そのために、日本政府は労働市場改革などに取り組んでいるところであり、加速させていきたい。

――グローバル経済のリスクは…。

 神田 世界経済および国際金融は、中国の景気動向をはじめとする様々な下方リスクを抱えており、これらに迅速かつ適切に対応していかなければならない。インフレーションは需要減に伴うエネルギー価格の下落、各国の金融引き締めによりピークアウトの兆候が見られるものの、引き続きコロナ禍前の水準を上回っており、また上回ることが見込まれているため注意しなければならない。また中国はゼロコロナ政策の急な撤回で回復が見込まれるものの、サプライチェーンの混乱や不動産市場の悪化、それに伴う金融セクターの不安定化といった様々なリスクに注意が必要だ。さらに当然、ロシアによるウクライナにおける侵略戦争の継続、金融市場のタイト化による途上国通貨に対するドル高に伴う債務問題の表面化、先進国での銀行破綻を含む金融不安定も下方リスクだ。こうしたリスクへの対応においてG7議長国として日本が議論を主導していきたい。

――ロシアとウクライナの戦争はなお長引きそうだ…。

 神田 プーチン大統領はウクライナだけではなく人類に対し戦いを挑んでいる。プーチンの侵略はインターナショナルオーダー(国際秩序)以前の話で、基本的人権から始まり、ルール・オブ・ロウ(法の支配)まで全てを破壊している。これは、人類としては負けられない戦いだ。世界は徹底的にロシアを孤立させていく方向にあり、前回のG20財務大臣会合ではロシアと中国がウクライナ侵略の非難声明に反対したことが名指しされた。それには2つの理由があり、責任の所在はロシアと中国にあることを明確化させることと、18対2という数字を世界に見せることにあった。もちろんG20議長国であるインドはコンセンサスを得たステートメントを出したかったが、議長総括になった以上、インドのカウンターパートと私で話し合ったこともあり、こうした着地となった。一方で、そのG20では、全17のパラグラフ(項目)のうち15が全会一致した。債務やデジタル、気候変動、税、金融規制などさまざまな異論ある問題がまとまった。この成果により、まだ世界は救えるという希望において、前回のG20は非常に大事な会合になったと言える。また、15項目のうち債務問題については、初めて中国も署名する形の合意がベンガルールで実現できた。日本が訴えてきた債務問題の深刻性の認識、コモンフレームワークの迅速な実施、中所得国で脆弱な国の債務再編、債務の透明化といった項目について、コンセンサスを得ることができた。具体的にもコモンフレームワークで初めてチャドの債務救済が実現した。なお、スリランカなどにおいてIMFプログラムを動かして債務再編の議論を始めていくうえで、決定事項を遵守するという約束事について、インドやサウジアラビアなど中国以外の国は合意してくれた。スリランカ債務処理も日本財務省が積極的に貢献していく。

――次のG7のテーマは…。

 神田 優先すべきテーマは3つ。1つ目が喫緊の課題である世界的な景気後退リスクやインフレ、対ロシア制裁およびウクライナ支援、債務問題、そして金融安定化に迅速かつ適切に対処することだ。2つ目がより構造的な問題である世界経済の強靱化に向け、気候変動、国際保健、経済安全保障、金融デジタル化、国際課税といった分野に取り組んでいく。3つ目については、長らく私が悩んできたことで、多様な価値を踏まえた経済政策について議論したいということだ。40年近く経済官僚として仕事をしてきたが、正直、今のGDPに限界を感じている。今の世の中はGDPが増えたとしても、格差が拡大していて、多くの人々には幸福でないし、気候変動などの視座を欠き、持続可能な物差しでもないではない。世界中でアンチ・エスタブリッシュメント(反既得権益)の動きが見られ、経済が伸びても大多数の人が没落していく中、社会不安が高まり、至る所でポピュリズムが跋扈し、全体主義体制が広まっている。やはりGDPに過度に着目した経済政策はうまくいっていないのではないか。格差の是正も経済政策の成功であるべきで、また地球環境の観点からサステナビリティも重要だ。人々、特に最もバルナラブル(脆弱)な方が本当に幸せであることが重要だ。このため、単なるGDPで捉えているパイを超え、経済社会の大変容に伴って生まれた様々な価値の重要性を反映したより良い経済政策の実現に向けて各国と議論していきたい。もとより、GDPのヤードスティック(物差し)としての重要な役割は維持すべきだが、その創設期から、公害といった害をカウントし、家庭内労働といった価値を捨象する一方、帰属家賃など試算に頼っている問題を内在してきた。特に、近年、無料のデジタルサービスはGDPにカウントされていないが、国民は大きなベネフィットを得ている。こうしたことについてより多様で総合的に考えていくべきで、少なくとも一つではない物差しではかっていかなければならない。日本は人口が減少しており、物質的なモノを追いかけても限界がある。物量ではなく、精神的なところでも尊敬される国となることも賢明な選択肢だ。これは文化藝術やスポーツであってもいいし、人間性であってもよいとも考えている。[B][X]

――経済安保の要素が重視される時代にあって、現状の資本市場の原点をどう見るか…。

 末永 私が証券会社に入った1985年4月の日経平均株価は1万2000円程度、丁度プラザ合意の年だったこともあり、その年の10月には公定歩合は2.5%になった。外国からの圧力によって円高誘導を合意したもので、結果、公定歩合の水準は長く低位安定が維持された。それは未曽有のバブル経済を誘発し、僅か4年後には日経平均株価は4万円近くまで跳ね上がり、不動産価格はさらにその1~2年後まで上がり続けた。今からしてみれば、そこが日本経済の絶頂期で、ロックフェラービルを三菱地所が買収したことはその象徴的な出来事だった。1989年12月に超タカ派として知られていた三重野氏が新日銀総裁となったことでようやく金融引き締め政策を意識し始めたが、その頃の市場関係者は、少しくらい株価が下落しても再び盛り返すだろうという感覚で、日本の経済の実力を過信していた。しかし、1990年4月に不動産融資の総量規制が施行され、株式市場の息の根は止まった。当時、不動産価格はまだ上がっているにもかかわらず、株価の下落は4月から加速して止まらない。株式市場の先見性は総量規制がいかにバブル経済にとって致命傷かを見せつけた。結局、1万6000円に下落した1992年に、不動産価格はようやく高値を付けて下がり始めた。そして、そこからスタートした銀行の資産が急速に不良債権化していき、1998年には長銀、拓銀、山一証券が次々とデフォルトしていった。この日本経済が弱り切っていた時代に、「新自由主義者」と呼ばれる人たちが、株式手数料の自由化や海外保険事業の参入等、改革と称して日本の金融市場の自由化を進めていった。

――バブルから一転、80年代とは真逆になった90年代に起きた金融・資本市場の変化は…。

 末永 一番の変化は、外国人投資家が購入しなければ日本の株が上がらなくなったという事ことだ。外国人主導の株式市場になったことで、次第に国有財産の放出の際にも外資が絡みグローバルオファリングが始まるようになった。小泉内閣の目玉であった郵政民営化に象徴されるように、政府保有株の放出ではグローバルオファリングが主流となって行った。今や、大型株の増資や売り出しの成否は、外国人がその株を買うかどうかが鍵となる。必然的に主幹事も外国人投資家に太いパイプを持つ外資系証券が座り、日本の証券会社は2番手3番手として、国内個人投資家向け販売担当になってしまった。この暗黒の90年代に始まったことは今でも連綿と続いている。

――日本の投資信託会社の資金運用にも問題があった…。

 末永 80年代までは日本株を普通に買って運用していれば右肩上がりになっていたはずだ。しかし、当時の証券会社は、株式部主導で自己部門が仕入れた株を個人に販売すると言うやり方が主流だった。運用会社は全て証券会社の子会社だったため、親会社の言いなりだ。株式営業で売れ残った株を運用会社が引き取らされることなど、日常茶飯事で、これでは、投信の基準価額が上がるはずがない。一方、外国人投資家は、戦後復興の象徴だったソニーやパナソニックなどの株式を長期保有していた。投資家は基本的に過去の実績や履歴を見て投資する。トラックレコードの良い外資系運用会社に日本株の運用を任せるのは当然の帰結だ。日本株の運用なのに、日本の運用会社ではなく、外国の運用会社の方が信用される。そんな株式市場は、世界で日本くらいのものであろう。これが、日本の資本市場にとって致命傷となった。今や、株主総会が終わると、日本の事業会社のCEOやCFOは海外の投資家をIRで行脚する。日本経済が好調な時に、日本の金融界や経済界、そして日本社会全体が資本市場のことをしっかりと考えて形にしてこなかったツケが回ってきているわけだ。2000年に高い志を持って始まったノムラ日本株戦略ファンドも、販売開始当初の運用総額は1兆円超だったが今では残高500億円くらいになっており、日本の運用会社の復権どころが、更なる没落を招いてしまった。

――外国人主導の株式市場が今でも続いている。これでは経済安保の観点で大変危うい…。

 末永 恐らく、今の日本の運用会社にウォーレンバフェットは現れない。とてつもない個性を野放しにし、それを活かす権限を与えるような風土がないからだ。ただ、今更過去のトラックレコードは上書きできないが、これから作るトラックレコードは作り出せる。優れた日本株運用が、日本の運用会社によってなされ、それが評価として定着すれば、「日本のファンドに買ってもらわなければ株価が上がらない」となる。この点、世界最大の運用残高を持つGPIFは重要だ。あれだけの規模になると、基本、ベンチマーク運用にならざるを得ないが、最近は外国株の比率を少し上げ、海外株のパフォーマンスも取り込んでいる。約150兆円という運用総額の1%でもいいから徹底的に冒険的な運用に割り当て、伝説のマネージャーを育てる器を与えてはいかがであろう。「GPIFの伝説のマネージャーが買う株は上がる」というトラックレコードを作っていく事が大事だ。そうした工夫を重ねれば、外国に支配されたマーケットを日本人の手に戻すことが出来るかもしれない。

――他に「日本市場は日本人が支配する」という仕組みは考えられないか…。

 末永 もう一つ、外国人主導の日本市場を取り戻す方法として「外国人投資家の要求を安易に飲まない」という方法もあるだろう。外国人投資家の言う事を聞かなければ株価が上がらず、株価が上がらなければ経営責任を取らなければならないと言う常識を断ってみてはどうであろう。勿論、そんなことをすれば、一斉に外国人投資家の売りを浴び、株価は暴落するかもしれない。しかし、外国人投資家の価値観とはおよそ相容れない経営で成功している会社もある。信越化学の前社長であった故金川千尋氏は、ROE等の数字や株主の意見などどこ吹く風と言った人物だった。海外グローバル展開の考え方も独特で、人件費が安い中国や新興国ではなく、政情が安定している地域に人を必要としない最新設備の工場を作ればよいという考えだった。結果、在米子会社のシンテックは、塩ビと言うコモディティ化されたプロダクトで、世界最強の競争力を誇っている。これは日本型製造業の一つのモデルだ。今や、日本を代表するソニーという会社でさえ、株式の50%以上を外国人投資家が保有している時代だ。外国人投資家が喜ぶと言う事は、日本企業の成長の果実を外国人に持って行かれることを意味する。それなのに、外国人投資家が増えることを日本の経営者が喜んでいる。これは奇妙な光景だと言う事に我々は気が付かなければならない。

――会社が大きくなっても、日本のGDPには反映されていない…。

 末永 日本企業の経常利益は1990年比4倍になっていて、少なくとも企業ベースで言えば失われた30年はない。問題は日本企業の成長の果実が日本のGDPに貢献していないという構造に欠陥がある。この構造問題がどこから発生してるかを探ると、90年代に行われた金融の自由化が発端だと私は思う。加えて、それ以前の前近代的な経営をしてきた証券業界のツケが重なり、失われた30年が出来たとも言える。コーポレートガバナンス然り、ROE議論然り、金融自由化によってもたらされた株主資本主義の価値観が、それ以前の日本型経済モデルを徹底的に破壊した。足元のSDGsひとつをとっても、例えば日本企業が二酸化炭素排出量を相殺するために購入しているカーボンクレジットが欧米ものであれば、それは欧米の温暖化ガス削減に投資される。何故、名だたる日本企業が日本のJ-クレジットを買わないのか。そういったところもきちんと考えていく必要がある。日本の資本市場を日本経済のために活用するにはどうしたらよいか。しっかりと時間をかけて世界の投資家が信頼する日本株の日本の運用会社を育て、日本企業の外国人投資家から日本人に取り戻す様々な工夫と努力をしていかなければならない。[B]

――中国の農業戦略について…。

 柴田 1959年、中国は建国10年を迎え、英米に追いつくために農作物と鉄鋼製品の増産に注力する大躍進運動を打ち出した。しかし、その際、農業に携わっていた壮年の労働力が鉄生産に駆り出されてしまったため、農村部における農業基盤が崩れてしまった。同じ頃、中国全土を襲った干ばつによる大飢饉で、中国は1959年から1961年にかけて約4000万人もの餓死者を出すことになる。その後、1980年代に入って鄧小平が経済の改革開放を進めることによって中国は「世界の工場」と呼ばれるまでに成長したが、1993年には食糧インフレが起こる。この時にワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン所長は「WHO WILL FEED CHINA(誰が中国を養うのか)」という本を出版している。対して中国は、「中国を養うのは中国だ」と宣言し、それを実現すべく中国の各省内で自給自足を行う政策(省長責任制)を行った。そして1995年に目標としていた食糧生産5億トンを達成する。しかし一方で、それは食糧在庫を増やすことになった。急激に大量生産した農産物の品質は低く、消費者は買いたいと思う良質の食糧は手に入らず、生産者は売りたくても売れないという「売るに困難、買うに困難」の状況を招くことになった。

――中国の農業問題は難問山積だ…。

 柴田 今の中国の課題は「質の良い食糧(特に肉)を食べられるかどうか」だ。一方で中国政府は、仮に中国国内で食糧の供給不足や価格高騰が起きると、国民の不満が募り、共産党政権に対して不信感や怒りが出てくるかもしれないという懸念に敏感になっている。そこで2004年以降、中国はそれまで行っていた農産物の政府による安値買取りによる収奪農業から、農民への直接補助や農業近代化に向けた積極投資といった与える農業政策に切り替えた。そうすることで「農業の生産性低下」「農村の疲弊」「農家所得の低迷」といった3農問題は現在解決に向かっている。ただ、工業化や都市化が一気に進んだことによって、農村部から都市部への人口移動は累計2億7000万人にも上り、さらに今後、中国は日本以上の高齢化社会に見舞われてくることも予想されている。農地の維持や、インフラの未整備、そして高まる食糧生産の拡大など、依然、中国の農業問題は山積している。

――中国の食糧問題は世界の食糧問題に繋がる…。

 柴田 2008年に世界的な食糧危機が起こった。理由は中国の食糧輸入の拡大だと言われている。その時、中国は食糧安全保障戦略として、これまでの「95%国内生産」という政策から「食糧輸入能力を高める」政策へシフトし、実際に、その後10年間で日本を抜き、世界最大の食糧輸入国になった。近年ではロシア・ウクライナ戦争による食糧価格の高騰や、コロナ禍でのサプライチェーンの影響による供給制約、さらにトランプ前大統領時代からの米中貿易摩擦もあり、米国などから大量輸入していた農産物をいつまで購入することが出来るのかという新たな懸念が生まれるなか、2021年末には再び国内生産の拡大=自給力の向上へと食糧安全保障戦略を大転換している。そういった中国の抱える農業問題は、国内市場優先といった形で化学肥料などの輸出制限を強めてくることから、日本の食糧にも影響してくる。

――日本の自給率は約30%。輸入飼料価格を考慮すると実質10%弱とも言われており、中国の食糧危機など何か大きなリスクが起これば日本の食糧事情は危機に陥る…。

 柴田 日本では1995年のWTOスタート以降、グローバリゼーションという流れの中で経済合理性だけを考えれば良いという考え方が続いていた。国際市場にコミットすればするほど、安く安定した価格でいくらでも良質の食糧が手に入るという恵まれた状況にあったからだ。しかし、今の日本は30年間の経済停滞に円安も加わり、食料・農業・農村基本法で定められている「国民に良質な食糧を受容可能な価格で安定的に供給する」という事が難しくなっている。にもかかわらず日本の消費者に危機感がない理由は、日本では食糧市場が「過剰」と「不足」が併存していることにある。国際的に食糧価格が上がっている中でも米の値段は2年連続で前年割れ。一方で小麦やトウモロコシ、大豆、肉、野菜等の輸入量は約3000万トンに及ぶ。これらは「不足」なのだが、消費者にはそうした自覚がない。食料安全保障では「国内生産をベースに輸入と備蓄を組み合わせる」という考え方が基本であったはずなのに、国はもっぱら輸入拡大にだけ注力した。海外の農業と対抗できるように生産性の高い農業をすべきだという考えから、アベノミクス「攻めの農業」では、規模拡大=6次産業化による付加価値=輸出拡大に向け、最先端技術を駆使してスマート農業の導入を推進し、そうした政府の考えに沿った企業経営者が増えていった。その結果、それまで約130万あった農業経営体の数は100万を切るまでに減少した。一部大規模経営は増えているが、それは日本の農地全体からすればほんの一部だ。耕作放棄地や過疎化地域が増え、生産者、農地、農村は悲惨な状況に陥っている。自給率の低下は国内農業基盤の弱体化を表している。そして「農村が持つ多面的な機能」も失われてしまっている。

――「農村が持つ多面的な機能」と「日本の食糧安全」を取り戻すための解決策は…。

 柴田 先ずは、国内資源のフル活用に向け、農地を再利用する取り組みが必要だ。多少コストがかかっても、農業用水や水を涵養するための森林等の農業資源、そして地域経済社会の人材や資源等に国の予算をつけて国内の食糧生産拡大に向けた政策を行い、地域ごとに農業生産体制をしっかりと築きあげれば、多面的農業が実現し、地域社会全体が潤うだろう。生産規模拡大を目指してきた専門農家や、海外の安価な飼料や肥料に頼ってきた畜産農家は今、限界に来ている。そこで、例えば農畜を連携させるなどして地域全体で複合経営していけばよいのではないか。それは地域ごとに適正規模を模索する動きでもあり、畜産規模は縮小するかもしれないが、地域資源をフル活用することになり、ひいては持続的な農業生産にもつながる。地域毎にしっかりと問題を解消しながら進めていく事が、これからの日本には必要だと思う。国内資源をフル活用して、それでも足りないものや必要なものだけを輸入すればよい。また、政府は現在の食糧価格の値上がりを抑えるために生産者などへの補填を行っているが、価格体系全体が上方にシフトしている中で一時的に食糧価格だけを抑えても効果はなく、根本的な解決策になっていない。農業生産を抜本的に見直す前提で政策を作ることが重要だ。そして、そこで初めて医福食農の連携が生きてくる。

――「医福食農」の連携とは、具体的に…。

 柴田 農林水産省は、経済産業省、厚生労働省、産業界と共に、医療・福祉分野と食料・農業分野の連携を推進している。例えば、障害を持つ人や介護が必要な人に食による生活の質の改善や向上を提供するために、機能性食品等を開発・供給したり、その機能食品を開発するために食の素材や漢方薬原料を農業生産したり、或いは農業体験や林業体験など農作業という身体活動を行う事で、健康維持やリハビリに役立てるといった取り組みだ。各業界の垣根を越えて医福食農が連携することで、健康長寿社会の構築が実現可能となるという考えだ。なによりも、国力を上げていくために、「食」と「農」を基盤とした日本の産業基盤自体の立て直しが求められている。[B]

――3月中旬には石垣島に陸上自衛隊の駐屯地が開設される…。

 中山 石垣島の駐屯地には、地対艦・地対空誘導弾を装備した部隊と、それを警備する部隊を併せて約570名、車両が約200台配備される予定だ。政府が南西諸島へ自衛隊の配備を決めてから10年近くが経ち、奄美大島と宮古島、与那国島には配備が進み、石垣島が最後になった。今回の石垣島への配備によって、当初計画していた南西諸島の防衛体制は整った。

――香港およびウクライナと、刻々と地政学的な緊張が高まっている…。

 中山 以前から中国の台湾侵攻を予想する話は出ていたが、中国の香港への圧力強化やロシアのウクライナ侵攻によって現実味が増してきた。中国が直接石垣市に手を出してくることはそれほど考えられないが、中国が台湾に何らかの動きをしてきたとき、台湾から南西諸島に自主的に避難する人が増えると想定している。それが外交上公式なルートでやってくるのであれば市で管理できるが、漁船や民間の船舶などで押し寄せてくると手に負えない状況になってしまう。台湾と与那国島の距離は100キロメートルほど、石垣島や西表島は200キロメートルほどなので、台湾から南西諸島へは民間の船でも航行できる。公式なルートでパスポートを持って入国手続きを済ませれば問題はないが、不法に島中の海岸線に上陸して、いつどこで入ってきたか分からない外国人が大量に上陸すると収拾が付かず、治安悪化につながってしまう。中国のスパイが紛れ込む可能性もある。ウクライナやシリアの避難民の例を見れば明らかだが、石垣島の人口は約5万人であることから、台湾全体の約2300万人を勘案すると、石垣島の人口を遥かに上回る避難民が押し寄せる可能性が十分にある。

――台湾有事の際の対応は…。

 中山 石垣市としてはそのような懸念があることを既に国に伝えていて、南西諸島・石垣島が直接攻められた場合も含めて議論をしている。まずは前段階として、石垣島に台湾からの避難民が押し寄せてきた場合のシミュレーションをして欲しいと政府にお願いしている。台湾から避難民が訪れたときに最も懸念されるのは、避難民に偽装して石垣市に来た工作員が、石垣市から東京、大阪、名古屋、福岡への航空便を通じて、日本国中に散らばってしまうことだ。台湾有事は日本有事と安倍元首相は言っていたが、同じように避難民が石垣島に来ることは、石垣島や南西諸島だけの問題ではなく、日本全体の問題であると思っている。この3月から石垣島には自衛隊の駐屯地が開設するが、それだけではなく国防や安全保障は国全体で考えなければならない。石垣島単体ではなく、国全体でどう守るかという話が必要なので、全国の皆さんが台湾有事や尖閣諸島の問題を自分事としてぜひ考えてほしい。

――1月末に行った尖閣調査の印象は…。

 中山 尖閣諸島の調査は昨年に引き続き2回目だ。昨年は波が高くて島に近づくことが厳しかったが、今年は天気も穏やかだったので1マイル(約1600メートル)の距離まで接近でき、ドローンも飛ばして調査を行った。調査では、昨年よりも山肌の露出が増えて緑が減少し、自然破壊が進んでしまっていることが分かった。1978年にある政治団体が、万が一尖閣諸島周辺で遭難が発生した場合に備え、食料になるようにとヤギを放したが、そのヤギによる食害が進み、そこに雨が降って土壌が流れてしまったことが原因だ。尖閣諸島にはセンカクモグラやセンカクオトギリなど固有の動植物がいるので、安全保障だけでなく環境保全のための上陸調査が必要だ。また、前回同様、尖閣調査時には中国海警局の船が近づいてきた。前回は尖閣訪問を事前に告知していなかったので、われわれの船の周りに海警局の船が2隻併走し、海上保安庁がわれわれの調査船を守っていた。今回はあらかじめ伝わってしまっていたこともあり、中国海警局の船が前回の倍の4隻迫ってきたが、海上保安庁の船が8隻で、われわれの調査船に一切近づけない状況を作ってくれたので、安心感をもって調査ができた。われわれの調査は自治体としての活動だが、国はストップを掛けたりせずに、海上保安庁を動員して守ってくれたことに意義があると思う。石垣島には海上保安庁の1000トンクラスの巡視船が13隻体制、3000トン、6000トンクラスの船も優先的に配備されており、中国の圧力が強まっているが、日本側の防衛力も強化されている。

――今後の尖閣諸島での取り組みは…。

 中山 今回の調査で尖閣諸島の自然環境がかなり悪くなっていることが分かったため、実際に上陸して詳細な環境調査をしたり、ヤギの捕獲を行ったりする必要がある。戦時中に石垣島から台湾に疎開しようとしたが、米軍の攻撃を受けて尖閣の魚釣島に遭難した方がいる。そこで亡くなった方の慰霊祭を行いたい。また、石垣市中心部にある「登野城(とのしろ)」という住所地と字名が同じであるため、20年に尖閣諸島の字名を「登野城」から「登野城尖閣」に変更したが、「登野城尖閣」であることを示す標識を作ったので、これを置きに行きたい。このほか、戦時中に遭難し尖閣諸島で埋葬されてから遺骨を収集できていない方がおり、その遺骨収集もしたいと思っている。

――石垣市の経済は…。

 中山 経済の中心である観光業はかなり回復してきた。国内からの観光客は昨年の夏ごろから回復し始め、現在はほぼコロナ前の状況になっている。3月8日からは海外からのクルーズ船が寄港し始め、インバウンドの増加が期待できる。国内・海外ともにコロナ前を回復できると考えていて、ここ3年ほどは苦しい状況だったが、ようやく一息ついた。石垣市の新型コロナの新規感染者は1日2~3人程度にとどまっていて、感染対策が上手くいっている。経済安全保障上の観点もあり、石垣市はもともと中国からのお客さんは期待しておらず、欧州や台湾、香港からのお客さんがメインだ。中国では住宅バブル崩壊や経済失速の影響も大きくなっているが、こうしたことから、石垣市の観光業には大きな影響はない。

――今後の課題は…。

 中山 政府にはこれまでも随時空港や港の整備を行ってもらっていたが、石垣空港の滑走路をより長くしてほしいとお願いしている。現在の空港の滑走路は2000メートルで、国内の飛行機なら離着陸できるが、ヨーロッパなどから就航する大型機にとっては少し短い。本当なら3000メートル必要だが、今の敷地面積の範囲内で2800メートルまで整備してほしい。また、石垣港は大型の国際クルーズ船に対応しているが、さらに、富裕層が使用するクルーザーのためのマリーナのようなものを作りたいと思っている。これらは防衛や安全保障関係なく観光業の観点から政府に要望していたが、政府からは南西諸島の港や空港の整備を行うことによって、自衛隊との共同利用が可能になり、万が一の時に市民を逃がすために飛行機や船を運行する拠点となるという話が出てきた。われわれの要望している観光のための滑走路と、政府が想定している防衛のための滑走路で、それぞれの思いがあるが、手段は一致しているので、政府と協力して開発していきたい。尖閣諸島も戦前は人が住んでおり、今も日本人が住んでいれば領土問題に発展しなかったと思う。同様に、南西諸島も日本人が住み続けることが大切で、市民が潤うような政策を考えていきたい。

――台湾との交流については…。

 中山 石垣市は戦前から台湾との交流があり、今や石垣島の特産品となっているパインアップルやマンゴーは台湾からの移住者が持ち込んだものだ。戦後は日本に帰化した方も多く、2世3世と世代を重ね、石垣市のさまざまな分野で活躍している。石垣市は台湾の宜蘭縣蘇澳鎮と姉妹都市を結んでおり、去る2月10日にもコロナ明けを見越してチャーター便での交流を行った。国内観光客の次はインバウンドの観光客が戻ってくることを期待しているが、その主力は台湾だと考えている。石垣島からわずか200キロあまりの場所に2300万人のマーケットがあるので、そこを深掘りしていきたい。国内の他の観光地が中国からの観光客に期待するのとは一線を画す形になるが、これは地理的にも、また経済安全保障上も中国依存は避けたいと思っているためだ。 [B][N]

――日本における「書」の歴史は…。

 丸山 「書」は大きく分けると漢字の書と仮名の書に分けられるが、漢字は中国から伝来した。それがいつ頃なのか正確には不明だが、現存する日本最古の漢字の肉筆書は615年に聖徳太子(574年~622年)が書写したとされる「法華義疏」だと考えられている。また、7~8世紀頃には写経が残されており、その頃すでに漢字が普及していたことがわかるが、平仮名の使用が広まったのは9~10世紀頃のようだ。当時は、例えば「安」や「悪」や「阿」などの漢字を崩したものすべてを「あ」と発音し、「以」や「意」や「伊」の漢字を崩したものをすべて「い」と発音するなど、ひとつの音に対して複数の異なる平仮名の字形があった。また、カタカナについても、例えば「阿」のこざとへんの一部分を取り「ア」としたり、「伊」のにんべんを取って「イ」とするなど、平仮名もカタカナも元は漢字から出来ている。平仮名は平安時代の貴族や教養のある女性が手紙を書いたりするのに用いられ、カタカナについては僧侶が読経する際などに、漢字の脇に読み方を小さく記すために用いられていたようだ。

――歴史上の能筆家とは…。

 丸山 日本人で一番有名なのは空海(774年~835年)だが、平安時代初期の人物なので平仮名の書がない。平安中期になると小野道風(894年~966年)や藤原行成(972年~1027年)などが出てくるが、この二人とも平仮名の書は残っていない。特に行成の平仮名が残されていないのは非常に残念だ。ただ、漢字と仮名の両方を用いて書かれた詩文集「和漢朗詠集」の作品の中に、その漢字が藤原行成のものと非常に似ているものがあるので、そこに書かれた平仮名も藤原行成の平仮名に極めて近いと考える研究者もいる。また、11世紀中頃には平仮名の手本とされる「高野切(こうやぎれ)」が流行した。これは古今和歌集の現存する最古の写本であり、仮名書道の最高峰として書を学ぶ人たちのテキストとなっている。その筆跡は3種に分かれており、第1種と第3種の筆者は諸説あり定かではないが、第2種は源兼行という人の書と推測されている。3種それぞれの筆体に特徴があり、当時の人々は自分の好みのスタイルを習っていたようで、それぞれのグループに追従者がいる。

――鎌倉時代は…。

 丸山 現代アートがクラッシックの美を打ち壊しながら新しいものを生み出してきたように、書の世界でも、どこから見ても整っており一般的に美しいと考えられていた書を打ち破り、一見、何が書かれているのか理解に時間を要するような書が出てくる。それが、鎌倉時代に中国の禅僧が持ち込んだ「墨蹟」だ。茶掛けには、古典的な和歌が掛けられていることもあれば、一筆書きの円相や難解な文字、つまり「墨蹟」の掛け軸もある。室町時代の墨蹟と言えば一休宗純(1394年~1481年)だ。説話のモデルとして有名な一休宗純は色々な書を残しており、その書体は非常に個性的で面白い。

――安土桃山時代は…。

 丸山 安土桃山時代には様々な和歌集から古人の筆跡を集めて切り貼りし、アルバム形式に仕立てる「手鑑」が流行した。一つの作品集をバラバラに切り取って新たなアルバム形式の作品にすることは、完成した美術品を破壊するようなもので残念な行為とも思われるが、意外なことに、これは重要な書物を一カ所に集中保存しその場所が火事になった時に全て消滅してしまうという事態を防ぐのに大いに役立った。「手鑑」が作られたおかげで私たちは今、たくさんの昔の名筆を目にすることが出来るわけだ。ちなみに「手鑑」にはそれぞれの作品についてプロの鑑定家がその筆者を見極めた「極札」が貼られており、これが「極め付き」の語源となっている。その他、巻子本や冊子本にも多くの名筆が残されている。冊子本は両面加工されていることが多く、表裏それぞれに書くことが出来たが、その冊子本を軸にしたければ、一枚の紙を剥がして二本の軸のすることも可能だった。

――江戸時代や明治時代に形成された書流は…。

 丸山 江戸時代は御家流という幕府で公文書に用いられた和様書や、寺子屋などで教える際に用いられた唐様書が流行った。その頃有名だった書家には巻菱湖(1777年~1843年)などがいる。その後、明治時代には楊守敬という中国人の手によって清から大量の文献が運び込まれ、日下部鳴鶴(1838年~1922年)や副島蒼海(1828年~1905年)といった当時の能書家たちを大いに喜ばせた。また、楊守敬ら中国清から来日した書家や学者たちは、文献とともに色々な知識も伝えてくれた。中国からもたらされた拓本などの貴重な文物は東京国立博物館や台東区立書道博物館、三井記念美術館などに沢山残されている。とりわけ三井記念美術館に保存されている虞世南の拓本は、原拓(元となる石碑)がすでに消失しており、天下の孤本と言われる貴重なものだ。

――個人的に一番好きな書家は…。

 丸山 欧陽詢、虞世南とともに中国三大家の一人とされる褚遂良(596年~658年)の字は大変好きだ。彼は唐初期の時代に活躍した人物で、その書風には隷書の雰囲気も混ざっており、少しモダンな書体となっている。日本では藤原行成の書が美しいと感じる。筆者不明だが「高野切」の第1種に書かれている平仮名も素晴らしい。さらに明治時代の人物で「高野切」第3種を徹底的に習いこんだ尾上柴舟(1876年~1957年)についても一言触れたい。書家であるとともに歌人であり、国文学者でもあるという多彩な才能を持ち合わせた彼の書体は、今の人から見れば、少しまとまりすぎて面白みがないという評価もあるが、当時の目で見れば素晴らしいものだったと思う。能書家といわれる人のすべての作品に共通するのは、昔の人が見ても今の人が見ても、美しいと感じられている事だ。書は芸術であり、規範とされる美しさは時代を超えて生き続けるものなのだろう。現代の書展では奇をてらったような書体を目にすることも多いが、古典をしっかりと学んだ書家の文字はどんなに型を崩していても、基礎を叩き込んだ味がどこかに出ているものだ。それは、絵画や音楽の世界と同じだと思う。

――IT化が進む中で、日常で文字を書く機会は減ってきている。書の将来は…。

 丸山 カメラが発明されて写真が世の中に普及しても絵を描く人がいたように、自分で美しい文字を生み出すことに喜びを感じ、造形したいと考える人や、そうやって書かれた文字を鑑賞したいと思う人はいると思う。そういった人たちが書を次の世代に伝えていってくれれば良いのではないか。東京国立博物館の歴史コーナーには平安時代から鎌倉時代の名筆が展示されている。また、東京の有楽町にある出光美術館や上野毛の五島美術館にも素晴らしい書が所蔵されており、時々は展覧会も開催されている。是非、そういったところに足を運んで実際に書に接してみてほしい。一つの芸術として、また自分自身の趣味として、いにしえに思いを馳せながら「書」を楽しんでもらいたい。きっと、新たな発見があるはずだ。[B]

――日本では企業経営にファンドが強い影響を及ぼしている…。

 上村 欧州で言われる「株式会社は株主のもの」というのは、株主が個人や市民であることが前提だ。個人とは、労働者であり消費者であり地域住民であり、すべて血の通った存在だ。株主の属性を問わないで「株式会社は株主のもの」「株主はみな平等」というのは大きな問題だ。コンピューターによる高速売買やヘッジファンドのような、人間の匂いがほぼしないものに人間世界を左右する議決権を与えてはいけない。また、匿名の投資家の議決権行使を認めるべきではないのもカネによる人間支配を認めないためだ。その株主が中国やロシア、北朝鮮といった国家かもしれないし、マネーロンダリングを行っている企業や反社会勢力かもしれない。経営に影響を及ぼすほど議決権を持つ投資家の属性は明らかにすべきだ。

――各国で株主の概念が異なると…。

 上村 例えば欧州では「株主」は人間の集合という概念を持ち、イギリスでは「company」、フランスでは「associe(英:associate)」となる。株主というのは本来、米国での「shareholder」という株を持っているだけの存在ではなく、社員つまり仲間かどうか、共同体の一員かどうかといった概念が重要だ。とりわけ、議決権という人間社会の意思決定のあり方に特に焦点が当たる。配当はshareholderだけでも出資がある以上は原則付与されるが(必ずではない)議決権はassocieに付与される。日本でも、明治時代中期に法典編纂が行われ英仏独の法律を学んでいたころは株主が個人や市民であることを前提とし、株主のことを人間の集まりである社団法人の構成員を意味する「社員」と呼んでいた。社員は「membership」であり、人間の集まりを表現している。ファンドやコンピューターによる高速取引も存在しなかった時代に、株主は「社員」であり、「membership」であり、「company」であり、「associe」であった。日本は、株主を社員と呼ぶことの真の意義を理解できず、平成17年会社法は社団という概念自体を廃棄した。一般社団法人法上の一般社団とは実は英国のcompanyそのものなのだが(英国のcompanyは非営利が原則)、そうした発想の意味を日本人は自分のものにできなかった。いまや日本の株主とはshareの保有者holderでしかないので、カネさえあれば株主になれ、議決権行使の根拠もカネとなった。欧州の感覚では、市民社会の構成員である個人、つまり社会の主権者が株主なので「株主主権」というのだが、この最重要事項を日本が理解できないできたことが今日の外資(または外資の衣を被った日本人)による日本の企業社会の蹂躙(じゅうりん)を許した。ただ米国は2つの価値観が併存していて、国内に対しては大衆や労働者も広く株式を保有する資本家である「people’s capitalism」の概念が発達しているが、国外に対しては経済の覇権戦争を勝ち抜くために、市場で株式を買えれば主権者という観念を強調し、国内と対外とを使い分けるしたたかさを有している。

――海外では個人の株主とファンドが差別化されている…。

 上村 フランスのフロランジュ法は株式を2年以上保有する株主の議決権を2倍にするものだ。これによりファンドの議決権の割合を低下させ、長期にわたって保有する投資家の議決権の割合を上昇させることができる。ファンドが売るべき時に売らず、買うべき時に買わなければ、ファンドは利益を上げられず出資者への受託者責任も果たせないことになるので、ファンドは2年間も同一企業の株を持ち続けられない。そのため、結果的にファンドの議決権は個人株主の2分の1となる。この点、株主平等原則を固守する日本は、日本人株主とファンド株主を平等に扱うのは当たり前と思い続けており、フランスのような差別化は許されないと思いこんできた。英米には株主平等原則はないのだから、呆れたお人よしぶりと言うしかない。日本企業は物言う資格自体が怪しい外資株主やファンドのために経営しているかの様相を呈している。過剰に与えてしまった議決権を背景に、配当や自社株買いの圧力は非常に大きく、日本企業の利益は海外に流出し、労働分配率の向上には回らない。日本の国力低下の大きな要因は、資本主義市場経済の要石をなす企業関係法制の著しい劣化にある。

――岸田政権の新しい資本主義については…。

 上村 「株主という名に値する属性を株主が有しているのかどうか」、「物言う株主にはそもそも本当に物を言う資格があるのかどうか」といった本質を問い直すことが新しい資本主義の原点だと思う。会社法の基本を取り戻すことは、中間市民層のための会社法制という原点に帰ることを意味する。ここを確立するだけでも利益の分配が変わってくる。ファンドは多額の資金を拠出しているのでその属性に問題がなければ、その分の配当を受け取って然るべきだが、議決権を行使できるかできないかは社会のあり方や将来像を左右する問題だ。外資系ファンドや物言う株主、アクティビストの議決権によって世の中が動かされる状況を変えないままに、企業に賃上げを求めることは岸田政権の「新しい資本主義」とはなりえない。岸田首相には本物の「新しい資本主義」の旗を振った首相として歴史に名を残して欲しいと思っている。日本は会社法の劣化が著しいが、規制緩和を言い続けてきた財界と経産省は結局は自分達の首を絞めてきたのではないか。投資ファンドが東芝(6502)を買収しようとしているときに、本来なら会社法によってファンドの介入を撃退できなければならないところ、そこに頼れないために経済産業省や財務省は外為法上の権限強化によって対応しようとした。見方を変えれば、日本は経済産業省を中心に会社法における規制緩和を進めたが、その結果生まれた問題に対処するために、会社法の健全化を図るのではなく、経済産業省の権限を強める形になっているように見える。

――ファンドや外国の言いなりになっていたら日本の安全保障は危ない…。

 上村 会社法はあくまで国内法で、そもそも経済安全保障の要素を持っている。フランスのフロランジュ法のように、ファンドに対して議決権は通常の株主と同等のものは与えないということが大前提になっているうえでの安全保障と、日本のように何もないところからの安全保障ではかなり違うものになってくる。会社法を正しく理解すれば自ずとそれは経済安全保障につながり得る。このほかにも、会社法は「継続企業の前提=Going Concern」が前提にあり、法定資本制度等のサステナブル概念を十分に内包していた。それをサステナブルでない会社法にしてしまってから、盛んにサステナビリティを言う。株主価値の最大化を言ってきたのでパーパスと言う言葉が流行ったりしているが、もともと会社の目的が定款の目的規定の実現に置かれていれば、パーパスなどは当たり前の話を軽く表現しているものにすぎないように見える。日本で最近流行のカタカナ言葉は日本人にとっては目新しいかもしれないが、それらが目新しいと言うこと自体が会社法の理解不足や日本の後進性を象徴している。それらが企業法制の根幹部分の認識を踏まえたものとして認識されて初めて本物となる。

――会社法における喫緊の課題は…。

 上村 戦前から昭和半ばまで、定款で名義書換後6カ月経過しないと議決権が行使できないと定め得る条項を復活させるべきだ。今は普通株式を1単元以上、決算月の権利付き最終日に保有していればたった1日だけの株主でも株主総会に出席できる。昔は株主でないものが議決権を行使するのは原則無効というのが当たり前だった。また、東証が超高速取引を認めておきながら、コーポレート・ガバナンス・コードを推奨することもおかしい。既に株式を売ってしまって株主でない者も議決権を行使できるとされているが、日々変動する株主名簿を工夫することは可能なのではないか。本来発言する権利がある者を把握しようとすることは規制を強化には当たらない。米国の投資家からすれば、日本は自国ではできないことができてしまう珍しい国になっているようにも見える。日本は会社法を本来のあり方に戻していくべきだが、一度緩和しきった世界を味わってしまうと、規制を元に戻すことは規制を強化することに見えてしまう。いきなり全て変える訳にもいかないが、欧米の現時点の水準に一刻も早く追いつくことで、どこにも通用する企業法制の確立を急ぐべきだろう。[B][N]

――金融界の経験に加え、参議院議員、市長を歴任され、大変貴重な経歴をお持ちだ…。

 大久保 金融界にいた頃は、国際金融の知識を通じて日本がなすべき姿をよくわかっていたつもりだった。しかし、参議院議員となり、少なくとも私が関係した金融界は日本全体の半分程度の人の見方しかカバーできてないと気付いた。さらに市長となり、国会議員でも日本全体の上位3分2程度しかカバーできていないと感じた。市長は、地域のさまざまな人々の生活を理解する必要がある。地方自治体は最も国民の生活に身近な行政組織であるゆえだ。日本国憲法では基本的人権が保障され、すべての人が健康で一定以上の生活が保障されている。一定以上の生活を送るための政策が社会保障政策である。生活保護を支給し、障害者・子育て・高齢者支援等、さまざまな市民を支援する。母子家庭などに多い子供の貧困問題への対応をメインに扱うのも市の仕事だ。その中でコロナ禍というある種の自然災害も経験した。自然災害に脆弱である弱い人たち、例えば、休校で給食がなくなったことで満足に栄養を取ることができなくなった生活困窮世帯の子供たち、レストランやバーの営業休止で生計が立てられなった非正規労働者、コロナ禍で経営危機に陥った多くの中小企業の経営者など多くの困難を抱える方々が地域には存在していた。

――日本全体の問題をより広く見た…。

 大久保 米国でインフレが加速し、金利が上昇している。日本でもインフレが加速し、金利を上げていく段階に来ている。その際にトレーダーは、中央銀行プット理論と言われる金利を上げ過ぎれば債券や株が暴落し、金融恐慌になるため米FEDはいつか利上げを止めて利下げをするだろうと考える。しかし、政治家から見ると長期の金融緩和で格差が大きくなりすぎている上に、一般大衆はインフレで食べることができなくなり、社会的な不満が高まるため、例え一部の金融機関が破綻したとしても金利を上げ続けてインフレを抑えることが正義だという発想をする。同じ中央銀行の金融政策でもさまざまな見方が存在するということだ。日銀総裁人事を考えた場合、金融資本市場の安定を見ることは重要で、かつ国債の安定消化は重要だが、大幅なインフレは生活者に直撃するため、ここに対する施策が必要と一般大衆や政治家は考える。このように国民各層や金融システム、国のファイナンスなど様々な対立する事項の中でバランスをとることは非常に大変だと感じる。植田和男新日銀総裁の賢明なる判断に期待したい。

――そうした日本の舵取りは…。

 大久保 基本的には失われた30年の日本経済をどのように底上げすべきかを考えるべきだ。このままでは、国民一人当たりの所得で欧米先進国だけではなく新興国にも抜かれて日本、特に地方の元気がなくなる気がする。それを回避するためには地域を活性化すべきと考えている。久留米市は戦後、ブリヂストンのゴム産業で栄え、ブリヂストンが世界企業になる過程で一次下請け、二次下請けが潤った。このような地域を盛り上げる大きな成功が必要だ。スタートアップ企業を上場させて雇用を生む、もしくはイノベーションを生んでいく。株主および創業者が得た利益をさらに第二世代、第三世代にシードマネーとして提供する。このようなエコシステムを構築することが日本で最も重要だと考えている。IT企業の成功を生んだ米国のシリコンバレーのエコシステム。ボストンは意図的に医療を集積させてバイオテックのエコシステムを作った。日本も意図的にエコシステムを構築していく必要があるだろう。私は現在も久留米市長時代に誘致した30社程度の大学発のスタートアップを支援している。課題としては、岸田政権もそうだが、スタートアップ支援としていろいろな補助金を出しているが、カネ以上に人が足りていない。例えば、スタートアップ企業において「CXO」と呼ばれているCEO経験者やCFO経験者、CSO経験者といった経験豊かな人材が足りていない。その点、私は旧知の銀行頭取経験者に支援を要請してみた。しかし、銀行側が出したい人材とスタートアップが受け入れたい人材が年齢的に合わない。またヘッドハンター経由で人材を呼び込もうとしても大企業ならば合致するが、スタートアップではさまざまな業務をこなさなければならないため合致しない。このため、若いうちに起業して成功した人材が、カネとノウハウを提供していくようなカルチャーをつくらなければエコシステムは完成しないと考えている。また失敗した大多数の起業家や多くの会社関係者の再チャレンジを促し、失敗から学ぶという社会の寛容さを醸成することが重要だ。

――必要な制度は…。

 大久保 エクイティを出してくれる人が必要だ。米国のベンチャー企業と同程度の技術と将来性があっても、日本のベンチャー企業の企業価値は米国企業と比べて100分の1、場合によっては1000分の1しかない。それだけPEファンドの資金力が不足して、また日本の銀行グループがエクイティをださないということだ。また、IPOについても東証の場合申請書類が膨大で、時間や形式的に審査が厳しいという指摘がある。例えば、創薬ベンチャー企業の場合には、日米の格差は大変大きい。米国の場合でも米食品医薬品局(FDA)の臨床試験は厚生労働省(PMDA)同様にフェーズ2、フェーズ3では膨大な資金を要する。創薬ベンチャーはほとんど売上が立っていない状態なので毎年赤字ではあるものの、有力な技術や大きな市場が見込める商品には大手PEファンドが潤沢に資金を提供している。日本の場合、PMDAの治験をFDA並みに早くかつ柔軟にすることに加えて、エクイティを出すPEファンドや金融機関に国を挙げて振興することや、スタートアップの初期段階を支援するアクセレーター、そして出口としてIPOしやすくする環境を金融庁や東証が整備することが必要だ。

――人材不足への対応は…。

 大久保 新卒でスタートアップ企業に就職し、失敗したとしても再起できるようなカルチャーを醸成することが必要だろう。日本はお金を借りた場合、連帯保証かつ担保が必要で、1回会社をつぶせば、家と財産を失ううえ、親族に迷惑を掛ける。そのため優秀な学生の多くは、大企業や官僚を就職先に選んでいた。勿論少しずつ大学を卒業して起業する人や大企業や役所を辞めて起業する人、スタートアップに参加する若者が増えているのは明るいトレンドである。そこに対して金融界の支援も必要である。国会や政府はすでにスタートアップ支援が重要であると認識しており、無担保・連帯保証無しの融資実務の浸透を図っているが、銀行界が積極的に受け入れるまでには至っていない。また金利が高すぎてほとんどのスタートアップではとても利用ができないという課題がある。例えばある企業はかなりの技術力を有しており、黒字化のメドも立っているが、ある大手銀行の貸出金利は短期プライムレート+数パーセントと、破綻懸念先レベルとなっている。破綻懸念のないベンチャー企業はそもそも企業の性質上それほど多くなく、またキャッシュフローが回っており破綻の懸念がないベンチャー企業はそもそも銀行融資を受ける必要もない。技術を有するスタートアップ企業をオールドエコノミー企業と同じようなリスクの見方を銀行がしていれば状況改善は望めないだろう。大手銀行や地域金融機関がエクイティ出資にもっと熱心になれば、上場時の大きなアップサイドを狙えるかもしれない。数十件の投資ポートフォリオで9割が破綻しても残りの1割の株式が平均20倍から30倍になれば投資としては大成功である。しかし投資先の9割も破綻したことに重きを置く減点主義の日本の銀行カルチャーが残っている気がする。それらのこともありエクイティ投資に積極的な銀行や系列PEファンドはまだ極めて少数だ。

――上場が目的という企業が多い…。

 大久保 連続性の欠乏が原因だ。上場したら経営を抜け、株式を売却して終わりという、「上場ゴール」というカルチャーは間違っている。上場する、しないというのは一過程に過ぎないという考えを起業家はもっていただきたい。一方創薬スタートアップの場合バラ色のビジネスモデルでIPOしたが、結局は期待されていた新薬ができなかったとしよう。これは詐欺にあったと切り捨てて、以後創薬スタートアップ投資には手を出すべきではないというのもどうかと思う。創薬スタートアップの成功の確率は非常に低いうえ、新薬認定までに時間とコストがかかる。ただそれだけのリターンが得られる。新薬は医薬品医療機器総合機構(PMDA)で治験に入り、フェーズ1、2、3を経て認定されるが、これには平均10年以上、費用は1000億円以上もかかる。しかし、認定されれば、参入障壁が高いために長期間安定収益が見込めるため企業価値はあがる。また起業家もIPO以外にメガファーマなどに会社を売却するM&Aモデルも出口に考えて、メガファーマが積極的に買いたいような分野の創薬に力を入れるという、好きな研究から金になるものの研究という発想の転換が必要である。

――取引所の問題もある…。

 大久保 やはり発想を変えていく必要がある。地方も含めて日本の取引所をすべて合わせたとしてもニューヨークやロンドンなどと競争するに値しない。日本の上場企業の企業価値も米国ないしは中国よりも低い。こうしたことを認識しながらどうすれば海外投資家にとって魅力ある市場としていくのかを考える必要がある。この点、IPOに対しても長期保有の機関投資家が本気で参加するようなマーケットとしなければならない。日本は新株を幸運に取得できた個人投資家のキャピタルゲイン狙いの短期売買の市場となっている。議員時代に財政投融資委員会で議論したが、証券界としては認めづらいかもしれないが、どうして日本のIPO市場は個人投資家主体になっているのかの理由である。当時指摘したのは、証券会社の優良顧客や他の商品で損をした個人に値上がりが期待できるIPO株を配分して儲けさせるという慣習だ。つまりIPOの公開価格が恒常的に安すぎるということで、売り出し株を放出した起業家や大株主であるエンジェルやPEファンド等からの得べかりし利益の搾取が行われている。この状態が継続するのであれば、プレIPOのマーケットにおいて資金を出す機関投資家は出てこないだろう。売出し価格と上場後一週間の価格の最高値とその後の推移を標準偏差でその間の株式市場全体やさらに長期の市場全体の変動率と比べて分析したら異常なのは明らかだ。また新株の売買量の推移も分析すべきだ。その原因を調べるために、どの証券会社が主幹事の時にその傾向が高いか調べることは簡単にできるはずである。公正なIPO市場にする覚悟として、少なくとも個人投資家への新株配分は100パーセント抽選にするくらいのルールの決定を証券業協会ができないのなら、金融庁や証券取引等監視委員会が実態を検査し、また法令等で整備すべきである。また長期保有の投資家を引き込む税制や市場改革が望まれる。

――IPO市場の改革が課題だと…。

 大久保 新しい資本主義実現会議で岸田首相は、「スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンへと転換して持続可能な経済社会を実現する」と高らかに宣言された。このことを実現するためには、リスクを取って起業し、IPO前にリスクマネーを提供している人たちに報いるような公正で透明性のあるIPO市場改革をするという主務官庁の覚悟がないと総理がいくら旗を振っても日本のスタートアップは育たないことになりはしないかと思う。最後になるが、私はエンジェル投資家ファンドを多くのバイオ研究者や創薬関係者と立上げてエンジェル投資や経営支援をしている。そのような活動の中でオープンイノベーションを行う環境が日本にもできつつあると思っている。大企業の社員でも副業やリモートワークができる環境になり、会社の空き時間にリモートでスタートアップ経営に簡単に参加できるようになった。是非金融プロフェッショナルの皆さんの中から副業でスタートアップを支援するようになることも新しい資本主義を実現することにつながると思っている。[B][X]

――アジア開発銀行(ADB)のコロナ対応は…。

 浅川 コロナ禍の開始直後、アジアの途上国は自前でコロナ対策の財源を用意できず、その資金をADBにファイナンスして欲しいと要望があった。そこで、2020年4月にADBは新型コロナに対する200億ドルの支援パッケージを発表した。従来のプロジェクト単位での融資でなく、直接国庫の収入になるような融資、緊急財政支援として「CPRO(COVID-19 Pandemic Response Option)」という枠組みを20年4月に作り、これも含めてコロナ対応としてはこれまでに総額約300億ドルの融資を行った。ADBの契約締結額を見ると、2019年は240億ドルだったものが、2020年には316億ドルに跳ね上がっているが、このうち3分の1程度が「CPRO」による融資だ。コロナへの初動対応が落ち着いた2020年12月には、「CPRO」とは別に、「APVAX(Asia Pacific Vaccine Access Facility)」という枠組みを作り、途上国のワクチン調達を支援した。

――コロナ後の新たな課題は…。

 浅川 次の課題は食料問題だ。ロシアのウクライナ侵攻が契機となったが、そもそもコロナによるサプライチェーン分断に加え、コロナ禍から経済が回復するに連れて食料需要が増えたことも背景にある。これに対し昨年9月に、食料安全保障に対応するため2022年から2025年にかけて140億ドルを支援する計画を発表し、「CPRO」と同様の財政支援の枠組みとなる「景気循環対策支援ファシリティ」を強化した。対象国が限定されているので規模は数億ドルを見込んでいる。また、バングラデシュやパキスタン、スリランカなど自国の食料の多くを輸入に頼っている国は、その資金が途絶えてしまうと食料が手に入らなくなってしまう。そのためADBは、民間セクターを対象に短期資金を融通し、貿易金融が途絶えないようにする、「貿易・サプライチェーン金融プログラム」を通じた支援も行なった。

――気候変動問題への対応は…。

 浅川 ADBはアジア太平洋地域の「気候バンク」を目指しており、すべての業務に気候変動対応の要素を取り入れていきたい。21年10月~11月に行われたCOP26の際、ADBはいくつかの大切な意思決定を行った。その1つが、2019~2030年までの間に累計1000億ドルを気候変動対策に使うことを目標に設定したことだ。平均すると年間83億ドル程度だが、これまでの実績は、2019年は65億ドル、2020年は43億ドル、2021年は35億ドルと、新型コロナ対応もあり満たせていない。2022年は67億ドル程度まで回復し、2023年は71億ドル、2024年は75億ドルと数字を積み上げていく予定で、2030年までに累計1000億ドルに達したい。気候変動対策には緩和(Mitigation)と適応(Adaptation)の2種類がある。緩和は今よりも温室効果ガス(GHG)排出が少ない設備やインフラに移行していくこと、適応は避けられない気候変動の影響をできるだけ軽減することだ。緩和の方が取り組みやすい側面があるため資金が流入しやすいが、適応にもっと取り組みたいと考えており、この1,000億ドルのうち、340億ドルは適応に充てることを公表している。また、2021年には、2002年に作ったADBのエネルギー政策を改訂し、新規の石炭火力発電への融資を停止することを決めた。天然ガスや石油への融資については、止めてしまうとアジア経済が立ち行かなくなってしまうので続けるが、融資には厳格な審査基準を設けることにしている。加えて、原子力発電には支援しないことも決めている。これは、原子力発電に反対しているわけではなく、原子力発電はあまりにも巨額の資金が必要であり、他の分野への支援に資金が回らなくなってしまうためだ。

――ロシアとアジアは地理的に近い関係にある…。

 浅川 ロシアのウクライナ侵攻だが、これには直接的な影響と間接的な影響の両面がある。中央アジアやコーカサス地域、モンゴルなどは、ロシアと貿易関係や移民労働者が送金する関係だった。ロシアのウクライナ侵攻によって欧米は経済制裁を行ったが、中央アジアやコーカサス地域のロシア向け輸出はコロナのパンデミック前と比べて50%増となっており、ロシアからの送金額も増えている。直接的な戦争の影響は想定ほど大きくなかったということだ。一方、間接的な影響は、エネルギー価格や食料価格が上がったことで、パキスタンやスリランカ、バングラデッシュなど食料のほとんどを輸入に頼っているようなぜい弱な国への影響は大きい。ただ、先進国や欧州の新興・途上国、ラテンアメリカ・カリブ諸国、サブサハラ・アフリカと比べると、アジア開発途上国のGDP成長率は高く、インフレ率は低い。ロシア侵攻後、アジア開発途上国全体で見ればパフォーマンスは悪くないと思う。世界の成長センターとしてのアジアのプレゼンスは維持されるだろう。ロシアのウクライナ侵攻の影響を受けづらかった要因の1つにコメが挙げられる。ロシアのウクライナ侵攻を受けて価格が上がったのは小麦やとうもろこしで、コメの価格は上がらなかった。コメに関してはアジア途上国でも自給率が高く、在庫も持っているため、他の穀物ほど影響がなかった。ただし、肥料の価格が高止まりしていることには注意が必要で、肥料の生産国であるロシアやベラルーシからの供給が今後減少し始めると、アジアでも食料価格が上昇する可能性がある。

――中国経済は緩やかに減速を続けている…。

 浅川 アジア全体のGDP成長率のなかで一番落ち込みが激しかったのが東アジアで、これは中国の減速が響いている。東アジアは2021年の7.7%成長から2022年には2.9%に落ち込み、2023年も4.0%と緩やかな成長にとどまる見込みだ。中でも中国は2021年に8.1%成長だったが、2022年には3.0%成長となった。昨年は厳しいゼロコロナ政策を取っていたので減速は仕方がないと思うが、今年はゼロコロナ政策の見直しによってどれだけ経済が回復できるか注目しており、ADBでは4.3%成長と見込んでいる。これはアジア諸国の経済にとって好影響だ。ただし、中国経済の構造的な問題として、投資主導型経済から消費主導型経済への移行を進めているが、足元で不動産バブルがはじけ、個人消費がどこまで盛り上がるかは不透明だ。また、中国は先進国入りする前から少子高齢化が始まっており、高齢化に対応した信頼性の高い持続可能な社会保障の導入が求められているが、中国の全国民を対象に制度を設計するのは容易な話ではない。ただ、信頼に足る社会保障制度がない限り、将来の不安から人々は消費より貯蓄を優先するようになり、消費主導の経済を実現することは難しい。こうしたことを考えると、中国が再びもとの高成長に戻るのは難しいのではないか。[B][N]

――国立文化財機構が管轄する国立博物館の現状は…。

 島谷 国が運営する博物館や美術館は色々あるが、独立行政法人国立文化財機構が管轄する国立博物館は東京、京都、奈良、九州の4カ所にある。東京国立博物館は今年で創立150周年を迎え、京都国立博物館や奈良国立博物館も創立120年以上の歴史を持つ。一方で九州国立博物館は開設17年目とその歴史は浅い。もともと国の管轄だった国立博物館が、国立文化財機構という独立行政法人による運営に変わってから、それまで、国の所有物を「見せてやる」という意識だったものが、「見ていただく」という姿勢に変わった。それは利用者側からすれば非常に良いことだと思う。ただ、運営する側の内情をいえば、以前は運営交付金が潤沢にあり、得た収益はすべて国に戻すという仕組みだったものが、独立行政法人となった事で運営交付金はこれまでの8割5分程度となり、残りの1割5分程度は自分たちの経営努力で賄わなければならなくなった。しかも、経営努力の結果としてノルマを上回って収益を上げた場合、その数字が翌年のノルマとなり、交付金はさらに減らされる仕組みになっている。

――九州国立博物館について…。

 島谷 九州国立博物館は福岡県と独立行政法人の共同経営で運営している。その比率は6対4で、職員も同じ割合だ。予算金額は約20億円で、現在の収入は約1億円。これは普通の経営者の感覚からすればあり得ない話だろうが、博物館の仕事は作品を保持して次の世代に伝える事や、展示会、劣化した作品の修復や広報、教育普及などがあり、出費はかなり多い。電気代の値上げなどを転嫁するわけにもいかず、全て予算内でやりくりしなければならない。また、特に九州国立博物館は他の3つの国立博物館に比べて創立から間もなく作品数が少ないため、新しい作品の購入に膨大な予算が必要となっている。東京国立博物館の作品数が12万件で、新規の購入予算が2億円なのに対し、九州国立博物館の作品数は1500件で、新規購入予算の目途は5億円だ。それでも、私が九州国立博物館館長に就任した2015年当時の作品数は500件しかなかったものを、徐々に増やしながら今に至っている。

――作品数は具体的にどのように増やしていくのか…。

 島谷 購入するか、或いは寄贈してもらうという2つの方法がある。購入予算は5億円と限られている為、私の場合は個人的な知り合いなどから寄贈してもらってここまで増やすことが出来た。昨年、九州国立博物館で葛飾北斎展を開催したが、その核となった重要文化財の日新除魔図も、もともとそれを保有していた私の知人が亡くなった時に、ご遺族の方が私と故人が生前懇意にしていたという御縁から、私が館長を務める九州国立博物館に寄贈してくださった。そうやって作品数を増やすことが出来て、博物館に足を運んでくださる方が多くなっていくことは、長年仕事をしていく中での楽しみのひとつだ。

――寄贈には色々な条件があるものだと思うが、トラブルは…。

 島谷 確かに寄贈には色々な条件がつきもので、その条件があまりにも多すぎると扱いが難しく、管理も大変になる。例えば、ご遺族が寄贈品を他の博物館に貸し出しすることを望まず、地元だけでしか見られない様にとお願いされる事がある。そうすると、他の博物館に収蔵されている国宝や重要文化財を借りたい場合に、こちらにある同等の作品を貸与するという条件で借用できる場合があるのだが、こちらから貸し出す作品がなければ、他の博物館の名品を借りるチャンスが少なくなる。遺族として、地元でしか見ることの出来ない希少な作品にしたいという気持ちもわかるが、それが重要な作品であればあるほど、広く博物館同士で行き来させることによって、たくさんの方々に見ていただきたいと思う。そのためにも寄贈の条件は出来るだけ少なくしておくことが重要だ。

――最近の博物館や美術館では、写真撮影が可能なところも多くなってきた…。

 島谷 昔は写真の二次利用を懸念して撮影不可とする博物館が多かったが、最近では宣伝効果を狙って撮影可とする博物館や美術館が増えてきた。これについては、収蔵品はもとより寄託品に関しても、作者の同意があれば撮影ができるようになっている。そうして実際に見に来てくれた人がソーシャルメディアを使って話題にしてくれれば、来館者も増えてくるだろう。特に日本人は人が集まるところに行きたがる傾向が強いため、口コミの力はかなり大きい。余談だが、博物館は初日に人が集まる映画と違って、会期が終わりに近づくにつれて来館者が増えてくる。ゆっくり見たいのならば、展覧会開始から第一週目の平日で、入場できる30分前くらいをおすすめする。

――海外との美術品のやり取りの仕組みは…。

 島谷 展示会のために海外から美術品を借りてくる場合、その作品相応の賃借料を支払う必要があるが、日本美術を海外に貸し出す場合は、殆ど無料だ。それは、日本美術の評価が海外ではまだまだ低いという事実を表している。また、日本における日本美術の評価も、例えば浮世絵や若冲などのように、外国で評価されたものが日本で再評価されるというような流れにある。さらに、日本の絵画や書籍跡は環境の変化に弱く、傷みやすい作品が多いため、一年間の内に展示できる日数が限られている。そういった作品を海外へ持ち出して展示する場合には更に厳重な管理が必要となるため、海外展示会での採算はほぼ見込めないのが現状だ。

――日本の国立博物館の課題は…。

 島谷 先述したように、経営を効率化させて利益を上げ過ぎると予算が減らされてしまうという仕組みや、昔のように運営交付金が潤沢ではないために、必要な修復でさえ先延ばしにしなくてはならない状況など、問題は山積している。光熱費も上昇している中で予算は縮小し続けており、それに対応していくための知恵が必要になってきている。世界の潮流では、国立の美術館や博物館の入館料を無料にして、その代わりに寄付金を募るような国も多いが、日本では常設展でさえ有料だ。修復に関しては、クラウドファンディングで資金を集めればよいのではないかと言う人もいるが、個別の作品の修復に対する資金は集まっても、総合的な修理に対する資金は集めづらい。何より、指定品の修復を担える業者は限られている為、資金が集まったとしても、それが一時的なものであれば業者の手が回らないという状況に陥ってしまう。100年、200年先の国立博物館を見据えた時に、修理業者がコンスタントに作業を続けられる様に、安定した資金が定期的に入ることが重要であり、それが今の大きな課題だ。

――最後に抱負を…。

 島谷 海外の人々にもっと日本美術を知ってもらいたいというのが一番だ。また、日本でも博物館に来る目的を、勉強する為ではなく、楽しんでもらう為に来てもらいたいと考えている。美術館や博物館を、憩いの場や活力を得る場にしてもらいたい。展示物だけではなく建物や庭園を見て、何もすることがない時などに気軽に足を運んでもらいたい。微力ながら、そうなるように少しでも力を発揮できればと思っている。[B]

――昨年12月に和歌山県知事に就任された。県政の課題は…。

 岸本 日本全体が抱えている課題がより色濃く浮き出ているのが、和歌山県のみならず地方自治体の特徴だと思う。少子高齢化や産業競争力の低下、教育水準の低下、公共交通網の整備不十分など、日本が取り組まなければならない課題がそのまま地方自治体の課題として立ちはだかっている。抜本的な解決策を見出すのは難しいが、県独自の政策で少しでも人口減少のスピードを弱めることや、都心とは全く別の価値観で巻き返すことを目指している。和歌山県が東京都を目指す必要はないと思っていて、和歌山県しかない価値観を生み出し、県民の皆さんのプライドを取り戻していきたい。

――少子化対策で歯止めを掛け、人口減少を食い止めるのは喫緊の課題だ…。

 岸本 日本の出生数は1970年代前半には年間200万人を超えていたが、昨年は80万人を切った。また、たとえ今から出生率が上がったとしても人口は減っていくことが予想され、この大きなトレンドを覆すことは不可能に近いだろう。このトレンドが続き、総人口が減少していくことを前提に、和歌山県としてはUターンやIターンを増やしていこうと考えている。とりわけUターンが大切だと思っていて、和歌山県で育った人が進学や就職で県外に出て行ったものの、都会の生活や価値観と合わなかった人達に戻ってきてもらいたい。Iターンも同様だ。令和の時代になり、拝金主義や経済至上主義とは異なった価値観が生まれ、脱炭素などこれ以上の成長を求めない考え方も増えてきている。実際に移住してきている若い人はおり、彼らは東京的な価値観ではなく、自然に触れながら自分たちの生活を送りたい、しかし自己実現をして社会に貢献したいという考えを持っている。彼らの自治体に対する要望としては、移住に対する補助金ではなく、交通網の整備などアクセスを良くしたり、教育水準を向上させたりするなど、自分たちにできないことをやって欲しいという声がある。和歌山の大自然の魅力や住んでいる人の人情など、そういう物に魅力を感じる人に来てもらい、県にしかできない永続的な支援をしていきたい。

――子育て政策については…。

 岸本 子育て政策については総合的な政策を考えていく必要があるが、まずは子育て世代の経済的な負担をどれだけ軽くできるかということだと思う。1期目4年のうちに目標を立てて成果を出したい。まずは、給食費を無料にするにはどうすれば良いかという問題意識を持っている。和歌山県内でも町単位では無料化できている自治体もあるが、財政規模が大きい自治体だと難しい側面がある。呼び水効果を狙って県が補助金を出すことを考えているが、どうやって財源を工面するかが課題だ。そして、ソフト面の応援も必要で、放課後の児童クラブといった働く親が安心して子育てができる環境作りをしたい。とりわけ大切なのは子ども食堂だ。全国的によくあるケースでは、祖父母世代も含め、大学生のボランティアで勉強を教えたり遊んだりする、食堂の枠にとどまらないコミュニティの場だ。親は子育ての心配事なども相談できるような、昔は当たり前にあったコミュニティの場が子ども食堂だ。これを小学校区ごとに1つ設置することが理想で、最初は中学校区で1つ設置することも大変だと思うが、これを進めていきたい。移住してきた人をつなぎ止める一番のポイントは、移住してきた人ともともとあった地元のコミュニティを上手くドッキングしていくことで、子ども食堂を通じて移住者と地元の人とを交わる場も作っていきたい。

――若者の県外への転出はどの県も頭を悩ませている…。

 岸本 転出の原因は2つあり、1つは親の世代の教育だ。親の世代がほとんどの人が和歌山県には働く場所がないと思い込んでしまっていて、自分の子どもを育てるときに「和歌山には働く場所がないからしっかり勉強して都会に行きなさい」と伝え、高校や大学で県外へ送り出してしまう。これでは若い人が戻ってくるはずがない。実際、優良な企業がたくさんある。親の世代の発想を変えることが大切だと思う。もう1つの原因として、どうしても東京や大阪などに比べれば和歌山県には大学が少ないことが挙げられ、大学進学率が50%を超えるなか県外へ出て行く人がいるのはしかたがないと思っている。Uターンとしていつか戻ってきてくれば良いし、県外へ出て行った人が帰りたいと思うような環境を考えたい。私も48歳で和歌山県に戻ってきて、戻ってきたからこそわかる良さがあると改めて感じているところだ。和歌山県庁も35歳まで中途採用をしており、Uターンも多く採用している。

――産業振興についての考えは…。

 岸本 産業振興の話をする前に伝えておきたいのが、今、言ったように既に和歌山県には素晴らしい中小企業がたくさんあるということだ。求人に困っているという声も聞かれていて、人材のミスマッチが起きていると思う。給与水準は東京や大阪の会社に比べて少し低いが、家賃や土地など住居費を考えれば、都会よりずっと良い暮らしができる。和歌山の中小企業に勤めれば、家を建てて車を2台持てて、子どもを学校に通わせられるだろう。とはいえ産業政策は大切で、第一次産業にこれまで以上に力を入れるべきだと思っている。和歌山県はみかんや柿や桃や梅などフルーツの日本有数の生産地だ。第一次産業は個人が脱サラして簡単に取り組めるようなものではないので、法人形式でサラリーマン的に就労ができるようにしたい。次に観光業だ。「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されているし、温泉も多くあり、「アドベンチャーワールド」は日本有数のパンダの飼育・展示施設だ。本州最南端の町である串本町にはロケット発射場もできた。これからは体験型の観光が拡大していくと予想していて、いちご狩りや魚釣りなど、第一次産業と観光が結び付いた産業を推進していく。それから、ワーケーション。実は、ワーケーションの第1号は和歌山県で、今まさに、南紀白浜を中心に、ワーケーションの施設を作ってメッカになりかけている。IT企業はどこでも仕事が出来る。実際に、和歌山に住んで在宅勤務でやっている人もいるので、これをさらに進めたいと思う。南紀白浜空港は羽田空港から1時間で着くので、ぜひ東京からたくさんの人に来てほしい。

――就任1期目の抱負は…。

 岸本 今回の選挙戦のキャッチフレーズは、「和歌山が最高!だと 子どもたちが思う未来を!」だった。実際にこれを実現するのは大変なことで、総合政策を打ち出していくつもりだ。ただ、これには心の持ち方の問題もあって、地方の方は自分のところを卑下する傾向があるが、そんなことはないと出戻りの私は思っている。和歌山県は自然の美しさや文化、歴史、伝統が根付いている土地だ。面白いことに中世の時代の和歌山は決定的な領主がおらず、地域の寺や地主が自治体を作って統治していた。将軍や天皇家などの権威の影響を受けづらかったので、和歌山弁(紀州弁)には敬語がない。強いものに対して許せないという気概があり、残念ながら負けてしまうが織田信長にも豊臣秀吉にも戦いを挑んでいる。こうした和歌山の良さをシェアし、県民の元気を取り戻してもらうような政策を打ち出していきたい。(了)

▲TOP