金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「バフェットと新NISAの穴」

マーケットエッセンシャル
主筆
前田 昌孝 氏

――株価がバブル期以来の高値を付けているが、その買い材料は…。

 前田 今年は個人投資家が例年になく活発に動いており、売買高は11月第2週までで年間売買高の過去最高記録を更新した。これは、今まで株を塩漬けにしてきた投資家たちが含み損がなくなったり利益が出たりして売ってしまい、新しく持ち手となった投資家たちも強気になっているためと見ることができる。岸田政権の「資産所得倍増計画」などが作り出したムードも、それらの政策自体はどこまで信じていいか分からない内容だが、影響を与えているだろう。また、一つの見方として、今年4月に米著名投資家のウォーレン・バフェット氏が来日し、日本株への追加投資の検討を表明したことによって、海外投資家の買い越しが発生したと言われている。とはいえ、海外から資金がどっと入ってきているという感覚はまだない。中国株から日本株へのシフトが起きているとする声もあるが、一部の市場関係者のポジショントークだと感じてしまう。80~90年代を振り返ると、当時の世界の機関投資家は「ジャパンデスク」と呼ばれる部署を作り、日本株の専門家を雇って日本企業を分析し、日本株のウエイトをどうするかということを真剣に考えていた。しかし、今となっては日本株の専門家などはいわゆる絶滅危惧種だ。現状、外国人投資家においては「話題になっていたから試しに買ってみよう」という需要が中心なのではないか。

――バフェット氏はなぜ日本に興味があるのか…。

 前田 バフェット氏による日本株投資が初めて明らかになったのは20年8月、日本の5大商社の株を5%ずつ取得したことが公表された時だ。はじめは不思議に思ったが、米国株のリスクをヘッジするために比較的割安でまとめて買える日本株を選んだのだろう。バフェット氏は投資の秘訣を「吸い殻投資」だと表現したことがある。道端に落ちているタバコの吸い殻は多くの人から見向きもされないが、それを拾って吸えば一服の清涼感は味わえる。それが投資の秘訣だとしたうえで、日本株は「吸い殻投資」にも値しないということをかつて彼は言っていたが、「吸い殻投資」くらいには値するようになったのかもしれない。もう一つ考えられる理由は、バフェット氏は金利の安い円で調達してその円で投資し、円安が継続するリスクをヘッジしているため、日本株が高くなればその分だけ儲かることになるということだ。

――バフェット氏は「投資の神様」と呼ばれているが…。

 前田 本屋に行くと「バフェット氏が次に狙う日本株はどれだ」という本がたくさん並んでいる。私にもオファーが来たがお断りしたところ、改めて「バフェット氏という虚像」をテーマに執筆を頼まれ、『バフェット解剖 世界一の投資家は長期投資ではなかった』(宝島社、23年10月10日発売)を書いた。「バフェット氏が買う銘柄を買えばうまくいくんじゃないか」と期待する個人投資家もいると思うが、そうとは限らない。まず、バフェット氏が機関投資家としてこれまで買ってきた200以上の銘柄について、S&P500と比べて勝ち負けを見ると、負けている方が多い。また、同氏が代表を務めるバークシャー・ハサウェイの運用益はほとんどアップルに支えられている。16年の1~3月期に初めて買って以来出資額を拡大し続け、今では累計利益の7~8割を占めており、アップル株を除いた成績は判断しにくい。加えて、バフェット氏は「割安株の長期投資家」としてよく説明されるが、実は1銘柄の平均保有期間は3.8年とそれほど長くない。本当に長期保有している銘柄はコカコーラ、アメリカン・エキスプレス、ムーディーズくらいだ。バフェット氏も普通の投資家のように苦労して成功も失敗も経験してきているというのが、調べれば調べるほど実像として見えてくる。そのような実像をしっかりと見ないといけない。バフェット氏が買ったからと安易に買うのは危うい。そもそも、誰かが買ったから買うというのは投資ではない。あくまでも自分の頭で考えて自分で買うべきだ。

――NISAの制度改正などが注目されているが、日本の株式市場のここ30年のパフォーマンスは極めて良くない…。

  株価は一部大企業の銘柄で上昇したことで全体的に上昇しているように見えるが、まだ低迷している会社の方が多い。89年末に買って今まで持っていたとして、配当込みで利益が出た銘柄は半分足らずと考えられる。半分以上の企業の株は配当を足しても投資元本に届かないだろう。一方で、金融庁は、株式市場が右肩上がりで成長するという前提でNISAをはじめとした制度を組み立てている。それは金融庁のウェブサイトでの説明の仕方にも表れている。例えば、積立投資のシミュレーションのページ(https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/moneyplan_sim/index.html)を見ると、初期設定で利回りが3%と仮定されている。成長率3%というのは今の経済情勢では難しい数字だが、投資に詳しくない人が「投資すれば3%ぐらいは利回りがあるんだ」と誤解しかねない。また、分散投資を勧めるページ(https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/knowledge/basic/index.html)も正確さに欠けている。10年間、3つの資産に分散投資した結果のイメージのグラフが掲載されており、毎年値段が動いても3つ合わせれば元本割れにならずに10年目には儲かっているという数字が書いてあるが、それほど簡単な話ではない。3つの資産のリスクとリターンの関係は株価の変動から計算して数字で表すことができるが、持っていて元本割れにならないという保証はない。どちらの例でも都合のいい数字だけを持ってきている。

――来年1月1日からNISAの非課税投資枠が拡大する…。

 前田 金融教育と制度の整備はセットであり、金融教育については今まで何も行われていないことが問題だ。例えば、金融庁の担当者はセミナーなどで全世界株式型インデックス投信への集中投資を勧めることがあるが、これは適切な説明ではない。全世界株式は「銘柄分散」であって資産分散とは異なるため、貯蓄できるお金をすべて全世界株式型インデックス投信・積立投資に振り向けるのは正しい資産形成とは言い難い。行政官庁として新しい政策の実績を上げたいのだろうが、マクロの数字を動かすことと国民一人一人に資産形成を促すこととは別の話だ。また、そもそも新NISA自体にも問題がある。まず本来、税制は個人のいろいろな資産運用の考え方に対して中立でなければいけないが、現状はそうではない。いろいろな金融資産・商品のうち非課税になるのは株式と株式投信だけで、個人の資産運用にはいろいろな選択肢があるにもかかわらず、課税と非課税の差があると偏りが生まれやすく分散投資しにくい。金融庁には「公平・中立・簡素」という税制の基本をしっかり守ってもらいたい。ほかにも、投信のなかでも非課税の対象にならない投信もあり、ルールが細かすぎることも問題だ。例えば、なぜ新NISAでは毎月分配型投信が枠内で買えないのか。「分配されたらお金を使ってしまって資産形成につながらない」という金融庁の説明は余計なお世話だし、毎月分配型はダメでも、隔月分配型投信ならばOKというのもおかしい。こうした問題点も含め、日経プレミアシリーズから出版した『株式投資2024 新NISAスタート、大転換を読み解く』(日経BP、23年11月10日発売)では、さまざまな角度から個人投資家に知っておいてほしいことを書き込んだ。政府が推進している「貯蓄から投資へ」の政策はいろいろな意味で「偏って」おり、うまくいくのか甚だ疑問だ。

――長年にわたり日本の株式市場のゆがみが指摘されている…。

 前田 40年間、私が見る限り、ずっと同じ議論がなされている。「日本は預貯金大国で、お金が証券市場に入ってこないから活性化しましょう」という話が時々出てくる。活性化するといっても当局には知恵がない。証券業者に知恵を出させてもっともらしい活性化策をまとめるが、それで何かが動いたということはほとんどない。今は証券市場の制度を考える前に、どんどん国民の実質賃金や貯蓄が減ってきていることを直視しなければならない。NISAの制度改正で飛びつける人は大企業に勤める人だけで、「そんなの関係ない。何かやってるらしいね」で終わる人が大半だろう。年間360万円の枠があっても「360万って言ったってどこにあるの?」という話で、証券会社のなかでも制度改正に首をかしげている人が結構いるようだ。制度だけをいじっても仕方がなくて、国自体がもっと成長しなければいけない。また、制度についていえば、個人投資家が機関投資家より不利な仕組みを変える必要がある。例えば、法人は損益通算ができるのになぜ個人はできないのか。財務省は昔のように個人の株での所得と給与所得との損益通算を可能にすることを嫌がっているようだが、株で得をしたときに税金を取られるなら、損が出たときには税制措置をしてもらわないとつじつまが合わない。税制上は企業のほうが勝てる計算になり、個人の参入を締め出しているようなもので、公平性に欠ける。関連して、個人投資家が買えない金融商品が多すぎることも問題だ。物価連動国債や超長期国債、ほとんどの社債は個人には買うことができない。個人投資家は、博打みたいなことをするか、非課税枠ですごく安全なことをするか、どちらかの選択肢しか選べない。こんなことで金融投資教育ができるわけがない。もっと個人に門を開いた税制改正と商品設計が必要だ。[B][L]

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