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「総統選通過も戦争リスク続々」

本紙特別顧問
貞岡義幸 氏

――台湾の総統選挙では民進党の頼氏が当選した…。

 貞岡 台湾の総統選挙は有権者の総意がきちんと現れたように思う。台湾で民主政権が始まったのは比較的新しく、総統の直接選挙が導入されたのは1996年だ。それ以前の台湾では、蔣介石率いる国民党の長期一党独裁で、自由な政党活動も出来ない弾圧政治が行われていた。その蔣介石氏の死後、国民党党首として実質的に跡を継いだのは息子の蔣経国氏だ。そして、蔣経国氏が自分の死の間際に後を託したのが、李登輝氏だった。李登輝氏は世界の時流に沿った民主政治を推進していた。そして1996年に台湾で初めて行われた総統直接選挙で李登輝氏は国民から民主的に選ばれた。彼は国民党出身でありながら、考え方としては民進党に近かった。そして、李登輝氏の後は民進党の陳水扁氏、国民党の馬英九氏、民進党の蔡英文氏と2期ずつの政権交代が続いていた。それが今回、頼氏が選ばれた事で、民進党が3期目の政権を担うことになった。

――台湾の現状と、国民の民進党に対する意識は…。

 貞岡 今の台湾は経済面などを見ても必ずしも好調とは言えず、そのため、有権者の不満も高い。しかも、民進党は2期目を終える中で政治腐敗や汚職の声が聞かれるようになってきたため、今回の総統選で国民が民進党離れを起こすのではないかという見方が強かった。しかし、中国が香港の民主化努力を力で抑え込んできた実態や、民主活動家でカナダに亡命を試みた周庭さんを執拗に追いかけ厳罰に取り締まろうとする姿を見て、台湾国民は「外交防衛上、台湾の政治にきちんと責任を持ってくれる総統は、やはり民進党だ」という判断をしたのだろう。ただ一方で、議会は民進党が少数党に転落したため、ねじれ現象が起きている。

――ねじれ現象が今後の台湾に及ぼす影響は…。

 貞岡 5月に発足する新しい民進党政権の党首となる頼氏は、かつて独立色を全面に表す血気盛んな若者だった。もともと内科医だった頼氏は1996年に中国から台湾海峡にミサイルを撃ち込まれたことをきっかけに政治家になる事を決心した。それほど頼氏は反中であり、そのため、現状維持を望む台湾国民の支持を得られるかどうか不明だった。今回の得票率も約4割と、前回蔡氏の得票率約7割から大幅に低下している。このような状態でかろうじて当選した頼氏が反中を全面に出すような政治を行えば、中国から足元をすくわれる可能性もある。米国もこの点を懸念しており、だからこそ総統選決定直後に「米国は台湾の独立を認めない」と宣言しバランスを取った訳だ。また、副総統候補である民進党の簫美琴氏は米国人の母親を持つハーフで語学も堪能という事から、今後の台湾と米国の関係がさらに密接なものになっていくのではないかとも考えられており、それを脅威とする中国からの何かしらの嫌がらせや圧力がかけられる可能性もある。台湾の総統と議会の関係がねじれ現象にある中では、例えば中国や米国から議会に対して何かしらの工作が行われ、外国等に対する重要決議が阻まれるといった事も考えられる。そういった事態を防ぐために、議会で少数党の民進党は、キャスティングボードを握っている第3党の民衆党と組む必要があろう。

――議会運営がより重要になると…。

 貞岡 今、中国が台湾に対して軍事侵攻することは国際的な立場を考えてもリスクが高い。そのため、今回の台湾総統選でねじれ現象が起きたことを利用して、中国はそういった議会工作などのシナリオを色々考えて、実行に移そうとしている段階なのではないか。米国の試算によると2027年には中国の軍事力は米軍を抜くと考えられているが、今の中国の軍事力は米国よりも劣っており、核兵器の数も米国が5000発以上保有しているのに対し中国は500発程度と一桁も違う。もしかしたら、核兵器の数の問題だけでなく、今の段階では中国軍の中にも習近平氏の意に従わない人物もいるのかもしれない。実際に外相や国防省が解任され、その部下の幹部たちも次々と辞めている。その理由を中国側は「腐敗」と報じているが、実際にはそういった人物たちが少なからずいることで、習近平氏が思うように軍を動かせないのかもしれない。そういった中国国内の軍事状況と台湾国内の政治状況がある中で、お互いにもう少し時間を置くことで平和的な解決策がみつかるのではないかと考えている節もあるのではないか。

――一方で米国は、ウクライナやパレスチナに続き、イエメンに対しても攻撃するなど、戦争ばかり行っている…。

 貞岡 米国が現在進行中の戦争に関わっている国や、その可能性がある地域は他にもあるが、私が見る限り、米国が今一番懸念している国は朝鮮半島だろう。例えば中国が台湾に全面侵攻しても、それは他国の話として知らぬ振りも出来るが、北朝鮮が韓国に奇襲をかければ、在韓米軍を置いている米国は自動的に戦争に巻き込まれてしまう。一方で台湾有事を日本有事と言っているのも、米国はいざという時には中国と台湾の戦争には関わらないという意思表示なのかもしれない。そして、そういう米国の態度は、仮に次期米大統領選挙でトランプ氏が当選したとしても変わらないだろう。中国は確かに米国にとって脅威な存在ではあるが、それは、経済面で米国の労働者を守るために中国を抑えるというスタンスだ。中国と台湾が戦争を起こしたとして、米国の国土や経済が脅かされるわけではないのに、仲裁程度はするとしても、わざわざ台湾を舞台に米軍を出すようなことはしないだろう。

――米国が今一番の脅威と考えている北朝鮮は、今後どのような行動を起こすのか…。

 貞岡 北朝鮮は、現在のように韓国を明らかに敵とみなすような発言をしているうちはまだ安心感がある。本当に二国間の関係が悪化した時には、北朝鮮は奇襲をかけてくる筈だ。突然、南北和解のような話題を持ち出した時の方が、用心しなくてはいけない。ただ、中国やソ連と違って北朝鮮の情報は外に漏れない分、考えが読めない。だからこそ、北朝鮮は一番怖い。そういった意味でも、日本は中国と台湾の問題よりも、北朝鮮の動きについてもう少し警戒した方が良いだろう。

――日本の外交や防衛も、もう少し深読みして外国の本当の狙いを考える必要がある…。

 貞岡 今回の能登半島地震で米国軍は能登半島に支援を行ってくれている。その第一目的は被害者支援であり人道目的だが、軍隊であるからには有事や戦争の事を常に考えている筈だ。つまり、今回の人道支援には別の目的もある。それは、石川県や能登半島周辺の地形や海岸線状況の把握だ。もし北朝鮮が暴発した時に、北朝鮮に近いこの辺りの地域で何が起こるのか、その時に米軍は何をすべきか、そういった事を常に考えていると思う。能登半島地震では自衛隊の基地も少なく、救助の遅れが目立っているが、日本も「軍隊」というものがそういった側面を有しているということをきちんと理解したうえで、自国の防衛をどのような形にしていくべきかという事を、もっとしっかりと考える必要がある。

――世界各地で戦争が起こっている現状を勘案すると、第三次大戦が起こらない保障はない…。

 貞岡 北朝鮮が暴発するリスク加え、燻り続けている台湾リスクや最近ではベネズエラとその隣国のガイアナとの紛争リスクも警戒しなければならない。ベネズエラが最近発見されたガイアナの石油利権を狙っているためで、ひとまず落ち着いてはいるが再び戦火を交えないとも限らない。また、移民や難民の問題から、世界が外国人の排斥運動や法律の無視といった極端な右傾化を強めており、穏健な政権が維持でき難くなっていることも戦争の火種のひとつだ。さらに、米国大統領選挙では、AI作成による偽情報が大量に流れるなど何の情報が真実なのか分からなくなってきている事も世界の平和を危うくしている。偽情報を契機に国同士の緊張が高まりかねないためだ。こうした世界の地政学的リスクの高まりにしっかりと目を凝らし、わが国の外交、軍事、政治、経済とも強化・運営していく必要があろう。[B]

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