経済学者 高橋 洋一 氏
――財務省の在り方について…。
高橋 害悪が多くなってきた。財務省は「一定の知識を持つ専門家集団」というのが私の中でのイメージだったが、それがまるで政治家集団のようになってきている。財政再建にしても、ずっと前から「緊縮財政」や「消費増税」と言い続けているが、具体的にどのように大変なのか理路整然とした説明をしていない。「しない」というより「出来ない」と言った方が正確なのかもしれない。私は財務省で働いていた頃、財政がどのように大変なのかをきちんと説明しようと独力でバランスシートを作った。当初、それは上層部の圧力により外部には出せなかったのだが、内部資料として小泉総理大臣(当時)にそれを見せたところ「そういうのがあるのならば出せばいい。」という一言を頂いた。そして今では財務省内で毎年使われていて、重宝されているようだ。そもそも財務諸表がなくて財政が語れる訳がない。日本銀行も入れて私が独自に作ったバランスシートを見れば債務超過などないことは明らかであり、財政の危機や国債の暴落などあり得ない。私は25年前から財務省の中でバランスシートの重要性を言っていたのだが、「確かにそうかもしれないが、そんなこと言える訳ないだろう」ということばで終わりだった。都合の良いことも悪いことも財務諸表規則に基づいてディスクローズするということが基本なのに、そういう考えがない。現在の財政状況を具体的に言うと、連結で見て負債が約1400兆円。資産が約1000兆円だ。400兆円の債務超過分があるがこれくらいの債務超過は大したことはない。徴税権が簿外資産にカウントされているという事と、無利子無償還の日銀券を負債とし、国債を資産とする日本銀行のバランスシートを組み込むと、完璧な資産超過になる。実際にマーケットもそれを反映していて、いくら財務省が財政危機と煽っても金利は上がらないし、円の大暴落もしない。
――格付機関は何を見ているのか…。
高橋 何も見てないと思う。私が財務省で国債を発行する国債課にいた頃は国庫の資金状況を見ながら国債を発行していたのだが、休債した時に外資系格付機関に国債を格下げされてしまったため、何故そんなことをするのか問い詰めたことがある。つまり、私は資金繰りに余裕があるから休債したのにもかかわらず、実態を見ずに、格付機関は市場が国債の発行を拒否し、休債に追い込まれたと誤認し、格下げをしてしまったという訳だ。結局でたらめに格付けしているとしか考えられない。ただ、CDSのマーケットはまだ信じられる。私がハル・ホワイトモデルを使って計算しても日本が5年以内にデフォルトする確率は1%もない。そういったことをきちんと計算して説明できる専門家が財務省にいないため、不安ばかりを意図的に先に出し危ない危ないと騒いでいる。
――財務省に理工系の人間がいないところにも問題がある…。
高橋 理工系の人間を入れたら文系のレベルが低く見えてプライドが傷つくのだろう。私が一人いた時だって手に負えないような感じだったのに、それが何人もいたら大変だ(笑)。日本の金融機関が衰えたことも文系人間ばかり入れていたからだと私は思っている。金融工学は技術だ。私が「リスク」という言葉を使う時には「何年以内に、何パーセント」ときちんと確率でいえるものをいう。その数字が計算できないのであれば「リスク」は語れない。金融系では営業で詳しく知らない人がいても良いが、ただ、根幹のところで金融工学をきちんと理解していないと駄目だ。財務省のキャリアは金融工学に手も足も出ない人間ばかりなので、結局何かをやらせようとしても無理だし、そうなると余計な仕事はするなというレベルになってしまう。
――国税庁は5万人もいるが…。
高橋 国税庁は金融だけではないし、税金を徴収するという重要な仕事がある。社保庁と一緒になって徴収庁を作るという話も良い案だと思うが、それは財務省が配下に置けなくなるため嫌がるだろう。本当は、世界中を見ても徴収は「ソーシャル・セキュリティ・タックス」と言って一体化していることが当たり前なのだが、そういう所にだけは良い頭を使って阻止したいと財務省は考えているようだ。それにしても財務も会計もわからないのに財務省だとはよく言えたものだ。安倍総理大臣と話すこともあるのだが、私が説明した時に「面白いんだけど、そうは言ってもね…。」と言っていた安倍総理が、昨年スティグリッツが来た時に「高橋さんと同じことを言っていた!」とびっくりしている。当然だ。会計レベルで財政を語れば、世界中どこでも、誰が語っても同じ答えが返ってくるのだから。
――日本の財政問題を解決する方法は…。
高橋 日本の財政問題は、実は量的緩和をたくさんすれば心配無用だ。これはバーナンキも言っていたことだ。もしもそれで物価が上がらなかったとしても、国債問題がなくなるので良いと。物価が上がるか国債問題がなくなるか、うまくいけばどっちも出来るかもしれないが、物価が上がらなくても大した話ではない。物価上昇率2%にこだわる理由は失業率が下限になるという計算のもとで、失業率を無理に下げようとして過度なインフレになるのを防ぐために言われているだけだ。失業率が下がって物価が上がらなければそれはそれでハッピーだ。そこを大手マスコミはきちんと説明できないからややこしくなる。
――消費税の再引き上げについては…。
高橋 消費税を上げなくてはならない理由は、日本では消費税が社会保障目的税になっているからだ。しかし、それは世界中でも例がなく、ロジカルでもない。社会保障について言えば、本来、保険原理を使って公正に運営するために保険料は国民一律の保険方式になっていて、どうしても保険料を払えないという人が一定比率いることも含めて総保険料を割り出し、そこで支出と保険料をイコールにするのがシンプルな保険料の決め方だ。つまり、社会保障の財源は保険料プラス累進課税の所得税で自分の給付を賄う形になるべきだと常々訴えているのだが、財務省はその理論の口封じさえ行いながら出鱈目なことをやっている。
――消費税の本来の使い道はどうあるべきか…。
高橋 消費税は地方の安定財源だ。地方が行う業務は日常生活に密接しているものが多く景気の変動も関係ない。所得再分配も必要ない。だから、消費税は地方に全部委ねて、地方が基礎的な行政事業に必要かどうかで消費税率を決めていけばよいと思う。他の国はみんなそうなのに、日本ではこんなことを話すことすらできない。そもそも消費税を国税にしていることは間違いであり、国税は所得税(資産課税を含む)だけでよい。本来ならばマイナンバーが機能して資産課税をきちんとして所得累進課税をきちんと徴収する流れが最初だ。その結果、法人税は二重課税なしとの原則の下で、自ずと税率が低くなり、理論的には法人税ゼロ。そして、消費税は地方に委ねてそれぞれの地方で自分の行政需要に応じて決めればよい。マイナンバーは課税の強化ではなく、公正にやるためのものだ。そのような基本を理解していないからおかしなことを行い、それをカバーするためにさらにおかしなことを重ねてどんどん矛盾や混乱が大きくなる。私がここで話している消費税の理論、社会保障の理論、法人税の理論は世界の標準を言っているだけで、とんでもないことを話しているつもりは全くない。こういった議論を正々堂々とオープンにできないのが今の財務省のレベルということだ。(了)