――世界の金融情勢は、今は比較的安定している…。
三村 比較的世界中、金融政策一つとっても局面の転換期だ。アメリカやヨーロッパは既に利下げ局面に入った状況だが、どのようなタイミングとスピードで追加利下げをしていくのか、まさにその都度ごとに経済分析をしながら決めていくということで、そこは必ずしもわからない状況だ。日本はその逆で利上げ、つまり金融政策の正常化の局面だが、これまたどのタイミング、どの程度のペースでどこまで利上げが行われるのかは今後の状況次第だ。このため、日本と欧米の金融政策の相対関係で金利のマーケット、株のマーケット、為替相場が動くわけだが、比較的見にくい状態にはなっている。10月にワシントンで行われたG20の会議でも大きく言えばソフトランディングが見通されるようになってきたが、日本と欧米の金融政策は両方が反対方向に動く関係、つまりクレー射撃と同じで常に正確にその距離感を測ることができるわけではないため、足元で日々のボラティリティは高い。
――去年の春に金融不安のような雰囲気があった…。
三村 去年の出来事自体は少し例外的な、特異な事案であったように思う。クレディ・スイスの場合には、そのかなり前からコンプライアンス上の話も含めていろいろな問題があったし、シリコンバレーバンクについて言うと調達サイドで非常に少数の預金者が巨額の預金をしていたという背景に加え、運用サイドでかなりの程度、債券もので投資をしていたことなど特性に例外的なところがあったので、他の多くの金融機関でも同じような問題があるわけではないというのが一般的な受け止めだと思う。とは言え教訓もいくつかあり、デジタル化における預金の取り付け騒ぎというのはかつてとは比較にならないスピード感と規模で起きるのを、現に我々は目の当たりにした。この昨年春のケースについては、既にFSBやバーゼル委員会などで教訓を振り返る、あるいは引き出すレポートなどが出始めている。リスクがどこにあるのか、金融システムの潜在的な脆弱性の所在を常に把握しておくことは金融当局者の一番の仕事だ。また、欧米ではちょうど利下げ局面に入り始めたということで、一番金融の引き締めが効いてきている状態をようやく緩め始めているというのが今の欧米の状態だが、そうなると金融的にはまだ意外に引き締まった状態かもしれず、手放しで金融にストレスが生じ易い局面が終わったと判断するのは時期尚早だ。中国の不動産やアメリカの商業不動産だとか、様々なリスクが金融周りでも言われているが、市場が次はここが心配と言っているものは当局も気にかけて見ている。しかし、おそらく去年の3月までシリコンバレーバンクのことを話題にしている人が誰もいなかったように、大体において金融の危機なりストレスの発信点は誰も予想していないところにあり、意外な危機の種が隠れているというのが残念ながら過去の教訓上は多い。そういう点では、常に警戒を怠ることはできない。
――台湾海峡で何かあれば、同様に日本の物価上昇の要因になる…。
三村 物価に対する影響もそうだし、より広い物の流れに対する影響もあり、サプライチェーンの多様化が今、改めてキーワードになっている。ジャストインタイムからジャストインケース(不測の事態に備える戦略)へという話を国際会議の現場ではよく耳にするが、そうなるとかつてのような最も効率良く単線的なサプライチェーンよりも構造的にコストが高くなる。この変化によって潜在的な物価上昇率が今までより高くなっているのかどうか、それを考えたら名目の物価上昇率、平均的な物価上昇率を乗せたときの名目としての中立金利がいくらくらいなのかという点が世界各国で議論になっている。日本でも植田総裁がその分析はこれからだといった趣旨の発言をしており、パウエル議長もまだはっきりとわからないと言っているが、地政学的リスクは物価の実際の状況にも関わってくるし、それを見極めて中銀の金融政策が最終的にどのあたりの着地点を目指していくのかにも非常に影響してくる。逆に言えば、ロシア・ウクライナのような問題は、単に地政学的な問題だと言うだけではなくて、文字通り経済とか市場に大きな影響を与えるという意味で財務相、中銀総裁がG7やG20で当然語って然るべきことだ。そういう意見ではない国も残念ながらいるわけだが、我々からすると経済と金融の問題そのものであると感じる。
――経済安保はかなりのコストを注ぎ込んでいかなければならない状況に来ている…。
三村 財務省は全国の税関のネットワークを通じて日々、どこの国との間でどんな物が、いつ、どれだけ流れているかという国境を越えての物の流れに関する情報を絶えず収集しており、また、お金の流れも外為法で100以上のいろいろな取引を届け出や報告で得ているので、そこには非常に豊富な一次情報がある。業務インフラと人員を整えてこれをしっかり分析できる体制を整えれば、役立つ情報が得られるはずなのだが残念ながら、今までは宝の持ち腐れにしていた。多少、時間がかかる話だが、そういうことをしっかりやっていくのが大事だ。また、経済制裁はアメリカ1カ国でやるより、考え方を同じくする国々との連携、役割分担の下でやる方が効果的であり、そういう体制をみんなで組んでいくのも、国際局の仕事として大きくなっている。更に、10月のG7でまとまったロシアの凍結資産の話もそうだが、ウクライナを支援するにしてもコスト負担や制度作りの上で各国間での調整が不可避になっている。
――各国で役割分担が必要ということだが、日本の役割は…。
三村 場面にもよるが、例えばロシアとの関係において言えばユーロとドルだけ押さえても仕方なく、日本が一緒に円も含めて制裁をすることによって格段に制裁の強度が高まった。サプライチェーンでは、例えばEVのバッテリーやソーラーパネルなどクリーンエネルギー系の部材について、一番上流のクリティカルミネラルと呼ばれる鉱物資源自体はアフリカや南米、アジアなどいろいろな国で産出しているが、バッテリーやソーラーパネルを作る中流以下はほぼ中国一色になっているような状態だ。これはサプライチェーンの多様化の真逆で、クリーンエネルギーを追求すればするほど特定の国に依存度が高まってしまうため、クリティカルミネラルを産出している国々が自前で中流・下流までできるようにすれば、我々の経済安全保障にも資するし当該国にとってはより付加価値ができ経済成長や雇用の創出にもつながる。日本は昨年こういったアイデアを出したが、これについてもやらなくてはならないことが沢山あり、工場の建設、港や道路など物理的、伝統的なインフラの整備も必要だし、生産品の買い取り手を探す必要もある。基本は民間の事業活動だからそれを裏付けるためのファイナンシングとして一番いいのは商業的なお金だが、インフラまで含めて考えれば公的なお金、世銀やアフリカ開銀に委ねるところもあれば、各国政府ごとにやるところもあるかも知れない。ファイナンシングにしてもインフラづくりにしても、ドナー側と当事国が集まって議論し、エコシステムを整えていく必要があり、一種の工程表的なものを作っていくところで「では日本はここをやるので、これはアメリカよろしく、これは当事国に、これは世銀にお願いしよう」という役割分担が個別の局面でも常にあり、より大きな政策立案においても日本はあれをやりましょう、これをやりましょうという場面があるのだと思う。
――令和元年に改正された外為法について、そろそろ新たな改正をする目処の時期が来ているが…。
三村 施行後、5年が経過したところで状況を見て見直しをすることが定められており厳密には来年春に満5年を迎えるので、法改正の検討については年明け以降本格的にやっていくことになるが、それ以外の法改正を要しない若干のファインチューニングについては、政省令以下で対応でき且つ、対応すべき政策的な緊急性が認められるものがあれば5年後見直しを待たずにやればよいと思う。前回改正時より経済安保に関する考え方もかなり進化してきているが、当時もそうであったが究極的に外為法の目的は「対外取引自由」を大原則としながら必要最小限度の管理調整を加えるというものであるから、そのバランスが非常に難しい。その法律の大目的に照らして本質的に外為法の制度は、マーケットの観点から健全な投資やお金の流れはむしろ推奨こそすれ、決して止めない邪魔をしない。一方で安全保障、公の秩序、公衆の安全といった観点から本当に必要な場面では管理・調整をかけるということなので、要は国際金融センター的な観点と経済安全保障的な観点と両方折り合いをつけなければいけないのが外為法で難しいところだ。意図せざる結果が出てしまった部分や、思ったほどの効果がなかったといった部分が当然あるはずなので、そのあたりを勉強しながら何を次の法改正の中でやっていくかということだが、いずれにしても大事なのはバランスをどう取るかというところだと思う。[B][HE]