アント・キャピタル・パートナーズ 代表取締役社長
日本プライベート・エクイティ協会 会長
飯沼良介 氏
――プライベート・エクイティ(PE)市場が本格化し始めた…。
飯沼 PEは20年強前に日本で誕生し、企業再編の主役となるべく、政府が後押しし株式交換に関する法律が制定されて、持ち株会社ができるなど、M&Aをしやすい環境が整備された。しかし、しばらくの間は事業承継目的の小さな案件ばかりで市場発展のスピードは遅かったが、ここ数年でマーケットは完全に変わった。現在、おそらく日本が世界で一番活況なマーケットと言ってもいいくらい注目されている。マクロ的にもミクロ的にもすべてにおいて一番いい環境が揃っているためだ。世界的に見て日本の金利はまだまだ低く、レバレッジドローンを使いやすい。また地政学的リスクを背景に多くのファンドが中国投資から撤退した。さらに現在の円安で安く企業を買える。こうしたマクロ環境から「日本以外にどこに行く」という風潮となっている。一方、日本国内においても日本取引所グループによるPBR改善策や市場区分の見直しなどを通じて、上場企業は事業ポートフォリオの見直しを意識し始めた。またアクティビストの存在も大きく、上場の意義を再考する企業が増えている。PBR1倍割れ、つまり本来の価値よりも低い価値とされている企業数は、中国に次いで世界で2番目に多いのが日本だと言われている。
――内外環境が大きく変わった…。
飯沼 そうした環境変化により、取り扱い案件がものすごく増えている。例えば、昨年は企業価値500億円以上の案件が10件以上となった。これは10年前と比べて5倍以上の規模だ。米国のM&Aに占めるPEの割合は16~18%程度だが、日本も同様の水準となってきており、つまり「PEを外してM&Aを考えられない」といった流れが形成されつつある。時間はかかったものの、いよいよPEがM&Aにおけるメインプレイヤーと呼ばれるようになってきたと言える。我々においても従来はほとんどが事業承継目的の案件がメインで、非公開化の案件の相談は年に1~2件程度しかなかったが、現在は週2件程度非公開化の案件の相談を受け、パイプラインの7割が非公開化案件となるまでに変貌した。今まさにパラダイムシフトが起きている。我々は単に非公開化をお手伝いするだけではない。非公開化した後にどうやって企業価値を高めていくのかをともに考えることが重要となる。例えば、リアルビジネスを継続しつつ、DXを取り入れてプラットフォーム・Webビジネスを新たに展開する。リアルビジネスよりもプラットフォーム・Webビジネスのほうが評価されやすいため、プラットフォーム・Webビジネスを伸ばすことで企業価値を高めることができる。こうした改革を大胆に展開していくためには非公開化が一つの手段となる。またそれを一緒にやっていくことがPEファンドの役目だ。PEファンドは金融業に括られることが多いが、まったくそうとは思っていない。つまり、伴走者、アドバイザーの側面が強い。企業価値(EBITDA)をどこまで高められるかがファンドの腕前で、商社系、コンサル系、金融系の出自が多く、それぞれのファンドのカラーが出ている。
――一方で制度改正など当局への要望は…。
飯沼 やはりのれんの償却だ。M&Aの最大の阻害要素となっており、会計ルールを変えなければならない。IFRSを採用していない企業はのれんの償却の負担が大きく、積極的なM&Aを展開しづらい。M&Aの需要が拡大し、日本的な会計を続ける状況が大きく変化していることから会計基準見直しの議論を再開させる必要がある。会計ルールが変われば、M&Aはより一層活性化する可能性が高い。経産省が中小企業のロールアップ(小規模事業者が多い業界で、連続的に同じ業界の企業を買収する戦略)を促進するための優遇措置を打ち出している。M&Aを実施した場合に取得価額の70%を損金算入できるというものだ。経産省はM&Aによる業界再編を進め、成長によってリターン(税収)を生み出す方針にある。しかし、のれんが障害となり、こうした支援策を活用できない。のれんの問題は企業の問題だけではなく、銀行側もレバレッジローンに消極的になるなどの問題がある。
――そのほかに課題は…。
飯沼 日本のファンドにより多くの資金を入れる必要があるという点だ。現在、1000億円以上の大型案件はすべて外資系ファンドに流れてしまっている。これは日本の投資家だけでは大型ファンドを作れないためだ。M&Aは活況となっているものの、日本企業をして海外を儲けさせる仕組みとなっている。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)、産業革新投資機構(JIC)においても、グローバルファンドと対抗する上で国内ファンドの規模拡大のための出資を行ったり、共同投資家として資金を提供いただければ1000億円のディールができるようになる。そして日本企業をして日本企業がリターンを得ることになる。これぞ資産運用立国の姿だと考えている。
――業界自身の課題は…。
飯沼 今後注力していかなければならないのが地方の小型案件で、地銀が活躍する場面だと考えている。地銀は事業承継ファンドを次々と作っているが、これが機能するか否かが国の活性化の観点から重要となる。PE業界の活性化によってメガバンクや準メガバンクのレバレッジドローンが活性化し、超低金利時代では重要な稼ぎ頭となってきた。これを見てきた地銀も一斉にレバレッジドローンを開始し、ローンの提供だけではなく、足元ではファンドを設立し始めている。ただ、地銀のノウハウやリソースでは事業価値を高めて出口戦略まで行きつくには経験が豊富だとは言い切れず、ここに人を送り込む仕組みを作る必要がある。この点、産業革新投資機構(JIC)の役割の一つとして進めていくことがいいだろう。JICがPEファンドと共同で投資をしていく過程で育てた人材を地銀に送り込むといった仕組みを構築し、一気呵成にPE業界のプレイヤーを増やすことがきるのではないか。[B][X]