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中露蜜月も経済制裁で打撃

慶應義塾大学  総合政策学部教授  廣瀬 陽子 氏

――ロシアの現状について…。

廣瀬 以前から私はロシアの周辺国に焦点を当て、旧ソ連の国々を中心に世界でどのようなパワーバランスが繰り広げられているかを研究してきた。今まではロシアと欧米という図式で物事が捉えられていたが、最近では中国の勢いが大きくなり、欧米露という図式だけでユーラシアを見ることは出来なくなってきている。先ず、ロシアと中国の関係においては、ここ最近の蜜月はかなり本物になってきたように感じる。少し前までは、お互いに勢力争いをしつつも、米国への対抗という点で常にタッグを組むという非常に複雑な関係で、なおかつ、ロシアは絶対に中国のジュニアパートナーにはならないという姿勢だった。そのための相対化戦略として日本を含む中国以外のアジアの国々と協力していくことでパワーバランスを保つ努力をしてきた。それが、ここ2年ほどの間に中国の弟分になっても仕方がないというような変化を見せ始め、実際にアジア方面においては中国優先主義を確立してきている。2014年のウクライナ危機に端を発するロシアに対する制裁と、同時期に起こった石油価格の下落によってロシア経済はかなり苦しくなり、2016年頃には相当厳しい状態となった。そのため、欧州に対してはハイブリッド戦略も駆使して様々な形で影響を及ぼしつつ、懸念材料の米国への対抗策として今は中国と連携しておこうという戦略なのだろう。

――中東とロシアの関係については…。

廣瀬 ソ連時代は色々なところに在外基地があったが、現在では旧ソ連諸国にある在外基地は減り、さらに旧ソ連圏外ではシリアにしかない。シリア・タルトゥースの海軍基地は中東だけでなく地中海を経由して欧州までカバーできる場所にあるため、中東の中でもシリアの拠点は特に重要だ。また、中東で起こったアラブの春が権威主義に対する戦いであったことを考えると、権威主義であるプーチン大統領にとってアラブの春のような流れは断ち切ることが望ましく、そのためにも同じ権威主義であるアサド政権は絶対に倒されてはならない存在と言える。中東のど真ん中にあるシリアに対する影響力を保持出来れば、中東でのプレゼンスを確保できるほか、シリアを安定化できればイスラエルやイランといった周辺国もロシアに頭が上がらなくなるだろう。最近ではイランと米国の関係が悪化する一方で、そのイランやトルコがロシアに対して良い関係を築いているような動きも見られ、イラン-トルコ-ロシアの枢軸が出来ているという見方もある。イスラエルに関しては米露それぞれの国に太いパイプを持っており、先日ヘルシンキで行われた米トランプ大統領と露プーチン大統領の会談の御膳立てをしたのはネタニヤフ首相だとも言われている。イスラエルを挟んだ国際関係はまた非常に複雑だ。

――ロシアが中東に強固な勢力を伸ばしたとなると、米国の心境は…。

廣瀬 トランプ大統領の行動については私は読み切れないのが正直なところだ。しかし、トランプ大統領の一連の理解に苦しむ行動が、「米国が覇権国であることをやめるため」に行われているのだとすれば、それはそれで合理的なやり方かもしれないという見方もある。その見方が正しいという根拠はないが、ビジネスマンであるトランプ大統領が国の歳出を減らしたいと考えれば、覇権国をやめることが一番であり、一定の説得力はあると思う。仮にそうだとして、そのためにあちこちで無理難題を吹きかけて諸外国の怒りを買い、それらの国々が米国から離れてくれることを願っているのであれば、トランプ大統領にとって、あからさまに怒りを表明してくるドイツのメルケル首相などの姿勢が望ましく、常に歩み寄りの姿勢を見せてくれる安倍総理大臣は実は望ましくない存在なのかもしれない。ただ、もちろん、米軍の在外基地の状況を見れば日本が一番良い条件で基地を提供しているのは明らかで、日本から米国が離れるような心配をする必要は全くないと思うが。

――プーチン大統領が、今、一番力を入れていることは…。

廣瀬 経済を復活させることは言うまでもなく、政治では多方面に関心が向いているようだ。対米戦略として、アジア方面では中国と強いタッグを組み、欧州方面ではドイツとの関係を重要視している。ロシアとドイツの間で計画された天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」も建設段階に入っており、EU内で力を持つドイツとの関係を維持できれば欧州に天然ガスを輸出する上で有利になることは間違いない。また、ここ数年、北極圏における戦略にも大変力を入れており、寒さなどに強い新しいタイプの軍事基地を作っている。ソ連時代は北極圏が米国との接点になっていたため、潜水艦などがたくさんあったのだが、冷戦が終わると、一旦軍拡状態はなくなった。それが、ここ10年程、ものすごい勢いで軍拡している。

――ロシアに対する制裁の影響は…。

廣瀬 最初の頃はそれほど制裁の影響はなかったようだが、一方で、当時はむしろ石油価格の下落がロシア経済を苦しめていた。その後、それまで軽微だった制裁が徐々にロシアの重要産業など肝となる部分に移り始め、その度にロシア経済は苦しくなっていった。特に今年4月、露アルミニウム大手のルサールという会社を対象とした制裁は、関係する産業も多く、ロシア経済に非常に大きな影響を及ぼしている。

――そうなると、プーチン大統領としては日露関係を良好にして日本の経済力を引き出したいところだろう。その点、北方領土問題については…。

廣瀬 プーチン大統領のブレーンの一人にアレクサンドル・ドゥーギンという地政学者がいるが、彼が自著の中に「日本には北方領土4島を全て返し、ドイツにはカリーニングラードを返して、ドイツと日本を確固たるロシアの仲間として反米仲間を作ればよい」と記していた。私は「なかなか良いことを言うなあ」と思っていたのだが、プーチン大統領は聞き入れていないようだ。最近では北方領土内にも色々な利権が生まれている。択捉島にはギドロストロイという巨大な水産会社があるのだが、その社長ベルホフスキーがものすごい勢いで利権を貪り、リトルプーチンとも称され、実際プーチンとも近いと言われるベルホフスキーの名前を出せば択捉島では誰も逆らえない状況だと聞く。ギドロストロイ社は色丹島にも進出しており、私も実際に色丹島に行きその建設中の工場施設を見てきたのだが、その規模と近代的な設備に圧倒された。プーチン大統領は基本的に1956年の日ソ共同宣言に基づいて「2島返還」で手を打とうとしてきたはずだが、その辺りの利害関係者がプーチン大統領にも2島返還すらしないように入れ知恵しているのではないかとすら感じさせる。

――活発に外交を展開している…。

廣瀬 ロシアにしても中国にしても、先を見ながら外交している。7月に出版した本「ロシアと中国・反米の戦略(ちくま書店)」にも書いているが、ロシアは、温暖化になると北極圏の氷が解けて、航路を利用したり、資源の採掘が可能になるということを見据えて、いざその時にすぐに飛びつくことが出来るように準備をしている。また、スピーディーな展開を見せた北朝鮮と米国の接近に際しても、ロシアは狼狽えることなく、それに適した策への転換を速やかに行った。それはロシア、北朝鮮、韓国を通るパイプラインと鉄道を通す構想の実現への動きだ。これは10年以上前からあった構想だが、これまでは北朝鮮情勢により、実質的に進展が見られないものだった。しかし今は状況が変わっている。北朝鮮側が軟化したのはいうまでもないが、韓国にも変化が見られる。韓国側からすれば米朝の接近により米韓同盟がなくなるという脅威を抱え、仮に真空化した韓国に中国が入り込んでくることは大いなる脅威だが、ロシアと連携ができれば、韓国は中国のみに侵食されることなく、中露のバランスの中で安定を保てる。こういう背景があるからこそ、韓国の文大統領は米朝会談後にすぐとなる今年6月、ロシアでサッカーワールドカップが開催されていた時、韓国チームの応援を強調しながら訪露し、プーチン大統領と対談し、パイプラインと鉄道の件について合意していた。ロシア側としてもパイプラインや鉄道が通ることで朝鮮半島全域に影響力を維持できるだろう。お互いにメリットのある話だ。日本の周りの国はこのように常に先を見越して、それぞれのシナリオを用意して、状況次第でどのカードを切るのかを選択するため、いざという時の決定が非常に速い。この激動の世の中にあって、日本も様々な状況の展開に備え、いろいろなシナリオを用意しつつ、状況に柔軟に対応してゆく必要があるだろう。(了)

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