景気探検家・エコノミスト
宅森昭吉 氏
――日本では株価が急騰しており、バブルの懸念も出てきたが…。
宅森 株価は皆が動く方向へ動きやすい。中国株から日本株へのシフトや、新NISA、円安等、様々な条件が重なって今の日本株高の状況があり、それは基本的には悪くないことだ。相場格言に「辰巳天井」という言葉があり、1950年以降のデータでみて、十二支の中で辰年は日経平均・前年比が平均28%上昇と一番高い。十二支は、もともと草木の成長を表すもので、辰は「草木が成長し形が整う」時期に当たる。今年はそのジンクスが守られ、株価上昇に繋がったようだ。また、今年のマグロの初セリが1憶1424万円で落札されたことも、株価を見るうえでの安心感に繋がる。マグロの初セリが1憶円を超えた年は過去3度とも全て日経平均株価が2桁上昇している。新年のご祝儀相場となる初セリでこの値段を付けるには、業者にそれだけの余裕がなければできず、そこで全体の景気環境を見ることが出来るという訳だ。実際に、最近の日本ではGDP成長率はさほど伸びていなくても、企業収益自体はかなり良い状態であり、円安が進んだこともあり輸出企業が好調だ。商品の値上げも国民から許容される雰囲気にある。価格転嫁できれば企業収益に繋がるため、あとは企業が賃上げをきちんと実施してくれるかどうかだ。春闘では、昨年の賃上げ率3.6%を超えられるとの見方が強まっている。環境的には悪くないと思う。
――今年の注目イベントは…。
宅森 米大統領選挙が注目される。米国の政権と経済の関係性を見ると、大統領選挙の年には、民主党出身の大統領の方が共和党出身の大統領より株価は上がりやすいというデータがある。1961年以降、民主党の時はNYダウが平均10.6%上昇、共和党出身の大統領の時は2.7%の上昇となっている。民主党の方が景気拡張的な政策を取りやすい傾向にあることが背景のようだ。また、今年はオリンピックイヤーだ。過去、海外で開催されたオリンピックで日本が金メダルを10個以上獲得した年は、大会期間中の株価が上昇するというデータもある。景気の悪い年の今年の漢字は暗いものが多いが、年末恒例の今年の漢字も夏のオリンピック開催年は、オリンピックで日本勢が活躍して金メダルを獲得することで明るい「金」が選ばれることが多い。2021年東京オリンピックの今年の漢字も「金」だった。日本は10個以上の金メダルを獲得し、若干だが大会期間中に株価が上昇した。
――景気の後退リスクとなるものは…。
宅森 民間のエコノミスト40人弱を対象に毎月行われている「ESPフォーキャスト調査」で、3カ月に一度、景気後退リスクに関する特別調査が行われている。直近の1月調査では、景気後退リスクとして最も多く挙げられた項目は米国景気の悪化、2番目が中国景気の悪化、3番目が賃上げ不足だった。米国景気に関しては、3月7日時点のアトランタ連銀のGDPナウが1~3月期2.5%程度の成長を予測していることに代表されるように、目先安定した成長軌道を辿りそうだ。また、最近の2月雇用統計にはインフレ圧力を引き起こす賃金上昇加速などを示す証拠はなく、米国景気は11月の大統領選挙までは景気腰折れ要因にはならないだろう。
――今後の景気を見る際のポイントは…。
宅森 企業がきちんと従業員に対して賃上げを行うのか、設備投資を実施していくのかが、今後の景気を見るうえで重要なポイントとなろう。実質GDPは10~12月期第1次速報値時点で、個人消費と設備投資が3期連続マイナスだった。実質GDPが前期比年率▲0.4%と2期連続マイナスになったことで、形式上のリセッションを懸念する向きもあった。しかし、10~12月期の法人企業統計は強く、それが基礎統計に使われた第2次速報値で設備投資がプラスに転じ、個人消費は減少率がやや拡大したが、実質GDPは前期比年率0.4%増とプラス成長に転じた。また、人手不足と資材の高騰化のため建物系の設備投資が弱い。一方で、機械受注に関しては一昨年の11月から続いていた低迷状態からようやく抜け出し、昨年12月の数値は2.7%増、そして今年1~3月の見通しは4.6%増とプラスが見込まれている。目先は、1月の鉱工業生産が一時的に大幅減少した影響も懸念されるが、人手不足対応のデジタル投資などが出てくる可能性が大きい。
――個人消費が3期連続でマイナスとなった背景などにあるものは…。
宅森 個人消費に関しては、やはり物価が上がっている事が大きく影響している。消費者物価指数の上昇が賃金の伸びを上回っている。また、暖冬という事も冬物需要に影響しているようだ。内閣府「消費者マインドアンケート調査」によれば、2年前のロシアのウクライナ侵攻後、物価見通しは「上昇する」が「やや上昇する」を常に上回り、物価急騰を懸念する向きが多かったが、直近の2月調査では「やや上昇する」の割合が最も多くなり、物価上昇見通しも幾分落ち着いてきた。しっかり賃上げが行われ、消費者物価指数の前年比が2%程度で落ち着けば、やがて実質賃金は前年比プラスに転じていこう。消費者態度指数は昨年夏場にはもたついていたが、10月から上昇傾向に変わり、直近では21年頃の数字に戻ってきていることも、個人消費にプラスに働こう。
――物価の見通しは…。
宅森 食料では一時期よりも物価上昇率が落ち着いているものがある。例えば、鶏卵だ。卵は色々な材料に利用されるため、鶏卵価格が落ち着くと、財の消費者物価を安定化させる一要因になるだろう。しかし、テクニカルな物価上昇要因があり、23年2月分から適用された電気・ガス価格激変緩和対策の効果が一巡したため、2月の物価指数・前年同月比が上昇することになる。国内企業物価指数では1月の+0.2%から2月+0.6%上昇へと14カ月ぶりに伸び率が高まった。ウエイトが1000分の58.4ある電力・都市ガス・水道の下落率が1月の▲27.7%から2月は▲21.9%へと5.8ポイント改善したことが主因だ。消費者物価指数・前年同月比も2月に同様な理由で上昇することが予測される。さらに、今春で対策が終了する時点でエネルギー価格の低下要因が剥落し、前年同月比の上昇に寄与することが見込まれる。原油価格はWTIでみると1バレル=70ドル台後半程度で推移している。ウクライナ侵攻直後の100ドル超になった時期に比べれば随分落ち着いている。入着原油価格の前年同月比は前年の水準に影響されるので、最高で4月頃に10%台前半をつけるにとどまりそうだ。1月の全国消費者物価指数で財の前年同月比は2.1%上昇、サービスの前年同月比は2.2%上昇で、サービス価格も2%程度のしっかりした伸び率になっている。サービス価格はいったん上がるとなかなか下がらない。ただ、この部分は賃金上昇につながるため、足元では望ましい上昇と言える。今年は消費者物価指数・前年同月比は年末にかけ緩やかに鈍化しようが2%台は維持しそうだ。日銀の政策変更をしやすい環境になっているのではないか。
――中国の動きについて思う事は…。
宅森 不動産不況が懸念される中国。ESPフォーキャスト調査の中国製造業PMI見通しでは、昨年11月時点までは先行きは上昇を予想する回答が多かったが、今年2月の調査では横ばいという意見が多くなっており、これまでの楽観的な見方が変わってきているようだ。今後、中国が国債を大量に発行して目先の景気を下支えするなどの動きもあるが、中国を見ている日本人エコノミストの考えが少し変化している事は確かだ。
――1月の景気動向指数の判断は「足踏み」に転じたが…。
宅森 1月の景気動向指数を使った景気の基調判断が「改善」から「足踏み」に転じたのは、不正のため稼働停止となった一部の自動車工業などの影響だ。一時的な要因によるもので、「改善」に戻るとみられる。但し、「足踏み」から下方修正されると、「改善」に戻るのには早くても3カ月ほどかかる。そうすると「足踏み」というイメージから、景況感に、もたつき感が出てきてしまう懸念がある。また、実質GDPは1~3月期に再びマイナス成長に転じそうだ。こうした経済指標の悪化は一時的な足踏みで、景気の基調は底堅い。速報性のある2月の景気ウォッチャー調査などの一連の数字を見る限り、全体的にみて今の景気は悪くはない。経済指標の表面的な動きに惑わされずに、企業が政府の後押しがある今のうちに設備投資をしておけば、日本経済低迷の理由の一つとされている生産性の悪さも改善されていく筈だ。[B]