衆議院議員 安藤 裕 氏
――「日本の未来を考える勉強会」で、経済財政政策に関する提言を行われた…。
安藤 税理士として中小企業の経営をつぶさに見てきた経験から、政府の公共事業削減が景気に与える悪影響は肌で感じている。政府が支出を減らせば世の中の仕事が減少することは当然であり、公共事業の削減を喜んでいるべきではないと前々から思っていた。景気が悪い時に政府も支出を削れば民間を含めてお金を使う主体がいなくなるわけで、いつまで経っても景気が良くなるはずがない。今回の提言では、景気が悪い時には政府がお金を使い、逆に景気が良い時には政府が支出を絞るべきだという極めてシンプルな主張をしているわけだが、日本では過去20年にわたってこれと真逆の政策が実行されてきた。これは政府の責任であり、この間違いを反省すべきだ。
――消費増税に対するお考えについては…。
安藤 政府は2019年10月に消費税率10%への引き上げを予定しているが、消費増税が経済に負の影響を与えることは明らかであり、これを敢えて実施する必要は全く無い。消費増税を当面の間凍結するだけではなく、むしろ税率を引き下げた方がいいと考えている。アベノミクスが一定の成果を収めたとはいえ、5年が経過してもなおデフレ脱却宣言が出来ていないということを踏まえると、そろそろ政策を見直す時期なのではないか。政府の財政支出拡大がその方策の一つだ。
――具体的には、どのような分野に対する財政支出を拡大していくべきか…。
安藤 様々な分野があるが、まずは国土強靱化が大きな柱の1つとなる。国土強靱化は自民党が政権を奪還する際の主要政策だったはずだが、取り組みがほとんど進んでいない。巨大災害のリスクに常にさらされている日本にとっては国家の存亡にも関わるテーマでもある。対策を全く行わなければ、東京への一極集中が加速している現在、首都圏に大規模災害が発生したときには、日本経済が再起不能となるくらいの大きなダメージを受ける恐れがある。また、新幹線や高速道路といった交通インフラの強化も重要だ。インフラは経済活動の源泉であり、インフラが整備されていない地域には民間企業も進出しない。高速道路に関して言えば、きちんと整備されていなければ災害発生時に救助に向かうことすらも出来ない。「命の道」を整えておくことは決して無駄遣いではない。
――この他に対策が必要な分野は…。
安藤 港湾の整備も重要だ。日本は世界最大のコンテナ船を製造することが出来るが、そのコンテナ船は大きすぎて日本の港に入ることが出来ないため、わざわざ韓国の釜山港で小さい船に積み替えているのが現状だ。世界有数の経済大国としてみっともないと言わざるを得ない。日本は過去には世界最高水準のインフラを確かに持っており、だからこそ世界第2位の経済大国となることが出来た。ただ、公共事業を削減するのは良いことだといって投資を控えた結果、インフラの水準は中国や韓国に抜かされてしまった。インフラの2流国は経済の2流国であり、日本は思い切った投資を通じて1流の経済大国を目指すべきだ。
――提言書では、科学技術分野への投資の強化も盛り込まれた…。
安藤 科学技術分野もこれまで支出が削減され続けてきた分野の1つだ。日本の大学は国際間競争で苦戦しており、世間はこれに対して大学の努力が足りないと批判しているが、この根本原因が財務省による大学への運営交付金削減にあることは明白だ。財務省は国立大学の法人化を推し進め、自分たちで必要な資金を稼ぐように仕向けているが、この結果として研究者は不向きな金集めに奔走せざるをえず、長期の研究に腰を据えて取り組むことが出来なくなってしまっている。研究者の雇用の短期化も進んでおり、こんな環境では将来のノーベル賞学者は生まれてこない。むしろきちんと科学技術予算を手当てし、「お金の心配をしないで研究に専念してくれ」というメッセージを出すべきだ。しかも、我々は莫大な額の予算をつけろとは言っておらず、元々の水準に戻せと主張しているに過ぎない。
――企業経営でもROEが重視され、内部留保が積み上がっている…。
安藤 短期利益の追求や株主資本主義は基本的に間違っており、ROE経営についても脱却することが必要だ。企業が稼いだ利益は従業員に適切に還元されるべきで、利益が分配されなければ個人消費は一向に良くならない。日本経済は米国型の資本主義を取り入れすぎておかしくなっている。2015年からは企業統治の指針を示すコーポレートガバナンス・コードが導入されているが、これも見直さなければならない。例えば、社外取締役についても必要だったら導入すればよいという程度の話で、複数名の設置を義務化するというのは筋違いだ。社外取締役についても米国が先行して導入してきた制度であり、私としては経営者の報酬を上げるための言い訳にしか過ぎないと思っている。
――歳出を拡大する一方で、財政健全化に対するお考えは…。
安藤 基本的に自国通貨建ての国債がデフォルトすることはあり得えず、もちろん日本も自国通貨建てで国債を発行出来ている。それでは、一部で懸念されている「財政破たん」とは具体的にどのような事態なのだろうか。それが分からないにも関わらず、財政健全化が必要だという議論を行うことは間違っている。この財政破たんに関する勘違いが日本の一番の問題だ。政府が借金を重ねるということは、つまりその分国民の資産が増えるということをよく理解しておくべきだ。
――予算拡大の具体的な規模については…。
安藤 「日本の未来を考える勉強会」の提言書では、政府と民間を合わせたネットの資金需要がGDPの5%程度となる状態の持続を目指すこととしている。資本主義においては、誰かが負債を拡大しないと経済が成長しない。デフレの時代に景気が良くなかった理由は、政府が資金を民間から吸い上げていたためだ。民間がお金を使わない時に政府が借金を膨らませ、逆に民間が借金を膨らませているときには政府が支出を抑制するようにすべきだ。日本において600兆円経済を実現するためにはまだ財政支出が足りないため、毎年の当初予算からきちんと規模を拡大していく必要があるだろう。今年度の一般会計予算は約97兆円だが、これを110兆円や120兆円といった規模まで増やすべきだ。名目で3%程度の経済成長を目指すのであれば、当初予算も3%程度ずつ拡張させていくことは不可欠だ。
――投資拡大はよいが、無駄な公共施設が作られるリスクは…。
安藤 必要なインフラに投資をする一方で、最初から需要が無いものを作ってはいけないということは大前提だ。そのためには、きちんと事業内容を精査する人は必要になるだろう。会計検査院による支出のチェックはどうしても後付けになってしまうため、予算編成の段階で前もって事業の必要性などを判断することは重要になると考えている。ただ、これまで「無駄遣いを減らす」とのスローガンの下で予算が削減され続け、本当に必要なものすら作られていないというのが現状だ。投資の費用対効果を問う声もあるが、費用対効果を考えていたら東京にしか投資はできず、地方は疲弊するばかりだ。
――民営化を推進して小さな政府を目指すとの考えについては…。
安藤 基本的には間違っていると考えている。赤字の仕事は公だからこそ引き受けられるわけで、民営化を進めれば赤字の仕事を誰もやらなくなってしまう。また、民営化で業務を効率化できるというが、効率化するということは何かを切り捨てるということにほかならない。例えば、JR北海道は民営化当初に路線を廃止しないと説明していたが、結果的には赤字路線の廃止を進めている。阪急電鉄の創業者である小林一三は、田舎にまで線路を敷設するとともに、周辺の土地を買い集めて開発して財を成した。今の阪急沿線は有数の住宅地であり、産業の集積地になっている。積極的な投資が地域を発展させた好事例である。また、福祉や社会保障も政府がやらなくてはならない大切な仕事である。安心して人々が暮らすことができる社会を構築するためには、社会保障は消しておろそかにしてはならないし、民営化してはならない部分は確実にある。そのような事業が切り捨てられてはならない。