金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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市場性善説は先進国の餌食

早稲田大学  法学学術院・法学部教授  上村 達男 氏

――日産自動車(7201)のゴーン前会長逮捕をどう見るか…。

上村 ゴーン氏らは日本の法制度を甘く見ていた可能性が高い。今回の逮捕の具体的な問題以前の日本の法に関する課題について考える必要がある。非西欧国家日本は軍事力や経済力では西欧に比肩するところまでいく。法律や規範といった面でも、六法や司法制度、検察制度などは明治の先人が一生懸命学んで、そこそこのものを作ってきた。しかも、外国語をほぼすべて自国語(日本語)にして法律学が成りたっている例外的な国だ。しかし、西欧が必ず失敗してきた大規模株式会社、金融・資本市場法制という最大の難物を前にして完全に挫折している。欧州ではローマ法や啓蒙思想、市民革命を経て、法がもっとも西欧的な文化の基礎をなしている。しかも制定法などの文章で表現されていない規範意識が法を形成している部分が大きいため、これを乗り越えることは容易なことではない。英国に憲法典はないが、実質的な憲法はある。自主規制にも制定法並みの権威がある。生き馬の目を抜くような世界である金融・資本市場や証券市場と一体の公開株式会社法のように、日々連続的にルールメイクと法執行を同時進行的に実行していかなければならない先端分野に至り、「法」の壁の厚さを超えられないでいる。明治の法典編纂時代は不平等条約の撤廃、戦後改革はGHQという外圧があって対応せざるを得なかったが、ここへ来て、かつてのような外圧なしで自力でもっとも複雑な問題に対応できずにいる。その辺を、こうした分野で失敗の経験を重ね、こうした分野でも対応できる制度を構築してきた先進諸国は、制度的な対応ができていないにも関わらず最先端の金融技術や大規模公開株式会社を運営しようとしている日本の弱点を熟知している。富国強「兵」、富国強「財」に次ぐ、富国強「法」こそが近代国家日本が乗り越えなくてはならない最大の壁といえる。

――日本では法制度の運用が甘い…。

上村 東芝(6502)の経営陣も結局は逮捕に至らなかった。日本の検察には起訴したら必ず勝たなければならないという主義がはびこるため、有価証券報告書の虚偽記載や税法、外為法違反など、立証しやすいものばかりを立件してきた。金融・資本市場や大規模公開株式会社の世界では、大胆な法運用を行って判例法を形成していく責任が検察にはあるのだが、そうした努力を怠ってきた。ゴーン氏の逮捕時は18年6月の司法取引導入後であった点では東芝事件と異なっている。これまでの日本のこの分野の制度運用を見てきたゴーン氏らは、日本では何をしても大丈夫だと思っていた可能性が高い。あるいはゴーン氏がそれを知らなくても、彼を取り巻く専門家やコンサルの甘い認識を信じたかもしれない。しかし、18年6月の司法取引制度の施行で悪質な実質犯の立件もしやすくなった。検察はこれまで虚偽記載などの形式犯ばかり立件していたが、今回は材料が揃い、慣れない実質犯の証明をしなければならなくなった。これで敗訴するようだと態勢の立て直しに相当の時間を要することになるだろう。

――日本の金融資本市場ではルール制定が遅れている…。

上村 株式会社の歴史は、相場操縦やインサイダー取引、詐欺的な資金集めの歴史だ。日本人が歴史に学ばず、ナイーブな性善説的な発想をとるようでは、先進諸国の美味しい餌食となる。マックス・ウェーバーは100年以上前に、著書「取引所」のなかで、強い市場を獲得するための諸国間の競争は経済の覇権を巡る戦争だと述べた。高速取引を始め、様々な取引手法が過剰なほどに発達した今も、それは変わらない。一流国家の経済規模をはるかに超える売り上げや資金規模を有する企業やファンド間のグローバルな競争は、グローバルなルールも規範意識の共有もないままに、剥き出しの覇権争いを演じている。こうした状況に対して、対抗する手段は国家利益の強調や保護主義の強調しかないかに見える。日本は、こうした厳しい状況認識を深く認識し、法制度の根幹の再構築を柱とした国家戦略をこそ打ち立てていく必要がある。

――高速取引による市場への影響も問題だ…。

上村 東証では1万分の3秒と、光が東京から大阪を2往復するぐらいの秒数で取引が可能となっている。このような超高速取引が日本でもアメリカでも全取引のうちの大きな割合を占めている。こうした取引が形成した株価形成が公正な価格とは思えないが、基準日にたまたま株を保有していると議決権を有し、その企業を取り巻く人間達のあり方を支配できることに何らの正当性の根拠はない。そうした取引の瞬間に議決権などまったく意識もされない以上、それは株式とも株主とも言ってはならない。昭和13年商法は、定款で普通株主でも株主になってから6カ月間は議決権行使ができないという規定を設けることができるとされていた。今からでもそうした制度を急いで導入すべきだと思う。

――海外では法制度が整っている…。

上村 フランスでは、2年以上株式を保有していると議決権が2倍になる制度がある。例えば、ルノーの株式は政府が15%、個人株主が65%保有しており、これらの大半は議決権が2倍になっているはずだ。ヘッジファンドが保有する比率が低いのは、2年以上保有していたのでは売却機会を失い、運用責任を全うできないためで、ファンドでは議決権が1倍であることを覚悟しないと株主になれない。結果的に、支配権の面では普通株主に劣後することになるが、これは正しいあり方とみるべきだろう。1871年にフランス革命の国民会議で制定したル=シャプリエ法では団体結社を禁止し、国家と個人以外の中間団体を否定したが、こうした発想はフランス革命以来の伝統として今も生きているようで、ルノーの株主構成にはそうした発想が生きているように思われる。

――日本も速くフランスに学ぶべきだ…。

上村 ルノーの株主構成は国家と個人から成るという明快な規範意識を背景としている。これに対して、例えば東芝や武田薬品工業(4502)の株主を見ると、ファンドばかりが集まっている。ルノーに較べるとそこには人間の匂いのしないファンドに日本企業が蹂躙されている姿しか見えない。株主総会と呼ぶに値するものであるか自体を問題にすべきだろう。東芝は17年12月、多くのファンドが新株6000億円を引き受けたことで上場廃止を回避した。それが18年11月と、舌の根も乾かぬうちに上限7000億円の自社株買いを発表した。つまり、ファンドが出資した後に自社株買いをして、ファンドに利益を提供したことになる。これは新株引き受け段階での談合とみる余地すらある。上場廃止を免れたものの、東証からすればだまされたようなものだ。また、ゴーン氏が日本で行ったことは工場を閉鎖し、雇用を切ることで株価を上げて業績を回復することだった。これを日本人は名経営者だと評した。これに対しフランス政府は日産自にルノーとの完全な経営統合を提案しているとされるが、これは雇用を守るためだとしている。フランスが全て良いというつもりはないが、企業法制や社会規範に対するフランスと、日本との違い、格調の違いを思わざるを得ない。

――過度なROE重視は企業経営にマイナスだ…。

上村 いわゆる「伊藤レポート」では、企業が達成すべきROEの目標水準を8%と提唱した。ROE8%を達成しない経営者は無能だというような位置付けだ。俺にカネ寄こせ株主にとってこんなに嬉しい話はない。しかし、企業の業績が悪化した場合、減損処理や在庫処理等の負の遺産の処理を早めに断行しようとする真っ当な経営をすればROEは低下し、それを行った経営者の業績対応報酬はゼロにもなりうる。ROE8%を求める基準からするとだめな経営者となるが、自分の報酬が大幅に減少することを覚悟して負の遺産処理を断行する経営者ほど無能だと言っているに等しい。マイナス10をゼロにすることはプラス10だと評価できるガバナンスでなければならないところ、経営者の評価を数字や外形で評価する発想はガバナンスが機能していないことを自白するような姿勢だ。組合も企業もすべてもともと、共同の事業を行うための集まりだ。共同で行う事業の目的は定款に明記されており、この目的の達成はもっとも重い価値である。会社の経営目的の確実な達成を放棄して、俺にカネ寄こせ株主に奉仕する姿勢が正当なものであるはずがない。経営目的を達成しようと努める会社を正しく評価する証券市場があり、そうした立派な会社の株式を購入していた株主が報われることはきわめて正しい。しかし、経営目的の達成というプロセスを無視して、だめな会社の株式を購入していようとそうでなかろうと、常に株主のために経営すべきというような主張には一点の正当性もない。

――ROE重視はサステナビリティに欠ける…。

上村 日本企業の非効率さを指摘する意見もあるが、株主に分配するためだけの利益なら、むしろ従業員に報い、顧客に報いる方がずっとましだ。会社が目的を達成するために必要な費用を払い、需要者である国民が商品やサービスを享受する。これにより企業の収益が上がるというのが当然の形だ。日本は世界で最も老舗企業が多い国だ。1000年以上続く企業もあり、500年企業も相当数存在する。100~200年企業は無数に存在する。日本は世界に冠たる持続可能性(サステナビリティ)先進国であることを誇るべきだろう。

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