金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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様々な策で都市競争の勝者に

久留米市長  大久保 勉 氏

――全国の自治体では財政難やコスト削減が課題として挙げられているが、久留米市の大きなテーマは…。

大久保 代々の市長や職員が規律を保って運営してくれているので、財政再建という心配はない。しかし、やはり少子高齢化、人口減少のこの時代に、いかに都市間競争で勝ち抜いていくかが今後の久留米市の課題だ。現代のネット社会で働く場合、仕事をする場所は必ずしも首都や大都市である必要はない。自分が住みたいところを選べるとなった時にポイントとなるのは、例えばスポーツが好きだったり、自然が好きだったり、刺激的な生活だったり、芸術性あふれる環境だったり、それは人それぞれだろう。そういった形で都市の競争力が出てくる。日本ではまだあまり馴染みがないと思うが、住む場所が変わることを厭わない、或いは、住む場所を積極的に変えていくという考えは、金融界、特に外資系や投資銀行、もしくはプロフェッショナルと呼ばれる人たちの間では多い。場合によっては職を変えることもあるし、20~30歳代に稼いで、40歳代で仕事をリタイアして好きなことをする人もいる。そういった考えの人たちが増えてきた場合に、居住場所として魅力ある市として久留米を選んでもらえるようになりたいと考えている。

――久留米市の特徴は…。

大久保 久留米市は医療の町と言えよう。極めて医療サービスが充実していて、例えば、救急車を呼んで病院に着くまでの平均時間は全国一短い。緊急病院の数が多いため、受け入れ困難で病院をたらい回しにされるというようなこともなく、そのため、心臓発作や脳卒中でも助かる確率が高い。優秀な病院がたくさんある背景には、久留米大学医学部がある。久留米大学はもともと九州医学専門学校として、ブリヂストン創業者の石橋正二郎とその兄徳次郎が敷地や公舎などを寄付して創設された学校だ。そして、その後も地元の財界の理解によってしっかり支えられている。

――アジアでブームになっている医療ツーリズムのように、久留米にも世界中から質の高い医療を求める人たちが来るようになれば良いと…。

大久保 実際に久留米市の医療ツーリズムは政策の柱の一つになっている。すでに一部の病院では外国人に対して色々な医療サービスを提供しているし、ふるさと納税では久留米市のお礼のひとつにPET検診もある。また、医療分野から発生したバイオ企業もあり、久留米には医療関係者、製薬関係者が多い。ただ、これから伸びる会社が圧倒的にIT関連だということを考えると、行政としてはゲーム、フィンテックなども含めたIT企業の誘致に力を入れたいと考えている。例えば、スタートアップ企業に対する支援を市で用意し、久留米で創業してもらうということも良いのではないか。

――地方税の優遇というような方法か…。

大久保 ベンチャーはそもそもまだ利益を上げておらず、地方税を優遇したところで魅力がない。そこで、市が広い部屋を借りて、そこに100戸程のブースをつくり、ベンチャー創業者たちのために安い月額で提供することを考えている。ベンチャーであるが故に、多くの企業は成功しない可能性もあるが、そのうちの1社でもIPOすればそれは大きな影響があるだろう。これは、全国の地方都市に共通した問題だと思うが、駅前や中心部は非常に寂しい状態になっている。その理由は、車社会の地方では国道沿いや広い駐車場のある郊外にショッピングモールが出来て、そこに人が集中するからだ。シャッター街となった中心部に人を集めるといった意味でも、車がない人には便利で、福岡市までの交通の便も良い。大阪までも新幹線でたった3時間弱だ。ビジネスに対して理解のある久留米市というイメージをしっかり発信して、これから、もっともっと若い人や外国人を集めていきたい。

――アジア各都市までの距離も九州からは近い…。

大久保 福岡は明治以降、炭鉱に始まり鉄鋼へ、久留米の場合はゴムと、日本の近代化を支えた産業の集積地であり、関東、中京、関西にそれほど引けを取らない地域だ。また、福岡空港―上海間と福岡―東京間の距離は同じで、福岡―北京間と福岡―札幌間もほぼ同じ、さらに言えば、福岡―プサン間と福岡―広島間も同じでアジア各都市へのアクセスが大変良い。中国から福岡には3~4000人を乗せたクルーズ船が今でも年間50隻以上来ている。東京から中国を見る感覚と、福岡から中国や台湾を見る感覚はずいぶん違うと思う。そういう意味でも、久留米市はもっと競争力のある地域になれると信じている。

――実際に久留米には、アジアからの観光客も多いのか…。

大久保 観光に関してはまだ少ない。博多の中心部は韓国語や中国語が飛び交っていたり、コンビニエンスストアの従業員がほとんど外国人だったりするが、久留米市の場合は住民30万人のうち5~6000人程が農業研修生やその他、技術研修生、留学生として居住している。実は久留米は福岡の中でも一番の農業生産高を誇っている。野菜を作って3億円を売り上げている農家もある。そして、そこに生ずる人員不足の問題を農業研修生制度という形で補っている訳だ。農業の形は昔の三ちゃん農業(働き盛りの男性がおらず、おじいちゃん、おばあちゃん、おかあちゃんで行う農業)から変わってきていて、今は若い人が経営者となり、IoTやAIを使ったアグリテックを進めている。何を作るか、需給の予想、種をまく時期など、今後、農業とテクノロジーの融合は欠かせない時代になっており、鹿児島銀行をはじめ、九州一円の地銀も農業を新しいマーケットとして捉えている。そういったことを踏まえても、久留米市は農業も基幹産業になりうると考えている。

――IT企業の誘致や農業の近代化を進めていくために、具体的にやるべきことは…。

大久保 マネージメントする際に一番リスクを減らす方法は、成功事例を真似ることだ。久留米市役所は働き方に関してITの利用が遅れていることを感じるため、民間のIT文化を導入する文化を取り入れて生産性を上げていくべきだと考えている。もちろん反対勢力や課題もある。民間と役所は違うという考え方や、安全性の基準といった特殊な部分、そういった問題をひとつずつ解決しながら進めていかなければならない。一番難しいのは、生産性が上がったときに、解雇できない公務員をどのように配置転換していくかだが、それは時間軸を長くしてゆっくり解決していきたい。民間企業の知恵を借りながら、小さい実験を重ねて微調整していけば、お役所仕事でよく揶揄されるような、「仕事が遅い」「痒い所に手が届かない」といったこともなくなり、「久留米市役所は民間的なスピード感や柔軟性があるね」と評価してもらえるように変わっていくだろう。

――評価が高くなれば高くなるほど色々な企業が集まってくる…。

大久保 同時に、住みやすくなることで人口も増え、活気が出てくるだろう。また、市にとって重要だと考えられる企業に対しては、リレーションマネージャー的な機能を持たせたい。例えば、市の税収や雇用に貢献しているゴム産業や医療関係の会社がそうだが、そういった会社には専門の担当者あるいは部署を設けて、全てのことについて、市と企業が密に対応できるような仕組みを作っていきたい。安倍政権は地方拠点強化税制を進めている。そういった観点からも、例えば、久留米出身のブリヂストンのような会社が本社機能の一部を久留米に戻すことで、減税になるといった、会社にとっても悪い話ではなく、株主にとってもROEを上げられるようなアドバイスを、市の職員が提供し、さらにそれを実現するための経済産業省や福岡県商工部へのコンタクトまで市が率先して動くといったこともやっていきたい。企業に勤めたことのない職員にはなかなか難しい部分もあると思うので、場合によっては、民間企業の有識者を中途採用したり、若手をそれらの経験者の下につけて長期間かけて養成していくなどしていきたいと考えている。

――最終的な抱負を…。

大久保 私は「住みやすさ日本一」を公約に掲げて選挙戦を勝ち抜いた。住みやすければ福岡都市圏を中心に全国からの移住者も増え、人口が増えれば市の財政課題も解決する。何もしなければ少子高齢化で財政負担も増えるだけだ。本当に住みやすい久留米市にするために、子育て支援、教育水準のアップ、医療の充実、文化・芸術施設の充実などに力を入れていく。今、全国各都市でコンパクトシティとして駅周辺に家を集めるような構想も広がっているが、それは国や市が強制することは難しいので、税制面などのインセンティブで世代交代をしながら、30年程度の長いスパンで進めていく必要がある。短期的には、福岡市から30分の久留米市を、「都心に近く、自然も豊富な、福岡新都心。」として位置づけていきたい。(了)

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