タナカグローバル
CEO
田中伸男 氏

――トランプ氏により米国が「パリ協定」から離脱した…。
田中 もう少し時間が経たないとわからない部分もあるが、米国の「パリ協定」離脱は世界に大きなインパクトを与えた。ただ、トランプ氏の言にかかわらず、環境リスクについては深刻に考えるべきだ。昔から温室効果ガス増加と地球環境問題との因果関係を疑う見方があるが、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」では、温室効果ガスの排出の増加によって温暖化や地球環境悪化が進んできていることは確かだとされている。昨今は数十年に一度の異常気象や自然災害が高頻度で起こっており、この状況が続けばより深刻な事態となる可能性が高い。ユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書の『サピエンス全史』で、他の種を絶滅させながら繁栄してきた人類が21世紀に人類自身を絶滅に近付けるリスクとして、核戦争、地球環境問題、人工知能(AI)の3つをあげている。コロナ禍ではたくさんの死者が出たことで伝染病に対する世界の認識が新たになったが、ウイルスは種の存続のために人類を絶やせない一方で、地球環境の悪化は人類を絶滅させるリスクがある。楽観視せず、積極的にリスクに備えることが重要だ。
――経済安保の観点からEUは中国製電気自動車(EV)などへの課税を強化している…。
田中 既にヨーロッパを中心に世界的に脱炭素の取り組みがビジネスになっている。各国政府の「ネットゼロ(温室効果ガスの排出量を全体でゼロにすること)」の宣言を受けて、メガテックや自動車メーカーなど、脱炭素をビジネスに組み込んでいるグローバル企業が増えてきた。それらの企業は脱炭素に取り組まない会社からは部品や素材を買わなくなっている。従って、米国政府が規制を緩めても、世界的なバリューチェーンで生き残ろうとする企業の脱炭素へのモチベーションは変わらない。そして、世界のリーダー企業の方針には日本企業も従うことになる。例えば、ソニーグループは既に、少なくとも米アップル向け製品については脱炭素の条件を満たさなければ取引できなくなっている。半導体関連企業が九州や北海道に工場を作る理由の一つは、風力・太陽光やCCS(二酸化炭素[CO2]回収・貯留)の敷地があることだ。自動車メーカーと取引のある鉄鋼メーカーも、脱炭素化が求められて試行錯誤している。このような状況の下、これからのエネルギーのトランスフォーメーションは、供給サイドがどういう電源、熱源を供給するかではなく、需要サイドがどういうものを使いたいかによって決まると言える。メガテックをはじめとした大企業が脱炭素化をやめることが考えにくい以上、各国は取り組みを続けるだろう。
――世界一CO2排出量の多い中国がEV市場を席巻している…。
田中 中国は安全保障戦略として脱炭素の取り組みを進めている。多くの国がネットゼロ実現の目標年を2050年に設定するなか、中国は2060年と宣言。EVの普及・拡大、鉄道網の整備、太陽光・風力・原子力発電所の建設などに取り組んでいるが、すべてあくまで国内の石油・ガス・石炭の需要を減らし、中東、ロシア、米国の資源にできるだけ依存しない体制を作るためだ。ある時、私は人民解放軍の元将軍と議論する機会があったが、彼は「われわれは地球環境のために脱炭素をやっているわけではない。国の安全保障のためだ」とはっきり言っていた。実際に中国の石油需要は減少しており、最近のデータでは、中国の石油需要のピークは2023年で、世界の石油需要もほとんどピークを迎えた可能性があると言われている。中国のEVへの投資は、ガソリン車ではドイツ製などと比べて競争力が劣ることも要因だったが、今では中国製EVはヨーロッパで大きな競争力を獲得している。中国の戦略はとても賢く、日本も真似しなければいけないと思う。地球環境も重要だが、むしろ国の安全保障のためにエネルギーポートフォリオを考えていくべきだ。
――脱炭素の取り組みをやめる資産運用会社も目立つ…。
田中 世界最大の資産運用会社ブラックロックをはじめ、ウオールストリートは完全にトランプ氏の言動を見て動いているが、トランプ氏との関係でリスクを抱えることを防ぐためにはやむを得ないと思う。ただ、これは理屈の問題で、国の安全保障のためにどこにカネを出す必要があるかという議論において、企業が地球環境ではなく安全保障のためにカネを出さなければいけないというルールをつくれば、同じところに違う名前でカネが行くことになる。トランプ氏や一部企業が「脱炭素」というワードを使いたくないとして、それを踏まえたうえで違う議論ができるのではないか。また、トランプ氏が「脱・脱炭素」をどこまで実行するかという点も慎重に見ていかなければいけない。例えば、トランプ氏はバイデン政権のインフレ対策法(IRA)が定めたCCS事業への補助を打ち切ることはできないと見られている。共和党支持者が多数を占める「赤い州」の多くは経済が疲弊しているが、石油・ガス・石炭が産出されCCSに活用できる広大な土地がある傾向がある。CCSは米国の石油・ガスメジャーのビジネスとなり、「赤い州」の経済を支えているのだ。一方、EVに対する補助金はやめるかもしれないが、中国の電気自動車はそもそも安いので、影響が小さい可能性がある。そういう風に見ていくと、そう簡単に世界の流れが変わるとは思えない。
――日本はどのような対応をとるべきか…。
田中 トランプ氏が「脱・脱炭素」を訴えている今がチャンスだ。私は、日本は率先垂範して脱炭素の新しいモデルを作るべきだと考えている。日本は、水素やアンモニアのサプライチェーンを作ることと、風力・太陽光・原子力発電を活用することで、できるだけ対外依存度を下げていくことが必要だ。そのうえで、国が補助をする、つまり国民が高い電気・ガス料金を支払う必要もある程度あるだろう。ゆくゆくはそれが世界標準になり、コストが下がっていくはずだ。
――脱炭素の新しいモデルとは…。
田中 液化天然ガス(LNG)の時と同じように、水素とアンモニアにおいて日本が世界初のサプライチェーンを作れば、これは大きな競争力になる。LNGの導入は、エネルギーの世界での日本の最大の貢献だ。かつて、天然ガスは石油と比べてCO2などの排出量が少ないことは知られていたものの、海上輸送は極めて困難でコストがかかるとされていた。しかし、東京ガス、東京電力が中心となって大規模な投資をして、船や液化施設、液体のガスを気体に戻すシステムを作り、1969年にアラスカからのLNG輸入が初めて実現。今ではLNGはコモディティとなり、韓国や台湾で導入され、ウクライナ戦争でパイプラインが止まったヨーロッパの窮地も救った。しかし、これから同じことをするにはハードルの高さもある。当時、LNGの導入という大プロジェクトが成功したのは、総括原価方式の下、基本的にすべてのコストを利用者に転嫁することができたためだ。ところが今、電力・ガスは自由化されている。経産省はGX債から水素導入の後押しに3兆円の補助金を出しており、やっていることは正しい方向だと思うが、3兆円では全く足りない。例えば、兆円規模の電力やガソリンの補助金をやめ、水素普及への投資に割り当てるぐらいのことをしないといけない。「日本が生き残る道はこれだ」と国民的理解を促し、国をあげて力を入れていく必要があると思う。
――原発の再稼働にも問題が多い…。
田中 福島原発事故に対するけじめがつけられていない。そもそも、東京電力に事故処理や柏崎刈羽原発の再稼働その他を任せることに無理がある。東電は原子力事業を売り出し、関西電力を中心とした原子力会社を作ったうえで、風力・太陽光の電力の調達も行う東西の電力の送電企業になるのが良いと思う。原発は、そのような電力市場の大改革とパッケージにしないとうまくいかない。東電も、それぐらいのことをしないと再生できないのではないか。また、大型原発はリスクやコストが大きすぎるという点で、データセンターや工場などの近くに建設する小型モジュール炉(SMR)の活用も検討すべきだ。脱炭素化においては、これまでのやり方にとらわれず、発想の転換が必要だ。[B][L]