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安全保障経済政策の確立急務

多摩大学大学院教授  ルール形成戦略研究所所長  國分 俊史 氏

――自民党が提言する国家経済会議(日本版NEC)の創設は、米中デジタル経済冷戦で激化するエコノミック・ステイトクラフトの応酬に日本が翻弄されない安全保障経済政策の司令塔として不可欠だ…。

  國分 私はルール形成戦略の専門家として、常々、ルール形成のトレンドは安全保障経済政策、社会課題、技術革新を起点として捉えることが重要だと提唱している。しかし、日本ではこれまで「経済安全保障=石油のシーレーン確保」という非常に狭い概念であった他、ODAに至っては国連常任理事国入りを目指した友好国作りに主眼が置かれ過ぎてきており、そこには「他国の政策を日本の安全保障環境を改善させる方向へと促しつつ、日本企業の収益機会も増大させる安全保障経済政策」という概念が欠落していた。2014年から運用が開始された国家安全保障会議(NSC)は外務省と防衛省だけの構成で、中期的な安全保障政策の立案、防衛大綱の改定、武力攻撃事態への対応、重大緊急事態への対応が主となっている。NSCにより軍事的脅威に対する日本の安全保障政策のあり方を、他国と機密情報を共有して検討できるようになった点では大きく前進したと言えるが、日本企業の製品やサービス、オペレーションやバリューチェーンの裏に隠されている真の強みを梃子にした「他国に対する安全保障政策への展開を能動的に検討すること」はミッションには含まれていない。こうした前提の下で米中はデジタル経済冷戦に突入した。中国が激化させている経済力を圧力にして、相手国の安全保障政策を自国に有利なものへと変更させるエコノミック・ステイトクラフト(ES)への対抗政策の応酬が続くのが、これからの20年だ。米国はオバマ政権末期から中国のESに対抗するべく、国家経済会議(NEC)において経済制裁の強化策を構想してきた。トランプ政権下で政治任用のポジションの多くを空席にしながらも対米外国投資委員会(CFIUS)、米国輸出管理改革法(ECRA)、輸出管理規則(EAR)、国際武器取引規則(ITAR)の改定が迅速に進んできたのは、超党派による米中デジタル経済冷戦の構想が描かれてきた証左だ。米国は同盟国とこれまで以上に経済制裁の発動を増大していく予定であり、当然、日本に対しても日本独自の効果的な経済制裁の構想を期待してくることが予想される。しかし、日本はこれまで経済制裁を単独で自ら実施してきた歴史がなく、米国の経済制裁に従ってきただけだ。

――日本の利益を守り、平和を維持するためにも、外交の中で特定のポリシーメーカーの思考や行動を変化させるピンポイント型の経済制裁を構想できるような体制が必要だ…。

 國分 経済大国第3位の日本の力でやれる経済制裁はたくさんあるし、それを考えて良いはずだ。対韓国のケースでも事前にいくつも経済制裁案を検討しておき、それを発動するか否かは政治判断で適宜決めれば良い。事前に相手国の議員や官僚など特定の政策決定者に関係する重要な企業や組織を特定しておき、如何にそこに対して効果的な経済制裁プランを検討できているかが重要ということだ。相手国の経済全体にダメージを与えるような経済制裁は戦争リスクを高めることから最終手段にすべきであり、まずはポリシーメーカーの急所に絞って発動することが、国家間の緊張を刺激することなく的確に影響を与える有効な手段となる。私は米国の経済制裁チームと話をする機会もあるが、彼らは「ピンポイントで経済制裁をして相手の考えを正すことによって、戦争など国家間の大きな問題への発展を止める」という意識を明確に持っている。最近の例で言えば、対ロシア制裁に違反したとして中国共産党中央軍事委員会で装備調達を担う装備発展部と、その高官1人を米独自の制裁対象に指定したと発表した。これにより、装備発展部は米国の金融システムから排除され、同部の高官は米国内の資産が凍結されると報道された。このように米国では、どの組織の誰をターゲットにすべきかというデザインが予め明確に描かれている。実は米国は東西冷戦崩壊後に、これからは軍事力ではなく経済力を梃子にした安全保障政策の展開の時代に入ると認識してNECを創設した。そして冷戦終結によって生まれたCIAの余剰キャパシティを使って、世界中の誰に経済制裁を行うことが一番効果的なのかを多面的に分析し、それを今日もアップデートし続けている。そしてエコノミック・ステイトクラフトという中国との経済戦争の本格化に向けて効果的な経済制裁の準備を進めてきている。ゆえに、「自由主義」に対しても日本とは認識が違う。日本では米国の動きを受けて関税引き上げ、数量規制の多用がブロック経済へと回帰させて戦争リスクを高めるという論調一色だ。しかし、こうした不安が生み出すボラティリティによって収益を得る金融ビジネスが巨大なセクターである米国からすれば、世界経済の不透明感の高まりは日本ほど深刻な話にはならない。ましてや自由主義経済論の始祖アダム・スミスが国富論の中で喝破している「国防は経済に優先する」という思想が浸透している米国においては、自由が生み出すバランスの崩壊が国防を脅かすようなら、バランスを取り戻すために一時的な保護主義は当然という前提も埋め込まれている。

――「大きなルールは安全保障経済政策から生み出される」という認識を持ち、日本企業は各国の安全保障経済政策に精通していく必要がある…。

 國分 日本はAIの健全な発展と規制をどうバランスさせるか、個人情報の流通をどう規制するのかといった新しい社会課題に対し、世界に先駆けてアジェンダセッティングを行い、議論をリードしてきた経験がない。セットされたアジェンダに対して意見を考えるのが基本姿勢であり、その時点で既に議論の主導権を持っていない。現在のイノベーションの殆どは安全保障環境を変化させるものばかりで、安全保障政策と経済政策をリンクさせたルール構想力が不可欠だ。にもかかわらず、霞が関の主管官庁が明確でないアジェンダの増加は、霞が関の初動を遅らせ続けている。既存の体制では日本がルール形成で後手に回り、事態の解決が構造的に困難になっていることは容易に想像できるだろう。欧米では、政府が機能しない領域は政府に代わって企業がアジェンダセッティングとルール案を創り、社会を巻き込んでいくことが常識だが、日本においては名だたる大企業ですらルール形成は官僚任せだ。ましてや、安全保障経済政策に精通している経営陣はもちろん、スタッフは皆無といっても過言ではない。事実、今年から本格運用に入る米国の国防権限法がもたらす影響が、自動車業界を筆頭に多くの日本企業に軍事産業と同等の情報管理体制を求め、情報システムはもちろん、研究開発体制とサプライチェーンの構造改革も不可欠になるという認識が全く広がっていない。

――日本では、やはり国が企業を指導していかなければならない。国家経済会議はインテリジェンス機関との連携や政府系金融機関の活用も検討すべきだ…。

 國分 そんなに大きな組織は必要ないと思うが、どの日本企業のどのサプライチェーンやビジネスモデルが経済制裁に活用できるかを構想できる人材の登用が鍵になる。また、ターゲット国のポリシーメーカーに影響力を有する企業や組織を分析できるインテリジェンス情報の収集能力が不可欠であり、警察や公安との連携はもちろん、他国のインテリジェンス機関との連携も必須だ。制裁ツールとなる日本企業の業績にも影響をもたらすことから、制裁発動に伴う業績悪化や株価下落などの下支え策も検討していくことが必要だろう。

――米中間のデジタル経済冷戦に巻き込まれて日本経済が支配されてしまうことを防ぐために、日本も積極的に働きかけなければならない…。

 國分 日本が参加可能な秩序形成を発信するという発想を持たなければ、米中間のディールの一コマとして利用されるだけだ。情報は能動的に活動することで、得られる量や質が変わってくる。それに連動して視野も変化する。日本ではサイバー攻撃が企業間競争に利用されて買収の危機に晒されたり、市場拡大機会を奪われるといったケースの認識が不十分だ。米国のある環境系企業はサイバー攻撃によって基幹システムの一部である資材発注計画や生産管理システムを誤作動させられ、売上計画に届かない生産数量に陥り、業績悪化で株価が下がったところで中国企業に買収された。例えば、品質検査の不正で株価が30%下がっている企業にサイバー攻撃を仕掛け、非公表段階のリコール見込み情報が流出すれば、さらに株価が下落する。過去の事例では3~5割程度下落させられた後に買収されているケースが多い。サイバー攻撃を活用した企業買収のリスクに関して、世界では様々な機関が調査レポートを出しているが、日本では警察がこうしたケースの調査を本格化させていないため、企業に対する注意喚起が情報漏洩や知財流出までしか行われていない。重要な新興技術を有する日本企業が中国に割安に買収されてしまうことは、防衛費の根源である経済規模の維持を困難にするだけでなく、意図しない形で日本の安全保障環境を低下させてしまう。ゆえに、国家経済会議のような場でインテリジェンスを駆使し、日本全国の中小企業を含めた重要な企業の特定と、それらに対する買収防衛や技術流出防衛ノウハウを蓄積していく必要がある。

――政府はサイバー攻撃を前提とした企業買収の防衛戦略を全く考えていない…。

 國分 CFIUSの改正によって米国の投資が困難になった中国が日本企業へとターゲットを変えてくることは確実だ。優良な新興技術ベンチャーへの資本参画や大企業の事業部レベルでのアライアンスなど、中国からのオファーは今後急増するだろう。今後の産業構造を念頭においた時、盲点の一つとして物流会社の保全は重要だと思う。物流会社は色々な機密情報が経由するにも関わらず、トレーサビリティが不十分な上に、実態は再委託の横行とアルバイトや日雇い派遣が多く、しかも事業継承の危機に瀕している企業が少なくない。一方で、今後は3Dプリンターの普及によって倉庫と工場の一体化が加速し、IoT産業の牽引役になっていく可能性が高い。優良なロケーションに倉庫を保有し、優良な荷主を有する物流会社を買収して荷主へ入り込み、試作品や部品の輸送ルートを通じたサプライチェーンの把握をし始めれば産業スパイインフラとして非常に有益となる。また、経営危機に陥る地銀の社員が持っている情報も重要だ。経営者の借入金の担保情報や親類に関する情報、地方議員との人脈情報などを良く知る人材を手に入れられれば、オーストラリアのダーウィンで問題が顕在化した地方政府に対するインフルエンスオペレーションを容易にできる。技術情報と同様に地銀の融資に関する情報も管理すべきだが、現在の地銀の情報管理レベルは都銀と比べて大きく劣っており、安全保障的視点から転職者の情報漏洩リスクの評価も行われていない。このように経済活動から想定されるシナリオをすべて洗い出し、日本の弱点に対して徹底的に備える必要がある。日本企業も中国事業を行いつつ、ガバナンスをどのように行うのかを考えなくてはならないのだが、それを本気で考えようとしている日本企業は殆どない。

――米国NECに日本の金融産業が学ぶことは…。

 國分 米国のNSC、NECには必ずと言っていいほどゴールドマンサックスが関わっている。彼らが金融の知見を安全保障経済政策に転用できる知識を有しているからこそ君臨し続けているのだろう。日本でNECを作る際に一番重要と思われるのは、日本の金融力をここで活かすべく、金融界が自ら戦略的な構想を生み出すことではないか。「平和を構築するための資本主義」として、日本企業を通じて実施することが有効な経済制裁を企業間の取引情報からグローバルに構想できれば、日本の金融産業のインテリジェンスも格段に改善するだろう。経営者にはこのような方向に舵を切ってほしいと思うのだが、サラリーマン社長で任期を全うしようと考えている経営者は往々にして安全保障についての意識が薄い。サラリーマン的経営者がはびこる日本企業が多いことが、安全保障経済政策に対する温度感を鈍らせているという構造をしっかりと認識する必要がある。その意味で、近年増加しているESG投資のガバナンス(G)指標には、安全保障経済政策への経営者の理解や能動的な情報収集体制、それに絡めた事業戦略の有無などを追加し、日本の経営陣の安全保障経済政策への感度を高めさせることも必要だろう。(了)

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