BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部 副会長
中空麻奈 氏

――金融市場の先行きへの不安が高まっている…。
中空 株価や為替、景況感など、どの指標をとっても金融市場は悪化してきている。GDP見通しも国際金融機関等において下方修正される見込みだ。また、特に米国景気の悪化が及ぼす影響への関心は高まっている。トランプ関税が想定以上に景気を阻害することや、移民政策により雇用統計が悪化すること、それと同時に消費が落ち込むことなどが想定されている。24年の米国は世界の景況感を一国で牽引していたが、欧州や日本に米国に代わる力があるとは言いにくい。欧州各国の多くや日本は小数与党で、財政規律が弛緩し始めているものの景況感がさえず金融緩和をやめられない状況にあり、スタグフレーションに陥りかけている。これらの点から、投資家の間では世界経済の見通しはネガティブだと思われてきた。ただ、この不安感は実態を伴っているわけではない。実際には、クレジット市場でそこまで大きなイベントは起きていないし、今後も起こらないと見ている。米国では、パウエルFRB議長がトランプ大統領による金融緩和への圧力とインフレとの間で板挟みとなり、金融市場が停滞し始めている。一方、日本の金利上昇は緩やかで、日米の金利差の急激な変化は考えにくい。
――なぜ混乱が起きていないのか…。
中空 今のクレジット市場が潤沢なマネーフローで支えられているためだ。私はクレジット市場にいる身として、米国の政策金利がゼロ%から5%に引き上げられた22年から、これほど急激な金利上昇が何の代償もなしにこなせるものかと疑ってきた。23年にはシリコンバレー銀行など米中小銀行3行が破綻し、世界的に銀行株が急落したものの、それで終わった。それ以上の何かが起こるはずだと思ってきたが、いまだに金融不況は起こっていない。これは、マネーフローがありすぎるためだ。世界の金融機関全体の資金の半分はPEファンドのドライパウダー(待機資金)が占めている。つまり、金融システムでないところに金融システムのお金の半分に達する資金が溜まり、もうかるところにお金が回る仕組みになっている。金利の急上昇で苦労した人がいることは間違っていないと思うが、お金がなくて借金ができない、消費ができないという人は案外いなかったというわけだ。ドライパウダーが何かの理由で使われないか、枯渇してしまわない限り、暴落は起こりにくく、私たちが検討しているようなリスクは杞憂に終わることになるのではないか。とはいえ、「歴史は繰り返す」ので、ドライパウダーの動向を引き続き確認していくことが重要だ。
――生成AIから防衛に投資資金が流れているという見方もある…。
中空 AI関連はやはりこれからも収益源で、魅力がなくなるわけではない。マネーはもうけられるところに動くということを考えなければいけない。株価が高い昨今は、その他の買い材料になるものが少なく、どの投資家も生成AI、半導体、少し視野を広げても宇宙、バイオあたりに投資せざるを得なかった。そのなかで各国が防衛予算を増やすようになり、明らかに防衛関連が有望だということで買いが集中した。これまで米国の株式市場は「マグニフィセント・セブン」が牽引してきたし、日本でも一部の大型ハイテク株が相場を押し上げてきたが、防衛関連をはじめ買われる業種が広がっていけば市場全体を覆うバブルの再来となるかもしれない。今の局所的なバブルは投資家が潤沢なマネーで有望な市場を買いつぶしているだけなのか、それが引き金となって本格的なバブルが訪れるのか、注視していく必要がある。
――日本市場は岐路に立っている…。
中空 まだいろいろな物事が現実化していないという感があるものの、2つの点において日本は良いタイミングにある。1つは春闘の賃上げ率が上昇しているということ。今年も上昇する可能性が高く、これで3年連続となり、金利の引き上げを久しぶりに見ていることだ。もう1つは、今の日本が変わり目にあるとして外国人投資家たちからポジティブに見られていることだ。私が会う外国人投資家たちは日本に対して強気で、「投資先の1位は(ボラティリティの高い)米国、2位は日本だ」と話している。今後、本当に日本の景気が良くなるかは不透明だが、そのような期待に応えるべく具体的な政策が取れるかどうかにかかっている。そのうえで課題としては、日本はまだ自分に自信がない。私たちは賃金が上がったことを単純に喜べず、「上がったのは若手だけ」「実質賃金はマイナスが続いている」とどうしても思ってしまう。ただ、よく考えると良くなっている点もあるので、それを利用していけば良いのではないか。加えて、私が日本に対して不満を抱いているのは、全体の底上げをしたいのか、一部の有望な対象を成長させたいのか、どっちつかずに見える点だ。どちらも必要だが、今は後者に焦点を絞り、「ここは日本が強い」という分野に投資して競争力を強化することがより重要だ。ここがうまくいけば日本も捨てたものではない。
――外国人投資家からトランプ米政権は支持されているのか…。
中空 実際に米国にお金が流れているかどうかは分からず、逆の話も聞く。トランプ氏の言動はあまりにエキセントリックで、世界の信用を集めるかと言われるとそうではない。ただ投資家の間では、トランプ氏の今後の政策に期待感があることも無視できない。現状では関税や移民など株に対してネガティブな影響をもたらす政策しか出ていないが、それだけで評価すると、これから米国の株価が上がる可能性を見逃してしまう。私がトランプ氏に関して強い印象を受けたのは、「ディープシーク・ショック」の時、「そんなに安く開発できるなら良いことじゃないか」と言ったことだ。これはトランプ氏の「米国がもうかれば良い」というシンプルな価値観をよく表している。米国の景況感が悪化し自身の支持率も低下してきている以上、今のマーケットにトランプ氏が満足しているわけがない。このため、今の「デトックス期間」が終わったら減税や規制緩和を打ち出すのではないかと見ている。恐らく夏ごろに新しく政策が出て米国株も上がり始めるのではないか。過度な楽観は危ういが、過度な悲観も必要ない。
――中国経済が低迷しているが、市場への影響は…。
中空 中国市場の暴落は起こり得ないと考えており、金融市場の人々が過度に心配する必要はない。25年は実質GDP成長率5%程度を達成できる見込みがあり、1月からスマホ購入の補助金などの政策を打ち出すなど政策的なサポートで消費を戻そうとする動きも顕著だ。中国の強みの一つはある政策をとるとその政策の効果が数字にきちんと出ることだが、顕著な成果が出ていないのは不動産市場の構造問題が尾を引いているためだ。大手不動産のみならず地方自治体などにも影響が波及したので簡単には回復しないが、中国が金融市場の足を引っ張るということまでには至らないだろう。とはいえ、実体経済目当てで日本から中国にビジネスに行く人たちにとってはまだ良い環境とは言えない。
――今後の注目点は…。
中空 ここまで話したように、世界中にリスクはある。私は今のところ、米国および米国株の先行きについて比較的ポジティブに見ているが、関税政策や移民政策の影響がブーメランのように米国自身を攻撃するのか、そうならずに済むのかはまだ分からない。自由貿易の枠組みを根底から覆して新たな枠組みができるのか、トランプ氏がどこを目指すのか、もう少し見なければいけない。ドイツやフランスについては、再軍備のため防衛費を増額することで、財政が弛緩して信用力が落ちていくと考えられる点は無視できない。中国市場も、暴落しないとしても、やはりリスク要因ではある。また、今は市場にお金があふれているが、引き締まってしまう可能性も出てきた。さらに、投資適格級(BBB格以上)からハイイールド級(BB格以下)に落ちるような「フォーリン・エンジェル」銘柄が増え、投資適格級とハイイールド級では投資家が変わることから、市場にはボラティリティが生じやすくなるかもしれない。そういった転換点がこれから来るかもしれない。それらのリスクを総合するとドライパウダーの動向、マーケットにある資金フローには特に注視していかなければならない。[B][L]