金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「アベノミクスの狙いはバブル」

慶應義塾大学大学院
教授
小幡績 氏

――MMT(現代貨幣理論)を掲げて、デフレ脱却のために国債をもっと大量に発行すべきという意見があるが…。

 小幡 MMTは日本以外では誰も相手にしていない。ただし、MMTのいう財政による実需が物価を動かすという考え方自体は、ノーベル経済学賞を受賞したクリストファー・シムズ氏も一部認めており、日本でも元IMFの伊藤隆俊氏や元日銀の早川英男氏も「それほど滅茶苦茶な理論ではない」と言っている。もともとは少数派の米経済学者から始まったマイナーな理論で、まともな学者は誰も取り合わなかったが、日本では長期のデフレで金融緩和が続いている事から、また、コロナ禍において世界中で低インフレと低金利が広がる状況になった事で、正統派の主張に対する懐疑論としてネットメディアを中心にMMTが脚光を浴びるようになった。「MMTは物価が上がるまで財政出動を続けるというもので、物価に影響を与えるのは金融ではなく財政出動だ」という主張自体は事実であり、量的緩和も、国債の金利を抑えることで、財政支出を増やしやすくすることにより、財政出動による需要増大効果が現実に経済に影響を与えた。

――今の日本で行われている財政出動や金融緩和は、国民がお金を使うような仕組みになっていない…。

 小幡 世界中どこでも金融政策というものは、中央銀行が市中銀行から国債を買い、その市中銀行の当座預金口座に中央銀行からお金が振り込まれて、その当座預金を使って市中銀行が個人や事業者に融資することで、初めてお金が世の中に出回る。つまり、どんなに金利を低くしても、中央銀行がどんなに金融緩和をしても、市中銀行から民間経済主体にお金が流れず、中央銀行の当座預金口座の中にあるままでは、需要が増えることがなく、結果として物価も変わらない。MMTの問題点は、現実的でない、という点に尽きる。現実に実行されたら、経済は必ず大破綻する。なぜなら、MMTの主張は、デフレの間は、財政を拡大し続け、それにより経済が過熱してインフレになったら、そのとき財政を減らして物価が下がるまで支出を減らし、増税をすればよい、ということだ。しかし、現実には、実際に景気が過熱し、インフレで庶民の暮らしが苦しくなった時に、支出を大幅削減し、いきなり大増税をすることが出来るのだろうか。政治的に難しいし、そもそも経済は必ず破綻する。社会が壊れてしまうので、絶対にやるべきでないし、実際にやろうとするまともな政治家はいないはずだ。

――実際に、日本でバブルを潰す時には大増税を行った…。

 小幡 景気を調整するのに、金融政策が中心となるのは、財政政策よりも政治的なプロセスから独立しているために、素早く妥当な政策調整が、政治的状況にかかわらず、中立的に行えるからだ。金融政策は政治から独立しているため、日銀の判断で金利を上下することが出来る。

――実際にアベノミクスでは大規模な金融・財政政策を行ったが、現在でもGDPは伸びず、実質賃金は下がり続けている…。

 小幡 金融政策において、金利がネックとなり消費や投資が抑制されている場合には金融緩和が効く。しかし、日本の場合は既に限界まで金融緩和しているうえに、銀行が普通の人や企業に対してお金を貸し渋ることはほぼ無い。つまり、これ以上の金融緩和は、何の景気浮揚効果も持たないのだ。このような状況で、無理に過度の金融緩和を長期に続ければ、それは実体経済ではなく、金融市場にしかカネは流れない。不動産、株式投資にカネが回るだけで、景気もよくならないし、投機が膨らみ、バブルという悪影響だけが残ることになる。だから、アベノミクスは、そもそもの狙いが最初から資産バブルと円安を起こすため以外に合理的な理由はない。もちろん安倍元総理はあまり理解せずに周囲から言われるままにやったのだと思うが、やらせた方はそういう意図があり、資産バブルを起こして儲ければよいと考えていた。だからこそ、金融関係者も止めなかった。

――政治家が物事をよく理解しないまま専門家の意見を取り入れている…。

 小幡 学者になると、政治に自分の政策を売り込みたくなるものだ。ただ、選挙受けしない政策は政治家にあまり受け入れられないため、「ポピュリズム」と「一挙解決願望」を満たすような政策提言をするようになる。例えば、リフレ派が言う「デフレを解消するにはインフレを起こせばよい」という様なものだ。政治家も悪気がある訳ではないと思うが、「難しいことはわからないけれども自分がやりたい」という思いが強すぎて、自分が理解できる範囲の簡単なものに飛びついてしまう。しかし、経済はそんなに簡単なものではない。また、世論としても簡単な答えを求める風潮が日本にはある。例えば、普段バラマキに反対していた人たちでも、一律10万円を配るという政策が決まれば、一刻も早く配れと言う。日本人が「エリート」を嫌い、政治家がポピュリズムに走った結果が「国民の言いなり政権」だ。しかも政策の実施方法も安直で「一律10万円を配る」などとするから、結局収拾がつかなくなり、誰にも感謝されないという状況になる。そもそも国民全員が満足する政策などないし、実施方法はもっと緻密な作業が必要な筈だ。官僚も頑張っているのだが、なかなか政治家はいう事を聞かない。だから、政治主導よりも、政官学で分業が必要だと思う。

――デフレ脱却のために、物価や賃金を無理に上げようとしている今の状況について…。

 小幡 物価は絶対に上がらない方が良い。というのも、今、日本は高齢者社会となっているため、勤労所得を得ずにお金を消費している人が全人口の5割いる。賃金と物価が等しく上がれば、働いている人は良いかもしれないが、そうでない人は困ってしまう。一般的に、世界各国では物価が上がると賃金も上がらなければ生活していけないため、労働者がストを起こすことで賃金が上がっている。また、欧州では物価水準に連動するような賃金体系になるよう経営者と労働組合で協定を結んでいたり、米国の労働者は給料アップを目指して転職しようとするため、優秀な労働者に逃げられたくない経営者は給料をアップして引き留めるしかない。そういう労働者の交渉力で賃金が上がるマーケットになっているのだが、日本では政治主導で、或いは世間体につられて賃上げしている。交渉力のない労働組合のもと、正社員で居続けるために給料アップを諦めるといった日本の構造では、賃金の上がりようがない。そもそも世界の経済を見渡しても、実質賃金がプラスになるのは、物価が抑えられた時だ。物価が高くなると労働者が反発し、そこでインフレを抑え込むと実質賃金がプラスになる。そして賃金はその後も下がらない。その繰り返しだ。物価を抑えることによってしか実質賃金はプラスにならない。さらにいえば、経済の活力がない状態で無理に賃金を上げたところで、物価が適正価格以上に上げられる筈がない。[B]

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