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「技能実習制度の問題点は継続 」

国士舘大学
文学部教育学科教授
鈴木江理子 氏

――3月に外国人の技能実習制度を育成就労制度へ変更する法案が閣議決定された…。

 鈴木 技能実習制度を「実態に即して発展的に解消」するとして、育成就労制度という新しい制度が創設されることになった。両者の違いは、制度の目的である。技能実習制度の目的は、少なくとも建前としては、途上国のための「人材育成」であったが、新たな制度の目的は、日本のための「人材確保と人材育成」である。技能実習制度が人材確保の目的で活用されてきた実態を踏まえた変更は、一定の評価ができる。これに対して、日本のための人材育成というのは、未熟練労働者として受け入れた外国人を、深刻な労働力不足への対応として2019年に創設された「特定技能」の技能水準まで育成するということである。ただし、人材育成という目的を残していることが、問題の根本的解決を妨げている。技能実習制度の問題点の1つは、たとえ残業代未払いや長時間労働、パワハラや行動の制限など、労働者として、生活者としての権利侵害があったとしても、実習実施計画に基づいて技能等を修得しなければいけないという建前上、原則、転籍(転職)ができないことである。育成就労制度では、制度上、自己都合の転籍が認められることになったが、人材育成という目的を達成するために、転籍制限が維持されている。

――育成就労制度では転籍制限が1~2年に緩和されたはずだが…。

 鈴木 改定法案は、有識者会議での議論を経たものであるが、有識者会議の中間報告、最終報告、それを踏まえた政府の対応、そして改定法案に至るまで、とりわけ転籍要件に関して変化している。当初は、「1年」だった転籍制限期間が、「当分の間、分野により1年~2年」に変わり、法案では「当分の間」の記述が消え、永続的に「分野により1年~2年」となっている。自己都合で転籍するためには、日本語と技能の試験に合格したうえで、適切な転籍先を探すというハードルがある。そのうえ、例えば、ある分野で2年経たなければ転籍できないとなると、育成就労期間3年のうち転籍先での就労は最長でも1年である。さらに、新しい受け入れ機関は、転籍前の受け入れ機関が支出した初期費用の一部を負担しなければならないので、受け入れ機関としては、3年間働いてくれる外国人を受け入れた方がメリットは大きいだろう。転籍制限の緩和と言われているが、結局、自己都合による転籍は難しく、依然として労働者としての権利が十分に保障されない状況だ。

――外形的な制度の見直しは行われたが、根本的な問題は解決されていないと…。

 鈴木 この背景には、政府が、外国人の権利を保障することよりも、受け入れ側の意向を優先していることがある。これまで技能実習生を受け入れていた企業等からすれば、自由な転籍を認めてしまえば、賃金など条件のよい企業等に移ってしまい、人材確保ができないという懸念がある。自治体としても地域から技能実習生がいなくなるのは困るので、これらの要望に応える形で転籍の自由度が下げられてしまった。そもそもこうした要望の背景には、制度で縛らなければ、労働者が移動してしまう実態がある。転籍を自由にすれば労働者を確保できないと主張することは、労働条件が悪いことを自ら認めているようなものだ。また、技能実習生は20代の若者が中心なので、生活環境が魅力的な地域を好む者が多く、そういう点でも流出が危惧されている。ただ、従来の技能実習制度でも、やむを得ない場合の転籍は認められており、新制度では、やむを得ない事由の要件を明確化し、その範囲を広げたことは、かろうじて半歩前進と評価できる。

――関係諸機関の抜本的適正化が求められる…。

 鈴木 育成就労制度の創設に伴って、これまでの監理団体が「監理支援機関」に名称を変え、外部監査人の設置が許可要件となり、受け入れ機関と密接な関係を持つ役職員を受け入れ機関に対する業務に関わらせてはならないなどの「適正化」が行われた。ただ、これまでの技能実習制度でもこういった見直しは行われていたものの、ほとんど是正されなかったことを考えると、その実効性に疑問が残る。このほか新制度では、外国人技能実習機構に代わる「外国人育成就労機構」が設立されるが、外国人技能実習機構が技能実習生に対して十分に支援できていないことに照らせば、あまり期待できないだろう。結局のところ、送り出し機関も含めて、技能実習制度の関係諸機関がそのまま温存されてしまっていることは大きな問題だ。

――一方で、川口市では不法滞在するクルド人が問題になっている…。

 鈴木 技能実習・育成就労制度と川口市のクルド人は異なる問題だと捉えているが、人権に配慮した受け入れ環境整備が求められる点は共通している。6月に施行される改定入管法によって3回目以降の難民申請者は送還可能になるが、これまでは「難民の送還停止効」によって、難民申請者を強制送還することができなかった。他国なら難民認定されるような人でも、難民認定のハードルが非常に高い日本では不許可になり、非正規滞在を強いられる。母国に帰れば迫害を受ける恐れがあるため、不認定になっても帰国できず、申請を繰り返す。仕事もできず、保険にも入れないため、民族コミュニティの相互扶助に頼らざるを得ず、川口市にクルド人が集住することになった。そのなかには、10年以上日本で暮らすクルド人も多い。日本生まれの子どもや若者もいる。難民認定審査を国際人権基準に照らしたものにするとともに、難民申請者や難民認定者に対する受け入れ環境を整備することも重要だ。日本語や日本のルールを学ぶ機会がなければ、日本人と交流をもつことができず、閉ざされたコミュニティ内で生きることになり、地域社会に分断が生まれるであろう。

――今後、外国人労働者は一層増えると予測されている…。

 鈴木 24年度から5年間の特定技能の受け入れ上限数が82万人と閣議決定された。既に200万人超いる外国人労働者と、特定技能以外の経路からの外国人労働者を合わせれば、5年後にはゆうに300万人を超えるだろう。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、50年後には日本の人口の1割が外国人になると言われている。外国人の受け入れ政策には、「どう受け入れるか」と「受け入れた人にどう対応するか」の2つの側面があるが、これまでの日本は両方とも不十分だった。技能実習制度では労働力不足のために受け入れながら国際貢献と称しており、クルド人に関しては難民として保護すべき人を難民として認定してこなかった。さらに、受け入れた人たちに対して、日本人と同じように活躍できる環境を整えることもしていなかった。第二世代の教育もいまだ課題が多い。一方、日本の人口問題に目を転じれば、外国人受け入れによる社会増は問題解決の1つである。高齢化に伴う介護サービス需要や2024年問題など、あらゆる産業分野で労働力不足が深刻化し、近い将来、24時間営業や翌日配送など、私たちが享受している便利で快適な生活が望めなくなるかもしれない。こうした社会的状況を踏まえれば、試算以上に外国人が増える可能性も高いだろう。ただし、外国人が日本に来てくれればの話だが…。

――今後見直すべき点は…。

 鈴木 今回の法改定は、技能実習制度の問題点を解決しようとしつつも、これまで技能実習生に「依存」してきた産業や地域に配慮したものとなっている。もちろん、技能実習制度廃止による急激な変化の影響を緩和するため、一定の経過措置が必要であることは理解できる。だが、長期的には、国際的な人材獲得競争が激化しているなか、制度で転籍できないように縛り付けなければ労働者を受け入れられない企業等や産業は選ばれなくなるだろう。したがって、受け入れ機関や産業だけでなく、自治体の努力が求められる。首長を先頭に意識改革し、地域の持続可能な発展のためには外国人が不可欠であること、そのためには選んでもらえるような地域を作っていかなければならないことを自覚したうえで、環境整備や意識を変えていく必要がある。ただし、こうした改善努力も一定規模の予算や人員があればできるが、転籍できない技能実習生に頼ってきた自治体は、総じて、財政基盤や人員が脆弱な自治体である。もちろん、自治体としての努力は必要であるが、国全体としても国土のなかに衰退していく地域を作ることは好ましくはないはずだ。環境整備を自治体の自助努力のみに委ねるのではなく、予算措置も含めて、政府としての取り組みの本気度が試されている。[B][N]

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