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「茶道は自分を律し人と繋がる」

東洋英和女学院大学教授
社会心理学者
岡本 浩一 氏

――世界中で茶道ブームが起きている…。

 岡本 私の専門は社会心理学だが、茶道の国際化を推進する「裏千家インターナショナルアソシエーション(UIA)」などで、長年、茶道の外国普及の活動に携わってきた。裏千家には世界に76の支部があり、稽古の段階毎に発行される「許状」は、外国人も日本人も区別なく出されている。さらに、裏千家には、裏千家学園茶道専門学校という学校があり、そこにはずいぶん以前から「みどり会」という奨学金制度があり、2年間住み込みで茶道を学ぶことも出来る。その制度があるおかげで修道課程を終了し、世界77カ所の本部及び支部で活躍されている外国人師匠が約250名いる。

――世界で茶道が広がっている理由は…。

 岡本 海外の方がお茶に興味を持たれる理由は、第一に「味を試してみたい」というところから始まると思う。しかし、「禅」や「陶磁器」といった関係から茶道に入ってこられる人達も多い。そういった方々が奨学金制度を使って2年間の厳しい修行に耐え、世界で活躍出来るほどまでに頑張れる理由は、宗教ではないのに宗教的な意味合いで「自分を律する」という事の魅力ではないか。例えば、仕事をしていて気持ちが乱れている時に、家に帰ってお茶を点てる。そうすると気持ちが落ち着いていく。毎日の稽古で所作を学び、自分を律する感覚を身につけると、それは禅を組むよりも落ち着くことがある。そういう事を教えるのが茶道であり、そういうことを学びたいと思う人が海外にもたくさんいらっしゃるという事だろう。

――海外ではどういった国の方々が茶道に興味を持たれるのか…。

 岡本 どちらかというと、宗教があまり普及していないような国の方々が茶道に熱心になる傾向がある。実際に「みどり会」に入会していらっしゃる方は、アメリカ人、カナダ人、ロシア人などが多い。また、外国人で茶道に興味を持たれる男女の比率は、6:4くらいで男性の方が若干多く、日本人の男女比と逆になっている。日本で茶道を学ぶ方は圧倒的に女性が多いが、そのひとつの要因は第二次世界大戦後に裏千家が奥伝許状の門戸をいち早く女性に開いたという背景がある。茶道を教えることによって生きがいとともに生活の糧を得た女性も多かった。歴史的には、茶道はもともとは千利休から始まった男性の社交の場だった。

――日本の茶道の現状は…。

 岡本 日本では茶道人口が若干減少傾向にある。というのも、茶道はそれなりに時間を要するため、環境的に続けられる人は続くのだが、生活の変化によってその時間が取れなくなり、やめていく人もいる。特に女性の場合は、出産や育児などで忙しくなり、お稽古に来ることが叶わなくなるというケースも多い。日本の伝統文化として中学校や高校で教えているところもあるが、小・中学校の場合は授業時間が1時限45分と短いため、しっかりとした実技を教えるのは難しい。また、学校では、設備の問題や衛生上の問題もあってなかなか実現しにくいようだ。

――茶道の最大の魅力は…。

 岡本 私にとってはなんといっても、海外での「社交術」だった。海外では、茶箱を持ち歩いて、訪問先で茶箱点前を披露するケースも多いのだが、そこで出会った人たちは必ず私の事を覚えていてくれる。そこで広がっていった人脈から、海外との研究協定等を結ぶに至ったというようなケースも多い。海外に限らず、私はお茶を通じてたくさんの友人が出来た。人とのつながりのきっかけを作ってくれる、それが私にとってお茶の最大の魅力だった。

――これまでお書きになった著書の中には、企業のコンプライアンスや心理学に関するものもある。これらが茶道と共通する点は…。

 岡本 もともと、お茶はトップクラスの武将が心を律するためのものだった。武将が活躍する時代は裁判権も司法権も行政権もなく、そういった中で、人々は自分の心が暴走しないように座禅を組んで心を落ち着かせる必要性があった。自分の心が暴走すると誰にも止められないからだ。若い頃の織田信長のように。しかし、常に背後を襲われる可能性のある武将にとって、お寺で身一つで座禅修業をすることは危険極まりない行為だ。それに比べて、城の中で行われるお茶の世界は、社交的な要素もあり安全だった。つまり、武将の生活に適応した心の鍛錬の一つの様式が茶道であり、だからこそ武将の間で広まっていったという訳だ。私の知り合いに、大企業の社長として海外を拠点に活動している男性がいるが、彼はオフィスに立礼のセットを置いて取引先の方や部下にお茶を振る舞っている。そうすることで、自分の心もマネジメント出来ているという。それは企業のトップとしての嗜みとして非常に有用な事だと思う。例えば、会社の社長が社員にお茶を点てて振舞う様な機会があれば、それは、社員にとってモノや金銭を与えられるのとは違った、人と人とのつながりを感じる大切な記憶として残っていくだろう。それが茶道の基本だと思う。

――現在の三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)の関係性と、今後の千家十職の役割について…。

 岡本 三千家の家は昔から同じ区画内にあり、ご近所として仲良くされている。三千家に関わりの深い職方を千家十職といい、茶道具のレベルを維持してきておられるが、今は十職以外にも素晴らしい職人さんたちが活躍されている。適度の競争によって茶道具のレベルが高く維持されているという状態だ。

――茶道文化の今後の展開については…。

 岡本 口伝と言って茶道ではお稽古の際にメモを取る事が許されない。世界各地に茶道を広めていくにあたっても、その習慣が守られてきたために、書かれたものがとくに英語では少なく、その曖昧な状態のまま世界各地に広まっていったという事が多くなっていた。その結果、お点前に地域差が生じてきているという問題が発生し、今はその地域差を是正していくという方向にある。その点において、私が著した「茶道バイリンガル事典(大修館書店)」には、稽古の後に記憶が変容しそうな細かい部分まで英語で記しているため、海外で茶道を学ぶ方々にはすでに重宝されていると聞いている。茶道の理解をより深めていくためにも、是非、役立ててほしい。

――今後の抱負は…。

 岡本 この本を手に取り茶道に関心を持ってくれた海外の方々が、インターネットを通じてお稽古を学べるような環境を作れれば良いと考えている。ただ、お点前の細部は、たとえばテンポなど、その場の客との関係性で決まってくるようなところがある。お稽古としては一定のテンポで進められるとしても、本当のお茶会でのテンポは、その場の所作や空気感によって作り上げられるため、実際の場を経験することは必要不可欠だ。ネットを使ったお稽古でも、ユーチューブのように一方的な動画配信や、マニュアル通りの型に嵌め過ぎた動画だけでは本当の茶道の心を教える事は出来ない。お点前に参列された方々の「早くお茶を飲みたい」、「少し飽きてきてしまった」などといった微妙な心の変化を、その場の空気から読み取り臨機応変に対応していくことが、お茶の醍醐味の一つでもある。そういった事を考慮したうえで、実際にお稽古に来ることが叶わないような人たちにネットでのお稽古の場を提供できるよう、色々と考えを巡らせ、今後も茶道の普及活動に努めていきたい。[B]

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