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米中貿易摩擦から技術摩擦に

野村資本市場研究所  シニアフェロー  関 志雄 氏

――米中貿易摩擦はどこまでエスカレートするのか…。

 短期的には中間選挙まで米国の対中強硬路線は続くと見ている。しかし、トランプ大統領が中間選挙に勝った場合、自信を深めて対中強硬路線をエスカレートさせるのか、それとも目的を達成したとして融和路線に転換するのか、どちらのシナリオとなるかはわからない。いずれにせよ中間選挙が一つの転換点となるだろう。最近の中国側の対応には軟化が見られ、対決姿勢が弱くなってきた印象を受ける。実際、中国は、米国の第1弾の500億ドルの対中輸入を対象とする追加関税措置に対して同額の対抗措置を出したものの、第2弾の2000億ドルに対する対抗措置の対象は600億ドルにとどまり、対立を収束させたいという意向が伺える。

――米国に対して中国は譲歩していくのか…。

 中国政府としては米国と交渉して負ける姿を国民に見せたくはないだろう。そのため、「対外開放は、米国の圧力によるものではなく、経済成長につながるなど、中国自身のためのものだ」という方向に世論を誘導している。その一環として、習近平国家主席は、昨年のダボス会議に続き、今年のボアオ・アジアフォーラムにおいても、対外開放の加速を強調し、保護主義に走る米国とは対照的に、中国は自由貿易の旗手になるとアピールしている。このスタンスを取りつつ、妥協点を探っていくのだろう。米国が求めている二国間の貿易不均衡を大幅に縮小させることは短期的には実現不可能だが、事態を鎮静化させるためには、関税の切り下げや、知的所有権の保護の強化、外資規制の緩和、更なる市場化の推進などの面において、中国の一定の譲歩が不可欠だ。

――貿易摩擦を仕掛ける米国の狙いは…。

 中国の台頭を背景に、米中経済摩擦の対象は、貿易にとどまらず、投資や技術移転にも広がっている。中国は世界第2位の経済大国として、GDPは2017年で対米国の62%まで追い上げてきている。08年当時は30%程度だったが、わずか10年で倍になってきている。この勢いが続けばあと10年で逆転する可能性がある。これを背景に、米国は中国を競争の相手ととらえるようになった。また、中国における成長のエンジンは、長い間、労働集約型製品の輸出だったが、ここに来て主に海外からの技術導入をテコに、産業の高度化を遂げつつある。こうした中で、米中貿易摩擦の焦点は貿易不均衡から技術移転にシフトしつつある。この点、今年3月に米国が発表した通商法301条に基づく調査報告書の内容は、ほとんどが技術移転に関する話である。それによると、まず、中国は技術を獲得するために、米国企業が中国に投資するとき、マジョリティを保有してはならない、研究開発を行わなければならないなど様々な条件・制限を課している。加えて、中国企業が米国でハイテク企業を買収する際、従来は割と自由だったが、これを制限していこうという動きがここ数年間で加速している。もともと米国への投資審査の基準は、米国の国家安全保障に脅威となるような外国企業による米国企業の買収に限るという非常に狭い定義で、軍需産業などが対象となっていた。しかし、最近は、ハイテク分野における米国の優位性を脅かすことも、審査が通らない理由となってきている。トランプ政権になってから、当局の承認を得られずに、断念せざるを得なくなった外国企業による買収案件の内、買収側が中国企業であるケースが最も多い。この流れがエスカレートしていくと、冷戦時代の対共産圏輸出統制委員会(COCOM)のように、中国企業が米国企業を買収できなくなるだけではなく、米国企業の対中進出が制限されていく可能性もある。

――米中貿易摩擦による中国の景気減速懸念が高まる中で、政府による刺激策の可能性は…。

 景気対策の余地は限られていると見ている。まず、財政政策の面では、インフラ投資を中心とするリーマンショック後の4兆元に上る内需刺激策を受けて、地方政府の債務が急増し、多くの国有企業も過剰生産能力を抱えるようになった。2016年から始まった供給側改革の実施により、状況が改善し始めているが、大規模インフラ投資が再び実施されることになれば、これまでの努力は水の泡になってしまう。また、金融政策の面では、利下げや預金準備率の引き下げを通じて流動性を増やそうとすると、内外金利差が拡大し、それによって資本流出と人民元の切り下げの悪循環を招きかねない。人民元安を誘導し、輸出を増やそうとしても、同様のリスクに直面している。そもそも、経済成長率が低下しているとは言え、都市部の求人倍率はリーマンショック直後の0.85倍という低水準とは対照的に、今年に入ってから1.23倍と、史上最高の水準に達している。このことは完全雇用が維持されていることを示唆している。足元の6.7%という経済成長率は、過去の10%成長と比べれば確かに低いが、労働力不足が制約となって潜在成長率がすでに7%を下回っていることを考えれば、中国経済は不況に陥っているとは言えない。

――米国が技術防衛を強めると中国はどういう政策を取るのか…。

 最も重要なのは、中国国内のイノベーションの推進だ。基礎が構築されつつあるがZTE(中興通訊)の問題で弱い部分が露呈した。中国は弱点を補強するため半導体をはじめとして自主開発能力を向上させようとしている。増え続ける帰国留学生はその主要な担い手になってきている。2000年頃は留学するための出国者に対する帰国者の割合は15%程度だったが、昨年は60万人の留学出国者に対して、その80%に当たる48万人が帰国した。帰国する技術者などを対象とする中国側の優遇策に加え、米国の移民制限の強化も人材の還流に拍車をかけていると見られる。

――中国におけるイノベーションは順調に進むか…。

 私はイノベーションの担い手が国有企業から、民営企業に移ってきていることに注目している。インターネットの分野では、アリババやテンセント、バイドゥなどの民営企業が、時価総額などの規模の面においてだけでなく、技術の面においても、世界のトップレベルの企業となっている。ユニコーン企業(創業してから10年未満、企業価値が10億ドル以上)が集まる深センも中国における新しいイノベーションセンターになってきている。民営企業の活力が生かされる形で、イノベーションは中国経済を牽引していくエンジンになる可能が十分あると考えている。

――国有企業改革への期待は…。

 国有企業の効率が悪いことは、万国共通であり、中国に限る話ではない。イノベーションに関していえば、国有企業は予算を投じ良い人材を雇用しても大きな成果を上げられず、また仮に成果を上げても商品化につながらなかった。これらの問題を解決していくためには、民営化が必要であろう。しかし、現政権は、強くて競争力のある国有企業を育てるという方針を示しており、民営化には消極的だ。2003年に国務院国有資産監督管理委員会が成立した時に、その管轄下にあった国有企業は196社であったが、同業の企業同士の合併を繰り返してきた結果、現在96社程度に減少した。話題となったのが、高速鉄道の車両を製造する南車と北車が合併した中車などだ。それによって生まれた巨大企業は、競争力が強いというよりは独占力が強いというべきだろう。米国が批判しているように、中国における国有企業による独占体制は市場における公平な競争の妨げになっている。中国政府は、民営化の代わりに、国有企業改革の目玉として、国有企業に非国有資本を注入する「混合所有制改革」に取り組んでいる。しかし、パイロットテストとして進められているチャイナユニコムの事例のように、ほとんどの場合、改革を経てからも、国有資本による企業の支配が維持されている。この程度の改革では、目指すべき競争的市場環境の確立と国有企業のコーポレート・ガバナンスの強化という目標の達成は難しい。

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