金融庁長官
井藤英樹 氏
――政権交代で資産運用立国は継続できるのか…。
井藤 石破総理は、「資産運用立国」の政策を着実に引き継ぎ、更に発展させるとともに、これに加え、地方への投資を含め、内外からの投資を引き出す「投資大国の実現」を経済政策の大きな柱の1つとすることを述べられた。また、貯蓄から投資へという流れがさらに確実なものになるように努力をしてまいりたいという方針も示された。加藤金融担当大臣も、「資産運用立国」や「投資大国」の実現に向けて、家計、企業をはじめインベストメントチェーンを構成する各主体をターゲットとした取組をさらに強化していくことを述べられている。こうした方針の下で、引き続き、しっかりと取り組んでまいりたい。
――資産運用立国における最大のテーマは…。
井藤 一番というものはない。すべてをやろうと思ってこれまでやってきた。新NISAの導入は目立つ政策ではあるものの、その過程では、より金融経済教育を推進するための教育機構の設立や、より顧客本位の業務運営を定着させるための横断的な義務の新設を行うなど、よりよい水準を目指すために業界の取り組みを一歩も二歩も進めるために取り組んできた。直近では資産運用立国を目指すうえでの新たな課題としてインベストメントチェーンの要となるアセットマネジメント、アセットオーナーの課題のほか、ベンチャー育成に向けた担保に依存しない融資の世界の確立に向けた事業成長担保権の導入、そして地域経済の課題など様々なことに取り組んでいる。そうした一つ一つの取り組みのどれが欠けてもいけないという思いを込めてやってきた。ここ2年間はできることでやるべきだと判断したものはなんでもやってきたし、今後もその方針に変わりはない。
――積み残しは…。
井藤 あえて言えば制度論においてより未来に向けて骨太に考えたほうがいいと思う分野はある。その点で言えば例えば、横断的な金融サービス法体系のような世界を実現したい。もちろん喫緊の課題ではない。金商法の体系が複雑化している。実際に条文を数えれば1千条もあるほどだ。新しい事象も生まれてきているなか、同じサービスには同じ規制なり、同じようなユーザー保護、あるいはシステムの安定につながるような仕掛けを横断的に同じような水準感で規制される必要がある。あくまでも理想であり、また現時点で制度自体がほころびを持っているわけでもない。一方で限られた人員で、デジタライゼーション、サイバー、安全保障、市場変動への対応など金融庁が体制強化しなければならない分野が増えている。そうしたものをフォローしていかなければならないため、より優先課題を見つけて仕事のやり方も徹底して効率化していかなければならないと考えている。今、庁内でも言っているが、よりよい行政を行うためには我々自身、金融庁で働くこと自体が充実しなければならないと考えている。一方で、リソースを最大限活用して今以上の成果を生み出していきたいとも考えている。つまり、今、10の力で10の成果を出しているとすれば、10の成果を6~7の力で出すことが理想で、浮いた時間をプライベートや勉強に費やしてもらう、9程度の力で12くらいの成果を上げていきたい。
――横断的金融サービス法体系は長年の課題だ…。
井藤 今回の金融審で決済周りの議論を始めているように、現状、様々な事象に的確に対応できているかという問題はある。ただ、今、回っているものをすべて直そうとすれば、法改正作業だけでも専門チームを何年か専従させなければならないなど大変な負担となり得る。他方、先々の中期的な変化を展望し、翻って今手掛けなければならないものは何かという発想は大事だ。体系の美しさ、合理性はあるものの、横断的金融サービス法体系にリソースを投入する優先度はそこまで高いとは言えない。ほかにもやりたいことはある。すべての制度は作った瞬間から劣化していく。社会に定着しているものを変えることは影響が大きく、慎重な判断が求められる。
――組織改革を重視されている…。
井藤 今年大事だと考えているのがモニタリング部門と監督部門の一体運営だ。これまでも一体運営を念頭に置き、組織改革を行っていたが、よりそれがうまく回るように監督部局にはお願いをしている。また、新しい課題について官房部門に負担がかかり過ぎないよう、企画や監督部門と連携させる仕組みをさらに進めていきたい。おかげさまで優秀な職員が揃っており、そういう方々に手腕を発揮してもらうことが大事だと考えている。
――最近の不祥事を見るに銀証ファイアーウォール規制はむしろ厳格化が必要だと思うが…。
井藤 銀証ファイアーウォール規制は何を守るためにあるのか。それは顧客の情報であり、優越的地位の濫用など不当な圧力を受けることを回避すること、利益相反の管理といったところにある。一方で金融サービスはより効率的に提供されるべきであることも事実だ。情報管理を形式的な管理から実質的にどのように管理してもらうかが大事で、形式なものではなく実質的に管理してできるのであれば緩和というのも十分検討に値するとの考えの下、緩和の議論を進めてきたが、点検するといろいろな問題が出てきて、実質的にできていないではないかという話になっている。金融審の議論においても厳しい声が顧客側からあがっている。経済界や消費者に加え、従前は緩和意向にあった学者からも実質的な管理を求める声があがっている。ファイアーウォールの緩和は、自由ではなく、より責任が重くなるということを念頭に置いてもらいたい。
――社債市場改革が少しずつ進んできた…。
井藤 金利が出てくる状況になり、社債の魅力は今後も高まっていくことが考えられる。そうしたなか、個人が格付けだけを参考に投資するのは背負わされているリスクに比して合理的かというとそうではなく、ある程度の見極めをもって自己判断で投資できる環境を整備していく必要がある。その点、コベナンツの問題など一歩一歩必要な対応を進めていきたい。日本は従来、安価なデットが供給される間接金融が強い。しかし、社債が十分合理性を持つ金融商品であれば、直接金融をどんどん伸ばしていただければと思っている。
――抱負を…。
井藤 「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という論語が示すように、仕事はとにかく楽しくということを心掛けている。中央官庁の仕事というと、世の中にこれほど知的な仕事はないという楽しさがある。ただ、ルーティンなものがなく新しい課題ばかりでどうしたらいいのかと思うことも多く、また必ずしも前向きな仕事ばかりではない。しかし、そうした課題に答えを見出せたときの喜びは大きい。また前向きに仕事に取り組んでいきたいとも考えている。金融機関においては人口減のなかで厳しい局面もある。しかし、座して何もしなければひどいことになる。前向きにより良い未来に向けて取り組んでいく。明日は今日よりもよくなることを皆で目指すことによって、それに向けた投資なり、活動なりが出てきて、自己実現に結びついてもらいたいと考えている。前向きに希望を持てるような対応を進めていければと考えている。[B][X]