金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「円安が酪農経営の悪化に拍車」

全国酪農業協同組合連合会
代表理事会長
隈部洋 氏

――日本の酪農の現状は…。

 隈部 酪農は配合飼料を輸入に頼っているため、2019年末に始まったコロナ禍で輸出入が制限されたり、ロシアのウクライナ侵攻で配合飼料の原料となる穀物価格の高騰や、現在も円安状況が続いていることなどで大変厳しい状況にある。さらに生産資材や燃料費が上がっていることで、牛の飼養コストも高くなっている。また、肉用子牛を売る際になかなか買い手がつかず、子牛価格の下落による収益低下も酪農経営を圧迫する要因となっている。飼料を国内産で賄おうと試みているが必要量には足りない。そこで我々は、数年前から大手乳業メーカーに対して生乳価格を上げるように申し入れ、乳価交渉を進めた結果、2022年11月、2023年8月に飲用等向け乳価を各10円引き上げることが出来た。その後も乳価交渉を重ねてはいるが、一方で牛乳の店頭価格が上がったことで、消費者が牛乳の購入を控えるという状況に陥っている。乳価を上げなければ酪農経営は成り立たないが、上げると消費者が購入を控えるので、牛乳・乳製品が売れなくなる。難しいところだ。

――酪農危機への政府の対応は…。

 隈部 農林水産省はコロナ禍になる以前から、酪農家の後継者不足と生乳生産量の減少を案じ、国内の酪農を盛り上げるために「畜産クラスター事業」と称して、政府が半額補助金を出して生乳の増産に取り組むといった補助事業を始めていた。その頃に丁度コロナ禍となったので、学校給食の停止や外食産業などが低迷し、牛乳・乳製品の消費が減退してしまった。「畜産クラスター事業」によって増産となった生乳が余ってしまうことになり、酪農家は生乳生産の抑制を迫られることになった。酪農を始めるためには約2億円の資金が必要となる。「畜産クラスター事業」で酪農を始めた人は、当時、政府から1億円の補助金を貰い、残りの1億円は銀行からの借り入れ等で新たに酪農事業に取りかかっている。借入金返済のためにも増産して収入を増やす必要があるが、政府から生乳生産の抑制を迫られてしまっては、「畜産クラスター事業」を利用した酪農家はどうしようもない。

――為替はどの程度であれば望ましいのか…。

 隈部 為替がもう少し円高方向に動き、全体的に賃金が上がって消費が伸びてくるようになれば、少しは安心できるのだが、なかなかそうはならない。大企業の賃金は上がっているようだが、中小企業は賃金を上げる余裕などないのではないか。また、賃金の格差から中小企業では人材を集めることも難しくなっている。海外から日本へ出稼ぎに来ていた外国人も、この円安で日本を離れてしまい、別の国に労働先を求めているような状況だ。もちろん酪農経営にも自助努力は必要であるが、それだけではどうしようもない部分があるのは確かだ。

――酪農経営の合理化策や、今後、全酪連として取り組むべき事は…。

 隈部 今は酪農もDXが取り入れられており、搾乳もロボットが行うことが出来る。そのロボットは1台3~4千万円と高額ではあるが、1台で60頭程度の牛乳を搾ることが出来るため、人件費を考えて導入する酪農経営者もいる。また、AIカメラを使って牛の食欲具合を感知したり、センサーで牛の発情期を検知したり、病気を発見することも出来る時代になっている。全酪連ではそういった指導の他、牛を健康的に育てていくための給与メニューの提案や、牛の飼料販売、加工乳製品の製造販売などを行い、その利益を酪農家に還元することで酪農の未来を支援している。高齢化と後継者不足で酪農家は1万戸を切った。そして日本の食料自給率は38%と低い。農林水産省は昨年6月に「食料供給困難事態対策法」を公布したが、いざという時にだけ農作物を作ることなど到底できない。もっと、平時から日本の農業を守っていくというより強い意識が政府には必要だ。乳製品においては、生乳換算で年間1200万トンのマーケットがあるのだが、その内730万トンが国産生乳で、残りは輸入乳製品となっている。我々は政府に対して、この輸入部分を少しずつで良いから国産生乳に置き換えていくべきだと提言している。ただ、日本では飲用での生乳価格とチーズやバター等の加工乳製品用の生乳価格が違うため、生産者としては乳価の高い飲用として生乳を売りたいという思いがある。そのため飲用と加工用の差額分をなくすような補填金が必要だと考えている。すでに北海道などではこのような制度が利用されており、それをもっと全国的に広めていく事が出来れば、輸入部分を国産に置き換えることは可能になるだろう。そのようにして食料自給率を上げていかないことには、日本の酪農、延いては農業が駄目になってしまう。

――日本政府は自動車輸出と引き換えに海外から沢山の農産物を購入しており、その結果、日本の農家が犠牲になっているという面もある…。

 隈部 農業は国土保全の根幹だ。しかし、先日、農林水産省は「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」の中で、当初780万トンだった生乳生産の目標値を、5年後にも現在の生産量730万トンを維持する方向でいる。政府に増産の目標を示してもらわないと、酪農家の意欲は削がれてしまう。若い経営者や後継者がいなくなり土地が荒れてしまうと、いざという時にも食料がつくれず、国土保全も出来ない。政府はもっと将来の農業に対して真剣に向き合うべきだ。もちろん、自動車産業が好調であれば国の税収が増え、それが食料安保として日本の農業に分配されているという利点もあるため、農業が自動車産業の犠牲になっているとは一概には言えないが、日本政府にはもっと真剣に、持続可能な酪農・農業の生産システムを議論してもらいたい。

――酪農家の自助努力と政府支援の両輪で、日本の酪農を未来へ繋げていく…。

 隈部 今、世界の人口は82億人で、特にアジアの人口は増え続けている。同時に食料消費量も増大しており、アジアに対しては世界各国から食料を供給している。もちろん日本もアジアに供給しているが、現在の日本の生産量ではなかなか追いつかない。それほど、食糧危機は目の前の問題として存在している。しかし、今の日本の若者は飽食の時代に育ってきたためか、食に対する意識が希薄だ。「将来食料がなくなるかもしれない。」という、ことの重大さが分かっていない。実際に数年後に食料がなくなった時に、慌ててその対策を考え始めるのだろうか。以前、バターが不足して供給されなくなるという報道があった時、消費者は我先にといつもよりも余分に購入しようとした。そうすると商品不足がさらに加速して、流通にも影響が出てしまうのだが、そういったことは考え及ばない。そのような消費者行動を止める術もない。我々に出来るのは「持続可能な酪農の構築」を目指して、しっかりとした酪農経営者の指導に努めていくことだ。そして、今後もメーカーと乳価交渉を行っていくと同時に、適正価格で牛乳・乳製品の販売が行えるように、消費者へ牛乳の価値の理解を求めていきたい。[B]

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