金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「中国、日本に学び不動産処理」

帝京大学
経済学部教授
露口洋介 氏

――今の中国の状況は…。

 露口 現在の中国経済は成長減速中だ。最大の懸念は不動産価格の問題であり、中国政府は上昇し続ける不動産価格を懸念し、2020年8月に不動産開発会社に対して3つのレッドライン規制を敷いた。さらに中国政府は2020年末に銀行に対して不動産向け貸し出しの比率を制限する規制をかけた。それでも不動産価格は2021年9月頃まで上昇を続けたが、その後一気に下落した。この一連の動きは日本のバブル期と似ている。ただし金融政策は異なっている。日本では1986年頃から始まったバブル経済の中、日銀が1989年5月に金利を上げて引き締め体制に入ったが、中国では2018年から今に至るまで金融緩和を続けている。それは2021年に中国の不動産価格が急降下したという背景もある。

――恒大集団など中国の不動産開発企業はほぼ破綻状態になっているが…。

 露口 中国ではマンションを購入する際、その不動産価格の総額を前金として支払い、完成後に物件を引き渡すというやり方が一般的である。そのため、今の中国では予定通りに物件を引き渡されない住人が住宅ローンを返さないという事態も生じている。そうなると中国の銀行は大変なことになる筈だ。しかし実際には、国家金融監督管理総局によれば過去5年間で既に14.5兆元もの不良債権の処理を進めているという。毎年約3兆元、合計すると日本円にして約300兆円もの額だ。日本はバブル後に不良債権98兆円を処理するのに17年間もかかった。しかも当時の銀行の業務損益は、バブル崩壊後の不良債権償却負担を吸収できず1993年からの10年間は赤字だった。一方で、中国の銀行は毎年約3兆元(約60兆円)を償却しつつも純利益が2兆元もあるという。不良債権の処理が無ければ毎年5兆元もの利益を生み出すほど、過去5年間の銀行経営は好調だったという事だ。今後もこの様な状態で不良債権の処理が充分進んでいくだろう。

――日本のバブル崩壊時と中国の不動産バブル崩壊時では、何故この様な違いが出ているのか…。

 露口 中国政府は1990年代の日本を研究し尽くしている。日本はバブル崩壊後に銀行経営が揺らぎ、貸し渋りや貸し剥がしを行い、貸出拡大能力を失った。それが日本がゼロ成長に陥った一つの大きな要因であり、そのために長い間不良債権処理が充分進まなかったという事を中国は学んでいる。特に1980年代は世界的にサッチャリズムやレーガノミクス、日本では中曽根行政改革など市場原理に基づく新自由主義が脚光を浴び、政府の規制は撤廃し、市場に任せようという風潮が強かった。預金金利の自由化も進められていた時代で、そういう時期にバブルが崩壊した日本はある意味、不幸だったのかもしれないが、中国は前もってそういった日本の失敗のケースを勉強していたため、現在の状況に比較的うまく対応できているのだと思う。

――中国政府は銀行をどのように規制しているのか…。

 露口 現在の中国の預金金利や貸出金利は自由化されていると思っている人も多いようだが、それは違う。銀行の金利は人民銀行が決定しているが、銀行間市場で短期の資金供給手段となる7日物リバースレポが中国の政策金利となっており、次に中期の1年物MLF(ミッドタームレンディングファシリティ)、さらに貸出金利についてはMLF1年物を基準に決定される1年物LPR(ローンプライムレート)、5年以上物LPRがあり、7日から5年以上までにわたるイールドカーブを中央銀行がコントロールしている。そして総量規制を行いながらも2019年頃からずっとイールドカーブを低下させてきている。他方で、預金金利についても2022年4月からLPRを基準に決めるようになっており、引き下げられている。貸出金利の低下の方が大きいため、銀行の利鞘は2019年には2.2%あったが、2023年には1.69%まで下がってきている。それでも銀行のバランスシート全体が拡大しているため、依然として3兆元の不良債権を処理してもなお2兆元の利益が出る状況だ。貸出金利は現在も下げ続けているので、利鞘が狭まっているが、貸出量を増やしている為、収益や不良債権処理額の絶対値はあまり変わららない。少なくとも日本のように銀行の貸し渋りのような事態は起きないだろう。

――預金金利が規制されて下がっている事は、中国経済にとって良い事なのか…。

 露口 中国では預金金利は放っておけば銀行間の競争によって自然と上がっていくと思われている為、規制して下げている。預金金利の上昇を無理やり下げる事で、広く薄くコストを預金者に負担させ、銀行と企業を救っているということとなるが、これが果たして良い事なのかという問題はある。それが理由で消費が伸びず、GDPも伸びないという見方もあるだろう。また、イールドカーブをコントロールして本来市場で決まるべき金利を人為的に決めれば、社会全体として非効率が生じる。しかし、中国では多少の非効率による成長率の低下を甘受しても、安定した成長を実現する方が結果的にはプラスの方が大きいと判断したのだろう。「市場原理に任せた方が長い目で見ると一番成長する」という米国の考え方とは違い、中国は「政府がコントロールして安定的に成長する」ということを目指している。重要なのは「成長を続ける」ということだ。成長していればモノの値段や不動産価格が上がり、不良債権も自然と消化されていく。

――中国では資産管理会社が担保不動産に付加価値をつけて売却し、不良債権を消化させるような事も行われている…。

 露口 中国のAMC(資産管理会社)は1999年に設立され、2003年に大規模な不良債権処理をする際にも利用された。当時100%政府所有だったAMCは上場もしておらず、細かい財務諸表などを公表する必要もなかったため、銀行からAMCに不良債権を移した時は大規模な債務超過だったと思うが存続した。しかしその後、中国は年10%以上の高度成長を続け、AMCは資産を順調に処理し、あっという間に黒字転換した。この成功体験があるため、例えば地方融資平台(地方政府の資金調達機関)による債務の問題にしても、ある程度の資金繰りをつければ、そのうち自然と解消されるだろうという考えが根強い。現在、中国の地方融資平台は約40兆元(約800兆円)の銀行借り入れがあると言われている。2003年以降の10%成長時のスピードに比べると不良債権の処理に多少の時間はかかるかもしれないが、明らかに日本のバブル崩壊後のゼロ成長とは状況が異なっている。中国は国家的手法として、いわゆる「飛ばし」に類似したことを行っている訳だが、それは必ずしも間違いではなく、経済が成長している限り、うまく不良債権を解消する方法と言えるのかもしれない。

――現在、中国当局が進めている国内不動産対策は…。

 露口 今の中国には不動産の在庫がたくさん残っており、それらを地方政府管理下の国有企業が買い取り、格安住宅として売却している。その買い取り資金については、銀行の融資資金が提供される仕組みになっている。中国の銀行は大部分が国有の様なもので、政府から政策に協力するように指示が出れば逆らえない。その代わりに、中国政府は銀行の利益を確保して、潰すようなこともしない。中国は社会主義市場経済と言っているが、基本的にはマルクス経済学に戻っているような気がする。市場の価格発見機能は可能な限り利用するが、そこにすべてを委ねる訳ではなく、政府のコントロールが重要であると考えている。中国共産党でトップにいる人達はとても頭が良く、考え抜いて政策を行っているが、例えば、政府主導でEVやAIに資金を集中して本当に成功するのか、その判断が果たして正しいのかは分からない。米国のように自由な市場の中で投資資金がどこに向かうかが調整されるような体制であれば、政府が気が付かない所で大当たりが出てくる可能性もある。成長すべき産業を政府が指定しているような今の体制で良いのか悪いのか、歴史が決める事になる。

――人間が考える事には限界があり、絶対に間違わないという保証はない…。

 露口 今の中国は政策に透明性がなくなり、わかりづらくなっている。李克強が国務院総理として政府を率いていた昨年の春までは国務院常務会議の様子が中国政府ホームページ内に特別コーナーとして設けられ、見やすくなっていた。重要な政策決定はそこで行われ公表されており、ある程度透明性があった。そして、中国人民銀行は政府の一部として李克強総理の指揮下で国務院常務会議での決定事項を忠実に実行していた。為替レートもコントロールされて一定の期間方向性をもって動いていた。例えば、政府が「海外の物価高を国内に波及させない様にしなければならない」という決定であれば為替レートが上昇し、「貿易企業を助けて輸出を増やさなければならない」というと下がり始めるといった具合だ。それが、李克強が辞めて李強に変わった途端に政策決定権限が共産党に吸い上げられるようになってしまった。政府ホームページへの国務院常務会議の扱いも単なるニュースの中に埋没してしまい、過去の会議を探すのが不便になっている。さらにその内容は薄く、金融政策に関しては党で決定されているため、なぜそのような金融政策になったのかが周りから見てよくわからなくなってしまっている。それが良くも悪くも今の中国のやり方であり、中国共産党内部で決定される政策の良し悪しが今後の経済を動かす鍵を握っていると言えるだろう。[B]

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