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Information

――世界中で茶道ブームが起きている…。

 岡本 私の専門は社会心理学だが、茶道の国際化を推進する「裏千家インターナショナルアソシエーション(UIA)」などで、長年、茶道の外国普及の活動に携わってきた。裏千家には世界に76の支部があり、稽古の段階毎に発行される「許状」は、外国人も日本人も区別なく出されている。さらに、裏千家には、裏千家学園茶道専門学校という学校があり、そこにはずいぶん以前から「みどり会」という奨学金制度があり、2年間住み込みで茶道を学ぶことも出来る。その制度があるおかげで修道課程を終了し、世界77カ所の本部及び支部で活躍されている外国人師匠が約250名いる。

――世界で茶道が広がっている理由は…。

 岡本 海外の方がお茶に興味を持たれる理由は、第一に「味を試してみたい」というところから始まると思う。しかし、「禅」や「陶磁器」といった関係から茶道に入ってこられる人達も多い。そういった方々が奨学金制度を使って2年間の厳しい修行に耐え、世界で活躍出来るほどまでに頑張れる理由は、宗教ではないのに宗教的な意味合いで「自分を律する」という事の魅力ではないか。例えば、仕事をしていて気持ちが乱れている時に、家に帰ってお茶を点てる。そうすると気持ちが落ち着いていく。毎日の稽古で所作を学び、自分を律する感覚を身につけると、それは禅を組むよりも落ち着くことがある。そういう事を教えるのが茶道であり、そういうことを学びたいと思う人が海外にもたくさんいらっしゃるという事だろう。

――海外ではどういった国の方々が茶道に興味を持たれるのか…。

 岡本 どちらかというと、宗教があまり普及していないような国の方々が茶道に熱心になる傾向がある。実際に「みどり会」に入会していらっしゃる方は、アメリカ人、カナダ人、ロシア人などが多い。また、外国人で茶道に興味を持たれる男女の比率は、6:4くらいで男性の方が若干多く、日本人の男女比と逆になっている。日本で茶道を学ぶ方は圧倒的に女性が多いが、そのひとつの要因は第二次世界大戦後に裏千家が奥伝許状の門戸をいち早く女性に開いたという背景がある。茶道を教えることによって生きがいとともに生活の糧を得た女性も多かった。歴史的には、茶道はもともとは千利休から始まった男性の社交の場だった。

――日本の茶道の現状は…。

 岡本 日本では茶道人口が若干減少傾向にある。というのも、茶道はそれなりに時間を要するため、環境的に続けられる人は続くのだが、生活の変化によってその時間が取れなくなり、やめていく人もいる。特に女性の場合は、出産や育児などで忙しくなり、お稽古に来ることが叶わなくなるというケースも多い。日本の伝統文化として中学校や高校で教えているところもあるが、小・中学校の場合は授業時間が1時限45分と短いため、しっかりとした実技を教えるのは難しい。また、学校では、設備の問題や衛生上の問題もあってなかなか実現しにくいようだ。

――茶道の最大の魅力は…。

 岡本 私にとってはなんといっても、海外での「社交術」だった。海外では、茶箱を持ち歩いて、訪問先で茶箱点前を披露するケースも多いのだが、そこで出会った人たちは必ず私の事を覚えていてくれる。そこで広がっていった人脈から、海外との研究協定等を結ぶに至ったというようなケースも多い。海外に限らず、私はお茶を通じてたくさんの友人が出来た。人とのつながりのきっかけを作ってくれる、それが私にとってお茶の最大の魅力だった。

――これまでお書きになった著書の中には、企業のコンプライアンスや心理学に関するものもある。これらが茶道と共通する点は…。

 岡本 もともと、お茶はトップクラスの武将が心を律するためのものだった。武将が活躍する時代は裁判権も司法権も行政権もなく、そういった中で、人々は自分の心が暴走しないように座禅を組んで心を落ち着かせる必要性があった。自分の心が暴走すると誰にも止められないからだ。若い頃の織田信長のように。しかし、常に背後を襲われる可能性のある武将にとって、お寺で身一つで座禅修業をすることは危険極まりない行為だ。それに比べて、城の中で行われるお茶の世界は、社交的な要素もあり安全だった。つまり、武将の生活に適応した心の鍛錬の一つの様式が茶道であり、だからこそ武将の間で広まっていったという訳だ。私の知り合いに、大企業の社長として海外を拠点に活動している男性がいるが、彼はオフィスに立礼のセットを置いて取引先の方や部下にお茶を振る舞っている。そうすることで、自分の心もマネジメント出来ているという。それは企業のトップとしての嗜みとして非常に有用な事だと思う。例えば、会社の社長が社員にお茶を点てて振舞う様な機会があれば、それは、社員にとってモノや金銭を与えられるのとは違った、人と人とのつながりを感じる大切な記憶として残っていくだろう。それが茶道の基本だと思う。

――現在の三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)の関係性と、今後の千家十職の役割について…。

 岡本 三千家の家は昔から同じ区画内にあり、ご近所として仲良くされている。三千家に関わりの深い職方を千家十職といい、茶道具のレベルを維持してきておられるが、今は十職以外にも素晴らしい職人さんたちが活躍されている。適度の競争によって茶道具のレベルが高く維持されているという状態だ。

――茶道文化の今後の展開については…。

 岡本 口伝と言って茶道ではお稽古の際にメモを取る事が許されない。世界各地に茶道を広めていくにあたっても、その習慣が守られてきたために、書かれたものがとくに英語では少なく、その曖昧な状態のまま世界各地に広まっていったという事が多くなっていた。その結果、お点前に地域差が生じてきているという問題が発生し、今はその地域差を是正していくという方向にある。その点において、私が著した「茶道バイリンガル事典(大修館書店)」には、稽古の後に記憶が変容しそうな細かい部分まで英語で記しているため、海外で茶道を学ぶ方々にはすでに重宝されていると聞いている。茶道の理解をより深めていくためにも、是非、役立ててほしい。

――今後の抱負は…。

 岡本 この本を手に取り茶道に関心を持ってくれた海外の方々が、インターネットを通じてお稽古を学べるような環境を作れれば良いと考えている。ただ、お点前の細部は、たとえばテンポなど、その場の客との関係性で決まってくるようなところがある。お稽古としては一定のテンポで進められるとしても、本当のお茶会でのテンポは、その場の所作や空気感によって作り上げられるため、実際の場を経験することは必要不可欠だ。ネットを使ったお稽古でも、ユーチューブのように一方的な動画配信や、マニュアル通りの型に嵌め過ぎた動画だけでは本当の茶道の心を教える事は出来ない。お点前に参列された方々の「早くお茶を飲みたい」、「少し飽きてきてしまった」などといった微妙な心の変化を、その場の空気から読み取り臨機応変に対応していくことが、お茶の醍醐味の一つでもある。そういった事を考慮したうえで、実際にお稽古に来ることが叶わないような人たちにネットでのお稽古の場を提供できるよう、色々と考えを巡らせ、今後も茶道の普及活動に努めていきたい。[B]

――積年の課題である直間比率の見直しについて…。

 栗田 岸田政権が掲げている政策である新しい資本主義が目指す「成長と分配の好循環」の実現に向け、昨年はNISAの抜本的拡充・恒久化を含めた資産所得倍増プランを策定し、「貯蓄から投資へ」を推進している。それに併せて、関連法案の成立・施行を前提に、金融経済教育推進機構を設立し、金融経済教育を進めるほか、顧客本位の業務運営の定着・底上げを通じて顧客の最善の利益を追求することを義務として定める予定である。さらにコーポレートガバナンス改革を実施して企業側において資本コストを意識した経営を求めている。他方で、「資産運用立国」の実現を目指し、資産運用業とアセットオーナーシップの改革を進めている。これらがすべて連なるとインベストメントチェーン全体として、家計の預貯金が投資に振り向き、そうなれば当然直間比率の改善にも寄与することになる。

――資産運用立国は重要だが、現状においては金融庁が投資家保護へ傾斜しているため自由な運用ができないとの声もある…。

 栗田 投資者保護と運用の話はまったく別物で、投資者保護において最も大事なことは投資者の意向に沿った商品を販売できているかどうかだ。低リスク・低リターンの投資をしたいという顧客に対しては当然そうした商品を提供すべきで、そうした顧客に仕組債を販売するから問題となる。一方で、顧客のなかには高リスク・高リターンの投資をしたいという人もいるわけで、そうした顧客にはハイリスク商品、できればハイリスク商品のなかでも手数料が安い商品を売っていただければよい。まして機関投資家であれば、もちろん運用益を求めているわけなので、ある程度リスクがある商品を販売していただいてよい。あくまでも顧客の意向に合わせた商品を販売するということが金融機関の努めだ。しかし、投資経験がない人がハイリスク・ハイリターンの商品が欲しいと言ってきたとしても、そこは少し考えていただき、投資経験を考慮して考え直していただくことももちろん必要だ。

――「金融育成庁」としてのお考えは…。

 栗田 「育成庁」と言っても今は高度経済成長期の通産省のように産業育成をする時代ではないだろう。金融機関が自身の判断でやりたいことを邪魔しない、やりたいことが現行規制に引っかかるようであれば規制緩和を考えるという環境整備を行うことが「育成庁」だと考えている。つまりこれまでの護送船団方式による横並びではなく、自由に業務ができるような環境を整備することが大事だという考えだ。また、例えば、フィンテック業界から、規制の限界がわからないとの問い合わせを受けることがある。こういったサービスを提供する場合、認可が必要なのかどうかなど、できるだけ早期に明確に答えることも育成庁のひとつの役割だと認識している。

――国際的な資本市場の創設も積年の課題だ…。

 栗田 所得税や法人税の減免などいろいろ難しい問題があることは理解しているが、国際的な資本市場としてどういったマーケットを目指すのかが重要な要素だと考えている。例えば、シンガポールのように国の経済を金融で成り立たせるぐらいのレベルで考えるのかと言えばそうではないだろう。日本はいろいろな産業があり、第二次産業も強く、シンガポールとは事情が異なる。金融当局として重要だと考えていることは、海外のさまざまな国の人たちが日本に投資をしたいと思えるマーケットをつくる、そして国内の人も自分たちの資産を運用することによって成果を得られるようなマーケットをつくり、その結果が国際的な資本市場となることだと考えている。海外の人に魅力ある市場だと思っていただくことが重要で、そのために不要な規制を無くし、マーケットの公正性・透明性を確保し、投資先となる企業にがんばっていただくことが大事となる。企業自体に成長性がなければ、投資する魅力は感じられない。成長性のある企業を育てていくことが重要だと考えている。また、国際的な資本市場に関連して、海外企業の上場については、海外企業を日本に上場させるよりも前に、その前の段階として、日本で資金調達しやすい環境を作ることが大事だ。日本の金利は低いにもかかわらず、海外企業による調達が限定的なのは、外資規制が問題となっているわけではなく、日本円を調達しても使う場所がないことが課題だと考えている。海外企業が円を調達し、円を使う場所が必要で、その点、魅力ある市場をつくることが重要となる。魅力ある市場とすれば自然と海外から人が集まり、我が国資本市場の国際化が進展すると考えている。

――社債市場に関する課題は…。

 栗田 社債市場の整備は進めていかなければならない。スタートアップなど信用力が低い企業の資金調達多様化の観点、投資家から見ても投資対象の多様化の観点から低格付け債市場は日本に必要だと考えている。市場整備に当たって重要なことは、一つに社債権者保護だと考える。やはりユニゾホールディングスのデフォルト事例のような事態が発生すれば、危なっかしいイメージがついてしまう。また日本の場合、リスクマネーが少ないことも課題で、リスクマネーを増やすためには、海外の資金を引っ張ってくるほか、国内投資家でもハイリスクが取れる投資家に資金を出してもらえるような魅力的なマーケットにすることを考えていかなければならない。足元では、国内外から資産運用業への新規参入を促進する策として、資産運用特区の創設や新規参入者の運用資金獲得を支援するプログラム(EMP)、規制緩和などを進めていこうと考えている。海外のプレイヤーを呼び込むことは、日本の市場活性化だけではなく、市場整備に寄与するうえ、競争促進による日本のプレイヤーの成長も期待できる。

――その他の課題は…。

 栗田 避けて通れないのはコロナ後の事業者支援だ。コロナが収束して売上が回復している企業は良いが、そうではない企業も多く、また物価高や人材不足で経営が厳しいという声は多い。これまで我々は金融機関にこうした企業の資金繰り支援をお願いしていたが、より抜本的な事業再生支援に取り組んでいただかなければならないと考えている。もう一つ大きな課題は、金融システムの安定性の確保だ。今春の米シリコンバレーバンクやクレディ・スイスの事例を見てみると、マーケットの不安定さが、思わぬところに大きな影響を生じさせている。それがひいては金融システム全体に悪影響を及ぼしかねない。米国においては個別の金融機関の破綻はあったが、幸いなことに金融システム全体が動揺するまでには至らなかった。しかし、SNSであれだけ情報が急激に拡散し、昔と違って預金を引き出すルートがたくさんあり、急激に流動性が抜ける危険性は昔よりも大きくなっている。この教訓を踏まえて金融機関をモニタリングしなければならないと考えている。また、デジタル化の進展への対応やグリーントランスフォーメーションへの対応も中長期的な課題として対応していかなければならない。トランジションファイナンスやインパクトファイナンスは金融的な手法として対応していく。

――春の欧米の銀行混乱では、銀行の資本規制も課題視された…。

 栗田 国際的に議論が始まっており、当然国際的な議論の結果を踏まえて我々も対応しなければならない。ただ、今、思っていることは、個人的見解に近いが、この話を規制でやろうとしてもうまくいかないのではないだろうか。例えば、流動性規制を厳しくして手元流動性を厚くする、資本規制を厳しくしてより自己資本を積み上げてもらう、という意見もあるが、本当にそれで対応できるのだろうか。米国の銀行破綻のように1日に数兆円という単位で資金が流出すればどんなに厳しい規制を講じていたとしても破綻する。規制強化で対応すればいいというほど簡単な話ではない。ではどうすればいいか。金融機関はある程度効率的な経営をしていくなかでもリスク管理はしっかりとやっていただき、それを金融当局がよく監督していくことが大事と考えている。[B][X]

――中国の現状をどうご覧になっているのか…。

 津上 マラソンで例えると、この20年近くは、前半飛ばしすぎて後半に疲れが出てきたという感じだ。2000年~2010年までの中国は、様々な問題を含みながらも、ある意味、理想的な成長を遂げていた。生産関数をみても、生産性の向上や資本投入と労働の投入がバランス良く働き、高い成長率を生み出していた。それは、質の良い成長と言える。振り返ると、2001年にWTOに加盟してから、世界中の工場が中国に殺到し、外資企業が工場建設のための資本投入を進めた。同時に、外資企業は中国に技術と管理方法も持ち込んだ。それによって中国では生産性が大きく向上し、その結果、税収が増えて財政に余裕が出てきた。そして、中国政府はその潤った財政を使い、中国全土に高速道路やコンテナ港などの産業インフラを急速に整備した。さらに、それはまるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、再び生産性の向上、そして更なる資本投入へと繋がっていった。しかし、2010年を過ぎると成長に陰りが出てくる。それは国家成長の流れとして当然の事なのだが、中国政府は、その成長が永遠に続くという思い込みから抜け出せなかった。少しでも成長率が落ちれば、それを補うために借金までして投資を行うという式で徐々に質の悪い成長へと変わっていった。ただ、私はこんなやり方はもっと早くに限界が来ると考えていたのだが、質の悪い成長ながらも、その後中国は10年以上も成長を続けている。それは、中国の懐の深さからくるものなのだろう。

――中国の懐の深さとは…。

 津上 他の国に比べて、中国は政府が支配する経済資源が圧倒的に多い。企業に対しても人事を含めた指令の権限を持っているケースが多く、政府が富と支配力を集中保有し、それが中国の懐の深さに繋がっている。リーマン・ショック後の2009年には約4兆元を使って投資主導の景気刺激策を行い、世界の救世主とも言われた。さらに、その後も工場設備投資、インフラ投資、不動産投資などで大型景気刺激策を続け、この10年程の中国の経済成長の約4割は不動産投資によるものとなった。しかし、不動産投資による経済成長の殆どは有利子負債であり、今後もこのペースで負債残高が膨らみ続けると、資産の質は悪くなり、不良債権のリスクは増大していく。そして、このように無理が顕在化しているにもかかわらず中国政府は奥の手を使わない。そこが一番心配なところだ。

――中国政府の奥の手とは?また、それを使わない理由は…。

 津上 実は中国の中央財政にはまだ余裕がある。地方と中央を分けてみると、地方政府はこれまで、各々の自治体の成長率を上げて自分が出世するために、狂乱投資を続けてきた。たとえ借金漬けになろうとも、土地を売ればなんとかなるだろうという考えがあったからだ。しかし、この数年間で土地を売って財政収入を得るシステムが壊れ始め、地方財政は危機的状態に陥っている。それでも、「何か問題が起きても最後は御上が何とかしてくれる」という考えは強く、もはや借金が返せないゾンビ政府状態になっている今でさえ地方債を発行している。しかも、それはかなり良い条件で消化されている。「最後は中央が保証してくれる」と信じているからだ。一方で、中央政府においては、国債発行残高がGDPの20%と、日本のわずか10分の1のレベルだ。米国が80%、ドイツが100%という状況と比べても非常に優れている事がわかる。このため、崖っぷち状態にある地方政府が、結局、健全財政の中央政府が救ってくれるだろうと考えて、今なお借金を重ね続けているのだが、中央政府は「安易に地方政府を救うとモラルハザードが起きる」と言って財政出動を拒んでいる。

――地方政府は今、具体的にどのような状況なのか…。

 津上 とにかく借金が膨らみすぎている。財政の苦しい地方政府では、公務員の給与の欠配遅配は日常茶飯事になっている。また、地方政府も物品サービスを購入するのだが、その買い掛けが全く支払われないという事態も起きている。例えば、検査試薬を作っているような会社はコロナ禍で爆発的に売り上げが伸びたと思われているが、実際のところ政府からの支払いが滞っており、会社の財務は危機的状況になっている。民間経済にとっては政府がお金を支払ってくれないという事は大問題だ。このまま中央政府が地方政府を救わなければ、年金にも支障が出てくるようになるだろう。地方政府主導の建設工事においても、建設会社に対価が払われなければ労働者への給与が滞ってしまう。地方の中小金融機関は債務超過に陥っているところがたくさんあり、地方政府がしっかりしないと取り付け騒ぎになる可能性もある。このように社会の安定が動揺するという事態は、習近平政権が最も危惧している事であり、そういう事態に発展しかねないリスクの種を地方政府は孕んでいる。

――それにもかかわらず、中央政府が地方政府を救わない理由は…。

 津上 中国共産党政権は伝統的に均衡財政論者が優勢だ。かつて保守派重鎮の陳雲は「財政というものは収入があって初めて支出が出来る。収入が支出よりも多い状態が理想だ」と主張していた。保守派も今は年間財政赤字がGDPの3%までは許容するが、それでも財政赤字を嫌う意識は残っている。そういう風潮の中で地方財政を救うために中央財政が出動することにストップがかかっているのではないか。また、仮に中央政府が財政出動のために国債を増発するとして、それを中央銀行に引き受けさせることは決してあってはならない禁じ手だという意識が強い。そうなると、国債の発行余地は乏しいという結論になってしまう。彼らは「政府が輪転機を回してお金を擦り始めるようになれば、国民の政府に対する信頼が揺らいで『中央政府は長くはない』とばかりに、資産を国外に移すような行動を招く」と恐れているのだ。中国の国際収支は黒字で、対外純債務も日本と肩を並べる程だ。国債を大量発行しても、海外の投資家に頭を下げることなく国内金融機関で十分消化できる。日本から「中央銀行が国債を引き受けても大丈夫だよ」と助言してあげたいが、中国はリフレ論やMMT論などを「そんなうまい話があるわけないだろう」とハナから信じない。中国政府もそれをやらないことでこれまで国民の信頼を守ってきた。一方、今はそれをやって不動産や地方政府を助けないと大変なことになる恐れが高まってきた。進むも地獄、戻るも地獄という状況だ。

――中国全体のバランスシートは現在どのようになっているのか…。

 津上 IMFによると、中国の政府負債額は2022年現在でGDPと同等程度の120兆元程度だ。中央政府がその2割程度、地方政府が残り8割程度となっている。ただ、政府が関与する企業の負債額が相当大きく、その分を入れると政府債務はGDP100%以内に留まっているとは思えない。地方政府は2016年時点で負債残高36兆元を抱え、それが2022年で106兆元と3倍にまで膨らんだ。コロナ禍での経済下支え支出に加えて、土地収入が激減したからだ。不動産バブルで資産増大を期待した不動産投資は、もはや買い手がいなくなり、販売面積も着工面積も2年前と比べて半分程度に落ちている。また、この10年で国民の住宅ローン負債も膨れ上がったが、最近は資産価値が落ちたと感じて金利の安いローンに乗り換えたり、消費を抑えた行動に走ったり、日本のバブル崩壊時のバランスシート不況と似た現象が表れ始めている。国全体のバランスシートの両側(資産と負債)に潜在的な不良資産と不良債務が膨大な額が積み上がってしまった。現在の中国の長期国債金利はバブル後の今もなお3%近くある。借金を返せないゾンビ企業にも政府が保証することで利払いを助け、借り換えを繰り返させてきたからだ。ゾンビの借り換え需要が旺盛なので金利が高止まりしているのも良くない傾向だ。

――どこか一つの釘が外れれば、中国は一気に崩壊していく可能性があるのか…。

 津上 国債の中央銀行引き受けに踏み切れば、中央財政に問題を先送りする余力がまだまだあるが、それをやらないと、経済社会を支えてきた国民の共産党・政府に対する信頼が揺らいで、その先何が起きるか分からない状態に落ち込む恐れがある。中国中央政府は常々「ブラックスワン」や「灰色のサイ」のような事態に備えないといけないと言ってきたが、そうなってしまいかねない原因を中央政府自らが作っている。例えば、中国恒大集団の問題では不動産代金を支払ったのに未だ物件が引き渡されていない人たちが約80万世帯存在する。債務超過の会社が破産宣告されないのも、この残務処理が済まないうちに死んでもらっては困るからだが、2年前からの最大懸案事項なのに一向に工事が進まない。キャッシュが尽きていて、建設業者に支払うお金もないからだ。運転資金を借りようにも債務超過している会社にお金を貸すような銀行はなく、頼みの地方政府も債務保証ができないほどひどい財政状況にある。ここで中央政府が何もアクションを起こさなければ、「住宅が引き渡されないのにローンを払わされるのは御免だ」とローン支払を拒否する人が大勢出てくるかもしれず、そうなると銀行経営にも大きな影響が及んでくるだろう。残務処理が進まないのは、最後に残る巨額の損失を負担するのは誰なのか、どうやって負担するのかの目処が立たないためだ。最後は中央政府が出ていくしかないと思うが、中央政府はその現実に向き合う勇気がなく踏み切れない。権力集中で、部下が忖度ばかりしている今の習近平国家主席に今の状況がどれだけ伝わっているのかわからないが、疲弊しきった国を救うために禁じ手を破るのか問われている。それが今の中国だ。[B]

――川口市ではクルド人による問題行為が指摘されている。実際にどのような問題が起きているのか…。

 奥ノ木 犯罪に至るものは多くはないが、車の運転が荒いなどの暴走行為、夜間の騒音、ごみの不法投棄や分別マナー違反、コンビニの周りで屯(たむろ)してしまうなど、日本人のマナーから外れている部分が問題になっている。また、クルド系の外国人は集団で行動する傾向が強く、多数のクルド人同士の争いに発展したことがあり、地元の人は不安に思っている面もある。コロナ禍ではクルド人のクラスター発生を危惧して、川口市ではワクチン接種に加え、無料でPCR検査を受けられる体制を整えていたが、クルド人の利用率は想像よりも低かったという問題もあった。外国人は風俗や生活習慣が違うので慣れるまでは仕方ない部分があるが、同じ外国人でも中国や韓国など東洋系の人は日本人と風俗や生活習慣が似ているためか、クルド系の人ほど問題行為が目立っていない。川口市には約4万人の外国人が住んでおり、外国人居住者数で東京都の新宿区と1、2を争う自治体のため、自然と外国人に対する問題意識は強くなる。川口市に外国人が集まる正確な理由はわからないが、東京都に隣接し都心へのアクセスも良好で、都内に比べ土地や家賃に割安感があるためではないか。また、既に川口市に住んでいる知人を頼って新たに居住する外国人が多いことも背景に挙げられると思う。

――仮放免の外国人をめぐって国に要望書を提出された…。

 奥ノ木 クルド人による迷惑行為の根本には、国の仮放免という制度の問題がある。これは、在留資格を失い出入国在留管理庁に収容された外国人が、移動や就労は制限されるものの、収容場から一時的に放免される措置のことだ。しかし、仮放免の状態では就労できないため、税金を納めたり健康保険に加入したりすることができず、結局、不法就労に手を染めることになってしまう。川口市ではこれを問題視し、2020年12月と今年9月の2度、法務大臣へ要望書を提出した。20年12月には、①仮放免者が最低限の生活維持ができるように、身元保証の仕組みの導入など就労を可能にする制度の構築②生活維持が困難な仮放免者の健康保険をはじめ行政サービスの適否の判断──の2点を求めた。さらに、今年9月には前述の2点に加え、不法行為を行う外国人について法に基づき強制送還などの厳格な対処を行うように要望している。つまり、仮放免の外国人による不法行為問題は国の制度が原因であって、本来ならば市が対応する問題ではない。たとえ、仮放免の外国人の子どもであっても学校は受け入れなければならないなど、人道上の義務的な部分が地方に押し付けられているのが現状だ。仮放免者は税金を払っていないとの声もあるが、国が就労を認めない以上、税金を払えないのは当然である。出入国在留管理庁が不法滞在している外国人を捕まえることしか考えていないとすれば、この問題が解決することはない。仮放免として日本に滞在する許可を出すのであれば、彼らが生活する術を考える必要があり、それができないのであれば強制送還などの対応を国は取るべきではないか。

――川口市では外国人に対してどのような対応を行っているのか…。

 奥ノ木 川口市では協働推進課が多文化共生の推進を担当しており、外国人窓口を開設し、市内の外国人への情報提供などを行っている。また防犯対策室では、地域の防犯のために自主的にパトロールする青色パトロール車両の増車や、警察との連携により治安維持に努めている。川口市は外国人が多いため、近い将来は国際課のような部署を作っても良いと考えているところだ。さらに日中協会やクルド人協会といった市民団体が、日本語を教えたり交流事業を開催したりしているが、日中協会と比較してクルド人協会は川口市にまだ馴染めていない印象がある。クルド人協会が他の市民との交流を深めるなど成熟してくれば積極的に応援したいと考えている。また川口市では、教員が土曜日に外国人の子どもに日本語を教える活動を自主的に行っているが、これについても国からの支援は一切ない。

――国際問題に発展する懸念もあると…。

 奥ノ木 クルド人はトルコ政府に迫害されていると主張しているが、トルコは親日国で、日本とトルコは友好関係にあるため、市の立ち位置は非常に難しい。クルド人が集まってお祭りを開催するときなどは、トルコからの独立運動などにつながらないように注意している。

――外国人と共生のあり方についてのお考えは…。

 奥ノ木 まずは、「郷に入っては郷に従え」の通り、日本の生活、風俗、習慣、文化などを、外国人の方には身に着けていただきたい。共生しようと努力する外国人に対しては、市は一生懸命応援したいと思っている。また、いわゆる3Kの仕事など、日本人がやりたがらない仕事を外国人がやってくれている一面もある。そういったことからも、仮放免となっている外国人については、日本人の雇い主やクルド人協会、公的な身分を持った人などの保証により、就労でき、税金を払うことができ、健康保険にも加入できるような監理措置制度を国に整えていただきたい。日本は島国で外国人が陸伝いに訪れる場所ではなかったため、外国人と共生する文化が根付いていないが、仮放免者が生活を維持できない状況をそのままにするのではなく、共生に向けた道筋を考えなければならない。そのため、さまざまな外国人を「新たな人的資源」として掘り起こし、互いに理解・尊重しあえる多文化共生のまちづくりを目指していきたい。[B][N]

――行政のデジタル化の遅れの原因は…。

 牧島 原因は2つあると思っている。まずは、わが国のテクノロジーが進んでいるがゆえに各自治体で独自のシステムを使ってしまい、全国的に統一化・標準化したものができなかったことだ。これだけの技術大国だからこそレガシーシステムが多く存在するので、新しいものを1つ作るという決断ができなかった。それがコロナ禍によって、使用しているシステムの違いから自治体間の調整に時間が掛かるといった課題が顕在化した。これからはガバメントクラウドを中心に自治体のシステム標準化を行うと決めたが、そこには大きな政治的リーダーシップが求められた。しかし、これは地方自治とは全く別の話だ。これまで通り地方創生の創意工夫は各自治体で進めていただくが、システムは別々である必要はないということだ。もう1つは、わが国でデジタル化を進めたり電子政府に移行したりすることへの国民の意識が薄かったことがある。例えば政府の電子化が進んでいるウクライナやエストニア、北欧各国、アジアでは韓国や台湾に比べて、日本は地政学リスクがそれほどないと考えられてきたので、政府を電子化しなければならないという大きな危機感がなかった。ただ、今後わが国が大きな紛争に巻き込まれないという保証はなく、同時に多くの自然災害リスクを持っているので、危機対応として電子政府を用意しておくことは非常に重要だ。

――行政のデジタル化でエストニアのように小さな政府が実現できるのか…。

 牧島 デジタル化によって行政の人員を減らすということを第一の目的にはしていない。これまで多くの自治体の職員や首長とコミュニケーションを図ってきたが、どの自治体においても、デジタル化で削減した人材をどの部門・業務に配置したいのかということを考えるようになっている。さらに、小さな自治体であればあるほど、新規採用職員の募集に困っているという話を聞くようになった。私の地元にある人口1万人程度の町では成人の人数が100人に満たない年があり、若い労働力の不足が顕著だと感じることが多くなった。自治体の採用には色々なパターンがあるし、他の自治体に住む人材を採用しても良いのだが、職員の採用は簡単ではなくなっているという現実問題がある。一方、日本は世界に冠たる高齢社会で、いくらデジタル化が進んでもスマホでは行政手続きが完結できない高齢者も多いと思う。これまでだったら役所に来て何時間も待たされていたところを、デジタル化によって待ち時間を減らすことができるし、一人一人に対応する時間を長く取ることができる。将来的にはコンパクト化が進むかもしれないが、まずは本当に人が向き合うべき場所や人を増やしたいと思っている部署にデジタル化で浮いた人材を配置するといった運用を行いたい。

――マイナンバー制度をめぐって情報漏えいへの国民の不安が高まっている…。

 牧島 個人情報の取り扱いについては、自治体の職員の皆さんを含めてかなり厳しい規律で運用されていると思っている。もちろんマイナンバー制度やマイナ保険証について、ひも付け誤りなど問題があり、国民の皆さんに不安があるということは認識している。しかし、マイナ保険証に関して言えば、ひも付け誤りが発生した現場は保険を提供している保険者であるから、民間企業でも個人情報の取り扱いについて意識してもらう必要が益々高まっている。さらに、マイナポータルで自分の情報が正しいか確認するなど、国民一人一人が責任を持って自分自身の個人情報を管理するという意識も大事だ。また、デジタル庁に対しても改善すべき点があるという指摘を受けているが、デジタル庁のなかでは民間人が3分の1を占めるということもあり、全省庁のなかで最も厳しいコンプライアンスルールを敷いているところだ。

――マイナ保険証のひも付け誤り問題の責任はどこにあるのか…。

 牧島 保険者が行うひも付け業務について、現場の1人1人がどういう仕事をしていたかについて、厚生労働省が総点検を行った。ひも付けの際の個人情報の特定に当たって、マイナンバーと4つの情報(氏名、住所、生年月日、性別)で確認をするという期待していた運用ができていたのが約6割、期待していた運用ができなかったのが3~4割との結果が出た。この3~4割については改善の必要があるし、厚生労働省は対応しなければならない。既に中間報告が出ているし、総点検のフォローアップが行われるだろう。

――マイナンバー制度自体をより国民に周知・啓発する必要がある…。

 牧島 もちろんそうした広報活動を進めていくことは大切だが、既に若い世代を中心にマイナポータルを使いこなしている人は増えてきていると認識している。デジタルネイティブ世代は子育てワンストップサービスをかなり活用し始めているし、会場に行かず確定申告ができるなど納税にも使われ始め、かなり普及が進んできたと思う。日々マイナポータルを使っていれば、自分自身の情報の管理もスムーズにできているだろう。

――その一方で、サイバーセキュリティについては、憲法21条における「通信の秘密」がネックとなっているのではないか…。

 牧島 まず、わが国で導入を進めている電子政府と憲法21条で規定される「通信の秘密」は全く別の話と考えている。導入を進めているガバメントクラウドではマルチクラウドシステムを採用することで、米国でも行っていないようなハイレベルなセキュリティ・レベルが提供される。一方、サイバーセキュリティ対策についてはそれを平時のものとして取り扱うのか、安全保障や防衛という視点で取り扱うのか、様々な論点から議論が重ねられてきた。サイバー攻撃のアクターは国なのか、国にスポンサーされている行為者なのか、テロリストなのか、対象者のアクションは何なのか、どのように無力化させるのか、それぞれ細かく議論しなければならない。これらについては拡大NICS(内閣サイバーセキュリティセンター)と呼ばれる組織を編成するなかでも議論が進められるだろう。

――わが国のサイバーセキュリティを強化するには…。

 牧島 例えば平時で言えば、基本的な考え方として重要インフラ事業者の防御が大きなテーマになる。サイバー攻撃を受けた事案の一つである医療機関の中には初歩的な対策で防御が可能になるものであっても、その対応すらできていないケースがまだ存在している。重要インフラ事業者といっても規模感や想定されるリスクに幅があり、それぞれの事業者ごとに適切な対策を取ってもらうことが大切だ。中小企業のサイバーセキュリティ対策も強化していきたい。また、国際連携や官民連携の強化をしなければならないということも強調しておきたい。サイバー空間には国境があるわけではないし、平時と有事の境目も曖昧だ。このような特徴を踏まえたうえで、民間の人材を活用していく必要があるし、グローバル企業にはその知見を提供してもらいたい。

――これからの課題は…。

 牧島 2025年には大阪・関西万博があるが、開催にあたってサイバー攻撃を受ける可能性があることを意識しなければならない。サイバー防衛では2021年の東京オリンピック・パラリンピックの時の知見が生かされると思う。東京大会はロンドン大会の倍のサイバー攻撃を受けたものの守り切ることができたというのは1つのレガシー・経験として残っており、それに甘んじることなく努力は続けなければならないが、参考にすべき点は多くあるだろう。[B][N]

――前大統領が告発されるような今の米国は、いよいよ曲がり角に来ているのか…。

 ドーク 今までの米国の歴史の中では、今回のトランプ前大統領と同様の問題で告発されるようなことは無かった。現在、米国のメディアでは「トランプ前大統領にはモラルがない」という意見と、「罪のない段階で前大統領を告発する民主党側には道徳心が欠けている」という2つの正義が存在し、それらが真っ向から対立している。個人的には、この告発は不公平であり民主党側にモラルが無いと思う。このように米国内で道徳心がなくなってきている原因の一つは、1960年代に今の民主党のエリートたちのマインドが形成されてきたからだろう。戦後の自由主義の中で、自分の好きな事だけを求めて生きてきた人々は、他人の事をあまり考えなくなり、道徳心も薄くなってきた。つまり、自由と豊かさが、他人を思いやる気持ちを失わせていった。

――道徳心の希薄化を背景に、米国では麻薬や銃などの問題が山積している…。

 ドーク 今の米国には麻薬が蔓延している。にもかかわらず、政府はこの問題に手を付けないばかりか、麻薬合法化という風潮が広まっている。それは、今の民主党の人たちが麻薬を使っているからだろう。かつて、ビル・クリントン元大統領が「麻薬を使っているのか」と質問された時に、「はい。しかし、深くは吸っていない」と答えたことがある。冗談交じりにでもそういう発言が咄嗟に出たのは、裏を返せば、政治家にとって麻薬を使用することはあたりまえの環境があったという事だ。バイデン大統領については定かではないが、バイデン大統領の息子ハンター・バイデン氏はコカインを使用していることで有名だ。実際、彼は麻薬を使用していた事を隠して銃を購入したことで起訴された。このため、今年7月にホワイトハウスでコカインが見つかった事件も、米国民からはそれほど驚くような事ではないように受け止められている。また、米国には中国からフェンタニルという薬物がメキシコ経由で密輸され、21世紀版のアヘン戦争とも言われているが、そのルートを妨げないようにメキシコとの国境を完全封鎖したくないという民主党の意図も感じられる。背景には、自分たち自身が麻薬を使いたい、或いはそこに何かしらの利権があるのかもしれない。

――一方で、外交や経済においては米国一強だ。ロシア対ウクライナ戦争によって武器や食糧、燃料などの輸出も好調に推移し、他国経済を大きく引き離している…。

 ドーク 民主党の中にはロシア対ウクライナ戦争の終焉を望んでいない人もいるだろう。それくらい米国はこの戦争で利益を得ている。しかし同時に、米国国民の生活水準の低下は酷さを増している。麻薬による死者数が年間10万人を超えているのに、そういった事実をメディアは大きく取り上げず、政治家もそこに手を付けようとしない。そもそも、メディアは政権与党に悪い影響を及ぼすような報道をしない。特に麻薬の問題に関しては、政治家と同様にメディアで働く人達自身が麻薬を使いたい為なのかもしれない。問題を大きく取り上げて規制が強まるのは避けたいのだろう。しかし、薬物使用による治安の悪化は大きな問題になっている。さらに言えば、薬物を使用した際の暴力行為の罰則については、おかしな法律の適用が多く、刑罰が軽すぎる。

――米国では、麻薬を使用した際の罰則が軽すぎる…。

 ドーク 米国の法律にはおかしなものが沢山ある。例えば、ある射殺事件において銃を扱った人物が麻薬中毒者や精神病者、或いは前科者や未成年者だった場合には、銃をその本人に販売した人の方が重罪になる場合がある。また、お店に強盗が入った際に店員が銃や刀を使って強盗犯に危害を与えれば、拘置所に収容されるのは、お店を襲った強盗ではなく、店員だ。法律を運用する側のモラルや社会規範がきちんとしていないから、このようなおかしな法的措置が下されることになる。このようなケースが相次いで起こっている米国は、もはや崩壊に向かっていると言わざるを得ない。そして、民主党はこういった現象に対する解決法を見いだせないどころか、むしろ米国の崩壊を加速させている。この米国崩壊の過程を遅らせる事が出来る方法があるとすれば、それはトランプ前大統領が次の選挙で再び大統領になることしかない。共和党は民主党に比べて国民の権利を大切にしているからだ。

――米国では中絶権問題やLGBT問題を巡っても意見が二分化している…。

 ドーク 中絶権問題は、妊娠した女性の権利と同時に、体内にいる胎児の権利もあり、簡単に判断できる問題ではない。また、米国でLGBTは特権少数派と定義されているため不用意に発言すれば起訴されることもあり、LGBTを話題にするには十分に気を付けなくてはならない。一つ言えるのは、今の米国で人々が唱える自由とは、特定の団体のためのものであり、言論の自由も、特定の団体の為のものでしかないという事だ。各々の団体が叫ぶ自由を認めるか認めないか、それが民主党とトランプ前大統領の違いであり、民主党はそれを認め、トランプ前大統領は公共の利益を尊重して認めない。例えば、リベラル勢力による差別是正の流れで、今の米国では非キリスト教徒に配慮して「メリー・クリスマス」とも言えないような風潮にあるが、それを堂々と「メリー・クリスマス」と言おうと唱えたのがトランプ前大統領だ。そして、彼はこのように自由な発言をしたことで何度も告発されている。つまり、今の米国にはトランプ前大統領でさえ個人として政治的に自由に発言する権利が無いということだ。

――言論の自由がなくなれば、民主主義の基盤は壊れてしまう…。

 ドーク 私が日本人研究家アメリカ人として一番言いたいのは、「日本はもはや米国を参考とせずに、自立すべき」という事だ。すでに立派に経済大国として名を馳せ、民主主義国家として一人前に今の国際社会を歩んでいる日本は、もっと自国に誇りを持つべきだろう。また、日本は道徳という社会モラルがしっかりしており、それが麻薬にも反映されている、このため、独自の力で未知の世界に挑んでほしい。それだけの力は備わっているはずだ。もはや崩壊に向かっている米国の真似をしていては駄目だと考えている。[B]

――ソフトバンクグループは日本の資金調達環境を前進させている。その考えや哲学をお伺いしたい…。

 後藤 日本の社債マーケットは、需要と供給が素直に反映されていない状態がずっと続いている。日本ではBBB格程度までしか恐らく起債が難しい一方、海外市場ではBB格、B格どころかC格の起債もある。こうした銘柄は当然利回りが高く、その分リスクも高くなるが、そのリスクを承知の上で買いたいという投資家は多い。これは海外市場だけの話ではなく、こうしたリスクを取ることができる投資家は日本にも潜在的に存在している。しかし、日本はそもそも市場をつくっていないため、参加する機会がない。日本国内の機関投資家マーケットはこうしたリスクを取れる投資家を受け入れない、歪なマーケット構造となっている。そこで、我々はリテール市場に目を向けた。リテール市場はより需給がストレートに反映されているためだ。2023年6月末時点で2,115兆円ある家計の金融資産のうち、半分近くがゼロ金利預金にとどめ置かれ眠っているが、その一部でも社債運用に回ればよい。例えば、我々が発行するシニア債の利回りは発行年限に応じて1~2%ある。私はもともと信託銀行出身で、若い頃は個人顧客の資金運用のために奔走していた。当時は、長期プライムレートが高かったこともあるが、例えば、貸付信託など6~7%の利回りで運用できる商品があった。そうした商品を運用していけば老後に資産運用の果実を得ることができていた。しかし、低金利に伴い運用商品がなくなってきた。そうした高金利商品がなくなってしまったならば我々で作ればいいという思いもあり、20年程度前に個人向け社債の発行を始めた。今では年間5000~8000億円程度の償還と、金融機関並みの大型発行が継続的にできるようになった。このように我々は社債発行について、国民の老後の資産運用に対する思いとともに、日本の歪な債券市場を変えたいという想いがある。

――機関投資家市場の歪さとは…。

 後藤 我々が海外市場で社債を発行すると、一度の起債で概ね数千億円規模の調達が可能だ。しかし、日本で調達しようとすると同様の金額は難しい。その差はどうして生まれるのか。これはファンドマネージャーがプロか会社員かの違いが大きいのではないか。日本のファンドマネージャーの評価は減点主義で、デフォルトなんてもっての他だ。そうすると利回りの50bp、100bpを追求するよりも、より安全な方を選択しがちだ。結果としてハイイールド債を買わずに投資適格債しか買わざるを得ない。これが大きな理由だと考えている。一方、海外でIRロードショーを行っていると、債券投資家やアナリストが、ハイイールド債とされているものの、そのなかで実際にはリスクが低い債券を探していることがよくわかる。なぜかというと、運用で儲けたいと考えているためだ。そのため投資家は非常に熱心に質問してくるし、その分析能力や判断力・決断力がより発揮できる環境にいることがよくわかる。日本では歴史的にハイイールド債市場が放置されてきた。発行体は売れないから出さない。投資家は商品がないから研究する必要がない。証券会社は金融庁に忖度して個人向け債やハイイールド債の発行に消極的にならざるを得ない。欧米並みのそれぞれのリスク・リターンに応じた債券が自由にトレードされる市場が作られるべきだと思うし、我々は市場拡大に貢献しているというささやかな自負を持っている。

――証券会社もリスクを取らない…。

 後藤 金融庁の指導により仕組債問題が証券業界を揺るがしているが、それでも証券会社は仕組債を売り続けた方が良いのではないかと思っている。今回の問題で「仕組み債を売らない」という判断をするのではなく、ルールに則って正しい方法で販売すればいい。投資家の門戸を閉ざしてしまうと機能不全に陥り、違うことを考える人が出て、より間違った方向に進む懸念がある。

――金融庁は投資家保護に傾斜しすぎている…。

 後藤 子供の教育と同じで、部屋の中に入れて鍵を閉めていたら、本当のリスクを理解しないまま大人になってしまう。外に出て、転んで、ケガをして泣くことも大事。投資は自己責任が原則。このままでは日本の個人投資家が育たないのではないか。

――社債市場で今後チャレンジしたいことは…。

 後藤 投資適格級が主流となっている日本の社債市場をどう変えることができるのか。例えば、ファンドマネージャーとして自身の力量をどれだけ世に知らしめることができるかという風に、ファンドマネージャーがポジティブになれる環境づくりを、発行体サイドとして考えていきたい。ただ、買う側のスタンスを我々がどう変えることができるのかについてはまだまだ悩みがある。例えば、我々は豊富な有価証券を有している。その保有有価証券だけに依拠した商品をこれまでにもいろいろ発行している。過去には保有するアリババ株式に依拠したものを含めさまざまな商品を出しているが、国内の投資家の対応には温度差がある。大手機関投資家のなかでもまだまだ議論があるようだ。しかし海外では多くの投資家が関心を持ってくれる。また証券会社においても引受に躊躇するところもある。我々は日本の会社としては、そうした商品において日本の証券会社をシェアアップしていくことが一番大事なのだろうとも考えている。発行体としてはコストが高い海外での調達に比べ、日本円のコストは非常に安いわけだが、残念ながら日本の投資家が海外投資家と同じようなスタンスではない。そういった課題において我々がなにをできるか改めて考えていきたい。

――発行体である一方でファンドを運用されている…。

 後藤 我々はソフトバンク・ビジョン・ファンドという十数兆円規模のファンドを運用している。良い時期も悪い時期もあり、そして勉強もしながら、グローバルに存在感を示すことができてきた。よく「ビジョンファンドはなぜ日本の会社に投資しないのか」と尋ねられることがある。我々としては、日本の会社に投資したくないわけがない。日本企業はもっと評価されるべきだ。しかし、残念ながら我々がフォーカスしているAI関連において、ある程度成熟している日本企業はまだまだ少ない。しかしながらここ2年間程度で4社程度投資を行うなど少しずつ増えている。[B][X]

――外為法に抜け穴があると…。

 細川 政府は2019年の外為法改正で株式取得に必要な事前届け出の割合を10%から1%に引き下げた一方で、2020年に事前届け出の免除規定という告示を出した。この背景には、当時、大手新聞が「海外から投資が激減する」と、海外投資家の声と称して実態は外資系証券会社の日本法人の反発を報じたことがある。そうした大キャンペーンに押されて、財務省は事前届け出の免除規制という大きな抜け穴を作ってしまった。この問題が顕在化したのが、2021年に中国のIT大手テンセントが楽天に出資した事件だ。私は、当時テンセントは外為法の免除規定を利用して事前届け出をしていない、これは安全保障上大きな問題だと楽天がテンセントから出資を受けると発表した直後から新聞、雑誌への寄稿で指摘した。すると米国政府もこの件を問題視するようになった。テンセントは米国政府が警戒している相手で、楽天は米国でも事業を始めようとしており、米国からしたら大問題だ。当時、訪米も予定していた菅内閣は慌てて対応策を模索して、事前届け出がなくても事後にモニタリングをして監視するという弥縫策(びほうさく)で、米国に説明して何とか乗り切った。私が問題視しているのは、政府がこの件を乗り切ったからといって、第2,第3の問題が発生したとき、毎回そうした弥縫策で対応するのかということだ。本来ならば、こういった制度の穴をふさぐことこそやるべきことだ。事後のモニタリングで対応できるのならば、どうして事前届け出制を導入しているのか説明がつかないだろう。

――今その外為法改正から3年経った…。

 細川 事前届け出の免除規定を作ってから1年も経たないうちに不備が露呈してしまったが、財務省としては作った制度をすぐ修正するというわけにはいかないのだろう。そのため今日まで来てしまった。そうした中で、NTT法のあり方が議論される。外資規制は外為法で対応するのならば、外為法の抜け穴をふさぐ必要がある。外為法改正から3年が経過し、財務省は法律改正時にも「不断の見直しをする」としているのだから、今がそのタイミングだろう。これから先、自民党では甘利座長のもとでNTT法の見直しを検討することになるが、攻めの経済安全保障の観点からNTTの経営の自由度を拡大するとともに、守りの経済安保も検証する必要がある。さらに、NTTだけでなく通信事業者は電気通信事業法で規制されるが、電気通信事業者として個人情報やデータを握っているのだから、NTT同様に守るべきだろう。もっとも、外資はすべてNGというのは現在の国際化が進んだ世界では無理がある。懸念のある外資を規制し、わが国の安全保障の観点から問題ない外資は受け入れるというのが、外為法の立て付けとなっているはずだ。

――外為法見直しには何が必要か…。

 細川 まずは現行の外為法でどこまで実効性が確保されているかどうかの検証が必要だ。この点、米国やEUは例えば、中国からの買収案件を毎年何件阻止したかを公表している。わが国の財務省が公表しているのは事前届け出の件数だけで、実際に審査を行ったかどうか、その結果どのくらい投資をストップさせたのかが明らかになっておらず、制度の実効性が明らかにされていない。また事前届け出の免除規定のあり方で問題なのは、外為法の事前届け出で免除規定を活用するかどうかは、出資者の判断に委ねられているという点だ。これは性善説に基づいたもので、全く意味をなさないというのは誰の目から見ても明らかだ。関連して、わが国は諜報機関、つまりインテリジェンス機能を持っていない。米国では、外国からの投資を諜報機関が調べ、問題があれば遡ってでも無効にできる強い権限を持っており、投資審査のスキームに諜報機関が組み込まれている。わが国の財務省や地方財務局はインテリジェンス機能を持っておらず、事前届け出でしか情報を把握できない、いわば「事前届け出こそ命」なのだ。その事前届け出を免除してその条件が遵守されているかどうかを財務省はどうやってチェックしているのだろうか。

――財務省は抜け穴を塞げるのか…。

 細川 事前届け出の免除が広がり過ぎることによる抜け穴をふさぐことは不可欠だが、それと同時に、届け出件数が増えることによる現場での負担を軽減するため、業務を合理化していくことも併せて必要だろう。制度に実効性を持たせるためには、外為法の運用にもっとメリハリを持たせるべきだ。財務省では、提出された事前届け出を30日間で審査しなければならないことになっている。現実的にこれはなかなか大変で、財務省では審査書類を提出し直させて、審査期間を事実上長期化させているのが実態だ。これに対して、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)では、簡便な45日間で処理できるもの、60日で処理するものと仕分けして2段構えで対処している。また、申請者も審査の結果によって投資が無効になった場合のリスクを背負っているが、そのリスクを避けるため、申請者が事前にCFIUSに情報を提供し、契約を結べば、このリスクが軽減されるという仕組みがある。この仕組みによってCFIUSは企業からの積極的な情報提供を得ることができている。財務省にはこういったことも参考にして知恵を出していって欲しい。

――今後の外資規制のあり方は…。

 細川 制度改正後3年間の検証に加え、米国CFIUSなど他国の制度運用を踏まえて、制度をさらに緻密に練り上げる再設計が必要だ。さらに言えば、現行の外為法では外国の民間金融機関は無条件に事前届け出が免除されている。もちろん国有の金融機関は事前届け出の対象になるが、中国の場合、民間か国有かは関係ない。中国には国家情報法という法律があり、民間企業でも政府から求められたら情報を提供しなければならず、他国の民間企業とは危険度が異なる。楽天に出資したテンセントも、中国当局から情報提供を求められたら情報を出さなければならない。未だに財務省は国有か民間かで分けているが、現在の中国にはその分類が意味をなさない。例えば、英HSBCホールディングスは筆頭株主の中国平安保険から、HSBCのアジア部門を分割せよと、法外な提案を受けた。日本でも外為法の事前届け出の免除規定ができてから、この3年間で色々起きていると考えられる。外為法の見直しでは、財務省の限られた人員のなかで無駄なエネルギーを使わず、阻止しなければいけないものを阻止できるような制度の再設計が求められている。[B][N]

――台湾有事の際に想定されるリスクをどう考えるか…。

 神田 金融市場では株安・円安・債券安のトリプル安となることが想定される。経済的な大混乱が金融市場に波及し、かなり急激かつ大規模な混乱が起こる可能性がある。台湾と中国が交戦状態に入ると、日本の沖縄や九州地方も巻き込まれる可能性が高く、東シナ海のシーレーンが機能不全に陥ることも、日本の経済・金融面に大きな影響を与えると考えている。加えて、最も問題視しているのは在留邦人の問題だ。有事の際に中国や台湾からどうすれば日本に帰国させることができるのかを考えなければならない。ウクライナの場合、陸路で隣国へ避難できたが、中国や台湾から日本に帰国させるには航空機か船が必要で、現状ではかなりの人数を避難させる必要がある。また、輸送を民間が担うのか、自衛隊が担うのか、誰がやるのかも重要だ。今回の福島第一原子力発電所のALPS処理水問題で再認識されたが、中国の意思決定は科学的根拠に基づかない議論のもとで行われている。中国は不当に日本からの水産物の輸入を全面的に停止したが、これによって日本の水産業は最大の輸出相手国を失い、非常に大きな影響を受けている。中国と何らかの結び付きがある産業分野は広範囲に及ぶが、今回のように理不尽な理由で突然ストップされるリスクを踏まえ、サプライチェーンの再構築も考えなければならない。

――経済的な混乱にどう対処するか…。

 神田 もっとも、有事になってからできることはそこまで多くない。日本戦略研究フォーラムが主催する台湾有事のシミュレーションに財務大臣役として参加して感じたのは、台湾有事の際、中国に日本経済や在留邦人を人質に取られないようにするにはどうすれば良いかということを平時のうちから考えなければならないということだ。平時のうちから有事を想定して、どうサプライチェーンを構築していくか、有事の際にどうダメージを抑えるのか、民間企業も含めてわが国全体で考えなければならない。そもそも有事にならないようにする外交努力が前提として必要だが、いざ台湾有事となった場合、非常に早い展開で戦況が進み、経済や金融が混乱することが想定される。中国経済における日本企業のエクスポージャーや中国での生産・取引の在り方が今の規模のままで良いのか、在留邦人をどのように日本に帰国させるのか、有事の際の影響を軽減できるサプライチェーンはどのような姿なのか、考えるべきことは多くあるはずだ。コロナ禍で政府はサプライチェーン構築のために補助金を出し、生産拠点が集中している製品やマスクや医療機器など重要度の高い製品の国内回帰を促したが、経済安全保障という大きな文脈のなかで民間企業を政府が支援し、中国のエクスポージャーを適正水準にしていくことも選択肢として考えられる。

――金融市場では、有事の際にどのように対応するのか…。

 神田 金融市場での備えについても、マーケットなのでなかなか難しい面がある。金融市場では、現物の金利は日銀のコントロール下にある一方で、先物の金利への介入手段を持たず、先物と現物の乖離が発生することは平時でも起こり得るため、この点は日銀もリスクとして認識していると思う。さらに有事の際に、先物も含めて日銀がコントロール可能かどうかを検討するほか、可能ならば日銀がどのように先物市場に関与するのかということを選択肢の一つとして検討しておくことは大切だ。また、有事になる前から政策的な売買の仕掛けと実需によってマーケットが動くリスクは想定される。例えば中国が政治的な意図を持って売りを仕掛けていくリスクや、中国の民間企業や投資家が日本からエクスポージャーを引き上げていく過程で、株や債券が下落するなどだ。その際、政府・日銀は何ができるかが焦点になってくるが、1つは平時から各国の財務省・中央銀行との協調を進めておくことが挙げられる。わが国と志を同じくする国との間で、いざとなったら通貨スワップ協定を発動できるように結んでおくこと、さらに実際に発動する可能性について普段から対話しておくことや、為替が下がっていくような局面で各国の協調介入を行えるように、平時のうちから議論を行っておくべきだ。当然、国連の安全保障理事会はロシアや中国といった常任理事国でもある当事者に対しては機能しないし、IMFなどの枠組みも主要国の通貨が下がるようなケースでは、規模や機能が十分ではない。各国の現行の枠組みで、国際的な金融市場のバックストップが十分かという点については議論すべきだ。

――台湾有事となると、企業への支援、沖縄や九州地方への支援など、金融面での大規模な支援も必要になるが…。

 神田 まずは、大量の流動性を供給するという、日銀がこれまでも行っている危機対応をしっかりやることだ。日銀、財務省、金融庁の連名で緊急措置を発動し、社会不安や金融機関の取り付け騒ぎのようなものは抑えていく必要がある。さらに問題が長期化するような場合は、財政的な手当てが必要になる。経済対策やインフラ整備、在留邦人を退避させるための予算などで10兆円、20兆円といった単位で補正予算を組むとなると、予備費では足りなくなる可能性がある。そうなると急いで国債を発行して調達することになるが、有事にそれだけの国債を誰が引きけるのかが問題だ。日銀が引き受けるには、財政法5条の制約があることに加え、まさに円の急落や金利の急騰など、経済が大混乱に陥る可能性がある。また、円が急落しているなかで戦闘能力を維持し、戦争を継続していくためには外貨建ての国債を発行して外貨を調達する必要も出てくる。1988年以降、外貨建ての国債は発行していないと認識しているが、外貨建ての国債を平時のうちから発行し、ある程度投資家やロードショー先を開拓しておいて、いざというときにしっかりした金額を外貨で確保できるようにする準備も必要ではないか。

――外為特会をもっと利用していくべきではないか…。

 神田 邦銀の外貨資金繰りのために外貨準備を使う場合、国内メガバンクの外貨建てのエクスポージャーは3行それぞれ数十兆円持っており、それらを外貨準備で賄おうとすると外為特会はあっという間になくなってしまう。外貨準備を元に日本が単独で為替介入する場合、昨年の秋にたった3回介入しただけで10兆円減ってしまっているので、急激に円安が進む場面ではあっという間に資金が底を尽きてしまうことになる。このため、私は、外貨準備は為替介入の手段として対外的にアピールしつつも、実際は別の手段でしっかり賄う必要があると考えている。邦銀の外貨資金繰りのためのスワップ協定や外貨建て国債の発行検討など、有事の際の選択肢を確保していくなかで、外為特会が最後のバックストップとする位置付けが良いと思う。

――このほか、台湾有事に備えてわが国ができることは…。

 神田 こうやって台湾有事の話を議論するというのは、戦争に対する備えであることはもちろん、「わが国が有事に対して準備している」「中国が戦争を起こしても日本や米国は思い通りにはならない」と国内外にアピールすること自体が中国の意思決定を妨げ、戦争に対する抑止力になる。これまではタブー視されていた面があったと思うが、国民全体で議論して、準備をしなければならない。また、国際的にも、有事の際にはロシアと同じような経済制裁を行うというコンセンサスを、G7や中央銀行・財務省の会議などで事前に得ておくなど、志を同じくする国、中国の台湾進攻に対して反対する国が結束していると示すことが台湾有事に対する抑止力につながるだろう。[B][N]

――人生120年と言われるように日本人は長生きしている…。

 岸本 私は今年で61歳だ。人生が120年だとすると、残された60年はこれから社会に出る人たちの役に立ちたいと考えている。そのための具体的な行動として、3年前から「常若甲子園」というプログラムを始めた。これは、中学生や高校生が自分の職業人生をみつけるためのキャリア形成のサポートだ。現在の学習指導要領には小中高でキャリア形成できるようにカリキュラムが組まれているが、皆が納得する方法論があるわけではない。そこで、自分の人生の目的を見つけた人がその考えを発表する場となる「常若甲子園」を考案した。一人100秒程度で、自分の人生の目的とそれに向けた具体的な活動を動画で制作し、YouTubeに流すというものだ。それを見て、自分と同じ目的を持つ人や共感する人達が繋がり、その輪が目標に向かう気持ちを後押しするような場になればと考えている。「若常甲子園」は3年前に26人の小学生と高校生で始めた。最初は高校生の参加だけを考えていたが、小学生の推薦が二人あった。また、自分が生きてきた経験を伝えたいという70、80歳代から参加希望があった。大人の参加は、道なき道を歩む高校生の力になると実感している。どんな場所にいるか、どんな教育を受けているか、そういった事は全く関係なく皆に利用して欲しい。自分の将来目標がSNS上で複数の人と繋がり、その色がだんだん濃くなれば、実現の可能性も濃くなってくるだろう。今の時代はインターネットを使って色々な人と繋がることが出来る。自分の職業人生を考える中で、そういったネット技術の利点を大いに利用してもらいたい。

――生成AIなどデジタル技術が人の生き方を変える可能性もある…。

 岸本 『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2100年の世界を描く中で「100年後の人類は今よりもっとヒューマニタリアンになっている」と綴っている。技術の進歩に伴って人間の生活は変わっていくが、一方で、人間の気持ちはより人道的になっていくという予想だ。仮にそういう可能性があるならば、100年後の日本はどのように技術発展し、その結果どのような暮らしを求めていくのだろうか。そういった興味から、私は町や村に住む方々の暮らしを観察し始めた。驚いたのは、都会で生まれて豊かに育ってきたのに、わざわざ離島や郡部に移住している人が多くいるということだ。「自分はお金を払って欲しいものを自由に買うことができるが、何かを作ることはできない。消費者の身体しかもっていない自分自身にうろたえ、果たして自分は何かを作り出せるのか、或いはそういう生活が出来るのかを試したいから来ている」という答えは都会で生まれ育った人の実感かもしれないと思った。話を聞いた人の中には、大阪大学の物理学博士課程を修了した女性や、東京の有名私立大学を卒業後に外資系金融機関に就職した若者がいた。人々の生活というものは、生まれた場所や親の職業によって違ってくると思うが、そのことに疑問を持つ子供がいるというのは意外な発見だった。少なくとも私はそういった疑問を持たなかったからだ。

――敢えて田舎に移住する人々が続出する現象から考えられることは…。

 岸本 私が住む世田谷区の集合住宅には約100世帯が住んでいるが、知り合いは5世帯もいない。近所と言っても隣に住んでいるだけの関係だ。ゴミ出し日のルールを守らない人や、自転車を自分勝手に置く人もいる。顔の見えない人間関係がもたらすストレスや社会的諸問題は多い。それが町や村への移住を促す要因になっていたり、都会の人たちが自分たちのライフスタイルを考え直すきっかけになっているのかもしれない。顔の見える人間関係を求めるライフスタイルの変化があるとすれば、それは今後の日本にどのような影響をもたらすのだろうか。小さい頃、家族で海水浴に行った。夕焼けを見ながら砂浜で感じた海のにおいは今でも懐かしい思い出だ。「五感を全部使って生きる」中で感じた気持ちはAI(人工知能)を使って文字表現することは難しい。他にも、死んだらどこに行くのか、生まれる前はどこにいたのかといった、目に見えない世界についてAIはどこまで関与できるだろうか。AIが発達していく中で、人間の関心は知識と情報から「感性」へと移っていくのではないか。

――AIの発達によりむしろ感性が重要になると…。

 岸本 IT技術の発達によって、パソコンさえあれば仕事ができるようになった。一方で、だからこそ人と一緒に何かをしたり、人の為に何かをするという事が大切な時代になっているように感じている。今のAIのラーニング機能では人の会話を数時間聞くだけで、その人が言いたいことが大体わかるようになるとも言われており、話す機能の付いたコンピューターが一台あれば一人でも生きていけると思っている人もいるかもしれないが、コンピューターに出来る事は「自分がしてもらいたい事」であり、「自分がしたい事」を決めることが私たちの大事な仕事になる。「自分の好きなことが人の役に立ち、且つ、それで生計がたてられる」というのが理想だろう。私たちの毎日は、何かをしたからお金が貰えるという「稼ぎの時間」としたいこと、しなければならないことをする「仕事の時間」の組み合わせでできている。後者の例は、コンクールへの出展の準備や、高校生の子供の弁当作りだ。好きなことであればうまくいかなくても踏ん張りがきく。「好きだ」という想いと紐づけながら職業人生を歩んでいけば、変化の速いこれからの時代、何かがあった時にも志を持って打開していくことができるのではないか。自分の好きな事や、やりたいこと、自分ごとに惹きつけてキャリア形成を一人ひとりが取り組めるよう学校教育の方法論が求められていると感じている。これから5年ないし10年、AIと人間の役割分担の線は明らかに変化していくだろう。それに伴って小中高校の教育内容は、今後の人間がやるべき事は何なのかを見据えて子供たちの教育方針を考えていかなければならない。ITを教えるということというよりも、個々人の人生のプランニングを助けるという観点だ。

――教育方針を考える現場の状況は…。

 岸本 昨年、全日本教職員連盟のシンポジウムに参加した。テーマは「学校のウェルビーイング」で、教職員や生徒の親、子ども自身のウェルビーイング(満足度)を考えるものだった。その場にいた教職員の雰囲気は「自分たちの幸福度よりも親や子供の満足度を高めたい」という感じだった。すばらしい考えだが、教職員の負担は過重になっており、病気で休む教師の割合も高い。先ずは教職員のウェルビーイングを改善しなければ生徒へのサービスの改善は難しいと感じている。規模の経済が働く部門は小さくなった。隣の人と同じ仕事をするのは人気がない。1000人生徒がいれば人生は全て異なる。しかし学校教育の方針は一つの方向に導き順位づけすることが基本だ。順位づけができないことがたくさんあることを思い出さないといけない。校則にしても犯罪や安全に関わることに絞って良いのではないか。土台にメスを入れてこそ、学習する内容を見直したり、個別最適教育を広げる意義が出てくる。

――これからの抱負は…。

 岸本 「常若甲子園」や、学校教育におけるキャリア形成に加え、お金をかけずに志と知恵で健康と教育の問題を解決することを考え、形にしていきたい。国と地方の財政赤字は、早晩行政サービスを見直すことを迫るだろう。フロントに立つ市町村が教育、医療、福祉を見直さざるを得なくなる。そうなった時に慌てなくてよいように、健康と教育は自分たちのお金と知恵で解決していくという住民自治の考え方に立って民間事業を発展させたいと思っている。同時に、厳しい労働環境にある医療福祉従事者や学校の教職員がゆとりをもって生活できるようになればと思っている。[B]

――日本の半導体産業が弱体化した原因をどう見るか…。

 大塚 日銀で半導体の調査担当をしていた約40年前は、日本が世界の半導体シェアの6割を占めていた最盛期だった。そこから今日の状況に至ってしまった理由はいくつかあるが、そのひとつはバブル崩壊後に「3つの過剰」解消がブームになってしまったことだと思う。1999年の経済白書に盛り込まれた「3つの過剰」の3つとは「債務・設備・雇用」を指す。バブル崩壊後の経済再生を目指していた日本ではこの3つを削ることができる経営者が良い経営者と言われるようになった。しかし、設備を削ったら何もできない、設備を得るには借金も必要だ、最後は何をするにも人材が頼りだが、その3つを削れと号令をかけた日本が成長するはずがない。雇用過剰を解消するために半導体メーカーはエンジニアをリストラしたが、その多くが中国や韓国の半導体メーカーに雇用され、結果的に中国や韓国の技術力向上につながった。その頃、1987年に創業した台湾TSMCの創業者モリス・チャンは「収益を計上する余力があれば、すべて技術開発と人材育成に投入しろ」と指示していた。韓国サムソンの創業者李秉喆(イ・ビョンチョル)は「不景気の時こそ設備投資しろ」として、積極的に半導体設備投資を進めていた。その間、中国では1992年以降、鄧小平が「南巡講話」で改革開放を訴え、安い労働力を売りに中国への投資を呼び掛け、日本企業は競って中国に進出していった。これに対し台湾総統の李登輝は、「戒急用忍」つまり「急がば回れ」という大号令を出し、「重要な産業は大陸に持って行ってはならない。とりわけ半導体産業の国外持ち出しを禁じる」として1995年に対中貿易制限法を制定して自国の産業保護に腐心していた。以上のような経緯を振り返ると、現在の日の丸半導体の低迷は、わが国の政財界の注意力不足、判断ミスと言わざるを得ない。

――半導体分野で戦略的に日本が競争力を確保できる分野を開拓することが急務だ…。

 大塚 半導体製造プロセスにおいて、中流工程のシリコンインゴットの分野は日本とドイツの優位性が維持されている。しかし、さらに上流の原材料の硅石は地球上のどこでも採掘できるにもかかわらず、精錬された高純度シリコンはブラジル、ノルウェー、中国など一部の国がシェアを占めている。それは、精錬して高純度シリコンにする過程で膨大な電力を消費するため、電力料金の安い国が優位ということだ。これについては、生前の安倍元首相に「せっかく中流で優位なのだから、上流で他国に依存するリスクを回避するため、国策として硅石の精錬メーカーに安い電力を供給して国内生産してはどうか」と提言したことがある。また、半導体チップに微細な配線を焼き付けることができるEUV(Extreme UltraViolet:極端紫外線)露光装置はオランダASMLの独壇場であるが、EUVは1986年に日本人が発明した技術だ。また、次の半導体材料のひとつと言われているカーボンナノチューブも日本人が1991年に発明したものだが、今や中国と米国にリードされている。日本は自ら開発したテクノロジーや技術を製品化に活かすことができない体質が根付いてしまったが、これは国の産業政策や企業経営者の問題だ。日本は労働生産性が低いのではなく、政策や経営の生産性が低いと言うべきだろう。究極の半導体材料とも言われる人工ダイヤモンドの実用化が迫っている。この分野でも過去の轍を踏まないように日本のエンジニアや企業の奮闘を期待したい。政策や経営が現場の邪魔をしては、本末転倒だ。

――日本は技術を盗まれることが上手だ(笑)…。

 大塚 世界的には半導体の微細化は限界を迎えており、次は積層化技術が主戦場になる。さらに微細化するといっても2ナノメートルぐらいまでが限界だということはサムスンやインテルも分かっていることだ。日本はベルギーのimec(アイメック)という半導体研究機関と組んで2~3年後に2ナノメートルまでの技術を獲得しようとしているが、ここで注意が必要なのは、imecは逆に日本の積層化技術に注目していることだ。日本にもimecと組むメリットはあるが、imec側にもメリットがあるからこそ日本と組んだということを肝に銘じる必要がある。過去と同じ轍を踏まないように、合意や提携は相手にもメリットがあるから成立するということを念頭に置かなければならない。西側諸国として対中国、対ロシアの価値観を共有しているから協力してくれるというような綺麗ごと、表面的な話ではない。現状では日本の優位性が維持されている積層化技術が流出しないような注意力と戦略的運営が肝要だ。日本が守るべきものは何かということを、政府、産業界が共有し、注意深く他国との提携や協力を進めることが大切だ。

――台湾のTSMCが熊本に半導体工場を建設する…。

 大塚 喜ぶべき話ではあるが、日本が誘致できたTSMCの工場は最先端ではない。半導体集積回路には、ロジック半導体、パワー半導体、センサー半導体など様々なカテゴリーがある。1980年代に日本が半導体業界の中心にいたころは、家電に搭載されるパワー半導体を日本が制覇していた。日本はパワー半導体では現在も優位な立場にあるが、スマホやパソコンのCPUとして使われるロジック半導体では完全に劣後している。4年ほど前、経済産業省に各国メーカーが何ナノメートルまで微細化が実用化されているかを比較図にしてもらったところ、サムスン、インテル、ファーウェイ子会社ハイシリコン等は5ナノメートル前後だったが、その時点で日本は40ナノメートルと桁違いに遅れていた。パワー半導体中心の日本の微細化技術力の相対的地位は現在も変わっていない。日本企業は「半導体は消耗品だから安い国から買えばいい」と考えていたことが災いした。ロジック半導体は産業の生命線を握っている。TSMCは最先端技術を日本には持ち込まず、熊本工場もせいぜい2桁台のナノメートルにとどまるはずだ。台湾は中国対策として製造拠点を世界各地に分散させていく必要があり、その一環として熊本に工場を作った。どの程度の技術を熊本に持ち込むかは、日本との交渉次第だろう。imecの場合と同様、日本固有の技術を適切にブロックしつつ、バーターとして微細化の技術を引き出す必要がある。

――半導体問題に関心を持ったきっかけは…。

 大塚 日銀の新人時代に産業調査を担当した時から関心は維持している。微細化やGPU等の新しい要素は続々と登場しているが、上流から下流までの基本的産業構造は変わっていない。1980年代に当時の半導体メーカーや信越化学等から学ばせてもらった基礎知識は基本的に陳腐化しておらず、現在もその延長線上にある。2010年代に入って意識的にフォローアップしているのは、この分野に関してある程度の知見や土地勘を持たないと産業や経済の先行きを見通せないからだ。岸田政権の評価すべき点は、日本の給料が30年間上がっていないこと、半導体産業を含めた日本の競争力が低下していることを認めた点だ。実質賃金や産業競争力に関して安倍元首相とも国会で議論してきたが、安倍さんは常に総雇用者所得や労働生産性の話に転じていったため、議論は深まらなかった。上述のような半導体の産業構造のことも議論したことがあるが、やはり労働生産性の話に転じていった。労働生産性は「結果」であって「原因」ではない。政策や経営の生産性が高くなければ競争力は維持できない。政策や経営の拙さ故に売上や利益が増えなければ、労働力で除した労働生産性が低下するのは当たり前だ。

――ようやく経済安全保障の議論が一般的になってきた…。

 大塚 半導体以外にも経済安全保障の論点は多岐にわたっているが、ようやく議論できる土壌ができてきた。2014年に国家安全保障局を作ったことは安倍元首相の功績の1つだが、経済班は2020年に設立された。2020年3月、コロナ禍の中で安倍元首相に経済班の対応を質したところ「経済班はまだ作っていない」との答弁が返ってきた。そこで経済班設置の必要性を説き、翌4月に設立された。こうした経緯もあるので、国家安全保障局経済班とは断続的に意見交換しているが、その延長線上で外国人土地取得規制法案も提出した。中国人と中国企業は日本の土地を取得できるのに、日本人と日本企業は中国の土地を取得できないのは相互主義に反する。こうした当たり前の国益の話がようやく真正面からできるようになったことは前進と言える。[B][N]

――「CFO思考」(ダイヤモンド社)という本を著された…。

 徳成 私は過去にペンネームで十数冊の本を書いたが、今回の本は初めて実名で記した。長年、海外駐在も含めグローバルな金融の世界で働いてきた中で、日本社会の弱点として感じたことが金融リテラシーだ。日本には金融リテラシーの義務教育がなく、一般の事業会社では企業に入ってからも教えない。そんな中で、政府の「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、DC年金やつみたてNISAなどを薦められても、普通のビジネスパーソンにはよくわからないだろうと思い、投資や金融リテラシーの本をペンネームで書いてきた。私は三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に新卒入社して運用業務と融資業務を、そして三菱UFJフィナンシャル・グループとメーカーのニコンではCFOとして資金を調達するなど、多様なポジションを経験した。三菱UFJ時代には米国子銀行の取締役も経験し、その中で、日本の財務経理担当役員と欧米流のCFOの違いを大きく感じた。世界には色々なタイプの投資家がいるが、資本市場の歴史が浅い日本ではそういった投資家に対応できるCFOが育っていない。そこで、今回は実名で、日本の伝統的な企業の財務経理担当者に向けて、グローバル基準のCFOを目指して欲しいとこの本を書いた。スタートアップ企業の若手経営者の皆さんも読んでくださっていると知り、日本経済への希望を感じている。

――ニコンのCFOとして就任したのは2020年4月。苦労したことは…。

 徳成 ニコンは過去2度、早期退職を実施したため中間管理職が少ない。そのため、昨年1年間の採用は新卒よりもキャリア採用の方が多く、現在の管理職も約3割はキャリア採用だ。技術者の採用も、これまでのモノを作る技術者よりもデータやソフトウェア関連の知識を持った技術者を多く採用している。こういった変革は現社長の馬立のもとで進められている。私がニコンに入社した1週間後にコロナ禍による緊急事態宣言が出て在宅勤務となったため、部下の顔も覚える暇がなかった。飲み会にも行けずコミュニケーションも図れない中で、会社の状況を把握するのは大変だった。しかし、コロナ禍で売り上げが一気に低下して赤字になったことで、皆の危機意識にスイッチが入り色々なことが進んだ。それはむしろ良かった事だ。

――CFOとしてコロナ禍に進めた事は…。

 徳成 当時は創業103年の歴史の中でも最大の赤字状況にあり、先ずはそれを止血すること、次にビジネスモデルの変革、そして次の成長の種を蒔くことが私の仕事だった。そのような考えのもと、一眼レフからミラーレスにシフトし、ミドル・ハイエンド商品に絞ったことで、スマートフォンに押されて2年連続赤字だったカメラを扱う映像事業は完全に黒字になった。今では稼ぎ頭だ。現代はスマホを使って写真を撮り、それを編集してSNS上に載せる事が誰でもできる。それは裏を返せば映像表現の面白さを誰にでも感じてもらえる環境にあるということだ。そのうちの何割かの人々がスマホに飽き足らず、他の人とは一味違う写真を撮りたいと考え、我々のミドル・ハイエンド商品に興味を持ってもらえれば良い。また、これまで「ニコン製」という完成品に拘っていたものを、部品などのコンポーネント、要は中間製品の生産・販売に注力するよう、新しく事業を立ち上げた。その事業部門は初年度1億円だった利益が一昨年度127億円、昨年度は146億円と急伸した。半導体が稠密化していく中、我々がこれまでに半導体露光装置で培ってきた色々な技術が、半導体関連のメーカーの皆様の悩みに応えることができるのではないかと考えたことが的中した。今は、新しい成長の種となる光の技術を使って、サステナブルな新しい世の中をつくり上げるという成長戦略を立てて取り組んでいるところだ。例えば、レーザーによる様々な金属加工を実現する当社の「光加工機」は、飛行機の表面をサメ肌の形状に加工して空気抵抗を低減し、燃料費及びCO2排出量の削減に貢献出来る。この技術はすでにANAとJALの航空機でテスト採用されている。

――変革を遂げる中で、アクティビストの意見と衝突するようなことは…。

 徳成 広義でのアクティビストとはお付き合いがあるため、当然色々なご意見を頂く。基本的に投資家はそれぞれ違った意見があり、株主配当が良いという人もいれば、株主還元を増やすよりもM&Aに資金を投入した方が良いと考える人もいる。アクティビストといっても議決権行使で通らなければ、その提案は意味がないということをわかっているため、取締役会で納得してもらえるような提案や、他の株主から賛成票が貰えるような、まっとうな提案をしてくるケースも増えているようだ。CFOとしては、フィルターの役を果たし、理不尽な要求には応じないが、会社のためになる提案と考えれば取締役会で議論をするという姿勢が大切だと思う。普通の株主は意見が通らなければ株を売却して終わりだ。不満を持った株主の皆様が何も意見を言わずに黙って離れていってしまうことのほうが実は怖い。

――株主から短期的に利益を求められ、自社株買いに走るような企業もあるが…。

 徳成 当社は自社株買いもしているが、それほど大規模ではなく、中期経営計画でも配分可能原資の約9割は成長戦略のためのM&A、設備投資、R&Dに使い、残りの1割を株主還元に使うと明記している。株価を短期に上げるには株主還元の割合を増やした方が良いのは明らかだが、我々はそうしていない。それを株主の皆様は御理解くださり、評価してくださっている。だからこそ株価も上がってきているのだと感じている。また、こういった我々のスタンスを評価してくださる投資家を選び、株主になってもらえるようお願いしに行くのも私の仕事だ。最近では長期保有が期待できる年金基金やソブリンファンドなどにも会ってもらえるようになってきた。長期安定株主の存在は、他の投資家の方々にとっても安心材料となる。実際に当社の株主にはそのような長期投資家が増えてきており、私はその期待を裏切らないようにこれからも努めていく。

――一般の事業会社のCFOについて思う事は…。

 徳成 CFOになるためには、先ず数字がわかる事が大事で、次にコミュニケーション能力の高さが求められる。欧米やアジアでは女性のCFOも非常に多く、三菱UFJが出資したタイのアユタヤ銀行やインドネシアのバンクダナモンでも女性CFOが活躍していた。日本の女性達にも期待している。また、CFOは業態を変えても活躍できるのも魅力だ。モルガンスタンレーの元CFOはグーグルのCFOとして手腕を振るい、米ゴールドマン・サックスの財務担当者もX(旧ツイッター)に迎え入れられた。GAFAがこれだけ伸びたのは業種を跨いで異動したプロCFOの力だと言っても過言ではないだろう。今、スタートアップで頑張っている日本企業のCFOも、ベンチャーキャピタルとして資金調達に奔走するという、企業として一番大変なところを経験していると思う。そういった人たちがこの本を手に取り、評価してくれているのは、私としても大変喜ばしい。

――取締役と執行役を分離させる方向となっている日本のコーポレートガバナンスについて…。

 徳成 現在のコーポレートガバナンス・コードでは、日本の企業が十分にリスクを取っていないことについて「社外取締役を入れることで健全なリスクテイクを後押しする役割をすべきだ」とされている。しかし、それはなかなか難しいと思う。経営者として成功された大企業の社長や会長が社外取締役となったとしても、彼らはどちらかというと会社が永続することに重きを置いていらっしゃる。監視役としての役割を果たしておられる方に、リスクを取るよう提言する役割を期待する事は無理があると思う。アメリカではBoard3.0が話題となり、PE(プライベート・エイクティ)など長期投資家代表を積極的に取締役会に入れていく事が提言されているが、日本では現実的ではない。日本企業で健全なリスクテイクを進めていくために私が考えるのは、社外取締役として、別の会社でCFOを務めていた人物もしくは証券会社のアナリストなど、資本市場に精通している人や投資家と関わった経験のある人を入れることだ。三菱UFJフィナンシャル・グループでは、必ず他の会社でCFOを経験した人材を社外取締役に招いていた。そうすると社内のCFOと議論をすることが出来る。そうすることで取締役会での資本の使い道に関する議論も活性化する。

――金融機関の若い世代に期待することは…。

 徳成 私の古巣の金融機関のビジネスパーソンには、転職してもその人と仕事をしたいなと思われる人物になっていってほしいと思う。これからは企業サイドも、銀行や証券を金融機関の名前で選ぶのではなく、自分たちの会社の事をずっとサポートしてくれるような人物やチームと付き合っていく時代になるだろう。[B]

――法改正によって総会屋がいなくなり会社を批判できる者がいなくなった今、アクティビスト(物言う株主)は資本市場の健全化のために必要な存在だ…。

 丸木 我々は株主である以上、利潤を目的とする。株価の上昇と配当以外は何も得られない株主にとって、株主価値を上げるために必要な提言は当然の事だ。経営者は、有権者から選ばれた政治家と同様に、株主の利益のために働くということだ。「企業には色々な利害関係者がいて、給料や税金の支払い、社会貢献の問題もあり、株主だけに向くことは出来ない」という意見もあるが、それは間違っている。従業員への給料やボーナス支給、取引先への対価支払いや銀行融資への返済などは債権債務であり、それらを契約に基づいて支払う事は義務だ。しかし、株主は利益が出た時にしか配当が貰えず、損をすれば財産がなくなって終了という立場にある。そのリスクを全て背負っているからこそ、法律は株主に特別な権利を与えている。もちろん、利益を上げる手段として関係者を大切にすることは大事であり、我々は株主価値を上げるために従業員の給料を上げるよう提案をしたこともある。我々の提案をある程度受け入れてもらった結果、我々が投資して売却した会社の株価は、我々が売却した後の方が上がっているケースが殆どだ。それは我々の誇りとしているところだ。

――投資先の見つけ方は…。

 丸木 先ず、本業のキャッシュフローが安定している会社で、なおかつ、現金や有価証券、或いは本業と関係のない不動産などでアセットを持ちすぎている企業だ。そして、コーポレートガバナンスに改善の余地が多いところだ。例えば、天下りなど役員の選び方が不明瞭だったり、役員報酬の決め方が不明確だったり、いまだに買収防衛策があったりといった、改善点が多い会社を選んでいる。基本的に我々はビジネスのオペレーションには口を挟まないが、改善して欲しい事項はしっかりと会社に伝えている。100%その改善要望が通らなくても、ある程度採用してもらえれば、株価が上がってリターンが得られると考えているからだ。しかし、大抵の会社は株主が提案すると条件反射的に反対し、それが出来ない理由を考える。そして、株主の資産を使って助言会社や弁護士等のアドバイザーを雇い、「どうすればこのうるさい株主たちの言いなりにならずに済むのか」という相談をするのだが、大抵のアドバイザーは経営者に気を使ってか、耳の痛いことは言わずにオブラートに包んでしまう。それが、日本の企業統治の改善がなかなか進まない一因となっている。

――豊かな日本を長い間享受してきた人たちが、改革の必要性もその意識もないまま現場のトップから経営者となるケースが日本には多い…。

 丸木 現場では優秀でも、経営者として優秀であるとは限らない。一般的に日本人は勤勉で優秀な人が多いが、トップの人のレベルに関しては欧米や中国の方が高いと感じる。その理由は、日本ではトップとしての訓練がされていない人がトップになっているからだと思う。日本の会社に余剰資産が多い理由も、保有資産がないと何かがあった時に経営者が不安だからだ。経営に自信がないために余分な資産を持ち、資本効率性が悪くなり、そのためROEも低い。経営に自信がないのであれば、自信のある人に経営を変わってもらうべきだ。経営が失敗した時の為に資産を保有しておくのではなく、失敗しないように色々とリスクを考慮しながら経営していくのが本筋だ。株主もそれだけのリスクをとったうえで投資をしているため、経営者がきちんと考えて行動したうえでの失敗に対しては、甘受すべきだ。

――資産が株主にとってプラスになるような、例えば右肩上がりの会社の株式を持つ事については…。

 丸木 会社が保有する他社の株式のリターンで、投資家の期待に応えられる会社はまずない。必ず右肩上がりが続く株式を選別できる眼識を持っていれば別だが、素人では難しいし、仮に利益が出ても法人税が発生する。ROEは税引き後のリターンであり、それが8%以上であることを目標とするならば、日本の上場株式の平均リターンでは届くことはない。我々のような専門家でない限り、それだけのリターンを得る事はまず出来ないだろう。投資している会社が有価証券投資で利益を得ることを期待するよりも、投資家は別途自分で投資信託を買った方が良い。投資家は、その会社の本業で利益が出る事を期待して投資するものだ。企業というものは、本来の事業に必要な投資をして利益を出すことが重要だ。よく「日本の経営者はキャッシュの上に座っている」と言われるが、確かに日本の企業は安全弁を持ち過ぎている。日本は2度にわたる金融不安で、銀行が融資をしてくれないという経験からキャッシュを手放せないということかもしれないが、例えばリーマンショック後の米国で、米国企業が同じような行動をとっているかと言えば、取っていない。これは日本特有の企業行動だ。コロナ時に「日本企業はお金をため込んでいてよかった」という声が上がっていた時でも、私の知り合いの米国人は「そんな無駄なものをもっているからROIC(投下資本利益率)が上がらないのだ」と話していた。

――一方で、経済安保の観点から考えると、例えば黄金株などを持つなど対策を考えておく必要があるのではないか…。

 丸木 例えば、トヨタが持ち合い株を大量に保有しているのは、中国企業からの買収を防ぐためとの説明を聞いたことがある。しかし、「電気通信会社の株式について20%以上は外国人が保有してはならない」という規制があるように、外資から守るべき企業は外為法だけではなく、業種特有の法令で規定するのが王道であり、日本特有の株式持ち合いは止めるべきだ。政策保有の目的は、「株を持っていると取引ができる」ということらしいが、そこには、製品やサービスの質を上げようとするインセンティブが失われる危険性が潜んでいる。また、政策保有株式を持つ相手企業は安定株主だ。その意味するところは「会社の資産を使って取引先の経営者の保身に協力する」ということであり、それが果たして、株式会社の資産の使い方として正しくないのではないかという問題がある。そもそも株を持っているから取引できるというのは「取引という利益を与えている」という点で、会社法120条に違反しているのではないかという考え方もある。さらに、政策保有株式を持つ安定株主は、株式発行会社の総会議案には常に賛成するものだ。そうすると、自社株式を保有する経営者や安定株主を合わせて5%を超えるようなケースでは、議決権行使という面から考えて「共同保有者の大量保有報告制度」を出すべきだと思う。そしてなにより、政策保有株式を持っていると、その株の時価評価で財務状況が変化する。例えば、2000年代の初めは、本業では利益が出ていても政策保有株式が評価損で減益となったり、赤字となるケースもあった。また、株式の含み益は自己資本に入るため、マーケットが強い時は自己資本が膨らみ、マーケットが弱い時には自己資本が縮む。そんな自己資本でROEの目標設定が果たしてできるのかという問題がある。そういった様々な理由から、我々は、政策保有株式は持つべきではないと考えている。

――最近、盛んにSDGsが唱えられているが、株主にとってその位置づけは…。

 丸木 SDGsは、近年は投資家にとってはESGのEとSのことと理解している。ESGは、投資のトレンドとして無視できるものではなくなった。米国では、エネルギー産業そのものの否定に繋がるとの考え方や、例えば、CO2を相殺するのに多額の費用が掛かるとなれば、それは株主にとってはマイナスだという考え方がある。しかし、世界の大勢ではESGの優れた会社に投資しようという動きが強く、ESGに優れた会社に投資しようとする投資家が増えれば、その会社の資本コストは下がり、結果として株価が上がることになる。賛同できないのは、社会貢献と称した「建前だけの寄付」だ。株主としては、本業と関係ないところでの環境・社会貢献は必要ないと思っている。ESGの振りをするためだけに寄付するのは止めるべきだ。寄付したいと考える経営者が個人で寄付すればよい訳であり、株主のお金を使って寄付すべきではない。我々にお金を預けている投資家は米国人が多く、3年程前から「ストラテジックキャピタルのESGポリシーはどうなっているのか」ということを気にし始めている。我々としても具体的に投資先企業に働きかけ、投資家の声に対応するようにしている。例えば、石炭火力発電所への部品供給ビジネスをおこなっている商社にそのビジネスからの撤退を求めたり、パチンコ等のギャンブル業界から手を引くよう提言したり、建設会社には労災事故について調べて再発防止策を徹底するよう求めている。法令違反のみならず社会正義に反すると思われることについても、会社として社会的規範を順守してもらうように働きかけている。ESGのGであるカバナンスの問題も同様だ。それによって我々が投資する会社の企業価値が高まり、株主価値が上がれば良いと考えている。

――御社自身の顧客(投資家)構成について…。

 丸木 8割超が外国人投資家だ。当社は上場企業の経営者に敵対的になる可能性が高く、例えば、日証金の歴代社長に日本銀行出身者が就任し続けていることを問題視して声を上げている。そんなところに金融機関やその運用会社が投資することは簡単ではないかもしれない。また、日本の事業会社の年金基金担当者にグループ企業の株は買わないように相談されても、そういった約束は出来ない。そういった理由から、当社の顧客(投資家)の構成は必然的に海外の投資家が多くなっている。もちろん、日本の機関投資家でも入っていただいているが、それはごく一部だ。裏を返せば、だから生き残っていけているのだと思う。他の日系機関投資家も我々のように企業に対して株主としてはっきりとモノを言うようになったら、我々の存在価値はなくなり、この程度の規模では生き残っていくことが出来なくなる(笑)。

――今後の抱負は…。

 丸木 もちろん、ファンドの規模を大きくし、日本経済がもっと活性化するようなお手伝いが出来るようになりたいという思いはある。ただ、一方で、弊社の投資家の意向として、ファンドのサイズを大きくしてほしくないという要望もある。過去の投資運用会社は、小さいうちは運用成績が良くても規模が大きくなると成績が下がっていくというケースが多かったかららしい。そういった事から、当面はあまり大きくないサイズでパフォーマンスを上げ、ゆくゆくは投資家のご了解を得たうえで徐々に規模を拡大していければ良いと思っている。[B]

――今後の抱負と課題は…。

 山道 我々のミッションは不変であり、公平公正な売買機会の提供と、世界中の投資家や企業に魅力的な市場やサービスを提供することで、豊かな社会の実現に貢献することだ。これを果たしつつ、市場を取り巻く環境の変化に対応し、デジタル化やサステナビリティに関する取り組みなど、これまで取引所の枠組みになかった新しい分野を積極的に開拓し、競争力を向上していこうと考えている。課題は様々あるが、まずは国内外への情報発信を強化していきたい。昨今、日本を取り巻く環境は大きく変化している。ロシアによるウクライナ侵攻、中国によるロシア支援、台湾情勢の悪化など、地政学リスクが高まっている。その一方で日本国内では、今年度の日本企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、名寄せ後の個人投資家の株主数が過去3年間で10%以上増加するなど、過去20数年間では見られなかったインフレマインドへの変化が見られている。我々も「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなどの取り組みを進めているところであり、日本においてこのような「良い変化」が起きていることを、しっかりと国内外の投資家に伝えていかなければならない。

――情報発信の方法は…。

 山道 情報発信については私からはもちろんのこと、様々なところから、いろいろなレベルで発信していかなければならないと考えている。JPXは非常にステークホルダーの多い会社だ。一般的な会社のステークホルダーとしては、株主、従業員、顧客、地域社会などが挙げられるが、我々の場合はそれに加えて、上場会社、国内外の多種多様な証券会社、様々な投資家、規制当局、さらにはマーケットを分析している有識者などもいる。こうした数多くのステークホルダーと意見交換をしながら、ステークホルダー目線なり、ユーザー目線なりを取り入れていくサイクルを構築し、マーケットの変化を捉え、対応していく必要があると考えている。私自身、国内外問わず、コミュニケーションをとっていくが、社員にもいろいろなレベルでコミュニケーションをとってもらうことで、その成果を組織の施策に活かしていきたい。今年1月に東証と大証が合併してJPXが設立してからちょうど10年を迎え、現在は11年目に入ったところだ。過去10年を振り返ると、東証と大証の統合はもちろん、東京商品取引所の統合と総合取引所の実現、市場区分の見直しなど大きな出来事があったが、いずれも順調に進んだと考えている。今後も不変のミッションを果たし続けながら、情報発信の強化やオープンな組織風土の醸成を進めつつ、今後の10年を築いていきたい。

――取引所の統合の目的の一つである競争力向上についてどう考えているのか…。

 山道 取引所ビジネスにおいて、競争力を規定する要素は実は少ない。1つ目は上場している商品の質と量。現物市場であれば上場企業、デリバティブ市場であれば上場している指数・商品先物やオプションなどになる。2つ目は市場に参加する投資家の数と幅。東証は世界でも特に現物市場の流動性が高いと評価されている。どれだけの上げ相場であっても買うことができ、どれだけの下げ相場であっても売ることができる。これを可能にしているのは多様で幅広い投資家層であり、彼らがこの流動性を生んでいる。3つ目がシステム。取引所というのはシステムを中心にしており、ほぼIT企業のようなものだ。従って我々の売買システムが信頼性、堅牢性、利便性で競争力を有しているかどうかが要素となる。4つ目が取引制度や規制が安定的でユーザーフレンドリーであるか否かという点だ。これらのうちで商品の質と量については、上場商品の多様化として、例えば現物市場であればIPOの推進や、アクティブETFなど新しいタイプのETFの上場制度整備など、デリバティブ市場に関しては、最近では日経225マイクロ先物や日経225ミニオプション、短期金利先物などの上場などを行っている。一方で、「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなど、投資対象としての上場企業の魅力・質を高めるための取り組みも実施している。

――コーポレート・ガバナンス改革は企業の負担との声も聞かれている…。

 山道 コーポレートガバナンス・コードの導入から8年間が経過し、その間に2度の見直しを行ってきたが、ようやく海外の企業から進展が見られていると評価されてきた。今後も改革を持続していくという意思を持ち続けることが重要と考えている。もちろん負担が大きいとの声も受けており、細則主義に陥らないことが大切だ。5月にG7財務相・中央銀行総裁会議に先立って、金融庁とOECDが共催したG7ハイレベル・コーポレートガバナンス・ラウンドテーブルに参加したが、その時の結論はコーポレート・ガバナンスの要諦は形式ではなく実質であるということであり、実質面の追求は日本だけでなく世界中の課題となっている。一朝一夕で解決できる問題ではないが、今後、どのように実質を追求していくかを考えていかなければならない。実質という意味では、「資本コストや株価を意識した経営」の要請も、単に資本コストを計算し、株価を上昇させればよいという話ではなく、中長期に持続的な成長をどう達成するかが本質だ。要請を行ったのは私の東証社長としての最後の日だったが、「単に自社株買いや増配を求めるものでない」ということをはっきりと記載した。もちろん自社株買いや増配を否定するものではなく、余剰資本を株主に返すのは当然の話だが、今回の要請の趣旨は、研究開発・人的資本への投資、設備投資あるいは事業ポートフォリオの見直しなど中長期的な企業価値の向上に資する方策をまず考えてほしいという点にある。

――企業の内部留保も問題視されている…。

 山道 過去数十年間はデフレ経済だったため、現金を保有することがある意味正しい判断だった。しかし、現状では電力料金値上げや食品価格の上昇、企業レベルでも大企業を中心に賃金上昇が進んでいる。今年度の企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、JPXの株主数がこの1年間で13万5000人に倍増したことなどにも表れているように、家計金融資産も株式投資に向かっており、明らかにデフレマインドからインフレマインドに転換してきている。日銀の金融政策次第だが、もし金融政策が変化するとすれば、ある程度のインフレが定着したということ。マーケットは一時的に円高・株安に振れると思うが、その後のマーケットへの影響を考えれば、良いことだろう。

――IPO市場の活性化について…。

 山道 IPOは、新しい経済の担い手であるスタートアップがリスクマネーを調達し、成長するという循環の一部を担っており、連綿と続いていくことが重要となる。我々はIPO活性化に向けて3つの施策を実施している。1つ目が地方におけるIPOエコシステムの構築だ。証券会社や監査法人、IPO経験者などのコミュニティは東京や大阪には存在しているがその他の地域にはあまりない。そこで地方公共団体や地域金融機関、経済団体、大学等と連携して、地域のIPOを目指す人々のためのエコシステム構築を支援している。これまでに全国の地域金融機関11行および1大学と協定を締結し、エコシステム構築に向けた支援活動を行ってきた。こうした取組みの成果もあり、近年では、東京以外の地域から、毎年30社を超える新規上場企業が生まれている。地域経済・雇用の活性化に直結する取り組みであるため今後も精力的に取り組んでいく。2つ目がクロスボーダーIPOで、アジアでのIPOを目指している企業に対して集中的にマーケティングを行っている。クロスボーダーIPOを実現した上場企業は2011年以降の累計で21社だが、水面下では20社程度が東証でのIPOに向けて準備を進めており、毎年3~5社のクロスボーダーIPOが実現できると考えている。アジアの取引所では、シンガポールは流動性に乏しく、セカンダリーでのオファリングが難しく、香港は中国のリスクもあり、敬遠されていることなどもある。そのため、流動性があり、セカンダリーオファリングが可能な東証はアジアにおいて最適とされている。もちろんNASDAQに新規上場したいという企業もいるが、そうした企業においても、東証をインキュベーターとして活用し、成長してからNASDAQに上場するという考えも持つ企業もいる。

――市場区分見直しについては…。

 山道 3つ目が、現在、市場区分見直しに関するフォローアップ会議でテーマに挙がっている、グロース市場の活性化だ。IPO市場の機能強化と上場後の成長に関する方策の2つの面から議論をしている。足元ではグロース市場上場企業の経営者から意見を募集しており、この意見を踏まえて議論を本格化していく。日本にはユニコーンがいないという意見もあるが、我々としては大きく成長してから上場していただいても、小さいうちに上場して、資金調達をして大きく成長していただいてもどちらでも構わない。ただ、日本の場合、レイターステージにおけるリスクマネーの供給者が少ない。そのため、現在の環境下で上場基準を引き上げると、レイターステージの企業が資金調達できなくなり、エコシステムにとってマイナスとなる。英国では年金運用の5%をスタートアップに割り当てるような改革案などの動きがでている。日本も同様にリスクマネーの供給を促進する必要があると考えている。[B][X]

――昨年12月、「東京工業大学つばめ債」(40年サステナビリティボンド、発行額300億円)を発行した…。

  田町キャンパスの借地権を設定し、試算では年45億円の土地活用事業の収入を担保に債券を発行した。使途は主にキャンパスの再開発だ。大学の規模に対して相対的に発行額を大きくできたのは、やはり返せるメドがあるためだろう。東工大は年間約500億円の予算で活動しており、これまではそれ以外の自由にできるお金を持っていなかったが、土地活用事業によって約10パーセントの余裕ができたことによって、長期的な戦略を初めて立てられるようになった。その効果は大きい。

――学部の統廃合については…。

  将来的には、進めていくべきだと考える。長い歴史のなかでは学問の名前も変わるし、講義体系も変わっていく。歴史をさかのぼれば、明治時代の東工大は、窯業など当時の日本の主要産業だった軽工業を支える学問を教えていた。その後、例えば窯業学科なら無機材料分野につながっていった。ただ、それぞれの学科にある基礎的な学問領域をどのように扱うかということは慎重に考えなければいけない。化学をやるなら有機化学と物理化学を勉強しましょう、という点は変わらない。基礎科目と変化していく専門分野とをどのように組み合わせるかというのはとても重要だ。また、現在の技術動向を考えると、少なくとも情報系の教育は強化しないといけない。情報系学科の重要性は理解していても、歴史的な経緯もあって、東工大の情報理工学院はまだかなり小規模だ。そのため情報理工学院の学士課程の定員を現在の90人から130人に増やすよう文科省に申請したところだ。学科再編をしようとした時には、どこの大学も一緒だと思うが、学内の反対意見をどのように変えていくかというのが難しい。また、文科省の定める入学定員と教員数に関するガチガチの規則にもやりにくさを感じている。

――24年度秋をメドに、東京医科歯科大学と統合して「東京科学大学(仮称)」となることを検討している…。

  医学部も色々な学業分野のなかの一つだ。単に医工連携だけをやるために統合するわけではない。自分たちのそれぞれの強みを持ったうえで、人間について色々な分野で考えないといけないという学術的な問題意識に立って統合する。まず、僕ら東工大の側に一つ欠けているのは、人と直接関わるところの知見だ。人を幸せにしたい、人の役に立ちたいとは言いつつも、人と関わりが少ない。例えばヘルスケア機器といってもスマートウオッチや健康診断の機器など色々な機器があるが、僕らが想像だけで作るのではなく実際に医師や現場の人と一緒に作れば、さまざまな齟齬(そご)がなくストレートに進むだろうし、どういうものを作ればいいかというところで工学の知見も生かせるだろう。加えて、医学部との統合によって、新しい産業が生まれる可能性のある場ができると考えている。僕は日本の産業に対して危機意識を持っている。「失われた30年」の間、日本は新しい産業を興してこなかった。工学は製造業とのつながりが深いが、製造業は世界でもあまりGDPが伸びていない。日本は結局製造業しかない。新しい産業を作っていない。そこに強い危機感がある。

――新しい産業とは…。

  医科歯科大は「現場の医療だけで良いのか」という危機感を持っている。目の前の治療を行うことだけが医学というわけではない。例えば、健康長寿を目指そうと思ったら、病気になる前に自分の体のことを知って、未病の段階での対策や、運動や食事も含めたケアをしないといけない。その時、今までの治療だけを行う医師で良いのかということになる。医科歯科大はそれを「明日の医療」と表現していて、僕は「医者いらず」が一つの目標にならないかと考えている。統合議論のなかでは「『コンバージェンスサイエンス』をやります」と説明している。コンバージェンス1.0は第二次世界大戦前後の物理と工学の融合(物理工学)、2.0は21世紀になった時の生物学と工学の融合(生命工学)、3.0は理工学・医歯学・人文社会科学を融合した「総合知」で未知の課題を発見し解決することを指す。僕は、それに合わせて医工連携1.0、2.0、3.0を考えてはどうかと発言している。医工連携1.0はメディカルエレクトロニクス、1.5がオンライン診断やAI診断、2.0が「医者いらず」といったところか。そしていま、「医工連携3.0とは何だろう」を一緒に考えているところだ。