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決済の迅速性など『通貨』の課題

早稲田大学 大学院  経営管理研究科 教授  岩村 充 氏

――先生は日銀に勤めておられた…。

岩村 システムというのは、可能な限り軽いものの方が良い。それは、通貨の発行者である中央銀行システムについても当てはまる。中央銀行が、いろいろな機能を抱え込み、いろいろな責任を背負い込むのは、長い目で見て通貨を不安定にし、また世の中のためにもならない。通貨当局というのは、自分が責任を負うことができることだけにきちんと責任を負えばいいのだ。通貨価値の将来などについても、それを予見可能にして公平なものにすることが大事だ。毎年2%のインフレーションを展望するのが悪いとは言わないが、その場合には基本的に2%の名目金利が同時に実現していなければ、金融システムは公平なものにならない。経済成長が見込めるのなら金利はもっと高くなければいけない。そうした素朴な公平が守れなければ、世の中の人々は、最後には、そうした中央銀行のあり方を否定してくるだろう。そもそも、私は、裁量的な金融政策運営は最小限であるべきと思っているし、それは日銀から離れて20年を経た今でも変わらない。

――仮想通貨の問題点が浮き彫りとなっているが…。

岩村 どんなシステムでも失敗はある。出来の悪い事業者が運営していればなおさらだ。仮想通貨が盗まれて大変だと言われているが、それは仮想通貨自体の欠陥ではない。現金というのは、管理が悪ければ盗まれることもあるし、紛失することもある。だが、それは現金の発行者の責任ではないだろう。盗まれた仮想通貨が戻ってこないのは可哀そうだとも言われているが、当局の一声で盗まれた財産が戻ってくるような仕組みというのは危険な仕組みでもある。ときの権力者に睨まれたら消えてしまうような現金など危なくて仕方がない。現金というのはそういう性質を持つもので、盗まれたら犯人に返させない限り返ってこないということは、現金の最も基本的な性質の一つだ。自由というのは痛みを伴うということを忘れないほうがいい。仮想通貨が盗まれた、だから仮想通貨はない方が良いという発想自体、おかしなことと言える。

――ビットコインの本質は何か…。

岩村 私は4年程前にビットコインについて「出来が悪い」とコメントしたことがあった。ただ、出来が悪いという言い方の真意は、ビットコインそのものは幻想ではなく、ちゃんと中身はあるということでもある。その当時から私が言い続けてきた、ビットコインの価値というのは、経済的にはその生産費用だろうという考え方は、もはや「定説」みたいなものとなってしまったようだ。ただの数字に何の価値があるのだろうとの意見もあるが、それは金や銀についても同じことだろう。金というものに値段に見合うほどの用途があるとはまったく思えない。トーマス・モアは、『ユートピア』の中で、金は便器にしか使えないというお話を書いているが、共感する人も多いだろう。ビットコインについて言えば、それはまったく役に立たず、単なる貨幣でしかない。金だって潰せば金貨になり、銀だって潰せばスプーンになる。銀行券というのは貨幣としてしか使えないが、マイナス金利である今は投資の対象程度にはなる。国債はプラス金利の時代においては貯蓄の対象だし、ある程度の決済手段としても使える。一方、ビットコインは持っていて利子がつくわけでもなく、投機でしか値段は上がらない。通常、金融資産というのは持っていると、資産という権利の対象つまり株を発行している会社や借金をしている人が働いてくれて、その利益の分け前を与かることができる。株でも国債でも本質はそうだ。そういう観点でビットコインは金と同じくらいくだらないものだといえる。貨幣というのは本来くだらないものなのだ。

――仮想通貨は安定が求められているが…。

岩村 ビットコインの価格を安定させるには、いわゆるディフィカルティ調整をやめればいい。ようするに難度調整プロトコルのルールを少し変えるだけで価格は安定する。この点、「仮想通貨は投機の対象にしかならない」とか「通貨の資格はない」と言っている人々は技術というものに対する理解が浅いのではないか。ただ、サトシ・ナカモトなるグループが最初から価格が安定するような通貨としてビットコインをつくるべきだったのかというと、そうではない面もある。最初の頃のビットコインの値段は100分の1セント程度に満たないほどだったそうだが、もしビットコインの価格が最初から安定しているようにつくられていたら、今でもずっとその100分の1セントに満たないままで、誰も注目しなかっただろう。私は、遅かれ早かれ、今の仮想通貨たちのなかから、いわゆる「フォーク(ブロックチェーンの分岐)」によって、価格を自動的に安定させるような仮想通貨が生まれるのではないかと思っている。

――決済コストが安いという理由で注目されていたようだが…。

岩村 決済コストが安かったのは、マイニングのコストが仮想通貨の時価総額に算入されているからだ。ビットコインは基本的に安上がりのシステムなんかではない。また、決済コストの安さの背景には、10分間という大きなブロック単位で決済をしているからでもある。決済をもっと早くしようとすれば、それは技術的には可能なはずなのだが、そのためにはそれなりに仕掛けが必要になるだろう。ただし、競争型のマイニングに頼るビットコインのような通貨システムが、そうした即時性を追っかけるのが良いかどうか、そこには疑問もあると私は思う。

――ビットコインの特色は分散型というところにあると聞くが…。

岩村 ビットコインのおもしろいところは、司令塔も株主もいない分散型の仮想レッジャーで通貨システムとして機能するものをつくってみせたことだ。もちろん、それがシステムである以上は、管理コストはゼロではない。それをマイニングというかたちから得られるようにしたところが、ビットコインが創造的であることの理由だ。どちらかと言うと、理科系的でなく、アダム・スミス的、つまり経済学あるいは商売人的な発想だ。

――遅延型ということの実際的な問題点は何か…。

岩村 遅延型決済のシステムなので、それを快適に使うためにはポジションを持った「業者」の介在が必要になる。1時間経たないとファイナリティが得られないビットコインは、ポジションを持つ業者がいなければ、少なくともソーダやハンバーグを買うのには使えない。だから、取扱業者が必要なのだ。それなのに、その業者を「取引所」などと呼んで、便利さをもてはやしていた人の責任は否定できないと思う。これは業者たちの責任というよりも、メディアの責任ではないだろうか。

――業者を取り締まるルールを持っていなかったのがいけなかったのか…。

岩村 取り締まるということは責任を持つということでもある。何がいけなかったのかと言えば、責任を持つという意識が希薄なまま、新産業の振興とかフィンテックの後押しというような感覚で法律を作って、実はどんな責任を当局が負うのか、それが良く整理されていなかったことだろう。ただ、今起こっているのは、不適格な業者がいたという程度の話だ。たとえ話をすれば、警備が甘くて金庫の中身が盗まれた銀行があったという程度の不適格だ。そういう話まで大騒ぎすることはない。それは新聞の社会面ネタなのではないか。リスクと言うのは常にあるものだと考えていなければならない。

――仮想通貨の課題は何か…。

岩村 仮想通貨の側の人の課題は、もし彼らが「通貨」の供給者であり続けたいのなら、その価格のボラティリティを修正し、決済の遅延性を改良することだろう。価格に予見性が高まれば、仮想通貨での信用創造が可能になるし、遅延性が修正されれば「業者」ポジション持ちに頼らない自己責任型の通貨、つまりデジタルベースの現金になれる。一方、世の中としての課題は、仮想通貨の無国籍性から、二つの国、たとえば米国と中国のような大国が、特定の仮想通貨の移動や保持について、それぞれに矛盾した要求を持ち、それを強制しようとしたときにどうするかということだろう。たとえば、特定の人やグループによる仮想通貨保持につき、中国とロシアはそれが反政府勢力のものだから無効にすべきだと主張し、米国と西欧は反政府勢力というのは現政権の見方で、それは正当な人権主張勢力でもあるのだから無効にすべきでないと主張するような対立が起こったとき、それをどう調整するかというような話である。中国も米国も仮想通貨を記録するブロックチェーンの運営者やマイナーたちに影響力はあるだろう。だから、そうした対立は武器を使わない戦争になってしまう可能性があるわけだ。今の仮想通貨は程々の匿名性があるので、そういった意見対立が表面化していないようだが、たとえばマネロン対策だなどと言って仮想通貨取引の完全追跡ができてしまったりすると、それで「パンドラの箱」が開くような騒ぎが始まるかもしれない。それも承知でG20などという場で話し合おうというのなら私は興味津々である(笑)。

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