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「炭素燃料への回帰は不可避」

キヤノングローバル戦略研究所
研究主幹
杉山大志 氏

――米大統領選ではトランプ氏が当選の勢いだが、米国の脱炭素政策への影響は…。

 杉山 トランプ氏は既にパリ協定を離脱すると明言しており、バイデン大統領が取り組んでいるグリーンディールやESG投資を終わりにすると述べている。ただ、これはトランプ氏だけではなく、共和党候補指名争いから撤退したロン・デサンティス氏も同様の政策提言を行っており、共和党の候補者は同じ姿勢を示していた。共和党はエネルギードミナンスと呼ばれるエネルギーの安定的な供給を重視しており、共和党が勝利した場合、連邦レベルの環境政策は180度変わることになる。

――パリ協定をトランプ新大統領が離脱した場合は…。

 杉山 バイデン政権がパリ協定に復帰した際は議会を通しておらず、離脱するのは簡単なので、トランプ氏は大統領就任初日に離脱を宣言するのではないか。パリ協定は現在行き詰まっていて、先進国だけが2050年にカーボンニュートラルを達成する目標を掲げているが、途上国は協力しない姿勢を取っており、さらに米国も離脱するならば、日本も離脱せざるを得ないのではないか。そうなれば京都議定書が潰れたのと同じ構図になる。京都議定書よりもパリ協定の方が極端な数値目標を掲げているだけ経済への害が大きい。また、現在のパリ協定では、気候危機による自然災害は先進国がかつて排出したCO2が原因とされ、途上国で起きた自然災害は先進国が保障することになっているが、その保障金額年間5兆ドルは現実的な金額ではない。途上国側はこれが温暖化対策を行う前提条件と言っていて、おかしなイデオロギーに染まってしまっている。このため私は、日米とグローバルサウスの友好国がパリ協定に代わる新しい枠組みを作ればよいと考えている。グローバルサウスからすれば化石燃料を使って経済を発展させたいうえ、日米から投融資を受けたい国は多くあるため、エネルギーの安全保障と安定供給を主眼に、気候変動についてはその範囲内で実現可能な政策を採れば良いのではないか。

――欧州でも反脱炭素の動きが進展している…。

 杉山 ドイツでは、コロナの予算を流用してドイツのエネルギー転換を進めようとした際に最高裁にストップを掛けられ、予算が確保できなくなった影響が大きい。それが財源になるはずだったEVや水素への補助金がなくなった。このため、ドイツは財政均衡のプレッシャーが強い国のため、EVも水素も復活は難しいだろう。また、現連立政権の支持率は低く、来年の総選挙までは存続するだろうが、新たな予算措置はできずに、総選挙になれば現政権は崩壊することになるだろう。世界的にもウクライナ、中東、台湾近辺の3カ所で戦争状態に陥っており、どの国も安全保障の優先順位がトップとなり、同時に世界的なインフレや金利上昇による財政難が広がるなか、経済性が重視され、脱炭素は主要なテーマから外れる局面が来ている。

――中国で大量にCO2を排出して製造したEVが欧州を走っていると笑い話になっている…。

 杉山 ボルボの試算では、中国製のEVはガソリン車よりも走行時のCO2排出が少ないものの、製作段階でCO2を多く排出するため、CO2排出の元を取るには10万キロ走らなければガソリン車と同等にならないとされている。また、中国製のEVが欧州市場を席巻してきたため、最終的にはドイツはクリーン・ディーゼルに回帰すると思う。もともとドイツはディーゼルを推進したかったものの、排出ガスの不正問題によって袋叩きに遭い、そこで苦し紛れに出てきたのがEVだ。しかし、中国勢の躍進もあり、かつEV補助の財源も消滅してしまったので、二進も三進も(にっちもさっちも)行かない状況だ。現政権のうちは難しいかもしれないが、2035年にディーゼルを廃止するといった目標は、来年の総選挙で連邦議会が入れ替わることになれば取り消されるだろう。

――トランプ政権の環境政策は…。

 杉山 石油やガス、石炭の採掘や輸出にバイデン政権はブレーキを掛けていたが、それが再開されることになる。重要鉱物の採掘や原子力の推進などもトランプ政権の方が進むだろう。米国は連邦レベルでの炭素税などはなく、これは変わらない。インフレ抑制法(IRA)というタイトルと内容が一致しない法律があるが、この法律で再生可能エネルギーや半導体の工場立地への補助金が定められており、これについては予算規模の縮小が考えられる。今後、トランプ政権がどこまで予算を付けるかは見解が分かれているが、補助金を受ける工場立地のほとんどが共和党が大統領選で勝てる州となっているため、トランプ氏も補助金は減らさないとの見方もある。

――わが国は20兆円のGX移行国債を発行しようとしているが、市場では徐々にプレミアムが縮小するとの観測もされている。わが国の150兆円の投融資の行方は…。

 杉山 政府が掲げている10年間で150兆円の脱炭素への投融資は、単純計算で1年当たり15兆円となるが、これはGDPの約3%に上る。この規模の金額をグリーン目的の投資のみに費やすとしたら、経済の破滅以外の何物でもない。20兆円の国債だけでも、10年で回収するなら年間2兆円のコストになる。足元で政治が混乱してしまっているので何も言えないが、途中でストップをかけることが大切だ。政府の推進する太陽光発電や風力発電などを主なエネルギー源とすれば、エネルギーコストは増える一方なので、日本から工場はいなくなり、家計は苦しくなり、消費は冷え込むことになる。GX関連法案が通ってしまったので、今は「役人天国状態」だろうが、この問題は国益に真っ向から反するということだ。

――わが国の脱炭素技術の輸出を目指すという名目がある…。

 杉山 世界へ輸出するということは、十分に安くなければ成り立たない。日本の原子力や火力発電、ハイブリッド自動車、エアコンなどは、安くて優れた技術なので売れるだろう。新しい小型原発などは、日本の重電メーカーが米国でビジネスを試みており、こうした取り組みを支援していくべきだ。一方、今の日本政府が推進する水素やアンモニア、合成メタンの技術は非常に高価で、いくら売ろうとしても、売り先が見当たらない。このため、150兆円の投融資コストと、脱炭素技術の輸出メリットを秤にかけると、どうなるかは一目瞭然だ。脱炭素という流行ではなく現実の経済を考える時に来ている。

――わが国のエネルギー政策の展望は…。

 杉山 結局のところエネルギーコストが重要で、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーはコストがかさむ。太陽光発電は太陽が出ている時間のみ、風力発電は風が吹いている時間のみ発電が可能で、発電できないときのための火力発電などが必要になるため、二重投資になってしまう。これは太陽光発電や風力発電の本質的な問題点で、解決策はない。今後もICT化が進むなか、安くて安定的な電力供給は不可欠で、これができない国は脱落していくことになる。国際的にはこれまで化石燃料の輸出や投融資を止めようという流れになっていたが、米国でトランプ氏が大統領となれば米国は化石燃料を使いたがるだろうし、日本もそれに倣って化石燃料の利用を再開すべきだ。日本はアジアの化石燃料事業から撤退してしまっているが、化石燃料は途上国の経済開発のために必要なことであるので、これも米国と一緒になって復活させればよい。また、現在、米国からのガス輸入は日本のガス輸入全体の1割近くに拡大している。これは良い傾向だと思っていて、より拡大して長期的に米国から調達できるようになれば、日本のエネルギー安全保障に資すると思う。[B][N]

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