金融庁長官
栗田 照久 氏
――積年の課題である直間比率の見直しについて…。
栗田 岸田政権が掲げている政策である新しい資本主義が目指す「成長と分配の好循環」の実現に向け、昨年はNISAの抜本的拡充・恒久化を含めた資産所得倍増プランを策定し、「貯蓄から投資へ」を推進している。それに併せて、関連法案の成立・施行を前提に、金融経済教育推進機構を設立し、金融経済教育を進めるほか、顧客本位の業務運営の定着・底上げを通じて顧客の最善の利益を追求することを義務として定める予定である。さらにコーポレートガバナンス改革を実施して企業側において資本コストを意識した経営を求めている。他方で、「資産運用立国」の実現を目指し、資産運用業とアセットオーナーシップの改革を進めている。これらがすべて連なるとインベストメントチェーン全体として、家計の預貯金が投資に振り向き、そうなれば当然直間比率の改善にも寄与することになる。
――資産運用立国は重要だが、現状においては金融庁が投資家保護へ傾斜しているため自由な運用ができないとの声もある…。
栗田 投資者保護と運用の話はまったく別物で、投資者保護において最も大事なことは投資者の意向に沿った商品を販売できているかどうかだ。低リスク・低リターンの投資をしたいという顧客に対しては当然そうした商品を提供すべきで、そうした顧客に仕組債を販売するから問題となる。一方で、顧客のなかには高リスク・高リターンの投資をしたいという人もいるわけで、そうした顧客にはハイリスク商品、できればハイリスク商品のなかでも手数料が安い商品を売っていただければよい。まして機関投資家であれば、もちろん運用益を求めているわけなので、ある程度リスクがある商品を販売していただいてよい。あくまでも顧客の意向に合わせた商品を販売するということが金融機関の努めだ。しかし、投資経験がない人がハイリスク・ハイリターンの商品が欲しいと言ってきたとしても、そこは少し考えていただき、投資経験を考慮して考え直していただくことももちろん必要だ。
――「金融育成庁」としてのお考えは…。
栗田 「育成庁」と言っても今は高度経済成長期の通産省のように産業育成をする時代ではないだろう。金融機関が自身の判断でやりたいことを邪魔しない、やりたいことが現行規制に引っかかるようであれば規制緩和を考えるという環境整備を行うことが「育成庁」だと考えている。つまりこれまでの護送船団方式による横並びではなく、自由に業務ができるような環境を整備することが大事だという考えだ。また、例えば、フィンテック業界から、規制の限界がわからないとの問い合わせを受けることがある。こういったサービスを提供する場合、認可が必要なのかどうかなど、できるだけ早期に明確に答えることも育成庁のひとつの役割だと認識している。
――国際的な資本市場の創設も積年の課題だ…。
栗田 所得税や法人税の減免などいろいろ難しい問題があることは理解しているが、国際的な資本市場としてどういったマーケットを目指すのかが重要な要素だと考えている。例えば、シンガポールのように国の経済を金融で成り立たせるぐらいのレベルで考えるのかと言えばそうではないだろう。日本はいろいろな産業があり、第二次産業も強く、シンガポールとは事情が異なる。金融当局として重要だと考えていることは、海外のさまざまな国の人たちが日本に投資をしたいと思えるマーケットをつくる、そして国内の人も自分たちの資産を運用することによって成果を得られるようなマーケットをつくり、その結果が国際的な資本市場となることだと考えている。海外の人に魅力ある市場だと思っていただくことが重要で、そのために不要な規制を無くし、マーケットの公正性・透明性を確保し、投資先となる企業にがんばっていただくことが大事となる。企業自体に成長性がなければ、投資する魅力は感じられない。成長性のある企業を育てていくことが重要だと考えている。また、国際的な資本市場に関連して、海外企業の上場については、海外企業を日本に上場させるよりも前に、その前の段階として、日本で資金調達しやすい環境を作ることが大事だ。日本の金利は低いにもかかわらず、海外企業による調達が限定的なのは、外資規制が問題となっているわけではなく、日本円を調達しても使う場所がないことが課題だと考えている。海外企業が円を調達し、円を使う場所が必要で、その点、魅力ある市場をつくることが重要となる。魅力ある市場とすれば自然と海外から人が集まり、我が国資本市場の国際化が進展すると考えている。
――社債市場に関する課題は…。
栗田 社債市場の整備は進めていかなければならない。スタートアップなど信用力が低い企業の資金調達多様化の観点、投資家から見ても投資対象の多様化の観点から低格付け債市場は日本に必要だと考えている。市場整備に当たって重要なことは、一つに社債権者保護だと考える。やはりユニゾホールディングスのデフォルト事例のような事態が発生すれば、危なっかしいイメージがついてしまう。また日本の場合、リスクマネーが少ないことも課題で、リスクマネーを増やすためには、海外の資金を引っ張ってくるほか、国内投資家でもハイリスクが取れる投資家に資金を出してもらえるような魅力的なマーケットにすることを考えていかなければならない。足元では、国内外から資産運用業への新規参入を促進する策として、資産運用特区の創設や新規参入者の運用資金獲得を支援するプログラム(EMP)、規制緩和などを進めていこうと考えている。海外のプレイヤーを呼び込むことは、日本の市場活性化だけではなく、市場整備に寄与するうえ、競争促進による日本のプレイヤーの成長も期待できる。
――その他の課題は…。
栗田 避けて通れないのはコロナ後の事業者支援だ。コロナが収束して売上が回復している企業は良いが、そうではない企業も多く、また物価高や人材不足で経営が厳しいという声は多い。これまで我々は金融機関にこうした企業の資金繰り支援をお願いしていたが、より抜本的な事業再生支援に取り組んでいただかなければならないと考えている。もう一つ大きな課題は、金融システムの安定性の確保だ。今春の米シリコンバレーバンクやクレディ・スイスの事例を見てみると、マーケットの不安定さが、思わぬところに大きな影響を生じさせている。それがひいては金融システム全体に悪影響を及ぼしかねない。米国においては個別の金融機関の破綻はあったが、幸いなことに金融システム全体が動揺するまでには至らなかった。しかし、SNSであれだけ情報が急激に拡散し、昔と違って預金を引き出すルートがたくさんあり、急激に流動性が抜ける危険性は昔よりも大きくなっている。この教訓を踏まえて金融機関をモニタリングしなければならないと考えている。また、デジタル化の進展への対応やグリーントランスフォーメーションへの対応も中長期的な課題として対応していかなければならない。トランジションファイナンスやインパクトファイナンスは金融的な手法として対応していく。
――春の欧米の銀行混乱では、銀行の資本規制も課題視された…。
栗田 国際的に議論が始まっており、当然国際的な議論の結果を踏まえて我々も対応しなければならない。ただ、今、思っていることは、個人的見解に近いが、この話を規制でやろうとしてもうまくいかないのではないだろうか。例えば、流動性規制を厳しくして手元流動性を厚くする、資本規制を厳しくしてより自己資本を積み上げてもらう、という意見もあるが、本当にそれで対応できるのだろうか。米国の銀行破綻のように1日に数兆円という単位で資金が流出すればどんなに厳しい規制を講じていたとしても破綻する。規制強化で対応すればいいというほど簡単な話ではない。ではどうすればいいか。金融機関はある程度効率的な経営をしていくなかでもリスク管理はしっかりとやっていただき、それを金融当局がよく監督していくことが大事と考えている。[B][X]