金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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ハイブリッド型労働などが課題

日本総合研究所  理事  山田 久 氏

――日本の労働はどうあるべきか…。

山田 結論的に言うと、これまでの長期雇用を前提とした日本の在り方と、欧米の流動的な在り方を組み合わせたハイブリッド形式が望ましいと考えている。もはや終身雇用を維持するのは困難だが、米国のように簡単に解雇ができるようなシステムでは労働者が不安に陥ってしまう。そこで北欧のように、整理解雇は比較的容易ではあるものの、セーフティネットを整え、再教育を通して再就職を後押しする仕組みづくりが必要だ。また、これまでの日本企業の強みである組織としての強さを残すことも考えるべきだろう。オリンピックを見ても、たとえ個人の能力で劣っていても、リレーなどの集団競技では日本は強みをみせてきた。もちろんスポーツとビジネスは違うが、そうした特性は大事にする必要がある。

――労働者に必要な変化は…。

山田 最終的には各労働者がプロフェッショナルになり、必ずしも企業という枠組みに囚われず、自身の能力が生かせる職場に柔軟に移動することが必要だ。ただ、若いころからプロになるのは容易ではなく、しかも現状では学校で職業訓練が行われている欧米と違い、日本では企業以外でスキルを習得する場所が少ないため、配慮が必要だ。例えば、若い時は従来の日本型労働に従事し、経験を積んだらプロに転向していくことが考えられる。労働者も、節目で自身のキャリアを考え、また見直していくことが必要だ。

――日本政府の政策をどうみるか…。

山田 方向性自体は間違っていないと思うが、現在は過労死などの問題の対策に傾倒し過ぎている印象だ。過労死は防ぐ必要があるのは言うまでもないが、労働時間を抑制する必要があるのは、それが日本の人口動態的に必要であるためだ。既に日本の労働人口は減少の一途を辿っているが、今後は益々減少が加速する。これを補うためには女性や、シニア層の労働力を活用する必要があるが、育児や家事などの両立を考えると、従来のような長時間労働を前提とするわけにはいかない。また、今後50代以降の労働者は親の介護も担わなければならないケースが増えるが、労働と介護を両立させるためにも労働時間の抑制が必要だ。長時間労働が前提であると、介護のために離職せざるをえなくなるが、これは企業にも、日本経済にとっても望ましいことではない。

――しかし労働時間を抑制すると、企業収益に悪影響が生じる…。

山田 確かに新しく人を採用することもできない状況で、労働時間を抑制すれば企業は従来の活動を維持することができなくなり、業績が悪化しかねない。個人も基本給が据え置かれたままで労働時間が減れば残業代が減ってしまうため、企業・個人双方に悪影響が発生してしまう。そこで求められるのは、生産性を向上し、少ない労働時間でも従来と変わらないパフォーマンスを労働者が発揮できるようにすることだ。具体的には能力育成、マネージャーの育成、不採算事業の整理が必要だ。これまで日本は豊富な労働力を活かし、全員で一丸となって課題に取り組んできたが、これからは優秀なマネージャーが業務の優先順位を定め、取捨選択して労働力を投入するようにしなければならない。欧米に比べて日本のマネージャーは総じて決断力で劣り、改善の余地がある。また、これまで日本は雇用維持のために不採算事業も守ってきたが、これが欧米企業と比べて日本企業の生産性が低い要因となってきた。これらの改革のためには企業だけでなく、政府の働きも必要だが、現状では企業に丸投げにされている感がある。

――政府は現状を直視する必要がある…。

山田 その通りだ。さもなければ、表面上だけ政府の指針に企業が従ったとしても、風呂敷残業などでかえって過労死が増加してしまう恐れすらある。まずは生産性の向上に取り組み、労働時間を抑制しても企業経営に問題がない状況を作り出す必要がある。また、労働環境という意味では、労働時間の記録をしっかりと取ることも必要だ。記録さえあれば違法残業を明るみにし、解決することが可能になる。ただ、人口動態を考えると、しっかりと残業代さえ払われればよいというわけではなく、労働時間短縮に取り組む必要がある。

――労働基準法も時代遅れになっている…。

山田 確かに、現行法は定型労働を前提としているが、日本経済はサービス化・ソフト化・知識産業化が進んでおり、労働時間とアウトプットが対応しない分野が増えているのが実態だ。今後も、労働基準法が想定しない労働者は増加する一方だろう。日本が必要とするプロも従来の労働基準法には上手く当てはまらない存在だ。彼らに求められるのは与えられた目標を達成することであり、時間をかければ賃金が増えるというのは趣旨に反する。これまでは、法律が定型労働を前提とするためプロが育たず、逆にプロが少ないために法制度も変わってこなかった。今後は両方が変わっていく必要があり、そのブレイクスルーが働き方改革の一つの意義といえるだろう。

――副業解禁はどうみるか…。

山田 ハイブリッド型の働き方改革に関係するものだ。プロは必要に応じて転職するものだが、現状では未だ転職のハードルが高いことから、副業解禁はその代替として評価できる。もちろん本業に差しさわりがないのが大前提だが、副業によって外部の経験を積むことが本業の役に立つこともあるだろう。いわゆるオープンイノベーションのきっかけとしても期待できる。ただ、未熟な労働者が副業をしても、専門性の高まりを阻害するだけとなる可能性があるため、ある程度の規制は必要だろう。

――働き方改革はこれからだ…。

山田 実際、去年までの取り組みはあくまで入り口に過ぎず、本番はこれからだ。働き方改革法案も今春以降に審議される見込みで、様々な課題がタブーなしに検討されることが望ましい。これまでの働き方改革実現会議の議論でも、日本にとって必要な改革が言及されてきたが、これまでのところは万人受けする内容ばかりが前面に押し出されてきた形だ。しかし、働き方改革を日本の成長につなげるためには、セーフティーネットを整備することが前提になるが、不採算事業の整理を容易化する雇用調整のルール化など、痛みを伴う議論も必要だ。労働人口が減少する中、早急に希少な働き手をより付加価値の高い産業に移動できるよう、雇用の流動性を高めなければならない。企業の側も、そうした流れを意識し、主体的に新しい時代に向けた取り組みを行うべきだ。

――閑職で有能な人材を遊ばせているわけにはいかない…。

山田 その通りだ。すでに、本来の能力を活かせていない東京の中高年の人材を、地方の中小企業の幹部として斡旋する取り組みがあるが、このような動きを一層進めていく必要がある。本人にとってもせっかくの能力を活かせないのは不幸だし、社会としてもそうした人々の活躍を必要としている。もちろん、転職は不安を伴うものだから、国家的なセーフティネットの仕組みを整備することも重要だ。

――女性の労働参加については…。

山田 労働時間短縮の本質は、女性の一層の社会進出を後押しすることにある。長時間労働が前提だと、育児や家事のために女性が就業できないケースが増えるため、柔軟な労働の在り方を整備する必要がある。また、労働時間短縮によって、男性も家事を担うことが女性の労働参加のために欠かせない。保育園の整備なども勿論重要だが、本質的には家事を男女が分担することが労働人口減少に対応するために必要だ。これらを実現して初めて、少子高齢化の抑制にも必要な本当の働き方改革が実現するといえるだろう。

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