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「ラピダスの成功を疑問視」

早稲田大学 商学学術院
大学院経営管理研究科 教授
長内厚 氏

――日本の半導体戦略について疑問を持たれている…。

 長内 私はこのほど『半導体逆転戦略―日本復活に必要な経営を問う』(24年4月、日本経済新聞出版)を出版した。同書で一番伝えたかったのは、日本の半導体産業の課題とは、技術が高ければそれだけで利益が上がると信じられて意思決定が行われ、企業戦略というものが顧みられてこなかったことだということだ。北海道に工場を建設中のラピダス(トヨタ、NTTなどが出資)、2月に熊本県で第一工場が開所した台湾TSMC子会社のJASM(ソニー子会社、デンソーなどが出資)など、日本に新たな半導体工場を作る動きがニュースとなっているが、同書ではラピダスよりJASMの方が成果を上げ、日本の半導体産業の転機となると予想した。2社の方針を一言で言えば、JASMは「ローリスク・ローリターン」、ラピダスは「ハイリスク・ハイリターン」だ。

――JASMの可能性とは…。

 長内 JASMは技術の新しさにこだわらず、確実に需要に応えることを目指している。JASMが熊本第一工場で生産する半導体のプロセスルール(ICチップ上の回路線幅)は、22~28ナノメートル(ナノは10億分の1)と、十数年前のレベルの技術だ。一方、TSMCがアリゾナ州に建設中の工場では、現状では最先端のレベルである3~5ナノメートルプロセスの半導体を生産しようとしている。このことを受けて一部では「技術が新しくなければ意味がない」とJASMへの否定的な見方もあったが、実は22~28ナノは自動車やソニーのイメージセンサーなどに欠かせない半導体で、汎用性が高く旺盛な需要がある。日本企業や経済産業省がこのように意思決定できたことには、これまでの日本的な技術ありきの意思決定と比べて、ものの見方が柔軟になり、ビジネスのセンスが良くなったと感じる。

――ラピダスの抱える問題点とは…。

 長内 ラピダスは技術を偏重しており、日本がこれまで失敗してきたやり方を繰り返すリスクがある。同社が北海道工場で生産を予定している2ナノメートルプロセスの半導体は未だ世界で実現していないレベルであり、いくつものハードルがある。ハードルを越えるためには本来さまざまなビジネスの知恵が必要だが、ラピダスの問題解決への説明は技術論・精神論にとどまり、見通しに2つの不安がある。1つは、「どのように作るのか」という問題だ。2ナノの生産において、技術に関してはIBMと連携し、製造装置に関してはベルギーの研究所と連携するとしているが、実際に工場を動かすに当たり、どのように工場を管理したらトラブルなく生産できるのかというノウハウの裏付けが全くない。このことは多くのメディアが追及しているが、「技術的に頑張ります」という話しか聞こえてこない。もう1つは、「誰に売るのか」という問題だ。ラピダスは中規模ファウンドリーとして「数を追わない」ことを表明しているが、装置産業である以上、大量に生産・販売しなければ経営が難しくなるだろう。

――ラピダスは「2ナノは最先端だから需要がある」と説明している…。

 長内 先述のJASMのように、半導体は最先端のものだけが必要とされるわけではない。また、ラピダスの北海道工場が製造を開始するのは27年の見込みだが、25年には韓国のサムスン電子、台湾のTSMCが2ナノの量産を開始すると公表しており、ラピダスにコスト競争力があるかというと怪しい。ラピダスは製造プロセスにおいて、バッチ式(多数の中間生産品をまとめて処理する方式。必要な処理枚数を貯めてから次の工程に進む必要がある)の装置を用いない「全枚葉式」(すべての工程において中間生産品を1枚ずつ処理する方式)を導入することによって製造効率が向上し競争力が高まると主張している。しかし、「全枚葉式」はラピダスより経験のある世界中の会社が挑戦して見切りを付けたやり方だ。「本当にうまくいくのか」という疑問に対して、ラピダスは「日本にたくさんいる50~60代の半導体エンジニアを採用します。彼らは昭和の時代に24時間働く気概でやっていた優秀な人たちなので頑張っていきます」というような説明にとどまっている。

――ラピダスが成功する方策とは…。

 長内 2つの道が考えられる。1つ目に、ラピダスが持つ製造設備をパイロットラインと位置付けて研究成果を米国・台湾に供給するような、数を作ることを諦めて研究開発に特化するあり方だ。2つ目に、やはり大規模ファウンドリーを目指し、奇をてらわずに量産体制にシフトするあり方だ。どちらにせよ、米経営学者のマイケル・ポーター氏の「スタック・イン・ザ・ミドル」の論の通り、中途半端な差別化をしないことが有効だと考えるが、私は2つ目の道にかじを切るべきだと思っている。半導体は豊富な水、安い電力さえあれば立地を問わない。ラピダスが大量生産を目指さない理由はないと思う。

――日本が半導体産業で世界を制するには「製造」に注力する必要がある…。

 長内 日本が「半導体を制する」ことを目指す時、何によって「制する」のかをしっかり考えなければいけない。かつてと状況が異なるのは、90年代に台湾企業がファウンドリーを専業で行うビジネスを始めて以降、半導体の開発と製造が別々の企業で行われる、ファブレス&ファウンドリーシステムと呼ばれる分業体制ができたことだ。現在、米国では開発に特化したファブレス企業が、台湾では委託生産に特化したファウンドリー企業が発展しており、2国は半導体産業で強い力を持っている。このような状況下で、日本はやはり製造に特化した方が良いと考える。歴史的に、日本は半導体の製造で強かったが、開発ではそれほど強いわけではなかった。加えて、AIなどの分野は米国が先行しており、今からキャッチアップしてもあまり意味がない。米国と競争するのではなく、米国ができないことをして隙間を埋めていく戦略をとった方が良い。その点、米巨大テック5社「GAFAM」はソフトウエアの技術は持っていてもハードを作れず、AIスピーカーやVRゴーグルなどはすべて中国で製造している。一方で、欧米では中国製の通信機器などの安全性を懸念して排除する風潮がある。日本にとっては有利な状況で、この機を逃さずに半導体に限らずあらゆる機器を日本で生産する流れをつくることができれば一番良い。日本は製造業がまだ強いが、徐々に部品・素材が中国に流れており、今食い止めなければ日本で大量に作りたくても作れなくなる時代が遅かれ早かれ来てしまう。日本の国内でものを作る体制を再考しないといけない。

――将来的にどのような半導体の生産が重要になるか…。

 長内 「光電融合」技術を組み込んだ半導体だ。2019年から、NTTは第6世代通信規格の基盤となる「IOWN」構想の実現を進めている。「IOWN」の3つの主要分野の1つが電気信号を光信号に置き換える「オールフォトニクス・ネットワーク」だ。実現すれば、電力効率が高まって消費電力が削減でき、処理スピードも速くなる。第一段階としてコンピューター間の通信ケーブルを光ファイバーに置き換え、2030年にはコンピューターのなかの回路も光で置き換えることが検討されている。そのうえで、光と電気を融合させる半導体が重要になる。もちろんラピダスの2ナノ半導体と同様に技術的な難しさはあるが、ラピダスの技術・ノウハウを生かしながら、日本の技術力の高さで差別化できないか。また、「IOWN」構想を推進するのは総務省だが、半導体は経産省なので、両省が連携を取れるかどうかは1つのカギかもしれない。

――改めて日本の半導体産業の指針について提言は…。

 長内 2つある。1つはやはり、技術の知恵だけですべての問題を解決しようとしないことだ。技術力を過信せず、ビジネスの知恵を着実につけていくことが日本の製造業全体の課題だ。もう1つは諦めないことだ。政府が中長期的に資金をつぎ込むこと、もう少し民間から出資を促すことが重要だ。設備投資してすぐに諦めるのは日本の悪い癖で、諦めた結果、税金でつくった設備を売却して米国企業がもうかるという構図がよくある。一番良くないのは中途半端で終わってしまうことだろう。最後までやり通す覚悟が必要だ。[B][L]

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