国家公務員共済組合連合会
理事長
松元崇 氏

――国家公務員共済組合連合会(KKR)の運用規模は…。
松元 現在、KKRの運用規模は約11兆円で、厚生年金約10兆円、退職等年金給付積立金約1兆円からなる。地方公務員共済組合連合会(地共連)の運用規模35兆円などと比べると規模が小さいのは、地方公務員と国家公務員の職員数の差による。運用の8割強がパッシブ運用で、内外株式・債券の4資産に25%ずつ配分するという、公的年金の積立金を運用する4つの管理運用主体(KKR、年金積立金管理運用独立行政法人[GPIF]、地共連、日本私立学校振興・共済事業団)で共通するモデルポートフォリオで運用している。モットーは、「安全かつ効率的に」運用するということだ。われわれは運用リスク管理システムを整備しているほか、平成12年度の制度改正を受け外部の有識者で構成される「資産運用委員会」を設置しており、同委員会には年5回ほど運用状況を報告してさまざまなご意見をうかがっている。この5年間の運用成績については、株式は堅調だったが、金利が上昇してきたことで国内債券は弱含みだった。とはいえ、全体的には非常に成績が良く、財政検証ではお墨付きをもらっている。今年は5年に一度の財政検証を行う年で、今年度中に4機関でポートフォリオを見直し、来年度から新しいモデルポートフォリオとなる。
――「アセットオーナー・プリンシプル」を受け入れ改革を進めている…。
松元 まずは組織づくりのため、CIO(運用担当責任者)をつくろうと財務省に予算申請をした。現在は専務理事が担当役員だが、新たにCIOを設置することで運用担当責任者の権限を明確化し、機動的に対応できるようにすることが目的だ。自前の資金運用規模も、2倍3倍とは言わないが、少しずつ大きくしていきたいと考えている。現在、運用担当者は30人程度で、委託ファンド数は30超ある。委託社数はそれより少ない。4資産のうち、国内債券だけアクティブファンドは一つもない。国内債券の半分が財投預託金であり、残りをアクティブ運用にすると機動性が失われるためだ。委託先の選定には「マネジャー・エントリー制」を活用している。エントリーしてもらったファンドを契約候補としてリストアップしたうえで、特色や運用成績の確認やミーティングを通じて評価し、必要に応じてファンドを入れ替える仕組みだ。
――改革の一環としてオルタナティブ投資を拡大している…。
松元 KKRは従来、ポートフォリオのなかでも財投預託、つまり国内債券の割合が最も大きいという特色があった。次いで内外株式、外債の順の割合で運用してきたが、財投預託金がだんだん償還期限を迎えるのに従って、令和4年ごろからモデルポートフォリオと割合がほぼ同じになり、投資対象の多様化が進んできた。そのようななかで、従来あまり行っていなかったオルタナティブ投資の積立金残高1%の上限を5%に切り上げた。これはGPIFなど他の運用主体と同等の割合だ。実際に投資対象に占める割合はまだ0.2%程度だが、今後5年間でまずは1%程度を目指していきたい。知見はまだこれからなので、そこはよく見極めながらやっていく。
――組織として注力していることは…。
松元 実務的には委託先の管理に重心を置いている。成績の良し悪しや、想定外の動きがあるかどうかをモニタリングしている。ファンドが「こういう時は悪いだろう」と予測していた時に悪い分には大きな問題はないが、想定外の動きには注意が必要になる。また、個別企業に対して注文を付けるということはないが、何か大きな動きなどがあれば日々委託機関と連絡をとるようにしている。われわれはスチュワードシップ活動を実施しており、例えば昨年下期の半年間には、ジャニーズおよび宝塚歌劇団でハラスメント問題が発覚したことを受け、どのような対応を取っているか各ファンドに毎月ヒアリングした。われわれが良し悪しの価値観を伝えるということではなく、テレビ局等の関係者とどうコミュニケーションを取っているかなど、投資家としての社会的責任への考えを各ファンドに問うた。われわれは、パッシブ運用が中心とはいえ運用規模が大きく、社会的責任も相応にある。その運用を通して企業価値が高まれば、国民全体の資産増加につながる。そのような観点から、委託先がそれぞれ運用投資先から聞いたいろいろな話を間接的に聞き、マーケット全体としてのあり方を考えることとしている。
――投資家の社会的責任が意識されてきている…。
松元 社会的責任の問題であると同時に、われわれのリターンに繋がる話でもある。宝塚歌劇団の親会社は鉄道事業が主体のため影響が小さかったが、仮にエンターテイメント事業が主であったとすれば、業績や株価に多大な影響が出ただろう。また、そのような意味では、SDGs関連は判断が難しい。ファンドに対しては脱炭素やSDGsについてもヒアリングはするが、ガバナンスなどに比べると必ずしもわれわれの収益に与える影響は明確ではないため、慎重な聞き方になる。社会課題の解決は運用機関の直接の目的ではない。ケインズの「投資とは美人投票みたいなものだ」との言があるが、市場において環境分野が今後成長するという見通しになれば、そこに投資するという判断はあり得る。しかし、「自分はこの人が美人だと思う」という判断で進めることは、「安全かつ効率的に」という目的の下では正しいとは言い切れない。
――ボラティリティが高いマーケットになりつつあるが、今後の運用については…。
松元 金利が上がったことで一喜一憂する必要はない。経済の体温が高くなれば金利が上がり、経済の体温が上がらなければ金利は上がらない。金利が上がればもちろん、債券が下がる一方で株は上がるなど上がり下がりはあるが、ポートフォリオを組んでいるので全体として経済の体温が高くなっていけば全体の資産の価値も上がっていくだろう。また、われわれは為替をヘッジしていない。日本の民間銀行はヘッジしているところが多いが、公的年金機関はどこもヘッジしていない。円安のメリットを受けられないためだ。米国の金利が上がって債券が下がっても円安となれば、逆にプラスになる。ポートフォリオを組んでいることが「ヘッジ」になるので、それにプラスアルファでヘッジしてもヘッジの意味がなくなってしまうというイメージだ。ただ、「円安で良くなりました」というのは決して喜ばしいことではないと考えている。資産運用で言えば資産が増加することは多いに結構だが、円安になるということは日本経済の実力が下がったということで、長期的に見ると全く良いことではない。いずれにしても、落ち着いて自然体でやっていけばいいのではないかと思う。
――理事長としての抱負は…。
松元 日本もそれなりに豊かな国になって国民が資産を持つようになった。その資産が「安全かつ効率的に」運用され、国民に配分されるのは良いことだ。私の抱負は「安全かつ効率的に」と言うことに尽きる。そのうえで、効率的な運用というのはモデルポートフォリオに従うことである程度達成されていると考えている。昔、大蔵省(現財務省)の証券局で勤めていたことがあるが、当時は「銀行よさようなら、証券よこんにちは」と言われていた。どちらが「さようなら」で、どちらが「こんにちは」ということではなく、直接金融と間接金融とのバランスを取った投資が重要だと考える。一番ものを分かっているのは現場の人間だと思うので、理事長として、そのようなことも含めて広い視野を持つようにしたい。[B][L]