金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「成長分野への労働移動がカギ」

内閣官房参与
前財務官
神田眞人 氏

――国際収支に関する懇談会を開催された…。

 神田 国際収支はマクロ経済の状況が鳥瞰できるとともにミクロにも遡れる宝の山であり、日本経済の構造を映し出す鏡だ。国際収支のレンズを通して日本経済が抱える構造的課題を評価分析し、その処方箋を議論することは、極めて有益であり、今回の懇談会も日本の構造改革を早く行わなければならないという思いから開催した。現在、日本は貿易収支赤字が常態化しており、唯一稼げる自動車もCASEの遅れやスキャンダルなど多くの問題が現れ始めている。また、サービス収支ではデジタル化が進むほど海外に資金が流れるという構造になっている。所得収支も、増えてはいるが、その半分は海外に再投資され日本には戻ってこない状況にある。海外への投資が拡大しているが、これは為替リスク軽減や消費者に近い生産拠点などを求めて企業経営者が合理的に判断した結果だ。日本企業が積極的に海外投資する半面、国内投資を後回しにした事で、日本国内の設備投資が遅れ、生産性や賃金の低迷に繋がっている事も事実だ。さらに言えば、今の海外生産比率は約26%と高く、円安になっても輸出量は増えない。昔は円安になれば現地価格を下げることでシェアを取り、売り上げを増やしていたが、今ではブランドイメージを重視して価格は維持し、為替差益を取るという形になっているので、輸出は増えないわけだ。このような状況にある今の日本でやるべきことは、国内への投資が活発化するよう、魅力的な国になることだ。

――国内投資を魅力的にするためには…。

 神田 今の日本は対内直接投資においてOECDの中で最下位の投資先であり、UNCTADではネパールとバングラデシュに次ぐ下から3番目の位置にある。日本企業としても、日本に魅力がないから海外に再投資しているという状況だ。その処方箋として2つ挙げるならば、1つ目は規制緩和や新陳代謝を促進して成長分野に労働移動する事、2つ目は人的資本の投資と技術開発の促進に努める事だ。先ずは金利が正常化することで、ゼロ金利下でしか生きられないゾンビ企業が淘汰される。そして、生産性が高く賃金も高いところに労働が移動する。さらに政策として、最低賃金を上げ、規制緩和で新しいビジネスの芽が伸び始めれば、若い人たちも将来性、収益性のある企業に移動していくだろう。ここでやってはいけないことは、持続可能性のない企業を政府が無理に守り、そこに低賃金で働く人たちを張り付けることだ。もちろん、そこで社会不安の元となるような人達が出てこない様にセーフティネットはしっかり備える。大体のところ政府に対する陳情は自力では存続できないような企業からのものが多い。そこを必要以上に助ける事で、頑張ってリスクを取り、将来さらに伸びようとしている企業にリソースが行かないのでは元も子もない。政府が余計な事をしないというのは、とても大切な事だと思う。

――規制緩和については…。

 神田 例えば農業規制はずいぶん緩和されたが、社会保障に関してはほとんど変化がない。この辺りはこれからしっかり取り組むべき分野だろう。また、法制度では解雇制度や頭脳労働者の脱時間給制度といった労働基準が柔軟化される必要がある。これらの制度は単に企業責任というだけの話ではなく、制度によって経営者の自由度を束縛している面もある。福利厚生や年金等も同様で、こういった色々な制度が社会を固定化させる方向に働いている。それらに対して政策面でやれる事は沢山あり、それによって羽ばたくことの出来る企業も沢山ある。今、日本の企業が保有する現金は約370兆円。そのお金が少しでも設備投資や賃金等に動けば日本は随分と変わってくる筈だ。

――確かに労働法制はもう少し考えるべきだ。政策としてやるべきことは…。

 神田 今の社会はゾンビ企業を守っていると言われている。正規職員をゆりかごから墓場まで守るために、非正規雇用の人たちや若者を犠牲にしている部分もあり、そういったあらゆる動きは経営側、労働者に関わらず、すべて既得権益の下で行われている。例えば労働組合は、自分たちの雇用を守るために長い間賃金を上げる努力を怠ったし、非正規の人たちを差別化してきた。最近ようやく非正規の人たちに配慮するようになったのは、労働組合の参加者が少なくなってきたからだ。そういった部分をしっかりと是正し、多様な人たちが幸せになるような目を皆が持たなければ雇用は回らなくなる。また、例えば補助金づけで努力せずに生きることが出来てしまうようなシステムを作れば、モラルハザードが生み出される。そして自力で利益を生み出せないような生産性の低いところに資源が浪費され、さらに社会主義国の最大の問題の一つ、レントシーキングが非効率と腐敗を生みかねない。最近では、半導体が良い例だが、経済安全保障の観点からも、他国に負けない様にと各国が補助金競争を行うような傾向が強まっており、これはかつての法人税引き下げ競争のようにならないよう、国際ルール作りを考える必要があろう。

――ゾンビ企業を退出させるために必要な事は…。

 神田 市場の新陳代謝機能、金利の資源分配機能を取り戻し、物価と賃金、賃金と設備投資の好循環にもっていくことだ。繰り返すが、低収益低賃金企業を保護すると資本や労働が生産性の低い分野に固定されて、失われた30年が今後も続いていく。反対に、新陳代謝と労働移動が進めば第一次所得収支が日本に戻ってくる。そうすれば、海外から日本に投資してくれる人も多くなってくる。経常収支黒字の大層は第一次所得収支であり、それが日本に回帰するようにすべきだ。そうすることで日本の設備投資や賃金上昇に資金が費やされる。政府はこれを邪魔しないというのが一番重要な事だ。

――金利を上げると国債を多発している日本は大変な事になる。また、金利を上げることでさらに円高が進むという見方は…。

 神田 金利を上げると言っても今もほぼゼロ金利だ。また、資本主義経済において金利という価格が資源分配をつかさどるところでゼロが続いたため、適切な分配が出来ずにモラルハザードが起き、ゾンビ企業がひしめくようになってしまっている。もし普通に成長したいなら、金利が上がるのは当然の事であり、それに耐えられない企業は退出することになる。日本が少子高齢化による社会保障の負担増や、大地震や津波などの天災への対応、さらに厳しくなる地政学的状況において安全保障に臨機応変できる財政余力を備えるためにも、金利が上がる事を心配するのではなく、金利が上がっても耐えられるような財政構造に一刻も早く立て直さなければならない。持続可能な財政に向けた努力によってマーケットの信頼を得ることが重要だ。

――マーケットで信頼を得る事が出来なければトリプル安の恐れが出てくる…。

 神田 今、日本の格付けはシングルAだが、格付けは一度下がるとものすごい勢いで下がり続け、あっという間に投資適格を失ってしまう。パンデミックが終わり、インフレで困っている今でも大量の補助金を続けている国は殆どなくなっている。もちろん、それ自体は必要だが、防衛費のような恒久的な歳出増に対し、安定的な財源がないという今の日本は、極めて異常な状況にあるという事をきちんと知るべきだ。いつ、かつてのイギリスのような放漫財政が招いた金融危機に陥るかわからない。そういった健全な危機感をきちんと持って早く対応しなくてはいけない。[B]

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