日本証券業協会
専務理事
松尾元信 氏
――このほど、日証協が中心になって社債市場の活性化を一歩進めた…。
松尾 社債市場の活性化は色々な難しい点があり、日証協の中で長い間課題だった。新しい切り口として、現在は社債を発行していない低格付の発行体についてもコベナンツ(財務制限条項)を付けることによって発行がしやすくなるようにインフラを整備することで社債市場の活性化が図られるのではないかと考えた。既存のものを大きく変えるのは難しいが、今までになかった分野を切り開いて新しいことを始めるのであれば市場参加者の合意が得られやすいというのもポイントだった。
――ハイイールド社債にコベナンツをつけることで、具体的にどのように変わるのか…。
松尾 もともと高格付の会社は、問題が起きる蓋然性もそれ程ないが、低格付の会社はギリギリの局面というのがあり得るということを投資家が想定する中で、その際に著しくローンに劣後するなど、十分に権利が保護されないのでは買ってもらえない。問題が起きた際にはきちんと情報が開示され、社債の投資家の権利が保護される必要がある。だが一方で、発行する側の大きな負担になってもいけないし、格付会社、銀行、証券会社という他の関係者もいる。それらの利害を十分に調整し、全員が受け入れ可能な形を探るのがとても難しい。金融市場のインフラのひとつなので投資家の要望だけでなく他の市場参加者の合意を得てマーケットを成り立たせなくてはならない。そこが普通の金融規制と比べて相当特殊だ。私の経験で言っても他の分野では規制を変えると大体の場合、それを狙ってやろうという新しいプレーヤーは入ってくる。ある程度決め打ちでもできるところもあるが、社債市場はプレーヤーがその世界でずっとやってきたプロで、かつ、新しいプレーヤーが入ってもすぐにうまくいくという構図でもない。社債市場の規制と実務は相当複雑に絡んでいて制約が多く、実務がどのように進んでいるのかを参加者に教えてもらいながら見直しを仕上げていった。調達をする事業会社含めて関係者が非常に多いという意味では、金融庁の証券行政で言うと開示制度に近いと感じた。日証協にとって証券会社だけでなく銀行まで含めて制度設計の相手にする仕事というのは相当特殊なもので、いい経験になったのではないかと思う。
――これによってハイイールド社債の市場が前進する…。
松尾 今回チェンジオブコントロール(CoC条項。発行会社に組織再編、大株主の異動や非上場化などがあった場合に、社債権者に繰上償還の請求権を与える条項)とレポーティングコベナンツ(発行会社に投資判断に重要な事象が生じた場合に社債権者へ報告を行う義務を課した条項)を入れようとしているわけだが、ちょうど7月に日本エスコンがCoC条項をつけた社債を発行した。この銘柄は低格付ではなくA格だったが、そういうところでも、コベナンツをつけることによって信用の補完にもなる。支配の変更などは予定していない発行体でも、これをつけることで少しでも安心感を与え流通にプラスになり投資需要にもつながるのではないか。
――日証協はコベナンツ導入の前に、条件決定方式の見直しもしているし、着実に社債市場の改革を進めているが、今後の課題は…。
松尾 日本の社債市場はアメリカに比べてまだまだ市場規模も小さいし、今後、経済が金利を含めて動く世界になっていくと、すべてを銀行のファインナンスでということでは銀行にとってもプラスにならないだろう。適正なプライス、適正なリスクで色々なプレーヤーが直接金融市場に参加していくことが、証券・銀行を含めてあるべき姿だと思っている。最近TOBなど、敵対的なものを含めて支配の変更が増加し、投資家としてもCoC条項などを意識する必要が出てきた。プレーヤーが必要とする改革は一歩一歩やっていくが、どこかで良いモデルケースが出てくれば、一気にそれがスタンダードになっていくということもあり得る。まずは今回の改革の細部を詰め、軌道に乗せる。社債市場の活性化というのはリスクの分散という意味でも直接金融市場の進展という意味でも大きな課題で、その思いは金融機関も金融庁も持っている。共通の方向性を得られるよう徹底的に議論して、良いグランドデザインができれば色々な改革が進むのではないか。
――次に視野に入れている具体的な改革は…。
松尾 具体的な切り口を決めているわけではないが、ここが足りないという部分があればピンポイントで改善していく。まずはコベナンツを定着させ、その考え方を全体に普及させたうえで、更に、その時々に応じて全体のプラスになるものを見つけて積み重ねていきたい。アメリカのようにコベナンツが受け入れられ、ノウハウも貯まって市場慣行となっていけば、それが一番よい。日証協ではそれを後押ししながら、実情を踏まえて、社債管理補助者制度を含めた社債関連の制度が活用しやすくなるように金融庁や法務省に働きかけていくが、地に足をつけてやっていく。飛び道具を出しても効く世界ではないので、関係者の合意をうまく積み上げて、ただし、方向性については強い意志を持ってやっていきたい。また、流通市場の見直しについては、鶏が先か卵が先かみたいな話だが、十分に権利が保護されて発行が増えれば、流通も増えてそちらの改革にもつながっていくのではないか。日証協では、流通市場活性化に向け、社債の取引情報を発表しているが、この制度についても毎年改善にチャレンジしている。投資家保護のインフラを併せながら流通市場も含めてどんどん改革を進めていく。今回、社債改革には金商法の第一人者である神作先生(学習院大学法学部教授)に一貫してご協力をいただき、市場参加者全員の意見を丁寧にまとめていただいた。直接金融としての社債市場に強い思いも持っておられ、多くの教えをいただけたのが大変ありがたかった。日証協のミッションは市場の公正と証券業の発展であり、会員である証券会社が金融機能の担い手として誇りを持って楽しく仕事をしていけるようにすることだと思う。日証協の良いところは会員の実情を理解しながら、インフラの整備や制度の提言ができるところ。最近だとバックオフィスやミドルオフィスの効率化にもチャレンジしている。日本の証券業、直接金融がより良くなるように少しでも役目を果たしていきたい。[B][[HE]