金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「IMF、『マラケシュの奇跡』」

国際通貨基金(IMF)
副専務理事(Deputy Managing Director)
岡村 健司 氏

――10月の年次総会でIMFの増資ファイナンスがまとまった…。

 岡村 年次総会開催地にちなんで「マラケシュの奇跡」と呼んでいる。加盟国の利害が錯綜する大変困難な情勢の中で、増資の実現は到底無理と思われていたからだ。IMFのファイナンスを担当するDMDとして私は中立的立場にあったが、IMFにとっても日本にとっても、考え得る限りおそらく最善の結果を得ることができた。本件は、中国の台頭著しい国際社会で日本のプレゼンスを維持するための戦いの最前線で、今何が起こっているかをお伝えする好例であると考えた。

――そもそもクォータとは…。

 岡村 IMFの活動は3本柱で、1つ目は政策助言、2つ目は資金融資、3つ目は能力構築支援だ。このうち中核的なものは資金の融資で、その原資は各加盟国がIMFに払い込んだ資金だ。IMFは世界銀行のような「銀行」ではないので、マーケットから資金を調達して貸し付けるのではなく、加盟国が出し合った資金を相互に融通する仕組みとなっている。各加盟国がIMFに払い込んだ資金のことを、その加盟国が保有する共有持分という意味で「クォータ」と呼んでいる。銀行であればキャピタル(払込資本)だ。このクォータ資金の規模は、約6500億ドル(100兆円程度)だ。加えてIMFは、必要が生じた際に加盟国から資金借入を行う取決めを予め結んでおり、これらを原資として、資金の貸付(相互融通)を行っている。一定のバッファーを確保したうえで、IMF全体の貸出可能な資金の規模は約1兆ドル(150兆円程度)だ。

――IMFはクォータを基礎とする機関といわれるが…。

 岡村 IMFがquota based institutionと言われるのには、大きく3つの意味がある。第一は、クォータ資金が貸付原資の中核をなしているという点だ。ただし、2010年以降クォータの増資が行われていないため、貸付原資に占めるクォータ資金の割合は現在4割程度まで低下してしまっていることに注意が必要だ。第二の意味は、各加盟国がIMFの資金を利用する際の金額や金利などの条件が、自国の「クォータ比何%の金額まで借りられる」、「クォータ比何%までは金利何%」というようにクォータを基準に設定されている点にある。

――クォータシェアがIMFでの発言権にも直結する…。

 岡村 第三の意味は、加盟国にとってさらに重要で、IMFで意思決定をするときの投票権や発言権がクォータシェアを元に決められていることだ。国連のような一国一票ではない。1944年に米国主導でIMFが設立された当時、米国のクォータシェアは35.9%で、70%の特別多数決による重要な意思決定への拒否権を握っていた。米国は、IMF創設以来ずっと、重要な意思決定事項に対する拒否権を持ち続けている。というのは、米国のシェアは現在17.4%だが、加盟や持分変更など重要な意思決定には85%の賛成が必要と、米国単独で拒否権が成立するような仕組みが作られているからだ。

――欧米主導で始まったIMFの中で、日本のこれまでの歩みは…。

 岡村 日本は1952年に旧敗戦国としてIMFに加盟したが、当時のクォータシェアは2.9%で第9位だった。IMFでは原則5年ごとにクォータの規模やシェア配分を見直すが、加盟以来、日本は、クォータは世界経済における比重の変化を反映しなければならないと訴え、欧米からアジアへのクォータシェアの移転をリードしてきた。日本のシェアは、1952年の2.9%からクォータ増資のたびごとに増加して、1990年に5.6%でドイツと同率2位、1998年に6.3%で単独2位となり、今に至っている。

――しかし、最近では日本の経済力は落ちている…。

 岡村 現在の日本のシェアは6.5%で第2位だが、第3位の中国が6.4%と肉薄している。2010年12月の第14次見直しの結果、日本と中国のシェアの差がわずか0.1%になった。これまでの増資では必ずシェアの再配分が行われていたので、次に増資をすれば逆転必至ということだ。既に中国のGDPは日本の4倍に拡大しているので、日中順位の逆転は次回増資で起こって当然のことと考えられていた。そして前回、2019年の第15次見直しでは、クォータ増資は無し(従って日中逆転無し)で、必要な際に加盟国から借入を行う資金枠組みの規模を倍増して対応するという結論で凌いだわけだ。中国がかつての日本のように経済力に見合うクォータシェア増加を求め、対する日本は国際社会での責任を果たすことが先決と、かつて日本からシェアを守っていたヨーロッパの老大国と同様に、シェアを守る立場に立たされている。

――今回の第16次増資の議論の背景は…。

 岡村 2つある。1つ目は、危機の連鎖(コロナ、ウクライナ戦争やそれに起因する食糧危機、気候変動、干ばつや洪水の多発、中東での紛争、等々)により、各国の資金需要が飛躍的に増加していることだ。クォータ増資をして、IMFが機動的に対応できる資金基盤を増やす緊急の必要があった。2つ目は、存在感を増したグローバルサウスが、IMFが旧態依然として先進国の道具であることへの批判を強め、自分たちのための組織を作る方向に動いていることだ。中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が一例だ。

――結局、第16次見直しはどんな結果になったのか…。

 岡村 シェアの変更は行わず、各加盟国が今持っているクォータの金額を比例的に5割増資することを決めた。総会の時点では増資規模は明示せず、11月初めの理事会で5割増資と決定した。現在、12月15日期限で各国総務の投票に付しており、85%の特別多数決で5割比例増資の総務会決議が有効となる。争点だったシェアの再配分については、増資合意を期限内に得るために、今回再配分は行わず「継続協議」で決着した。シェア再配分へのコミットメントを継続し今後の道筋を示すため、どのようなルールでシェア配分をするかのアプローチを25年6月までに決めるという「フォワード・ガイダンス」付きの継続協議だ。シェア再配分の合意期限設定ではなく、シェア再配分の方法論についての合意期限設定であることがポイントだ。IMFのクォータ資金増強の緊急の必要性を優先した現実的で妥当な結論となった。日本にとっても、第2位のランキングを維持したまま、今回大規模な増資を実現して次の増資機会を当分の間先送りできるとしたら、これ以上ない成果だと言える。

――この先はどうなるのか…。

 岡村 経済力からすれば、中国がいずれクォータシェアで第2位になることは、時間の問題であり間違いない。しかしながら、当面、米国では民主党も共和党も「反中」が旗頭で、「中国のクォータシェアの上昇は一切不可」としており、米国は単独で拒否権を持っているため、クォータシェアは変わらない。ただ、米国は、中国の接近への警戒感があるだけで、日中の順位に関心はない。米国が他の争点での譲歩と引き換えに中国のクォータシェア増加を受け入れるという「米中ディール」によって、日本の米国頼みの梯子を外される懸念は、常に十分考えられる。このクォータシェアの問題は、米中のハザマで戦略的ポジションを模索していかざるを得ない日本の課題を象徴的に示す事柄だと考えている。[B][N]

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