ローソン銀行 代表取締役社長 山下 雅史 氏
――同業他社に大きく遅れての銀行業への参入となったが…。
山下 銀行業という観点では遅れているが、ローソンは2001年からATM事業を開始しているため、ATM事業に限れば17年という事業年数の長さは他社と同じだ。しかし、セブン銀行さんはセブンイレブンの店舗外、例えば、エキナカや空港、ショッピングセンターなどいろいろな場所に展開し、約2万4千台まで拡大している。それに対しローソンは銀行免許を取得していなかったために、店舗外に展開することはできず、結果として現在、1万3千台のATMほぼすべてが店舗内に留まっている。また、ローソンのATMは年間2億人のお客様にご利用いただいているが、「ローソン内にATMがあるの?」と思われるお客様がまだ圧倒的に多く、認知度を向上させることが重要だと考えている。
――「ローソン銀行」が設立したことでATM事業はどう変わっていくのか…。
山下 これまでローソンの店舗内でATM事業の運営会社としてサービスを提供していたものが、銀行本体としてローソン店舗内でサービスを提供するようになった。とはいえ、従来通り他行のカードも利用できる。そういう意味ではようやくセブン銀行さんに並んだかなとも思う。
――そもそもなぜ銀行業に参入しようと考えたのか…。
山下 銀行業をやるとはいえ、既存の銀行モデルを展開しようとは思ってはおらず、どちらかといえば銀行業の免許を取得することが必要だった。銀行免許を取得したということは、ガバナンス体制やリスク管理体制が構築されているということに裏付けされているためだ。一般消費者からすると、何とかPayなどフィンテック企業と銀行は違うとの認識がある。近年、アマゾンやLINEなどのフィンテック企業が巨大化しているが、いまだに日本国内で銀行業を取得した事例はない。一般のお客様の信頼感を裏打ちする点で銀行免許には意味がある。また、これまでは自分の手足であるATMを店舗外に置くことができなかったが、銀行免許を得たことでこれが可能となる。自分たちが思うような場所に設置できるため、認知度向上やお客様の利便性を向上させていくことができる。他方、地域金融機関を中心に各金融機関が、コスト削減やお客様へのアプローチの方法の改善など様々な経営課題を抱えている。これまでのATM事業運営会社では無理であったが、銀行業を取得したことで協業がやりやすくなった。銀行間の協業という形ですでに話を進めているが、これまでの立場では出てこなかった提携話などが出てきている。
――銀行間の協業は具体的にどういったイメージか…。
山下 例えば、地方銀行のATMを我々が肩代わりしてコストを削減することができる。福井銀行との協業の例では、福井県には年間90万人が訪れる恐竜博物館があるが、当然、福井県民が毎日通っているわけではなく、訪れる人々の大層は県外もしくはインバウンドのお客様だ。福井銀行のATMを設置しておいても訪れるお客様は自分のカードが使えるかどうかわからないと思われるだろう。また、海外のカードに対応していないという問題もある。そこに我々のATMを設置する。ただ、我々の名前だけではなく、福井銀行とローソン銀行のダブルネームとする。そうすると、地元のお客様にとっては福井銀行のATMだから使える。県外およびインバウンドのお客様も利用できるということになる。福井銀行にとってはコストが安いATMを設置でき、地元のお客様の利便性を守りつつ、県外およびインバウンドのお客様のニーズにも対応できるといったウィンウィンの関係が構築される。他方、ローソンは主要なコンビニでは最も早く全国展開を達成しており、現在約1万4000店舗まで拡大した。ローソン銀行ATMも1万3000台を超えている。ただ、既存の銀行ビジネスを展開するわけではないため、1万3000店舗の支店を持っているというよりは、1万3000個のタッチポイントを持っているといった考えにある。
――金融商品の品揃えについてはどういったものを考えているのか…。
山下 コンビニに来店されるお客様、インターネット経由で利用されるお客様といらっしゃるが、いずれにせよ、既存の金融機関で資産運用を行っているようなお客様を対象にするのではなく、逆に投資や貯蓄の経験が浅い若年層の方々にとっての「初めの一歩」をお助けするような、非常にハードルが低く、単価の小さいものを揃えていく。商売としては柱になりにくいと思うが、パートナーである銀行や証券会社の商品を、例えばコンビニの店頭で、あるいはネットで販売する。また新しく口座を開かれるお客様をパートナーである金融機関につなぐというのも一つのビジネスになる。場を提供するというのがコンビニの一つの商売の仕方でもある。ナショナルブランドを並べ、おもしろいサービスを提供し、お客様に来ていただいて購入していただく。そうした金融のプラットフォームを構築し、そのうえに様々な金融機関から商品を提供していただき、興味のある方にご購入いただくといったように、既存のコンビニの延長として、金融のコンビニを創造していきたい。
――あくまでも若年層をターゲットとするということか…。
山下 もちろん富裕層の方々に来ていただくのは大歓迎だが、どちらかというともっとすそ野の広いところで、これまで金融経験がない方々に機会を提供していきたい。例えば、銀行に行くときにつっかけサンダルでいくと、なんとなく抵抗はあるが、コンビニに行くときに誰もそんなことは考えない。誰もが気軽にいけるような場所であることは変わらない。普段使いの金融というところにフォーカスしている。
――少額投資となると投資信託がメインとなるが、株や債券の販売は…。
山下 当面は販売しない。投資初心者の方々に初めからボラティリティの高い商品を勧めるわけにはいかない。経験則として底堅く、貯まりやすい商品となると商品数は限定的となるだろう。
――ポイント制については…。
山下 当然のことながらポイントは導入しており、口座開設してくださったお客様や金融商品を購入する際にポイントを付与している。さらに来年にも発行を予定しているクレジットカードも還元率の高いものにする方針だ。
――フィンテックの台頭でATMの必要性が薄まってくるのでは…。
山下 銀行ATM自体が今後増えていくとは思っていない。日本全体で非キャッシュの割合は20%程度と言われており、政府はこれを60%まで引き上げることを目標としている。しかし、それが実現したとしても40%のキャッシュ払い需要が残る。マーケットが縮小するとしても必ず残るものであり、それを支える社会インフラは必要不可欠だと考えている。また、我々は一番新しくできた銀行であるため、支店網や何千人、何万人という従業員を抱えていない。その点では最後発と言われるが、フィンテックなど新しい金融分野においては横一線のスタートであるということができる。ただ、我々としては既存の銀行業務をやるつもりはなく、新しいマーケットが広がっている今やるべきことはたくさんあると認識している。
――異業種の参入によって銀行の個人向けローンに逆風が吹いているが…。
山下 ソフトバンクがみずほ銀行と組み、またKDDI、NTTドコモも参入してくるだろう。そうではなくとも個人ローンの審査には携帯料金の支払いが一項目に入っている。また、日本よりも早く、顧客のことを丸抱えでわかって貸し出しているアリペイなども日本に進出してくるだろう。我々は今、直接情報を得ることはできないが、年間来店される35億人のお客様の購買行動やATMをご利用いただくお客様との接点などを含めてみれば、正確な審査も可能となるだろう。また少額のローン需要への対応は不可欠であるため、そういうニーズにお応えするのも一つの責務だ。ただ、我々はバランスシートを使う既存の銀行のビジネスモデルは考えていない。こうしたローンが提供できるならば提供するが、例えば地域金融機関さんにローン債権を持っていただく形にしていきたい。
――フィンテックとの協業で具体的に検討されていることは…。
山下 フィンテックと呼ばれるかどうかはわからないが、一つはキャッシュレス決済が挙げられる。ATMを展開しているので現金は重要だが、コンビニの店頭ではキャッシュレス比率は20%を超えてきているなかで、我々も対応していかなければならない。また、我々はこれだけのお客様がいて、しかもお客様との接点を面展開で持っているという意味では、さまざまなフィンテック企業から協業したいという声を頂いており、少しずつ検討を進めている段階だ。陳列する商品はすべてオリジナルブランドである必要はない。我々ができないことは外部にお願いする。人間でも会社でも10年、20年とやっていると自分の流儀に偏るが、まだ始まったところであれば、自由にできる。そういう点が我々の特徴であり、そういった銀行があってもいいと考えている。
――インバウンド顧客へのサービスは…。
山下 ATMについては既に海外発行のカードに対応しているが、これから海外からの働き手が増えて、クロスボーダー取引の需要が出てくるため、送金分野でもベンチャーと検討を進めている。
――10月15日に開業して1カ月経過したが感触は…。
山下 おかげさまで口座数は予想以上に増加しており、足元では1万口座を超えてきている。
――口座開設はどうするのか…。
山下 そこが我々の一番難しいところではあるが、コンビニの店頭で口座開設手続きを行うと銀行代理業の問題となる。この点を我々は注意深くやっているところで、基本はスマートフォンもしくはWebでお客様に直接口座開設手続きを取っていただく形としている。仮に各店舗が銀行代理業の免許を取って営業した場合、24時間365日やっている銀行という大変な規模の業務になる。我々としてもその1万3000店舗をたった150人で管理するのは難しい。現在の150名体制でできる仕事の作り方にしていきたい。
――今後の抱負は…。
山下 前職で30数年間に渡り銀行員を経験してきたが、入行した当初は銀行というのは社会の黒子だと教わった。しかし、何年か経過してバンクディーリングなどで1千億円単位の儲けが出てくると、金融自体が経済の中心であるような錯覚を覚えてしまった。また、銀行は預金をお預かりして貸付を行う、経済のいわばインフラにあたり、それでありながら金融が経済の中心にいると考えがちだ。このように銀行は本当にお客様にとって良いサービスができているのだろうかと長年考えていたなかで、今回の銀行立ち上げを行うことになった。1万4000店舗を持つローソンというお店に年間35億人のお客様が来店される。またATMも年間2億人のお客様にご利用いただいている。こんなに人との接点を持っている金融機関はないことから、当行こそ人の役に立てる金融になれるはずだと考えた。本当に、一番お客様の役に立つ、一番お客様の近くにある銀行にしていきたいと考えている。