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日本は中国の民主化を邪魔するな

拓殖大学  国際日本文化研究所教授  ペマ ギャルポ 氏

――現在、この大学で教えておられることは…。

ペマ 南アジアを専門に教えている。同時に、日本を世界に発信するための「グローバルジャパニーズスタディ」という研究もしている。拓殖大学は「国あっての国際社会」を念頭に置き、地政学や防衛に関する研究にも力を入れている。留学生も1000人前後在籍し、創立当初から一貫して「自分の国を誇りに思う」、「他の国に対しても敬意を表し、対等、平等の精神で付き合う」という教育を行っている。まさに大学らしい大学だ。こういった精神がなければ人間も国も、へつらうか威張るかのどちらかになってしまう。

――南アジアの現在の状況は…。

ペマ 南アジアは長い間、英国の支配下にあったため、道路の通行方向や、その他、色々な規格、医師、弁護士、公認会計士の地位などは今でも英国基準を残している。1947年に英国が撤退し、それぞれの国が独立した後には地域内での貿易、経済、文化の発展を目的とした「南アジア地域協力連合(SAARC)」を1985年に結成した。加盟国は結成当初のインド、バングラデシュ、パキスタン、ネパール、スリランカ、モルディブ、ブータンに最近アフガニスタンが加わり8カ国になった。本部はネパールに置き、文化センターや災害管理防備センター、結核センターといった地域センターを各国に一つずつ設置して緊急時の地域内協力体制を整えている。南アジア地域を包括するファンドもある。こういった動きに日本政府は、1993年に日本・SAARC特別基金を創設し、2005年にはSAARCのオブザーバーとなっている。

――中国との地政学的リスクを考えると、日本はSAARCのようなところにもっと関わっていくべきだ…。

ペマ 中華人民共和国の建国以来、中国は領土を拡大し続け、チベットやウイグルや南モンゴルがその犠牲になった。1960年代に起こった中印国境紛争でも、中国は都合が悪くなると条約や国際法さえ紙屑のように扱い傍若無人に振舞った。旧ソビエト連邦も中国建国の過程においては多大な協力をしたのに、領土問題が起きると国境で戦争することになった。そういった中国に対して、米国が様子を見ながら攻撃するのかと思っていたが、残念ながら今のところそういう気配はない。米国としても平和を望んでいるからだとは思うが、特にカーター政権以来、クリントン氏、オバマ氏といった民主党政権では世界の警察という役割を捨てて中国の覇権主義を許してしまっている。しかし、中国が善に対して必ずしも善で全てを返すような国ではないことは知っておくべきだ。日本も中国に対して特に挑発する必要はないが、常にけん制しておく必要はあると思う。日本やインドなどが持っている力をしっかり発揮すれば、アジア各国が中国に対して100%依存しないという意思表示が可能になり、それぞれの国の独立性を維持することができる。マレーシアのマハティール首相は中国に対して明確な自己主張をしたが、アジアの多くの国は、自国に被害を及ぼしたくないという理由で、中国に対して正面から向き合えないでいるのが実状だ。

――トランプ大統領は中国に対する貿易制裁を始めたが…。

ペマ 制裁はかなり効き始めているようで、今や国内は資金不足だ。そのため、中国でもお金を稼いでいる人たちから税金を取り上げようと躍起になり、有名女優の脱税失踪事件や国際機関ICPOの中国人総裁の行方不明事件といった問題が相次いで起こった。一帯一路構想も2050年という期間設定をしたものの、事実上破たんしており、構想自体がぼやけてきている。ここで日本が手助けをすべきという人もいるが、そんなことをすれば日本が首を吊るためのロープを中国に貸すことになるし、中国のためにもならない。これは1989年の天安門事件の時と同じだ。当時、世界中から非難され制裁を受けていた中国を助けたのは日本だった。あの時、日本がもう少し我慢していたら、中国そのものが民主化へと変わっていたはずだ。当時、中国国民は若者を中心に物凄く燃え上がり、民主化する絶好のチャンスだったのに、日本が援助したために、その機会を潰してしまった。それを繰り返してはならない。米国が中国への制裁を続けている時に、日本が中国を助けるという事は、一つには同盟国への裏切りになるし、もう一つは中国国内において本当の民主化を望んでいる人たちにとってもマイナスになる。実は今、中国では恩給が支払われないという理由で退役軍人達のデモが至る所で行われている。中央が4割、地方が6割を負担するという恩給システムなのだが、地方にはお金がなく、中央もそれを助けることが出来ない程、今の中国は財政困難に陥っているという訳だ。確かに習近平は毛沢東以来の権力を握っている。しかし、彼自身が今権力を弱めてはどうなるかわからないといった厳しい状況に追い込まれているのも事実だ。日本が中国を本当に助けたいと思っているのであれば、今は何もしないという事が一番だろう。

――チベットと新彊ウイグル問題の実態、そして日本との関係は…。

ペマ 中国王朝は24回も変わっていて、その都度、犠牲になったのが農民や、宗教に対する弾圧だった。チベットや新疆ウイグルもその侵略の犠牲者のひとつだ。そして、チベット人は現在でも自由に中国全土を回ることが出来ない。四川省、甘粛省、青海省に住むチベット人がチベット自治区に行くには検問のような場所がいくつもあり、出入りする度にチェックされる。さらにチベットの各家には番号をつけられ、家族構成も調べられて、そこに出入りする人をチェックされている。日本の皆さんは、そういう現状を知らないし、知ろうともしない。もう一つ強調したいことは、過去に日本が戦った中国は現在の中華人民共和国のわずか37%ほどに過ぎないという事だ。チベット人は日本と戦っていないし、日本人を殺してはいない。仮に中国が言う様にチベットが中国の一部なのであれば、当然、中国のために戦いに行くだろう。確かに古代中国の文明は立派なものだった。しかし、近代国家になって世界は変わった。1940年代以降の中国は全く別物だと考えたほうが良い。人権の問題、民族浄化、貧富の差、色々な問題を抱えるモザイク状態の現在の中国がこのまま国家を大きくしたらどうなるのか。

――チベット人と中国人はまったく別の民族だと…。

ペマ 今、中国ではチベット仏教を信仰する18歳以下の子供は寺院に入ってはいけない。寺院の周りには塀が作られて門番が出入りする人達をチェックするなど、寺院にも共産党主義を敷いている。また、チベット、モンゴル、ウイグルの人たちはその独自性を主張するだけで、国に対しての反逆罪、分離主義者として非常に厳しい刑を科せられる。最近ではチベット人に対する弾圧よりも新彊ウイグル人に対する弾圧の方が強いようで、例えば新彊ウイグルの男性にとって宗教上重要である「ひげ」を生やすことが禁じられ、女性が「ベール」をかぶることも許されないという。イスラム原理主義のテロ組織と区別するためという事らしいが、最も酷いのは、ウイグル・ムスリムを収容する強制収容所が40カ所も存在しているということだ。名目上は「再教育の場」ということだが、本当の目的は共産党による洗脳であり、共産党員の中でも危険とみなされる人物はその収容所に送られると聞く。そこで拷問を含めて大変なことが行われているのは明白だ。そのような実態を把握した米国が、「中国が行っていることは目に余る」として、現在、国際社会に掛け合ってくれている。米国は昔からチベット、モンゴル、ウイグルといった地域の内部情報を収集して、それを世界に発信することを進めてくれている。

――日本人として出来ることは…。

ペマ 日本は欧米の国とはまた状況が違うが、少なくとも、こういったことをアジア全体の問題と捉えて、率先して口を出してほしいと思う。それが中国との交渉の際の切り札にもなろう。実際に口を出すことが出来なくとも、せめて中国に手助けすることだけはやめてほしい。日本国内にも現状に対して抗議の声を上げているウイグル人はいて、今年もたくさんのウイグルの学生が仮面を被ってデモを行っていた。他の民主国家で行っているデモでさえ、仮面を被らなければ家族や親せきに迷惑が及ぶからだ。私が思うに、日本には高度な文明や倫理観があるのに、それを日本人自体が理解しておらず、むしろ「金と権力と暴力」といった社会を作ることに懸命になっている。もっと、日本が高度な倫理国家であることを世界に示すべきだ。そして、常に正義とは何かという事を考えながら振る舞い、不正に対して加担しない事が大切だ。もちろん私たちが生きていくうえで経済は重要なことだが、その前に生きていく人間がいる。人間そのものの人格を無視されるような社会になってはいけない。21世紀がもしアジアの時代であるとすれば、それはアジア全体のことであり、中国やインド、あるいは日本だけの時代ではない。良きにしろ悪しきにしろ、ローマ法王は世界全体の事について、それこそ男女の関係にまで言及する。米国だって、世界の警察をやめると言いながらも、世界中の出来事には今でもきちんと関心を持っている。国際規模で、地球規模で世の中を見なければ、世界で力を持つことはできない。日本ももう少し視野を広げ、先を見据えて、安倍総理大臣が唱える民主主義や自由を大事にする国々をアジアに増やして、アジアに仲間意識を持たせるような行動を起こしてほしい。一国だけではできないことも、一緒になれば出来る。中国の安定、繁栄ももちろん必要だが、その陰で他の国が犠牲になることは許されない。中国をけん制しつつ、中国の中にいるシンパが声を出せるような環境を作ってあげることが、アジア全体のためになるし、世界平和につながるのだと思う。(了)

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