金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「国債のさらなる大量発行が必要」

京都大学大学院
工学研究科教授
藤井聡 氏

――日本はここ10年、国債の大量発行を続け、国債残高は約2倍近くに膨張したが、GDPはわずかしか増えず、実質資金に至っては大幅に減少している。これについて思う事は…。

 藤井 それはGDPが成長していないことの必然的帰結であり、GDPが成長していない理由は国債発行規律を設けているからだ。多くの人がそれを理解してないから、国が、財政が混乱している。そもそも、「国債の大量発行を続けている」と言うが、国債発行が全く足りないからこうなっている。これを理解していない人が多いため、これだけ日本の経済が低迷し、挙げ句に財政が悪化している。詳しく説明すると、先ず、成長とはGDPの拡大だ。GDPとは、民需と官需からなるもので、デフレになると民需が減る。つまり、誰も消費も投資もしなくなり、企業の内部留保だけが増えていく。デフレとは需要(民需+官需)に比べ供給が多いことによって生じるものであり、ここで、需要(民需+官需)より多い供給状況の出現→デフレの発生→民需の縮小、という流れになる。この時点で政府が国債発行規律を設けずに「GDPが拡大するまで国債を発行する」(すなわち、需要が供給を上回るまで国債を発行する)というルールを持っていたとすれば、民需が縮小しても官需が拡大できるため、トータルでGDPは拡大するだろう。そしてそうなれば、マクロ経済状況が「デフレ」から「インフレ」へと転換することになる。そうなれば後は自動的に、政府支出を(デフレに陥らないように適宜)縮小させていっても、民需が自動的に拡大していくことになる。つまり、デフレから完全に脱却する事になる。しかし、一定程度の赤字は許容しつつも「GDPが拡大するまでの国債発行はしない」という中途半端な財政規律で財政を運営すれば、GDPは拡大せず、デフレが延々と継続することになる。日本は、1997年以降、こういう中途半端な財政規律を設けるようになった為、下記のグラフにしめされている用に、日本だけ、全く成長できなくなった訳だ。

――政府が国債発行規律を守っていたことが、日本のGDPが成長しない理由だと…。

 藤井 仮に政府がPB黒字化規律を完璧に守っていたら、日本のGDPは横ばいどころかさらに縮小していただろう。しかし、緊縮財政派は、「借金が増えると、将来、日本政府が破綻するかもしれないから、おカネを使わないでおこうと考える人が出てきて、消費が減る」というロジックを持ち出し、「成長が停滞しているのは、借金が増えたからだ」と強弁する。これに対し、下記グラフ(実質消費の推移)からも明らかなように、借金が増えたから消費が低迷したという効果は観察できず、観察できるのは(リーマンショックや東日本大震災に加えて)消費増税をする度に、実質消費が大幅に急落するという事実であり、消費増税によって消費拡大率が下落し続けているという事実だ。つまり、消費税増税が消費を縮小させている。ただし、消費税増税のインパクトは、そうした瞬間的な消費下落だけではない。このグラフに示されている通り、「消費の伸び率」それ自身が大きく下落している。その結果、消費税増税の消費下落効果は、時間が経てば経つほど、累積的に巨大化していくことになる。そして、消費増税が行われたのは、財政規律を守るためであり、国債発行額の抑制のためだ。国債発行額の抑制規律は、消費増税と共に予算カットを促す。それにより、国債発行抑制の規律(1997年に導入された赤字国債発行額の上限規制、後にPB規律)→消費増税と不十分な予算拡大→消費の縮小(=民需)の縮小→需要(民需+官需)より多い供給状況の出現とデフレの発生(1997)→民需の縮小と官需の不十分(中途半端)な拡大→未成長→収入の低迷とGDPの低迷→債務対GDP比の拡大、という流れが起こった。つまり、デフレから脱却できるまでの十分な財政出動(消費減税含む)があれば、官需が十分に増え、デフレが終わり、GDPが拡大し、そして、債務対GDP比が改善していくことになることは、以上の分析結果から明白だ。

――日本の予算執行構造をみると、与党自民党はいわゆる利権政治、中央官庁は「省あって国なし」の状態であり、予算を効率的に使える体制とはとても言い難い。そうした構造である限り、国債を大量に発行していわゆる積極財政を推進しても、非効率的な体制が強まるばかりで、経済成長にとっては逆効果となる可能性が高いのではないか…。

 藤井 「中央官庁は『省あって国なし』の状態であり、予算を効率的に使える体制とはとても言い難い」と言える根拠があるとは思えない。官僚組織には、ダメな所はあるが、いいところもたくさんある。予算に柔軟性がないのは大問題だと思うが、各省庁は、本当はやらなければならないことが山積なのにPB規律等があり、一旦削ってしまうと二度と増やすことが出来ない状況にある。だから各省庁、ならびにその各部局は必死になって現状の予算規模を守ろうと必死になる。結果、予算が硬直化してしまうわけだ。しかし、PB規律がなく予算に柔軟性がでてくれば、そうした各省庁の硬直化した態度も緩和し、特定項目を減額する余裕も出来るだろう。別の言い方をするなら、予算執行構造を問題に「国債を大量に発行していわゆる積極財政を推進しても、非効率的な体制が強まるばかりで、経済成長にとっては逆効果となる可能性が高い」というようなことをいって、国債発行しようとしないから、硬直化しているのではないか。実際に、PB規律がない他の国は硬直化してない。

――民間企業はデフレに対応してコストカットを余儀なくされ、ダウンサイジングが出来るが、国家予算はデフレだからといって逆に拡大する。このため、「本来経済のサイズに合わせコストカットしなければ調和がとれない程に財政が肥大化してしまい、日本経済全体の効率を悪化させる」という意見があるが…。

 藤井 そんな事を言っている人がいて、そういう人が実態的な権力を日本で持っているから、予算が必要な水準にまで拡張できずにデフレが続いており、終わりが見えない。それは、最初の質問にお答えした通りだ。また、デフレ下における日本政府の経済政策について「政府の合理化によって生まれた余剰金を減税という形で還元する」という様な論を唱える人もいるが、この言説の前提はPB黒目標、というものだ。もちろん政府はもっと合理化した方がいいに決まっているが、合理化しなくても、今のままの政府でも減税は出来る。繰り返すがそもそも日本のデフレ現象の原因が、消費税増税とそれを導いた国債規律であることは、上記のデータを見れば誰でも分かる筈だ。

――「ワイズスペンディング」を促すためには、所得税や消費税の減税はもちろん、国家の長期的かつ合理的な経済計画を策定し推進するかつての経済企画庁のような組織と、コストカットのための会計検査院の独立性と体制強化が必要だと思うがいかがか…。

 藤井 それは大いに賛同する。財政規律の王道は、今の日本政府のPB規律のような「緊縮的かつ機械的な国債の総量規制」ではない。「内容の査定」と、「適切な成長を前提とした国債の総量規制」だ。優秀な成長企業は、どこでもそうやっている。かつての財務省(旧大蔵省)は、「内容の査定」に今よりもより多くの労力をかけており、その結果、その能力が高かった。しかし今は、PB規律に拘る余り、「内容の査定」にかける労力は縮減し、その帰結として、査定能力も下落してしまった。これがさらなる「非ワイズスペンディング」状態を導いている。PB規律に過剰に拘ることを辞めれば、財務省の内容の査定能力が向上すると同時に(先に指摘したように)各省庁の予算についての硬直的態度が緩和し柔軟化し、ワイズスペンディングが一段と向上することは明白だ。一方で、PB規律(つまり、「緊縮的かつ機械的な国債の総量規制」)に過剰に拘るのではなく、物価上昇率が2~3%程度、名目成長率が4~5%、実質成長率が2~3%となるような範囲の量の国債発行を目指す「適切な成長を前提とした国債の総量規制」に政府の財政規律を転換すれば、論理必然的にデフレは脱却し、成長することになる。一般に経済学では、そういう財政態度を肯定する理論は「帰納的財政論」と呼ばれるが、この考え方に基づいて国債発行額を調整するわけだ。国債発行額を増やせば、物価上昇率も名目・実質成長率も向上し、国債発行額を減らせば、下落する。この当然の因果律を踏まえつつ、毎年毎年、適正な国債発行額を推定し、その推定に基づいて財政規模を調整するわけだ。今日のPB規律はそうした適切な国債発行額の水準の調整を禁止しており、その結果、デフレ(現状においては、スタグフレーション状況)の継続を導き、貧困、格差が拡大するのみならず、財政健全性が激しく毀損してしまっているのだ。つまり、デフレ脱却、経済成長のみならず財政健全性を確保するため、そして、政府の財政のワイズスペンディング性をより向上させるために、PB規律を解除し、より柔軟な国債発行額の総量規制を図るべきだ。[B]

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