金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

電子政府で800年分を節約

エストニア共和国  特命全権大使  ヤーク レンスメント 氏

――エストニアは電子政府として有名で、国民にはeIDカードを持つことが義務づけられている。日本ではマイナンバー制度もなかなか浸透しない。こういうシステムを上手く根付かせ、成功した背景にはどういったものがあるのか…。

ヤーク エストニアでは、e―solution(情報技術を用いた方策)に対する国民の信頼度が大変高い。eIDが義務付けられたのは2001年からだが、eIDに付与されるコードナンバーさえあれば、エストニアにある様々なe―solutionのすべてに安全な形でアクセス出来る。物理的な距離は全く関係なく、日々の業務が迅速に快適に行われる。ただ、結婚と離婚と不動産の売買は、本人が実際に政府機関に出向かなくてはならない仕組みをとっている。

――年配の方がこういった電子システムについて行けたのか?また、国民は個人情報が盗まれるといったような心配をしなかったのか…。

ヤーク そのような心配はなかった。エストニア共和国がソビエト連邦から再独立を果たした1991年、つまり27年前は年齢に関係なくすべての人にとって状況は同じだった。一般市民についての電子データの集積もなかったし、人々はインターネットすら使っておらず、お年寄りだからこういった電子システムについていけないということはなかった。実際に私の父親は83歳だが、非常に楽にすべてのサービスを利用している。とても簡単だからだ。確定申告だって、父も私も5分あれば済む。日本は長い歴史の中で、昔からの紙媒体に信用を置き、それがうまく機能しているのだと思うが、エストニアは26年前に何もない状態から、ソビエト連邦の官僚主義は真似したくないと考えて、独自のやり方でスタートした。そのおかげで、今の柔軟なシステムを構築することが出来たのだと思う。そういったこともあり、我々の中では電子データへの安心感の方が強い。さらに言えば、個人のデータは国家や第3者に属するものではなく、純粋に個人に帰属する。例えば、誰かが私のデータにアクセスする際には、誰がどのような目的でアクセスしたかを完全に把握できて、私が全権を持って扱うことが出来る。医者が私のデータにアクセスしようとした時にも私がそれを確認することが出来て、さらに、その人が何故アクセスしようとしたのか疑問を持った時にはそれをきちんと申し立てすることも出来る。

――例えば、自然災害や電力ストップ、或いは、他の国によるシステムへの侵略などによって、この電子国家の機能が麻痺してしまうような心配はないのか…。

ヤーク エストニアには「e―Embassy」というプロジェクトがある。これは、政府機関の延長として、クラウドサービスを利用したもので、万が一、何かが起きた時にはそこを利用するようになっている。国家が所有するサービスが国外にあるという状態だが、これは単にバックアップだけのためではない。そもそも、エストニアには中央集権システムがない。中央データストレージのようなものもなく、情報は分散型情報システムという所に蓄積され、「X―road」というクラウドコンピューティングシステムが様々なサービスをリンクさせることによって、今のエストニアの電子政府活動を可能にしている。つまり、民間と公共がサービスをコントロールしており、国がコントロールしている訳ではないということだ。ローカルなデータセンターに何か問題があった場合には、この「e―Embassy」がうまく継続的に機能するシステムになっている。

――ハッカーなどによる侵害の危険性は…。

ヤーク サイバーセキュリティはエストニアだけでなく全世界にとって大きな問題となっており、近年では、特に政治的な動機に基づいたサイバー攻撃が増えている。この状況は国家の官民双方にとって重要な問題だ。我々としてはデータを守るためにブロックチェーンという技術を使って対応している。2007年4月にエストニアに対して大規模なサイバー攻撃があったことをご存じだろうか?その数週間後の5月には日本の天皇皇后両陛下がエストニアを訪問なさった。あれから10年、我々は官民双方で協力し、当時よりもさらに強固な検知システムと保護システムを構築してサイバー攻撃への対応を強めている。日本政府もこういったエストニアのバックグラウンドに大変興味をお持ちで、2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどでも、日本とエストニアの協力関係が進められている。

――日本はエストニアに比べて電子システムの導入がかなり遅れている。マイナンバーカードすら嫌がる人たちが多く、エストニアの100倍の人口を持つ日本が、エストニアのようなシステムを導入してサイバー国家といわれるような国になることは可能なのだろうか…。

ヤーク 安倍首相は今年1月にエストニアを訪問されたが、その時の会談内容はICT(情報通信技術)であり、サイバーセキュリティに重点が置かれていた。今後、日本でも官民でe―solutionを導入していくことは間違いないと思う。実は、マイナンバープロジェクトでもエストニアが協力している。エストニアにはサイバー攻撃への対処などの研究や演習を行うNATOサイバー防衛協力センターが置かれており、そこに国際的に有名なサイバー問題に関する専門家が集まっている。だからこそ、エストニアのE-サービスやE-システムに関する構造面はきちんと守られており、e―Embassyやブロックチェーンが有効に機能している。

――ブロックチェーンと言えば、日本で最近問題になっている仮想通貨を思い浮かべるのだが、通貨の国際的な代替手段として仮想通貨に将来性があると思うか…。

ヤーク ブロックチェーンと言っていてもビットコインとは違うし、我々のe―solutionはまだこのような技術とはリンクしていない。さらに言えば、我が国のブロックチェーンはデータを保護するために使っているのではない。ブロックチェーンの中にデータは存在せず、公的機関に何かを登録する際、その様々なデータが正当なものであるかどうかを確認するために使っている。仮想通貨については、エストニアでも「エストコイン」と呼ばれるエストニア版ビットコインのようなものに関して議論が起こったことがあったが、我々はEU加盟国であり、金融システムもEUと同じだ。独自の通貨制度を打ち立てることはしていないため、仮想通貨の将来性について語ることは難しい。

――エストニアには、外国人がエストニアの電子国民になれるe―residencyという制度があるが、その概要と日本人の登録数は…。

ヤーク 日本人の登録数はとても増えている。アジアでは間違いなく1位で、世界でも1位か2位の登録数だ。e―residencyを立ち上げた最初の目的は、e―solutionというシステムを広めたかったからだ。エストニアでは今、きちんとした安全な電子社会を構築出来ており、他の国々の人たちにも、このシステムから何か恩恵を受けてもらえるのではないかと思った。この仕組みを簡単に説明すると、e―residenyのIDカードはエストニア政府が発行し、一度IDを取得するとエストニアのすべての官民サービスを電子的にうけることができる。国際的なデジタルアイデンティティとしてEUビジネスを開業することもできて、安心安全なオンライン上で自分の企業の管理が可能になる。本当のエストニア国籍を取得する必要もないため、仮想国民とも呼ばれるが、だからこそ日本の皆様にも興味を持っていただけているのだと思う。

――例えば私が仮想国民になると、エストニアに税金を納める義務が出てくるのか…。

ヤーク それは、このeIDを何の目的で取得するかによる。仕事目的ではなく、他のサービスを利用するために取得する人もいるからだ。税制面について言えば、エストニアはOECD加盟国の中でも最も税制が優秀だと言われている。起業家に優しく、例えば、収益を再投資に回せば税金が免除されるという仕組みもある。それは決してタックスパラダイスのように税金を逃れるための国ではなく、あくまでも適切な税制だ。

――エストニアの将来図は…。

ヤーク 我々は、過去の失敗から教訓を得ながら、まだまだ色々なことに野心をもって取り組んでいる。今後やるべきことは、国の基本的な業務を完全に電子化することだ。そのためにはサイバーセキュリティが何よりも重要であり、同時に「e―Embassy」の構造がポイントになってくる。また、医療システムや教育システムについても電子化が必要だと考えている。特に1991年の独立後にエストニアで育った世代は非常に高い教育を受けていて、英語も堪能でIT技術も高い。この人たちにとって教育をデジタル化していくことは非常に重要なことだ。計画では2020年に教育システムが全てデジタル化される予定で、それに伴い全ての教材の電子化が進められている。学生鞄も「オンラインスクールバッグ」というデジタル専用の鞄が考案されている。

――日本にエストニアの仕組みが導入されれば、かなりのコストダウンにつながり、大変な革命になるだろう…。

ヤーク Eシステムを導入する最大の利点は、お金と時間の節約だ。官僚主義的な手続きも大幅に減らすことが出来る。実際にエストニアでは公共サービスの99%をオンライン化しているため、国あたり一年間に800年分の労働時間を節約できているという試算がある。この仕組みを取り入れることで、日本にもこの恩恵を受けてもらえれば嬉しい。(了)

▲TOP