金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「地域発スタートアップで再生」

HIROTSUバイオサイエンス
最高戦略顧問(CSO)
元参議院議員
大久保 勉 氏

――金融界の経験に加え、参議院議員、市長を歴任され、大変貴重な経歴をお持ちだ…。

 大久保 金融界にいた頃は、国際金融の知識を通じて日本がなすべき姿をよくわかっていたつもりだった。しかし、参議院議員となり、少なくとも私が関係した金融界は日本全体の半分程度の人の見方しかカバーできてないと気付いた。さらに市長となり、国会議員でも日本全体の上位3分2程度しかカバーできていないと感じた。市長は、地域のさまざまな人々の生活を理解する必要がある。地方自治体は最も国民の生活に身近な行政組織であるゆえだ。日本国憲法では基本的人権が保障され、すべての人が健康で一定以上の生活が保障されている。一定以上の生活を送るための政策が社会保障政策である。生活保護を支給し、障害者・子育て・高齢者支援等、さまざまな市民を支援する。母子家庭などに多い子供の貧困問題への対応をメインに扱うのも市の仕事だ。その中でコロナ禍というある種の自然災害も経験した。自然災害に脆弱である弱い人たち、例えば、休校で給食がなくなったことで満足に栄養を取ることができなくなった生活困窮世帯の子供たち、レストランやバーの営業休止で生計が立てられなった非正規労働者、コロナ禍で経営危機に陥った多くの中小企業の経営者など多くの困難を抱える方々が地域には存在していた。

――日本全体の問題をより広く見た…。

 大久保 米国でインフレが加速し、金利が上昇している。日本でもインフレが加速し、金利を上げていく段階に来ている。その際にトレーダーは、中央銀行プット理論と言われる金利を上げ過ぎれば債券や株が暴落し、金融恐慌になるため米FEDはいつか利上げを止めて利下げをするだろうと考える。しかし、政治家から見ると長期の金融緩和で格差が大きくなりすぎている上に、一般大衆はインフレで食べることができなくなり、社会的な不満が高まるため、例え一部の金融機関が破綻したとしても金利を上げ続けてインフレを抑えることが正義だという発想をする。同じ中央銀行の金融政策でもさまざまな見方が存在するということだ。日銀総裁人事を考えた場合、金融資本市場の安定を見ることは重要で、かつ国債の安定消化は重要だが、大幅なインフレは生活者に直撃するため、ここに対する施策が必要と一般大衆や政治家は考える。このように国民各層や金融システム、国のファイナンスなど様々な対立する事項の中でバランスをとることは非常に大変だと感じる。植田和男新日銀総裁の賢明なる判断に期待したい。

――そうした日本の舵取りは…。

 大久保 基本的には失われた30年の日本経済をどのように底上げすべきかを考えるべきだ。このままでは、国民一人当たりの所得で欧米先進国だけではなく新興国にも抜かれて日本、特に地方の元気がなくなる気がする。それを回避するためには地域を活性化すべきと考えている。久留米市は戦後、ブリヂストンのゴム産業で栄え、ブリヂストンが世界企業になる過程で一次下請け、二次下請けが潤った。このような地域を盛り上げる大きな成功が必要だ。スタートアップ企業を上場させて雇用を生む、もしくはイノベーションを生んでいく。株主および創業者が得た利益をさらに第二世代、第三世代にシードマネーとして提供する。このようなエコシステムを構築することが日本で最も重要だと考えている。IT企業の成功を生んだ米国のシリコンバレーのエコシステム。ボストンは意図的に医療を集積させてバイオテックのエコシステムを作った。日本も意図的にエコシステムを構築していく必要があるだろう。私は現在も久留米市長時代に誘致した30社程度の大学発のスタートアップを支援している。課題としては、岸田政権もそうだが、スタートアップ支援としていろいろな補助金を出しているが、カネ以上に人が足りていない。例えば、スタートアップ企業において「CXO」と呼ばれているCEO経験者やCFO経験者、CSO経験者といった経験豊かな人材が足りていない。その点、私は旧知の銀行頭取経験者に支援を要請してみた。しかし、銀行側が出したい人材とスタートアップが受け入れたい人材が年齢的に合わない。またヘッドハンター経由で人材を呼び込もうとしても大企業ならば合致するが、スタートアップではさまざまな業務をこなさなければならないため合致しない。このため、若いうちに起業して成功した人材が、カネとノウハウを提供していくようなカルチャーをつくらなければエコシステムは完成しないと考えている。また失敗した大多数の起業家や多くの会社関係者の再チャレンジを促し、失敗から学ぶという社会の寛容さを醸成することが重要だ。

――必要な制度は…。

 大久保 エクイティを出してくれる人が必要だ。米国のベンチャー企業と同程度の技術と将来性があっても、日本のベンチャー企業の企業価値は米国企業と比べて100分の1、場合によっては1000分の1しかない。それだけPEファンドの資金力が不足して、また日本の銀行グループがエクイティをださないということだ。また、IPOについても東証の場合申請書類が膨大で、時間や形式的に審査が厳しいという指摘がある。例えば、創薬ベンチャー企業の場合には、日米の格差は大変大きい。米国の場合でも米食品医薬品局(FDA)の臨床試験は厚生労働省(PMDA)同様にフェーズ2、フェーズ3では膨大な資金を要する。創薬ベンチャーはほとんど売上が立っていない状態なので毎年赤字ではあるものの、有力な技術や大きな市場が見込める商品には大手PEファンドが潤沢に資金を提供している。日本の場合、PMDAの治験をFDA並みに早くかつ柔軟にすることに加えて、エクイティを出すPEファンドや金融機関に国を挙げて振興することや、スタートアップの初期段階を支援するアクセレーター、そして出口としてIPOしやすくする環境を金融庁や東証が整備することが必要だ。

――人材不足への対応は…。

 大久保 新卒でスタートアップ企業に就職し、失敗したとしても再起できるようなカルチャーを醸成することが必要だろう。日本はお金を借りた場合、連帯保証かつ担保が必要で、1回会社をつぶせば、家と財産を失ううえ、親族に迷惑を掛ける。そのため優秀な学生の多くは、大企業や官僚を就職先に選んでいた。勿論少しずつ大学を卒業して起業する人や大企業や役所を辞めて起業する人、スタートアップに参加する若者が増えているのは明るいトレンドである。そこに対して金融界の支援も必要である。国会や政府はすでにスタートアップ支援が重要であると認識しており、無担保・連帯保証無しの融資実務の浸透を図っているが、銀行界が積極的に受け入れるまでには至っていない。また金利が高すぎてほとんどのスタートアップではとても利用ができないという課題がある。例えばある企業はかなりの技術力を有しており、黒字化のメドも立っているが、ある大手銀行の貸出金利は短期プライムレート+数パーセントと、破綻懸念先レベルとなっている。破綻懸念のないベンチャー企業はそもそも企業の性質上それほど多くなく、またキャッシュフローが回っており破綻の懸念がないベンチャー企業はそもそも銀行融資を受ける必要もない。技術を有するスタートアップ企業をオールドエコノミー企業と同じようなリスクの見方を銀行がしていれば状況改善は望めないだろう。大手銀行や地域金融機関がエクイティ出資にもっと熱心になれば、上場時の大きなアップサイドを狙えるかもしれない。数十件の投資ポートフォリオで9割が破綻しても残りの1割の株式が平均20倍から30倍になれば投資としては大成功である。しかし投資先の9割も破綻したことに重きを置く減点主義の日本の銀行カルチャーが残っている気がする。それらのこともありエクイティ投資に積極的な銀行や系列PEファンドはまだ極めて少数だ。

――上場が目的という企業が多い…。

 大久保 連続性の欠乏が原因だ。上場したら経営を抜け、株式を売却して終わりという、「上場ゴール」というカルチャーは間違っている。上場する、しないというのは一過程に過ぎないという考えを起業家はもっていただきたい。一方創薬スタートアップの場合バラ色のビジネスモデルでIPOしたが、結局は期待されていた新薬ができなかったとしよう。これは詐欺にあったと切り捨てて、以後創薬スタートアップ投資には手を出すべきではないというのもどうかと思う。創薬スタートアップの成功の確率は非常に低いうえ、新薬認定までに時間とコストがかかる。ただそれだけのリターンが得られる。新薬は医薬品医療機器総合機構(PMDA)で治験に入り、フェーズ1、2、3を経て認定されるが、これには平均10年以上、費用は1000億円以上もかかる。しかし、認定されれば、参入障壁が高いために長期間安定収益が見込めるため企業価値はあがる。また起業家もIPO以外にメガファーマなどに会社を売却するM&Aモデルも出口に考えて、メガファーマが積極的に買いたいような分野の創薬に力を入れるという、好きな研究から金になるものの研究という発想の転換が必要である。

――取引所の問題もある…。

 大久保 やはり発想を変えていく必要がある。地方も含めて日本の取引所をすべて合わせたとしてもニューヨークやロンドンなどと競争するに値しない。日本の上場企業の企業価値も米国ないしは中国よりも低い。こうしたことを認識しながらどうすれば海外投資家にとって魅力ある市場としていくのかを考える必要がある。この点、IPOに対しても長期保有の機関投資家が本気で参加するようなマーケットとしなければならない。日本は新株を幸運に取得できた個人投資家のキャピタルゲイン狙いの短期売買の市場となっている。議員時代に財政投融資委員会で議論したが、証券界としては認めづらいかもしれないが、どうして日本のIPO市場は個人投資家主体になっているのかの理由である。当時指摘したのは、証券会社の優良顧客や他の商品で損をした個人に値上がりが期待できるIPO株を配分して儲けさせるという慣習だ。つまりIPOの公開価格が恒常的に安すぎるということで、売り出し株を放出した起業家や大株主であるエンジェルやPEファンド等からの得べかりし利益の搾取が行われている。この状態が継続するのであれば、プレIPOのマーケットにおいて資金を出す機関投資家は出てこないだろう。売出し価格と上場後一週間の価格の最高値とその後の推移を標準偏差でその間の株式市場全体やさらに長期の市場全体の変動率と比べて分析したら異常なのは明らかだ。また新株の売買量の推移も分析すべきだ。その原因を調べるために、どの証券会社が主幹事の時にその傾向が高いか調べることは簡単にできるはずである。公正なIPO市場にする覚悟として、少なくとも個人投資家への新株配分は100パーセント抽選にするくらいのルールの決定を証券業協会ができないのなら、金融庁や証券取引等監視委員会が実態を検査し、また法令等で整備すべきである。また長期保有の投資家を引き込む税制や市場改革が望まれる。

――IPO市場の改革が課題だと…。

 大久保 新しい資本主義実現会議で岸田首相は、「スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンへと転換して持続可能な経済社会を実現する」と高らかに宣言された。このことを実現するためには、リスクを取って起業し、IPO前にリスクマネーを提供している人たちに報いるような公正で透明性のあるIPO市場改革をするという主務官庁の覚悟がないと総理がいくら旗を振っても日本のスタートアップは育たないことになりはしないかと思う。最後になるが、私はエンジェル投資家ファンドを多くのバイオ研究者や創薬関係者と立上げてエンジェル投資や経営支援をしている。そのような活動の中でオープンイノベーションを行う環境が日本にもできつつあると思っている。大企業の社員でも副業やリモートワークができる環境になり、会社の空き時間にリモートでスタートアップ経営に簡単に参加できるようになった。是非金融プロフェッショナルの皆さんの中から副業でスタートアップを支援するようになることも新しい資本主義を実現することにつながると思っている。[B][X]

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