金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「一億総株主化で新資本主義」

日本証券業協会
副会長
岳野万里夫 氏

――新年からNISAが恒久化された…。

 岳野 「貯蓄から投資へ」という家計の資産形成支援はこれまでもさまざまな施策が講じられてきた。金融ビッグバンで投信の銀行窓販が解禁され、投信が大きく普及すると期待されたが、さほど伸びなかった。また、金融所得課税の軽減税率(20%から10%)の適用が長らく続いたが、それでも投資家は増えなかった。こうした取組みの上に、14年に英国のISAを参考としたNISA(少額投資非課税制度;積立期間5年)が時限制度として始まった。さらに長期・積立・分散投資という基礎的な資産形成の手法を日本で浸透させるため、18年につみたてNISA制度(積立期間20年)が時限制度として創設され、20~40歳台の資産形成層を中心に大きな評価を得て普及し始めた。証券業界として抜本的拡充・恒久化を要望してきたところ、昨年末の税制改正大綱で実現した。

――大きな前進だ…。

 岳野 国民の資産形成に関して歴史的な前進であると思っている。昨年末に策定された資産所得倍増プランでは、投資経験者を現行の1700万人から3400万人へ、NISAの累積投資額を28兆円から56兆円へそれぞれ倍増を目指している。米国は1980年代に社会保障の目的で確定拠出年金制度(以下「DC」)である401KやIRAを導入・発展させたことにより国民のほぼ半数が加入し、長期・積立・分散投資による基礎的な資産形成が定着した。我が国でも01年にDCが導入された。もっと利用しやすい制度で広く普及していれば、我が国でもDCを契機とした長期・積立・分散投資の定着、「貯蓄から投資へ」が進んでいた可能性はあったが、残念ながら実態はそうならなかった。今年の公的年金の財政検証に併せて企業型DCと個人型確定拠出年金(iDeCo)の改革が行われる。ただ成果が出るにはまだ時間がかかる見通しである。証券業界としては「日本にはNISAがあるさ」という思いであり、NISAによる中間層の資産所得倍増に向けた取り組みを支援することを進めていきたいと考えている。

――課題は…。

 岳野 やはりネックとなるのは国民の皆様の意識、金融リテラシーではないかと思う。成人の7割程度が「投資は必要ない」と考えていることが機会損失につながっていることを看過してはならないと思う。「デフレの時代は預金で運用しておけばよかった」と言われているが、デフレ下においても例えば日経225に連動する投信に積立投資をしていれば、積立預金よりも高いリターンを得ることができた。具体的な試算を申し上げれば1990年1月から2022年12月まで日経平均株価に連動する投資信託に毎月1万円の積立投資をしていれば2022年末で総積立金額(397万円)に対し時価評価額は684万円と7割程度の含み益が得られた。一方、同額を定期預金で積み立てると複利で運用しても元本(397万円)に対し415万円と、わずか5%程度のリターンしか得られなかった。こうした実績をエビデンスとして、長期・積立・分散投資は、基礎的な資産形成手法として有効であることを国民の皆様にご理解いただき、資産形成に関する行動変容を促していきたい。

――金融経済教育の公的機関が創設される…。

 岳野 日証協は金商法の規定に基づき中立・公正な立場から資産形成に関する金融経済教育に取り組んで来たが、どうしても裏側にビジネスがついていると見られがちで、普及にも限界を感じていた。また、他の団体等も分散して金融教育に取り組んでいたので、集約して統合メリット(特に規模の拡大)を追求する余地があった。教育は外部経済効果があり本来、公的な仕事であることから、関係団体を統合してより公的な金融経済教育機関を設立する合理性があった。そこで22年7月の「資産所得倍増プランに対する提言」において、英国の公的機関であるMaPSに習って、資産形成に関する公的な機関の設立を提言した。昨秋の臨時国会で、金融経済教育推進機構(以下「機構」)の設立を含む法案が成立した。機構は金融広報中央委員会の機能を移管・承継し、認可法人として来春に設立され、来夏から本格稼働する予定と聞いている。日証協は金融経済教育事業を移管し大口の資金協力もする予定である。社会人向けに重要なのは職域と地域における取組みである。大企業に限らず全国300万社の中小企業に至るまで職域でファイナンシャル・ウェルネスの取り組みの重要性をご理解いただき、職域単位で基礎的な金融経済教育を提供していくことが重要だと考えている。また、地域においても市町村レベルで家計の健康診断のような取組みを推進していくことが望まれる。金融広報中央委員会の調査では、金融経済教育を受けたことがある人は7%程度で推移している。機構には成人の3割?5割は基礎的な金融経済教育を受けたと答える水準まで高めていただきたい。このため、機構は業務運営にあたり明確なKPIを定めて、PDCAサイクルを回しながらその達成に邁進していただく必要があり、日証協としても機構を支援しながらモニタリングもしていくつもりだ。

――株主資本主義に対する批判が絶えないが…。

 岳野 証券会社は、資本市場の仲介業者として、資本主義の重要な担い手の一部であると認識しており、資本主義の再構築の議論には積極的に参加していきたい。これまでも、格差の実態分析や、株主資本主義からステークホルダー資本主義へといったテーマに関し、政策討議資料(「格差の国際比較と資産形成の課題について」「ステークホルダー資本主義―企業の付加価値分配と新しい資本主義」など)を公表して関係者と対話を進めているところである。上場企業は過去最高レベルの利益を達成している中、賃金が増えず配当金ばかり増えている現象について、その原因が株主資本主義にあるとする見方は、日本企業の収益構造を法人企業統計などで丁寧に見てみれば、基本的には当たらないことがわかる。人件費は国内事業の売上高に連動して安定的に支払われている。伸びないのは国内事業の売上高が低迷していることが原因である。一方、配当金の増加は当期純利益の増加に連動している。プラザ合意以降の行き過ぎた円高局面から、その後の貿易摩擦やサプライチェーンのグローバル展開等の影響もあり、企業は生産拠点を海外に移している。ここで海外の従業員が稼いだ収益が投資収益として営業外利益に計上され、当期純利益が積み上がっている。日本のように企業が生産拠点をこれほどまで海外に移して「投資立国」化している国は無い。

――日本企業の利益のかなりの部分は海外の従業員によるものだと…。

 岳野 国内事業を活性化させて賃上げを可能とすることは重要だが、海外投資収益については、国内の従業員に賃金として支払うことが難しいのであれば、従業員に譲渡制限付きの株式を報酬として支払うという分配の方法がありうるのではないか。これにより従業員は配当所得と退職時の株式売却収入という資産所得が得られる。投資立国化している現在の我が国企業の収益構造を的確に踏まえ、成長と分配(賃上げ及び資産所得倍増)の好循環に向けた取り組みを構築していく必要がある。これが新しい資本主義のひとつの方向ではないか。

――新しい資本主義の考え方や資本主義の再構築の目指すところは…。

 岳野 ステークホルダー資本主義について言うと、企業は、株主のみならず、従業員、取引先、地域とさまざまなステークホルダーを重視し、社会的な存在として行動していくことが重要であるとされている。そうした方向で突き詰めて考えていけば、本当に大事なステークホルダーは国民であり、個人株主であるということになるのではないか。つまり、松下幸之助翁の「一億総株主化の理想」が望ましい姿だということになる。他方、世界における資本主義の見直しの議論は、かつてのアナルコサンディカリズムのように協同組合的な世界を志向する。「エレファントカーブ」で知られる格差問題の専門家ミラノヴィッチ氏は、「資本の所有の分散」によって格差の拡大を防止できるとして、「中間層と金持ちが受け取る収益を平等 にしたいなら、要はもっと株や債券を持つよう中間層を促す必要がある」としている。日本において「資本の所有の分散」を実現するための具体策が、NISAの抜本的な拡充・恒久化であり、株式報酬等の利活用促進である。 こうしてみてくると、「三方良し」の伝統がある日本発の「一億総株主化の理想」と世界の格差問題の専門家の言う「資本所有の分散」は、同じようなひとつの世界を目指していると思われる。個人的には、これが資本主義の再構築の方向だと考えている。[B][X]

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