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自衛隊が守る国家理念を示せ

特殊戦指導者  元海上自衛官  伊藤 祐靖 氏

――今の自衛隊員はどのような考えを持ちながら任務にあたっているのか…。
 伊藤 データを取ったわけではないが、全体の6割くらいが国民のために命をささげる覚悟を持っていると思う。さらに言えば、普段は認識していなくても、8割以上の隊員が、いざ現場で自分の生命に危険が及んだ時に引くことなく命を投げ出すのではないか。これは1999年の能登半島沖不審船事件の時に生還できない可能性が限りなく高い任務を突然命じられても、拒否した者が一人もいなかったことと、その時に命じられた者の表情を見ていたので強く思う。私は海上自衛隊に入隊した時「自衛隊には国のために命を落としてもよいと思っている人間ばかりが集まってくる」と考えていたのだが、同期にそのような気概を持つ者は皆無で愕然とした。しかし、4カ月半の新兵教育で寝食を共にするうちに、彼らの心の奥深くには、しっかりとした奉仕の心と愛国心のようなものがあることがわかってきた。当時はちょうどバブル期で世間が拝金主義に傾いていたことと、戦後の軍隊アレルギーも色濃く残っている時代だったので、そのような感情を口に出すことをはばかる雰囲気は強かったと思う。これは今でも残っていて、「国のために命をかける」などと実際に口にするのは2割か3割程度だろう。それでも心に秘める想いを持つ者は多いと思う。

――今、憲法9条を改正すると、本気で戦う気のない自衛隊隊員が大量にやめてしまい、日本の防衛組織が成り立たなくなるという見方もある。このため、憲法を改正してきちんと自衛隊に国を守るための位置づけをしたほうが良い…。
 伊藤 先述の通り、私は本気で戦う気のない自衛隊員が多く居るとは思っていないので、全くそうは思わない。それより、いい人材を確保するために自衛隊員の処遇を高めるべきだという意見を聞くことがあるが、個人的には、自衛官の処遇をよくすることと、いい人材が集まってくることは必ずしも直結しないと考えている。かつて、陸軍中野学校に所属していた私の父が「終戦の時、戦争に負けて良かったと思った」と言ったことがあった。戦中に受けた蒋介石暗殺の命令が却下されていないと言って戦後も命令の発動に備えて訓練をしているような父からの発言だったので、私は非常に驚いた。父は「軍人というのは、自分以外の人のために人を殺め、自分以外の人のために殺されなければならない職業だ。だから向き不向きがはっきりと分かれる。しかし当時の軍人は、士官学校に受かれば親や親せきの大自慢になり、学校を上げての祝賀や村をあげての壮行会になるからという理由でその職業を選んだ。自分が何をしたいとか、何に向いているとかではなく、世間からの羨望や、その高い地位に魅力を感じて、自分の人生を決めてしまうような、軍人には一番向いてない奴らばかりが集まってしまった。勝てる訳がないし、勝ったら大変なことになると思っていたよ」と語ってくれた。私は、それを聞いて一理あると納得した。自衛隊は人の命を守るために自分の命を犠牲にするという究極のボランティアだ。報酬や評価を天秤にかけて職業を選択するような人物は向いていない。

――憲法9条改正は、自衛隊にとってはあまり意味がないと…。
 伊藤 憲法は、自衛隊のためというのではなく、国のために変えたほうが良いと思う。自衛隊は軍隊ではないという理由を長々と聞いて、一旦は納得した気になることはあっても、実際に戦車、潜水艦、ジェット戦闘機を見ると、これが戦力であり軍隊だという感情は禁じ得ないからだ。私は、自分が生まれ育った祖国に不誠実ささえ感じてしまう。自衛隊という組織は、法律や社会習慣を守っていることが必ずしも正義に繋がらなくなってしまった非常時に活動するものだ。そのため、判断の根拠を法律や社会習慣に求めるわけにはいかない。そういったことから、私が現役の特殊部隊員だった頃は、9条の改正よりも、日本が国家として何を目指しているのかを国家理念として明確に示してほしかった。国家理念を貫くために、やむを得ず武力を使うために存在するのが自衛隊だと思っているからだ。

――変革すべき自衛隊自身の問題点は…。
 伊藤 日本の軍隊は武器、組織作り、教育システム、戦術や意思決定法、すべてにおいて米軍の影響を強く受けている。それが一番の問題だ。確かに米軍は、世界最強の軍隊で、だからこそ学ぶべきことは多いと思う。しかし、アメリカの軍事予算は2位の中国の3倍で、3位と4位のサウジアラビア、ロシアの9倍、日本の13倍もある。その違いを無視して、そのまま日本に取り入れることなど出来ないはずだ。米軍の参考に出来るところや、日本なりにアレンジして真似するところ、参考にしてはいけないものを熟慮しなければならないと思う。

――尖閣諸島や竹島、北方領土など、外交問題では日本周辺国の脅威が迫っている。それも日本の防衛力にかかっている…。
 伊藤 「日本周辺国からの脅威が迫っている」という話は本当だろうか。勿論、警戒する姿勢は大切だが、例えば、北朝鮮の金正恩氏に関して言えば、ほとんどの日本人は金正恩氏が行っている事を報道で知るだけで実際に会って話したこともない。報道を信じて金正恩氏が悪い人物だと思い込んでいるのではないか。私は現役自衛官で湾岸戦争が起こった時に、イスラム教徒に対して非常に悪いイメージを持っていた。しかし、実際にイスラム教徒の人たちと付き合ってみると全くイメージと違うことが分かった。特殊部隊を辞めて以降3年半、私はフィリピンのミンダナオ島に住んでいた。その地区は約7割がイスラム教徒で反政府勢力の強い場所だったのだが、その時にイスラム教徒の人たちが皆、真面目で酒も飲まず、自分達を律して生きている姿を見た。軍組織にしても規律正しいイスラム系の方が、フィリピン国軍よりもよっぽど信頼できると思った。これは、私が体験した一例であり、どこでもそうだと言うことではないが、私は報道だけを鵜呑みにするのは良くないと考えている。

――自衛隊に対して国民が行うべきことは…。
 伊藤 私は、会社にとって一番大切なものは、何をするために会社組織を立ち上げたのかという起業理念であるのと同様に、国家にとって一番大切なものは、何のために国を興したのか、国の存在目的は何か、国民は何を目指しているのかという国家理念だと思っている。そうであれば、その国家が保有する武力集団は、その国家が最も大切にしている国家理念を貫くときに、やむを得ず、どうしても武力を使用しなければならないときのために存在するものであるはずだ。国民は、自衛隊、自衛官に対し「定めた予算の範疇で、国家理念を貫く際に使用する戦闘力の醸成に全力をなせ」と言うだけでいいと思う。必ずや、彼らはその要求に応えると信じている。(了)

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