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鉾役の米国と緊密な意思疎通を

内閣官房  国家安全保障局 国家安全保障参与  黒江 哲郎 氏

――防衛力の整備が一段と重要になっている…。

黒江 冷戦終結後は、「平和の配当」として、軍事費の削減を求める声が世界中で強まった。しかし、周知の通り、ソ連の崩壊は平和の実現どころか、むしろ世界中の地域紛争ぼっ発の引き金となるパンドラの箱の解放を意味していた。中国の軍事力拡大や、北朝鮮の核戦力の保有など、冷戦直後には想像もできなかったような事態も次々と発生しており、日本も防衛費を削減するのは難しい状況となっている。

――北朝鮮のミサイル開発などを勘案すると防衛費を急速に増やすべきだ…。

黒江 自衛隊の装備は極めて高価かつ、製造に時間がかかるものが多い。例えばイージス艦などの護衛艦は起工から竣工まで5年ほどかかるし、戦闘機も3~4年ほど調達に時間が必要だ。最新鋭のF-35などは、非常に高価であるためメーカー側も部品の在庫を持つわけにはいかず、基本的に注文生産となるため、時間がかかってしまう。こうした事情を踏まえ、自衛隊では10年先を見据えて防衛力の整備を行っている。具体的には10年後に中国や北朝鮮などの周辺国の軍事力がどのように変化しているのかを推測し、それに対応するために必要な防衛力を考案し、現状とのギャップを埋めるため計画的に必要な予算を計上している。このため防衛予算は軽々に調整するわけにはいかず、無理に変更すれば将来に渡って悪影響がでてしまう恐れがある。

――防衛産業にとっても大きな問題だ…。

黒江 日本の防衛産業の主要な顧客は自衛隊であり、防衛予算の動向は彼らにとって死活問題となる。米国のように産業規模が大きく、輸出もできるのであれば多少のショックは吸収できるかもしれないが、日本のように産業規模が小さいと、自衛隊の方針転換が産業に与える影響は大きい。ただ、日本の防衛産業にも伸びていく可能性が十分にあるように思われる。産業規模を大きくするのは難しいかもしれないが、高度な技術を活かして、世界の防衛産業において独特な地位を築くことはできるはずだ。例えば米国や欧州など、価値観を同じくしている国々と共同で防衛装備品を開発する中で、日本の技術でしか製造できない部品を盛り込めれば、世界的に日本がなくてはならない国になることができるのではないか。

――日本の学者の間ではまだ防衛関係の研究に対するアレルギーが根強いようだ…。

黒江 確かに科学者の間では抵抗感を覚える人がまだまだ多いのは確かだ。しかし、民生用技術と防衛用技術の境界が曖昧になりつつある中、防衛分野への研究を忌避することが本当に科学技術の発展につながるのか。防衛省が関わっているというだけで、有用な研究に対して拒否反応を示すのはまったく理解しがたい。民生用にも防衛用にも用いることができる技術をデュアルユースというが、これを敬遠するのは効率的な研究開発から逆行しているといわざるをえない。予算が限られている中、軍事アレルギーに捉われることなく、リアリティのある議論のもとに日本は研究開発を行っていくべきだろう。

――今の日本国憲法は自衛隊の行動を制約しているのか…。

黒江 現行憲法でも、政府の法解釈上、自衛権の行使や、そのための実力組織の保有は認められている。そういう意味では、憲法改正をしなくとも、自衛隊は問題なく活動が可能で、個々の自衛官も決して自衛隊が憲法違反の存在だとは思っていない。ただ、感情的な意味では違う見方もあり、例えば現行の憲法9条と自衛権の関係を分かりやすくするべきという議論は一考の余地がある。現状、かなりの数の憲法学者が自衛隊を憲法違反だと主張しているが、そうした状況は健全とは言い難い。中には、わざわざ自衛隊を憲法違反だと考えていると発言してから、防衛省に国会質問する国会議員もみられる。国のために働いていると自負している自衛隊関係者にとって、そうした現状が精神的負担になっているのは確かだ。災害活動の実績などから、国民の自衛隊への信頼は高まっており、憲法改正はそれに沿った形で議論されるのが望ましい。

――自衛隊は隣国の脅威にどのように対処するのか…。

黒江 喫緊の課題は北朝鮮で、発射されたミサイルを打ち落とすための備えをする必要がある。北朝鮮の戦車や戦闘艦艇などの通常戦力はかなり老朽化しており、日本にとっての脅威ではない。それは彼ら自身も理解しており、それを補うため、大量破壊兵器や特殊部隊など、いわゆる非対称戦力を整えている。特に弾道ミサイルの開発は著しく進展しており、かつては発射のために宇宙ロケットの発射台のような大掛かりな設備を必要としていたが、今では車両に搭載して運搬・発射が可能で、隠密性が非常に高まった。このため、北朝鮮のミサイルの発射の兆候を捉えるのは困難になっており、日本としては24時間体制で備える必要性が高まっている。ただ、日本のミサイル防衛の要であるイージス艦を常時ミサイルに備えさせるのは乗組員の負担が重い。そこで導入が閣議決定されたのがイージス・アショアで、文字通りイージスシステムを地上(アショア)に設置するものだ。やはり海上に比べれば地上の方が運用負担が小さく、北朝鮮の動向に常時目を光らせやすくなる。

――先制的に発射前のミサイルを攻撃する必要があるのではないか…。

黒江 それに関しては長く議論されてきたが、日本が憲法上認められている自衛権の行使は、必要最小限度のものに限られる。具体的には、攻撃しなければ核ミサイルが飛来し、座して死を待たざるをえないような状況であれば、敵基地攻撃が例外的に認められると政府は昭和30年代から解釈してきた。ただ、現実的には、車両で移動するミサイルを、敵国の領域内で攻撃するのは非常に難しく、実施するのであれば、米国との協力が不可欠となる。日本が攻撃を行うにせよ、これまで日本が盾、米国が鉾となる役割分担を行ってきたこともあり、米国とよく相談することが必要だ。

――日本も核を持つ必要があるのではないか…。

黒江 非常に難しい問題だと思っている。現状では、米国の拡大抑止、つまり米国の核抑止を日本に提供する、「核の傘」によって日本は守られている。その実効性を高め、必ず守ってもらえることを確証してもらうために、核兵器を共有する「ニュークリア・シェアリング」を導入するという考えもある。シェアリングでは核使用のプロセスに供与国だけはなく、被供与国も関与することが出来るが、いくら同盟国でも立場には違いがあるため、実際の議論は複雑なものになるだろう。私としては枠組みというよりも、日米の意思疎通を緊密に行い、脅威認識や対処戦略をしっかりと共有することが重要と考えている。

――中国の脅威については…。

黒江 北朝鮮と異なり、中国の人民解放軍は空軍や海軍の近代化を進めている。このため、日本は弾道ミサイルだけでなく、通常戦力にも備える必要が生じている。日本の民主党政権が尖閣諸島を国有化して以降、中国船による同諸島周辺の領海侵入が明らかに増加した。以前は数年から10年に1度くらいの頻度だったのに対し、国有化後は月に3度は侵入を行っている。存在感を誇示することで、同島周辺を実効支配しているのは日本だけではないとアピールしているのだろう。そうした中国の行動の背景にあるのは、同国は国土が広大であるものの、エネルギー資源には恵まれていないことだろう。中国は海路によるエネルギーの輸入が必要であり、そのためにシーレーンを確保し、東シナ海から南シナ海にかけて、中国船だけが安全に航行できるようにしたいのが本音だ。また、核報復の要である弾道ミサイル搭載型の潜水艦が安全に行動できる海域を確保したい狙いもあるとみられる。尖閣諸島はちょうど東シナ海の真ん中にあり、中国が同諸島を支配するようになれば、東シナ海全体が中国のものとなるだろう。中国側から日本列島をみると、ちょうと太平洋への進出路をふさぐような形になっており、沖縄や尖閣諸島周辺の海域が数少ない抜け道となっている。だからこそ在日米軍、特に在沖縄の米軍は中国にとって目の上のたん瘤のような存在だ。沖縄の基地負担が苦しいのは理解できるが、こうした戦略的重要性を考えると、沖縄から米軍を撤収させるという選択は難しい。

――自衛隊の平和貢献については…。

黒江 自衛隊の能力を維持・向上させるだけでなく、国際環境を日本の望ましい方向にもっていくことも、日本の安全を実現するうえで重要だ。夢のようなことと言われるかもしれないが、36年にわたって防衛省に在籍する中で、私は日本的価値観や国民性を世界中でシェアすることが日本の安全に資するのではないかと考えてきた。日本の防衛は元々、自衛力の整備、日米同盟の堅持、国際環境の安定化を促進するためのPKOや能力構築支援などの平和協力活動の推進を三本柱としてきた。私は三番目の分野に、日本的価値観や国民性を背景とした独自の強みがあると考えている。確かに欧米も国際支援は行っているが、彼らは先進国のやり方を押し付けたり、ただお金を渡したりするだけのことが多い。それに対して、日本は現地の人の声に耳を傾け、何に困っているのか、どうしたいのかを聞き、解決のためにどうすればいいのかを一緒に考えてきた。ある大使経験者が仰っていたことだが、この支援の姿勢の違いの結果が、資源国を除けば依然貧しく、支援を必要としている中東やアフリカと、経済的に自立し、着実に成長を続けているアジアとの違いにつながっている。実際、日本の支援はODAによるものも、自衛隊によるものも、被支援国からの評判がいい。こうした日本独自の支援姿勢は、日本人特有の思いやりの気持ちから自然と湧き出たもののように思える。海外に展開している日本企業も、おそらく同じようなアプローチをしてきた筈だ。もちろん、日本人にも良い人がいれば悪い人もいるが、災害の時に我先にと逃げ出したり、略奪行為を行ったりしないのは、世界的に見ても特徴的といえるだろう。その根本にあるのはやはり、他者を思いやる配慮が自然と出来ていることだと思うが、これは国民性としか言いようがない。その思いやりの精神を少しずつでも世界にシェアできれば、もっと住みやすい世の中になり、また日本のためになるはずだ。企業も含め、海外で活躍する日本人がこの点を自覚して活動していけば、そうした価値観が外国でも共有され、時間はかかるかも知れないが平和な国際社会の実現につながっていくものと考えたい。

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