金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「財務基盤を強化し実学を推進」

帝京大学
理事長・学長
冲永佳史 氏

――帝京大学の特徴は…。

 冲永 「実学」、「国際性」、「開放性」の三つの教育指針を掲げ、実社会における様々な課題に対応するための学びを重視している。そのための教育基盤そして研究活動の充実を図るべく、たとえば海外の教育機関との交流提携を数多く結び、学生の交流や研究交流を通じて、学生の学びのフィールドを多様に用意し、また研究においても学内における共同研究を促進し、国内のみならず海外とも国際的な共同研究を行っている。更には、産学連携で社会のニーズにあった共同研究を行うなど、学生が直接社会と繋がって学べるような機会も重要とし、教育カリキュラムに組み込んでいる。一方で、基礎的な研究領域に関しては網羅的に大きな国公私立大学と張り合うつもりはなく、踏まえておくべき共通基盤知識を持ったうえで他大学等が目をつけていないような、学際的あるいは領域横断型の研究に取り組む方針を掲げており、それを先導するのが本学の「先端総合研究機構」だ。金融関係で言えば、ベンチャー投資にも取り組んでいる。大学の子会社として投資会社を立ち上げ、これまでに学内研究者が申請したものでは医療関係や宇宙関係など3つの案件に投資を行っている。大学のファンドとはいえ、資金を獲得するためには、ある程度の戦略や到達目標、それを達成させるためのチーム編成など、綿密な構成を、当事者は投資委員会にて示すが必要があり、ハードルはそれなりに高いものであると言えるが、大学としてはベンチャーをサポートする役割もあるので、むしろそこはシビアな目で公正に判断することがその理念を具現化する上で重要であると考えている。また、ベンチャー企業が持つシーズをマネタイズするには相当程度の慣れも必要になるため、そこには経営に長けた人物をあてがわなくてはならない。そういったところの助言等についても相談できる投資会社となっている。

――大学ベンチャーファンド経営の将来展望は…。

 冲永 社会情勢なども関係してくるため、一言でまとめるのは難しいが、日本でも徐々に大学発のベンチャー企業が増えてきている中で、その企業が独り立ちするまでにはかなりの市場価値を得る必要がある。上場したのち成長が見込めるものとみなされるには、上場までに少なくとも数百億円以上という規模が必要だ。一方で、中途半端な規模の会社では爆発的な利益を生み出すことは望めないため、継続して資金をつぎ込むことは難しい。ファンド経営はその狭間をどのように抜けていくのかがポイントとなる。場合によっては、適度に見込みのあるシーズをある程度大きくして、それをどこかの企業に買収してもらうという戦略もある。それは、対象となる事業がどのような将来像を描けるのかによって変わってくる。大学が運営するファンドの規模としてはそこまで大きいものは想定しておらず、少しずつ増やしていければ良いと考えているのだが、例えば、ジョイントで外部ファンドや企業からの資金も得る事が出来るようになれば、もっと面白い展開となってくるのではないかとも考えている。そうなると、もう一つハードルを越える必要が出てくるため、それが今後の大学ファンド経営の大きな課題となってくるとみている。

――帝京大学で近年、特に力を入れている分野は…。

 冲永 当大学は私立であるが故に「社会に出て活躍できる人間を育成していく事」を生業としており、常に実学が中心だ。それは「学内の研究活動で出てきた知見を、なるべく社会に出て行く学生たちが使えるようにしていく」というものであり、その象徴が、駅伝やラグビーといったスポーツ分野での成功と、その根底にある医療分野における研究や臨床活動での地道な知見の蓄積である。もちろん他の学部や研究科でも様々な活動を行っている。中でも近年、研究領域で特徴的な活動を行っている代表格の一つは、公衆衛生学研究科だ。公衆衛生学は、医療スタッフのみならずエンジニアや法律家等、色々な分野の人達が一丸となって、人々と社会を健康にする為に尽力する人材を育成する場である。「自分が得た知識を実社会で使用し、その過程で生まれる新たな疑問や知見を敏感に感じ取り、それをさらに追及して新しい可能性を探る」という我々の教育研究方針を象徴するような専門職大学院だ。今やどこの国でも欠かせないものになっている公衆衛生領域で、グローバルに活躍出来る人材をたくさん育てていきたい。

――AI化が進む中で、社会に重宝される様な人材を育てていくために必要な事は…。

 冲永 DX化が進み、高度なデータベースも一般的に使えるようになってくる今の世の中で重要となってくるのは「物事の考え方と手順」だ。逆に言えば、そこさえ押さえれば、あとは機械がやりたいことを具現化してくれる。その「考える力」を養うために当大学では反転授業を重要視している。オンラインで授業なども交えて知識を獲得できる環境を充実させつつ、反転授業へ繋げていくといったカリキュラムの工夫をしている。他方で、先生方には大学教育の要諦を学ぶための色々な研修システムを提供している。任意ではあるものの、大半の先生方が興味を持って取り組んでいらっしゃる。また、そうしなければ大学人として生き残っていけないという現実もある。情報技術が進み必然的に研究方法も変化している中で、新しい仕組みを使いこなして研究に落とし込んでいくという作業においては、先生の立場も学生の立場も半ば同じようなものなのかもしれない。いずれにしても「大半の知識はデータとして存在する」という事を踏まえたうえで、自分にしか出来ない事を深堀していく事が重要だ。また、実社会で何かを作り上げるためには他の人との連携が欠かせない。デジタルツールを駆使したうえで、人とのコミュニケーションを図る能力に長けた人材が、むしろ今まで以上に求められている。

――人口減少が進む中で、大学としての対応は…。

 冲永 日本において、第2次ベビーブーム世代の時に増やした高等教育機関の規模は、少子化によって縮小を余儀なくされている。その中で生じる歪から良質な教育機会を持てなくなる地域の子ども達が出てきているのも事実だ。それが、さらに格差社会を生み出し、都会に人口が集中する背景ともなっている。教育環境を崩すことなく、この過渡的状況をどう乗り切っていくかは今後の日本の重要なテーマになろう。当大学系列の教育研究機関も大都市ばかりにあるわけではなく、それぞれに地域性を反映し、人口が少ない地域では学生が集まりづらいというのも現実としてある。だからといって我々が撤退してしまうと、ますますその地域の子供たちの学ぶ場所が減り、地域自体が衰退してしまう可能性がある。その為、我々なりの教育機関配置のポートフォリオを組み、国内のみならず、海外からの学生の確保にも力を注いでいる。現在の海外留学生の数はフルタイムで約1400名強、全体の6%程度、中国からの学生が多いが、徐々に東南アジアの方々も増えてきている。また、当大学の教育指針は先ほど述べたように「実学・国際性・開放性」だ。色々な社会背景を持った人たちと幅広く関り、色々な事を見聞すれば、物事を俯瞰出来るようになる。そして、そういった広い視野を養うために、当大学では100近い海外の大学や研究機関と提携関係を結び、海外と交換プログラムを行える体制を整えている。学校を運営する我々にとっても、国際化を進める事で広く社会情勢を学ぶことが出来、各国の経済状況も知ることが出来るとともに、本学そして日本を知っていただく機会を持てることを意味し、大変重要なネットワークが構築されつつあると言える。

――大学の財務基盤を盤石にしていくためにも、グローバルな目線は欠かせない…。

 冲永 現在、帝京大学本体の運用資金は約3500億円。2000年初頭にMIT(マサチューセッツ工科大学)の学校資金が約6000億円、ハーバード大学が約1.8兆円だったことと比べると、資金規模は20年程度遅れで漸く当時の基金規模の大きい大学に近づいてきた段階だ。とはいえ、少子化などで教育機関の運営が厳しくなっている今、教育環境を充実させるための直接的な投資を続けていくには財務基盤がしっかりしていないことには話にならないので、基金の充実は引き続き力を入れていく。海外の様な寄付文化が日本にもあればまだ良いのだが、それが根付くまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。そうであれば、海外から寄付をしていただけるように、大学の質を上げていくしかない。そういった意味では、世界大学ランキング等も海外の人たちに当大学を知っていただくための一つの指標になるのかもしれないので、それは意識しなければならないだろう。ただ、何をもって世界クオリティーなのかを測る指標は評価機関にもよるし、それだけでは見出せない大学の特徴が必ずある。当大学としては、「帝京大学らしさ」を打ち出せるようなカリキュラム開発と大学の智を支える研究基盤の充実をこれからも続けいくつもりだ。そして、情報技術力とコミュニケーション力を駆使しながら、社会課題を解決できるような人材をもっともっと育てていく。とはいえ、これは我々の大学だけのテーマではなく、日本全体に言えることだ。その為に、例えばプログラム連携し、単なる単位互換を超えた仮想的な大学を、たとえば国内地域を行き来しながら高度なスキルを身につけられるような仕組みなど、日本の高等教育システムを再構築していくようなことも考えられるであろう。もしそういうことが具現化できるのであれば、クールな日本の風土や国民性を、そしてそこから生み出される持続可能な社会を構築するための哲学や技術を、世界中の次世代の人たちにより効果的に伝えていけるのではないだろうか。[B]

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