新宿経済研究所
代表社員社長
岡本修 氏
――9月に企業会計基準委員会(ASBJ)がリース取引に関する新しい会計基準を公表した…。
岡本 今回のリース会計基準見直しは、借り手が原則すべてのリースについて貸借対照表(B/S)に資産計上することが柱だ。これまでの基準では、リース取引はファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類され、オペレーティング・リースについてはオンバランスが要求されず、支払ったリース料のみを損益計算書(P/L)に計上すれば良かった。新基準では、借りている資産の価値を見積り計算してB/Sに計上し、リース期間などを耐用年数として減価償却する必要がある。また、支払いリース料は利息の支払いとリース負債の返済に区分して計上する必要がある。そして、この減価償却のロジックで出てくる額と支払リース料の額はリンクしない。実務に配慮して、300万円以下の少額リースや12カ月以内の短期間のリースに関しては今まで通りの処理が認められてはいる。新基準は27年4月1日以降開始する事業年度から強制適用となる。
――処理が複雑になり、実務負担が増えそうだ…。
岡本 今ファイナンスリースと呼ばれている、中途解約できず実質的にお金を借りて固定資産を購入しているのに近いリースについて言えば、負債・資産を認識することは会計処理としてやっても良いと思う。しかしながら、リースには別の側面もあり、一概に金融取引で固定資産を買っていると決めつけるのは短絡的なのではないか。企業がリースを使う理由の一つに、支払いが高くなっても常に最新の機械や設備を使い続ける方が良いというニーズがある。利用者の立場からすればモノではなくサービスを買っているわけで、この場合、従来の計上方法の方が経済実態に合っている。リース会社としても、モノを貸すリースにおいては、最新の機種をスピーディーに普及させることや、リース期間が終わったものを回収して中古品市場に流すことができるというメリットがある。
――今回の改正の意図とは…。
岡本 私は今回の見直しの内容に賛同しないが、もしきちんとした理屈があるのならば改正して良いと考える。ところが、ASBJの原文を読むと、「なぜ」に当たる部分が「IFRS(国際財務報告基準)ではこうなっているから」とある。IFRSを一種のスタンダードとして無条件に受け入れているように見え、合理的な理由がよく分からない。週刊誌『経営財務』の記事などでも同様の説明だ。「リース取引はすべてオンバランスにすべきだ」という考え方自体は会計学の世界に昔からあるが、もしそのような理屈なのであれば、それを前面に出すのが筋だ。もちろん良い会計基準であればどこの国の基準であろうがそれを使うべきだし、会計基準を世界で単一の高品質なものに変えていこうというプロジェクトが進行しているとすれば良い話だが、現実はそうなっていない。日本は独自の会計基準を採用しているのだから、ASBJは「あるべき論」をちゃんと議論し、むしろ「日本はこうやっていますが、IFRSではやっていないんですか?」というスタンスでも良いのではないか。ASBJとIASB(国際会計基準審議会)は07年に会計基準のコンバージェンスの加速化に関する「東京合意」を取り交わしたが、私はその時からずっと、ASBJのコンバージェンスの方針に対してそのような疑問を抱いている。
――IFRSにも問題点がある…。
岡本 もちろん日本の会計基準も完璧なものではなく、矛盾も多々あるが、IFRSにおいてそれが解消しているかというとそのようなことは全くない。IFRSの一番大きな問題点がIFRS第9号「金融商品」だ。金融機関のなかでIFRSを会計基準として採用している会社は、ホールディングなどで間接的に影響を受けている企業を除き、銀行単体としてはゼロ社だ。これは、IFRSは日本基準と比べて金融商品会計が遥かに複雑だからだ。例えば、有価証券の会計について、日本基準では保有目的で分けたうえで「純資産直入」という処理をする。これは有価証券の時価変動による差額をP/Lに計上しないものだ。しかし、IFRSでは、まず金融商品の種類によって入り口を分け、それぞれ時価評価、原価評価をして処理しなければならない。
――なぜそれほど複雑なのか…。
岡本 この基準が生まれた1つの原因はリーマン・ショックだ。当時、「時価評価をしたら損が出て倒産する企業が増える。時価会計を止めよう」という議論が出た。しかし、時価会計を止めるのはやはり問題だということで、「時価会計は止めずに差額の部分の扱いを変えよう。時価会計を止めるか続けるかを選べるようにしよう」という動きがあった。金融危機への不安を拡大させたくない当時の金融規制当局なりのオペレーションだったのだとは思うが、まさに「合法的粉飾」だ。私は、このようにIFRSでは恣意的かつ政治的な基準変更が頻発しているのではないかという疑念を持っている。ちなみに、08年10月のIFRSの基準変更を受け、同年12月に日本基準において、売買目的有価証券の区分で買った債券を時価会計しなくて良い満期保有債券に途中で振り替えることができるというルールが突然導入されるといったこともあった。
――ほかにも政治的な理由で分かりにくくなっている箇所がある…。
岡本 IFRSだけでなく米国基準にも共通する問題点だが、「包括利益」が難解だ。当期純利益に含まれない時価変動と当期純利益を合計してとらえる概念で、日本基準もIFRSを受けて導入しているが、多くの人にとってなじみがないだろう。どうして包括利益という概念ができたのかと言えば、やはりIFRSの政治的妥協の産物だ。時価変動が激しい有価証券は原価でなく時価で把握した方が良いという考え方は昔からあったが、わが国ではこの時価会計の考え方を取り入れた金融商品会計が99年に制定された。しかし、有価証券の時価変動による差額を当期利益に入れると、有価証券で大幅な利益や損失が出た時に通常の売上をかき消し、財務諸表の作成者も利用者も困ることになる。そこで、当期利益の合計と純資産の部の変動を一致させるために、当期利益の外に包括利益という概念を作り、包括利益計算書を作ることになったという流れがあった。しかし、現実問題として普通の財務諸表利用者は包括利益など見ていない。IFRSを策定する国際会計基準審議会(IASB)は常々「財務諸表利用者のために」という言葉を使うが、基準を作る人のための基準になっているように見え、首をかしげることがある。話は変わるが、この点、日本の監査業界にも内輪でしか通じない価値観があるように感じている。例えば、日本の監査業界で本来マーケットの全員が理解できる用語を作らなければいけないところが必ずしもそうなっていないのは、そうした恣意的な価値観の表れではないかと思う。
――複雑とはいえ、IFRSを採用する企業は増えてきている…。
岡本 商社や医薬品メーカーなど巨額の研究開発費が必要になる業態ではIFRSを採用する企業が多い。なぜIFRSを採用する企業が日本でこれほど増えたのかと言えば、企業活動の国際化や会計基準の透明性向上などいろいろな説明がなされるが、企業の本音はのれんを償却しなくて良いためというところだろう。のれんとは、M&Aの際に買収する企業が買収される企業に、ブランド力や技術力などの企業価値を踏まえて純資産を超える金額を支払う時の差額を指す。のれんは、日本基準では20年以内に償却することになっている一方、IFRSや米国基準では非償却となっている。
――日本基準がのれん償却を義務付けている理由は…。
岡本 旧商法の時代の名残だ。当時は債権者保護が重んじられて保守的に基準が作成されていた。債権者にとって企業に貸した金を回収する手段はその企業の財産しかないため、そのころの基準はできるだけ財産が社外流出しないように作られており、ブランド力などの企業価値は実態のない得体のしれないものとしてとらえられた。当時はのれんがあると配当に制限がかかるというルールも存在し、経営者としてものれんはできるだけ早く償却してしまいたいというインセンティブがあった。その考え方が今でも根付いているのだと思われる。また、のれんは測定が難しい資産のため、償却して早めに消した方が良いという保守的な考え方の人は今もいる。私自身も、企業価値は絶えず変わるので、一時点で計上したのれんをいつまでも置いておくのはリスクがあるのではないかとも感じる。会計というのは理論よりも決定したルールをどう実行するかという側面があり、ここは「決めの問題」だ。もしASBJが日本基準でものれんの非償却を選べるようにすれば、IFRSを採用する企業は激減するのではないか。[B][L]