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「税制で格差縮小し少子化対策」

東京財団政策研究所
研究主幹
森信茂樹 氏

――今年度の政府税制調査会(政府税調)のポイントは…。

 森信 2つある。近年の大きな課題はギグ・ワーカーに対する課税制度だ。ギグ・ワーカーとは、ウーバーイーツ、クラウドワークスなどインターネット上のプラットフォーム経由で単発の仕事を請け負う労働者のことで、この10年間に増加を続けている。いまでは国内に少なくとも300万人のギグ・ワーカーがいるとの推計もあり、ギグ・エコノミーを形成している。問題は、ギグ・ワーカーなどの新しい働き方をしている人々の税制がうまくマッチしていないということだ。まず、会社員など給与所得者とギグ・ワーカーの取り扱いや負担が不公平だという問題がある。給与所得の場合、源泉徴収、給与所得控除(概算控除)、年末調整がセットになっており、ほぼすべての会社員は税務署への申告が不要だ。一方、自営業者に区分されるギグ・ワーカーは概算控除、年末調整などがない。所得を稼ぐうえで必要な経費は実額控除となり、自分で申告をしなければならないので、「税務署に行くのっておっくうだ」という話になる。ギグワーカーは所得がそれほど多いわけではないため、自営業者の所得の捕捉率についてよく言う「トーゴーサン」と呼ばれるような状況には当てはまらない。ギグ・ワーカーに申告の習慣がないことから申告をしない人は増加しており、放置しておけば税制の公平性が損なわれてしまう。

――ギグ・ワーカーに対応した税制が求められる…。

 森信 政府税調では働き方に中立な税制に向けての検討が言及されている。会社員と同じような働き方で年収300万円以下のギグ・ワーカーに、会社員の給与所得控除と同程度の概算控除を与えてはどうかと提言している。また、ギグ・ワーカーの元締めであるプラットフォーマーにもっと負担を引き受けさせることがより重要だと考える。プラットフォームを介して働いている人について情報提供の義務を課すことや、プラットフォーマーに源泉徴収を行わせることなどだ。源泉徴収を導入すればギグ・ワーカーにとっても税務署に厳しく調査されることや申告時に納税資金が不足するということがなくなり利益になる。大規模プラットフォーマーはサービスの受注者・発注者をマッチングするだけであれだけ利益を得ているわけで、ギグ・ワーカーの社会保障制度の問題とともに、世界的にもどのようにプラットフォーマーに義務を課すかという議論が進んでいる。

――政府税調のもう1つのポイントは…。

 森信 政府税調というより政府全体で論じられているのは、金融所得・金融資産を反映した社会保険料の算定だ。社会保障制度では子ども・子育て政策のため28年度までに3.1兆円超の財源が必要とされている。「支援金制度」で約1兆円、他の予算の流用で約1兆円、社会保障費の歳出改革で約1.1兆円集めるとしているが、歳出改革の1つとして挙げられているのが社会保険料の算定方法の見直しだ。現在は所得だけをメルクマール(指標)として算定されている。既に働いておらず所得が年金だけという高齢者は、たどってきたキャリアや資産の多寡にかかわらず負担が低下する。介護や医療の給付は伸び続けるので、所得・資産を持つ人にもう少し負担を求めても良いのではないかという議論がこの10年の間なされてきた。金融所得を反映して算定する方は実現の可能性が高い。金融所得として勘案される対象は株のキャピタルゲインと配当だ。もっとも株式は保有し続けていればキャピタルゲインが発生しないので負担増にはならない。一方で、金融資産を反映して算定する場合、これは預金口座への付番につながり、かなり大変な「力仕事」になる。対象となるのは「金融」資産で現物資産は含まれていないが、80年ごろのグリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)の時と同様に金融資産の現物資産へのシフトの問題なども議題に上がるだろう。

――富裕層への課税も議論されている…。

 森信 子ども・子育て政策の財源の話とはずれるが、「1億円の壁」の議論は続いていると考えるべきだ。「1億円の壁」とは、所得税は超過累進税率のため所得が上がるほど負担増になるにもかかわらず、実際は一定の所得額を超えたところから減少し税負担率が下がる問題のことだ。数年前、「1億円を境に負担率が減少するのはおかしい。少なくとも横ばいぐらいにするべきだ」という議論の下、投資環境の整備などを手当てして市場への影響を抑える措置とセットで、課税のあり方が見直されようとしていた。ところが、いろいろな経緯はあるが、岸田首相が就任直後に「1億円の壁」問題への対応に向けて金融所得課税の見直しに言及したところ、同年10月に株価が急落し「岸田ショック」と呼ばれる事態となった。岸田首相はおびえてしまったのか、頑張っていた議論をそこでやめ、立ち消えとなってしまった。そのような流れのなか、23年度の税制改正法案で30億円以上の所得のある超富裕層に最低22.5%の税を課すといういわゆるミニマムタックスの制度ができた。総所得の税負担が22.5%を下回る場合に差額の所得税を課すという仕組みで、25年から適用が始まる。

――市場から反発が予想されるのでは…。

 森信 23年度税制改正法案では、ミニマムタックスの導入と同時にNISAの拡充が組み込まれた。非課税枠を1800万円まで拡大したことでNISAは劇的にヒットし、投資をやる人が増加した。そのように市場への影響という点でもきちんと手当てをしたわけなので、一定額以上株で稼いでいる人には負担を上げても良いと考える。「1億円の壁」を放置してNISA拡充だけを進めたことは格差是正という観点からは問題で、もう少ししっかり議論するべきだと思う。30億円以上の所得のある人は200~300人程度と極めて少ない。すぐには難しいだろうが、課税対象のすそ野を広げていくべきだ。納税者のうち上位0.1%(所得階級5000万円超の約7万人)に拡大し、ミニマム税率を30%にすれば、数億円単位の税収が入ってくるという機械的な試算もある。若年層の間で格差は確実に拡大しており、不公平感が強まっている。それぐらいはやらなければ少子化は免れない。

――そのほかに課題は…。

 森信 法人税についてだ。自民党から聞こえてくるのが「法人税をあれだけ減税してきたのに企業のビヘイビアが変わっていない」という声だ。つまり、内部留保をためて、個人の給与に還元せず、投資もそれほどしない企業行動をどう考えるかが議論になっており、米国のIRA(米国インフレ抑制法)が引き合いに出されている。IRAには自社株買いの買付金額の1%の課税が盛り込まれており、この自社株課税が米政権で評判が高く、バイデン米大統領は税率を4%に引き上げる意向を公表している。米国では企業が借金をして自社株買いをする例があり、1株当たりの利益が上がると言っても本末転倒の感があるため、制度が導入されたという経緯がある。私は法人税を引き上げるべきだとは考えていないが、減税されてきた「恩に報いる」という意味からも、企業は減税の社会的な意義を認識してビヘイビアを変えるべきだと思う。今年は春闘の平均賃上げ率が5%を超えたが、来年以降もこの傾向を続けることが必要だ。[B][L]

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