人事院総裁
川本裕子 氏
――8月8日に国会・内閣に提出された今年の人事院勧告・報告で特に力を入れた部分は…。
川本 国家公務員制度で一番大きな課題は、持続可能な組織づくりのための人材の確保だ。打てる手はすべて打っていく構えで、処遇、採用手法、勤務環境の整備、キャリア開発などの施策を包括的にパッケージ化した。特に今年の給与勧告では、民間企業での賃上げの動きを反映して一般職国家公務員の月給を平均2.76%引き上げた。これは約30年ぶりの引き上げ幅だ。初任給についても民間などの競合を意識し大幅に引き上げた。また、働き方の改善についても対応を進めている。令和6年の通常国会会期中の答弁作成終了時刻は平均で午前1時前となっている。人事院は担当部署を作って各省庁の勤務時間を調査・指導したり、仕事が終わってから次の出勤までにインターバルの時間がとれているかなどを調査したりし、それを元に対策を進めている。昨年6月には衆議院の議院運営委員会で、速やかな質問通告に努めること、オンラインツールを利用した質問通告の推進に努めることなどの申し合わせが行われた。
――少子化が進むなか、人材確保対策は…。
川本 新卒中心の採用だけでなく、経験者採用(中途採用)も増やしている。通年で採用している省庁もあり、統計上、再雇用者を除いた新規採用者の約3割が経験者採用だ。日本の労働市場を考えれば優秀な新卒を採用するということは引き続き核となるが、多様な経験のある人材を確保し、また退職者が出ても職場が疲弊しないように、採用チャネルを整備して公務外から優れた人に来てもらうようにする必要がある。官民の人材の行き来をもう少し増やし、新卒で入省した職員以外にも色々な経験をした職員が集まることで、視野が広がり、よりオープンな環境がつくられていくだろう。もちろん、国家公務員制度は政策の継続性を担保する装置でもあり、経験を積んだ職員たちが働き続けることはとても重要だ。そのうえで、職員が他省庁、海外留学、国際機関、民間企業などで経験を積む機会も必要だ。
――経験者採用が増えれば、年次に基づく昇進の仕組みも変わっていく…。
川本 転職によるキャリアアップが普通のことになり、労働市場が様変わりしている今、制度もそれに合わせて変えていかないと人材が確保できない。民間企業や地方自治体からの経験者採用、一度国家公務員を辞めた人が再び公務に戻ってくるいわゆるアルムナイ採用も、中から上がってきた人と公平に昇進できる仕組みにする必要がある。給与表の上位の「級」に上がるために必要な期間である「在級年数」の仕組みは残っており、今年の勧告では在級年数の廃止に向けた検討を行うことを明言した。経験者採用・アルムナイ採用については、退職前の年数や民間経験も適切に評価されることになっており、入省時も含め能力の評価がますます重要になる。
――公務員志望者や若手職員に国家公務員のやりがいが伝わっていないという課題もある…。
川本 国家公務員の仕事はオンリーワンで、国家の屋台骨を支える非常に大事な仕事だが、うまく周知できていないように思う。長い間、公務には自然と優秀な人たちが来てくれるという状況が続いていたため、そこに対して努力をしなければいけないという認識が遅れてしまった。特に、政策を作るというのは非常にやりがいのある面白いことなので、管理職層はどうしてもそのことに夢中になってしまう。もう少し組織マネジメントにもエネルギーを振り向けることが望ましいと感じる。また、世代間のギャップもある。若い人は、能力やスキルなど自分に身に付くものがないと感じるとすぐに職場を去ってしまう傾向がある。一つひとつの仕事がどういうことにつながっているのか、国民にとってどういう意味があるのかを管理職層が丁寧に説明していくことが大事だと思う。関連して、若い人は研修を重んじている。OJTだけで育ってきた管理職層は「研修にはいかないのがかっこいい」というような感覚がいまだ残っている場合もあるようだが、座学で理論などを学ぶことも大切だ。
――公務員志望者に向けて、公務員として働くメリットとは…。
川本 国を支える大きな仕事をすることの意義の大きさをまず伝えたい。生活面でも、男性も含めた育休や介護休暇など、仕事と家庭の両立支援に関する制度は非常に整っている。国家公務員はルールを順守する意識が強く、ルールができると皆が守る傾向にもある。例えば、今年4月から11時間程度の勤務間のインターバルを努力義務にした。速報値であり時期によって違いもあるため今後もさらに調査をしていくが、5月の人事院の調査では既に国家公務員全体で9割、霞が関で8割が取得できていた。また、来年4月からはフレックスタイム制が改正され、所定期間の総労働時間を維持したうえで同制度を活用して週4日勤務もできるようになる。それらの制度を組み合わせれば、男性でも女性でも、家族に対する責任を果たすことや、大学院に通うなど自分を磨くための時間を持つこと、趣味を楽しむことができるだろう。霞が関の働き方は、一部で不合理な働き方が残っているとはいえ、実態以上に「ブラック」だと思われている。公務員バッシングの時代が長く、優遇されているというイメージになってしまうことがリスクだったためか、真実が伝わっていない。例えば、残業については、残業代がきちんと支払われていることに加えて、上限時間は基本的に民間と同様だ。災害対応などの特例業務に従事する場合は上限を超えることができるものの、その場合には各省庁の長が説明しなければいけないと定められている。公務員は優遇されているわけではないが、少なくとも民間と同じ程度の制度は整っており、職員がそれを守っているということはもっと伝わってほしい。
――今後、さらにどのように改革を進めていくか…。
川本 昨年秋から開催している「人事行政諮問会議」では「従来の延長線上にある考え方では、公務員人事管理の課題に対する解を見いだすことはできない」という指摘を受けている。今、同会議では色々な政策が議論されているが、出てきた議論をできるだけ早く運用可能な制度に落とし込んでいくことが人事院のミッションだ。具体的には、責任と処遇が合っているポジションばかりではないという問題がある。特に職員によっては管理職に昇進すると残業代がつかなくなり給与が下がってしまうという問題がある。若手から見ても、管理職層の給与が今のままでは将来の処遇に期待が持てないということになる。加えて、国家公務員の行動規範の策定についても議論されている。私はこれが大変重要だと考えている。
――なぜ行動規範が大切なのか…。
川本 国家公務員のなかでも世代により価値観や経験は全く違う。行動規範は組織の多様性が高まるほど重要になる。「国家公務員たるものどうあるべきか」ということを「暗黙の了解」としていてはいけないのだと思う。国民を第一に考えること、公正中立、インテグリティ、専門性などについてまとめ、さまざまな場面において判断の助けとしてもらう方針だ。まずは人事院が緩い枠組みを作る。各省庁で既にミッション、ビジョン、バリュー(MVV)を作っているところもあるが、それらがない省庁には作成を働きかけていく。MVVを既に作っている省庁にも時代に合っているかなど点検してもらいたい。行動規範は先の「やりがい」の課題とかかわる大切なテーマだ。現在の国家公務員法では「何々をしてはいけない」という禁止事項が中心で、国家公務員、特に若手は「自分は何のために働いているのか」という意識のなかで道に迷うこともあるようだ。自分のミッションが分かっていれば働くうえでやりがいを感じやすいのではないだろうか。そして仕事上で問題にぶつかった時、公正とは、中立とは、客観的であるとはどういうことか、を噛み締めると、客観的なデータに基づいて「これは間違っている。国民のためにならない」などと考える自由ができると思う。私は毎年、勧告の後に各省庁の次官・長官と意見交換を行っているが、人材不足への危機感はますます強まっており、その危機感をバネに色々な対策が打たれていて心強い。しかし、まだまだ課題は尽きない。[B][L]