野村アセットマネジメント 中川 順子 氏
――投資信託業界では、日本で初めての女性社長…。
中川 外資系企業では増えてきているが、国内では確かに初だ。4年ほど当社の取締役という立場におり、その後2年間専務を務めた。当社はあくまでお客様の資産を預かって運用する立場であり、例えば利益相反の点など、証券会社とは違う。秒単位で何かをやらねばならないということはなく、トレーディングで想像し得る雰囲気よりはもう少し時間的にゆったりしており、男女の区別なく活躍できる業界の1つであると思っている。ただ、当社は個人に対する直販ルートを持っていないこともあり、証券会社や銀行と比べると知名度はそれほど高くない。資産運用業界全体で働く人の人数を合わせても、銀行などと比べると圧倒的に少ない。運用資産残高ベースでは当社は国内最大級の資産運用会社と言えると思うが、グローバルで見ると世界の運用会社の規模は我々のさらに上を行っている。
――御社もM&Aの予定などはあるのか…。
中川 M&Aについては、日本の場合は水平統合的なものが多いが、海外の場合は異なる戦略を持った企業を傘下に入れるなどスピード感や件数に関して圧倒的で、ここ最近に至ってはオープンマーケットのようになっている。インハウス運用だけでなくグループ内の高いデューデリジェンス能力を活かして優れた外部委託先を発掘し運用を委託する形での外部委託運用ビジネスは前任時代から行っているが、これに加えて、資本関係のある先という点で言えば、単独で入っていくよりも効果的・効率的だろうと思われる台湾とアメリカに大きな戦略的パートナーがいる。子会社の形にはなっていないが、相性や商品戦略、マーケティングの布陣などが有効な相手を戦略的パートナーとして選んでいる。M&A自体を意識して除外しているというわけではない。とはいえ、子会社となってくると、資本の効率性やホールディングスの株主の視点なども入ってくるため、考えなければいけない要素が増えるというのは事実だ。また、我々が今まで築いてきた特徴との親和性についても慎重に考えるべきだ。
――フィンテックやAIなどシステム絡みで経営環境が急激に変化している…。
中川 当社には既に資産運用先端技術研究部(イノベーション・ラボ)という先端技術の利活用を推進する部署があり、研究・開発を進めている。そこでは、運用やミドルバックなど、より付加価値の高い資産運用サービスをお客様に提供するための技術基盤の構築を目指している。大学や企業との共同研究をするといったことも始めている。また、運用に関しては、AIをプロセスに取り入れた手法を取っているものもあり、実際の運用にも活用し始めているという段階である。このAIでの運用について特に機関投資家からは、非常に好意的に受け止めていただけており、実際のビジネスにつながっている。とはいえ、人間にしかできないことはまだあると考えているため、運用がすべてAIになるといったようなことは考えていない。むしろ、人手では相当程度無理があったデータ収集や分析、ないしはデータが豊富にあるからこそ見えてくる傾向や、世の中のSNS含め行われている膨大な会話データから何をどう読み解くか、そういったところでAIを活用し、人間はそれを理解して、何かシナリオを入れていくのだと考えている。一方で、処理できる情報量や情報の種類は、圧倒的に以前と違う世界であり、他社も行っているため競争は激しいが、AIを利用した商機は広がっていると感じている。
――AIをうまく使って人間を減らしていくイメージなのか…。
中川 人間に置き換えるというより、AIの稼働領域が広がると考えている。単純作業はなるべくAIを活用し、社員にはAIを使う側に回ってもらう。人間のセンスやアイデア、データをどう読むか、何を作るかといったところはそこまで簡単にはAIに置き換えられないため、当面住み分けはあるだろう。当社は現在、国内外含めて1400人くらいの会社だが、その年齢層に関しても、新入社員が入り、年次が上がり、定年退職ないしは年齢が来ればセカンドライフに移る人間がいる――というサイクルのなかでは、確かに社内メンバーの求めるもの、求められるもの、得意なところといったポートフォリオは変わるかもしれない。しかし、AIが来たから急に置き換わる、というビジネスモデルではない。
――説明責任という話があったが、金融庁からの要請もある…。
中川 昔と違うのは、監督当局がグローバルに連携している点だろう。今はスマホでお金を動かせるため、仮想通貨やトークンなど疑似通貨まで考えると、捕捉しきれない活動も増えている。マネーロンダリングの問題もあり、よりグローバルな連携が必要であろうし、監督の仕方も考え続けなければならない状況だ。マネーロンダリングの問題はグローバルで連携する必要があり、これに対し金融機関を規制するにしても一国ではできず、緩めようとしても緩めすぎると大きな問題が起こるため、当局としても難しいところなのではないか。ただ、これも単純に守ればいいとか規制すれば良いといった話ではなく、成長戦略のなかで日本をどう成長させるのかというところが重要だ。この脈絡のなかで考えると、当局としてもアメリカの成長スピードに対して日本はどうか、という問題意識はあるだろうし、ここに関しては資産運用業界が強く大きくなることが1つの対応策であり解決策と考えていただけているのではないか。
――当局は再三金融業は顧客本位であるべきと主張している…。
中川 我々の業務においてはその考えが非常にわかりやすい。我々はお客様の資産をお預かりしている側であり、運用の責任をいただいている側のため、同じところに立っていることになる。お客様、つまりお客様の運用資産の拡大のためのビジネスであり、お客様とのベクトルは一致している。ただ、結果もきちんと出さなければならないため、投資先としっかりと会話をしなければならず、人手もそこにかけている。むしろ、かけなければいけないというなかで、規制があり、求められるものも高く、一方で手数料は下がる傾向にあり、そこで顧客本位とは手数料を下げるといった単純な解釈になると、難しいところだ。
――社長としての抱負は…。
中川 投資信託業界は成長する余地がある業界の1つだと思っている。例えば先ほどのAIを入れるというような、プロセス自体に新しいものを入れるというものもあるし、まったく投資をしていない方に届きやすい商品を提供するという点もある。iDeCoを含む積み立て型など、増え方自体はそこまで大きくないものの、積み立てを続け、しばらくしたら増えているというようなものは、日々の値動きに惑わされたりすることはないという点と、コツコツと積み上げていくという点では日本人に合うのではないか。また、企業型年金では、我々の商品を選んでいただければその企業の社員の方に届くため、良い商品を作り、かつ効率的な透明性の高い手数料でお届けすることでもまだ伸び余地がある。このように商品の開発の余地はまだたくさんあり、生活に近く安心感を与えて長く付き合っていただけるような種類のものも重要だろう。
――ネット証券などが台頭するなか、伝統的な証券業は富裕層ビジネスしか残らないのではないか、という意見もあるが、そういった富裕層ビジネスに対する考え方はいかがか…。
中川 富裕層向けにはファンドラップの提供を引き続き強化していきたい。グループ内には金融機関を通じてラップサービスの提供を専門的に行うウエルス・スクエアという会社があり、同社のサービスは既に複数の地域金融機関でご採用いただいている。お客様のニーズを細かく捉える丁寧なコンサルティング営業にご尽力していただいた結果、残高は順調に拡大している。富裕層以外にも、我々は機関投資家の方へ私募という形で商品を提供している。ここ数年は、ソリューション型とも呼ばれるが、お客様の目的に応じた運用商品をこちらで作り、それをお届けするという、オーダー型の要望をいただくことが増えている。キャッシュフローやリスクヘッジなど様々なニーズがあるため、要望いただけることは非常にありがたく、それにお応えできるスキームでお届けする、そういった形の商品の数が相当増えている。今後もより、お客様のニーズに合致した満足度の高い商品を提供していきたい。