金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「疲弊した中国を救う禁じ手は」

現代中国研究家・経済評論家
津上 俊哉 氏

――中国の現状をどうご覧になっているのか…。

 津上 マラソンで例えると、この20年近くは、前半飛ばしすぎて後半に疲れが出てきたという感じだ。2000年~2010年までの中国は、様々な問題を含みながらも、ある意味、理想的な成長を遂げていた。生産関数をみても、生産性の向上や資本投入と労働の投入がバランス良く働き、高い成長率を生み出していた。それは、質の良い成長と言える。振り返ると、2001年にWTOに加盟してから、世界中の工場が中国に殺到し、外資企業が工場建設のための資本投入を進めた。同時に、外資企業は中国に技術と管理方法も持ち込んだ。それによって中国では生産性が大きく向上し、その結果、税収が増えて財政に余裕が出てきた。そして、中国政府はその潤った財政を使い、中国全土に高速道路やコンテナ港などの産業インフラを急速に整備した。さらに、それはまるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、再び生産性の向上、そして更なる資本投入へと繋がっていった。しかし、2010年を過ぎると成長に陰りが出てくる。それは国家成長の流れとして当然の事なのだが、中国政府は、その成長が永遠に続くという思い込みから抜け出せなかった。少しでも成長率が落ちれば、それを補うために借金までして投資を行うという式で徐々に質の悪い成長へと変わっていった。ただ、私はこんなやり方はもっと早くに限界が来ると考えていたのだが、質の悪い成長ながらも、その後中国は10年以上も成長を続けている。それは、中国の懐の深さからくるものなのだろう。

――中国の懐の深さとは…。

 津上 他の国に比べて、中国は政府が支配する経済資源が圧倒的に多い。企業に対しても人事を含めた指令の権限を持っているケースが多く、政府が富と支配力を集中保有し、それが中国の懐の深さに繋がっている。リーマン・ショック後の2009年には約4兆元を使って投資主導の景気刺激策を行い、世界の救世主とも言われた。さらに、その後も工場設備投資、インフラ投資、不動産投資などで大型景気刺激策を続け、この10年程の中国の経済成長の約4割は不動産投資によるものとなった。しかし、不動産投資による経済成長の殆どは有利子負債であり、今後もこのペースで負債残高が膨らみ続けると、資産の質は悪くなり、不良債権のリスクは増大していく。そして、このように無理が顕在化しているにもかかわらず中国政府は奥の手を使わない。そこが一番心配なところだ。

――中国政府の奥の手とは?また、それを使わない理由は…。

 津上 実は中国の中央財政にはまだ余裕がある。地方と中央を分けてみると、地方政府はこれまで、各々の自治体の成長率を上げて自分が出世するために、狂乱投資を続けてきた。たとえ借金漬けになろうとも、土地を売ればなんとかなるだろうという考えがあったからだ。しかし、この数年間で土地を売って財政収入を得るシステムが壊れ始め、地方財政は危機的状態に陥っている。それでも、「何か問題が起きても最後は御上が何とかしてくれる」という考えは強く、もはや借金が返せないゾンビ政府状態になっている今でさえ地方債を発行している。しかも、それはかなり良い条件で消化されている。「最後は中央が保証してくれる」と信じているからだ。一方で、中央政府においては、国債発行残高がGDPの20%と、日本のわずか10分の1のレベルだ。米国が80%、ドイツが100%という状況と比べても非常に優れている事がわかる。このため、崖っぷち状態にある地方政府が、結局、健全財政の中央政府が救ってくれるだろうと考えて、今なお借金を重ね続けているのだが、中央政府は「安易に地方政府を救うとモラルハザードが起きる」と言って財政出動を拒んでいる。

――地方政府は今、具体的にどのような状況なのか…。

 津上 とにかく借金が膨らみすぎている。財政の苦しい地方政府では、公務員の給与の欠配遅配は日常茶飯事になっている。また、地方政府も物品サービスを購入するのだが、その買い掛けが全く支払われないという事態も起きている。例えば、検査試薬を作っているような会社はコロナ禍で爆発的に売り上げが伸びたと思われているが、実際のところ政府からの支払いが滞っており、会社の財務は危機的状況になっている。民間経済にとっては政府がお金を支払ってくれないという事は大問題だ。このまま中央政府が地方政府を救わなければ、年金にも支障が出てくるようになるだろう。地方政府主導の建設工事においても、建設会社に対価が払われなければ労働者への給与が滞ってしまう。地方の中小金融機関は債務超過に陥っているところがたくさんあり、地方政府がしっかりしないと取り付け騒ぎになる可能性もある。このように社会の安定が動揺するという事態は、習近平政権が最も危惧している事であり、そういう事態に発展しかねないリスクの種を地方政府は孕んでいる。

――それにもかかわらず、中央政府が地方政府を救わない理由は…。

 津上 中国共産党政権は伝統的に均衡財政論者が優勢だ。かつて保守派重鎮の陳雲は「財政というものは収入があって初めて支出が出来る。収入が支出よりも多い状態が理想だ」と主張していた。保守派も今は年間財政赤字がGDPの3%までは許容するが、それでも財政赤字を嫌う意識は残っている。そういう風潮の中で地方財政を救うために中央財政が出動することにストップがかかっているのではないか。また、仮に中央政府が財政出動のために国債を増発するとして、それを中央銀行に引き受けさせることは決してあってはならない禁じ手だという意識が強い。そうなると、国債の発行余地は乏しいという結論になってしまう。彼らは「政府が輪転機を回してお金を擦り始めるようになれば、国民の政府に対する信頼が揺らいで『中央政府は長くはない』とばかりに、資産を国外に移すような行動を招く」と恐れているのだ。中国の国際収支は黒字で、対外純債務も日本と肩を並べる程だ。国債を大量発行しても、海外の投資家に頭を下げることなく国内金融機関で十分消化できる。日本から「中央銀行が国債を引き受けても大丈夫だよ」と助言してあげたいが、中国はリフレ論やMMT論などを「そんなうまい話があるわけないだろう」とハナから信じない。中国政府もそれをやらないことでこれまで国民の信頼を守ってきた。一方、今はそれをやって不動産や地方政府を助けないと大変なことになる恐れが高まってきた。進むも地獄、戻るも地獄という状況だ。

――中国全体のバランスシートは現在どのようになっているのか…。

 津上 IMFによると、中国の政府負債額は2022年現在でGDPと同等程度の120兆元程度だ。中央政府がその2割程度、地方政府が残り8割程度となっている。ただ、政府が関与する企業の負債額が相当大きく、その分を入れると政府債務はGDP100%以内に留まっているとは思えない。地方政府は2016年時点で負債残高36兆元を抱え、それが2022年で106兆元と3倍にまで膨らんだ。コロナ禍での経済下支え支出に加えて、土地収入が激減したからだ。不動産バブルで資産増大を期待した不動産投資は、もはや買い手がいなくなり、販売面積も着工面積も2年前と比べて半分程度に落ちている。また、この10年で国民の住宅ローン負債も膨れ上がったが、最近は資産価値が落ちたと感じて金利の安いローンに乗り換えたり、消費を抑えた行動に走ったり、日本のバブル崩壊時のバランスシート不況と似た現象が表れ始めている。国全体のバランスシートの両側(資産と負債)に潜在的な不良資産と不良債務が膨大な額が積み上がってしまった。現在の中国の長期国債金利はバブル後の今もなお3%近くある。借金を返せないゾンビ企業にも政府が保証することで利払いを助け、借り換えを繰り返させてきたからだ。ゾンビの借り換え需要が旺盛なので金利が高止まりしているのも良くない傾向だ。

――どこか一つの釘が外れれば、中国は一気に崩壊していく可能性があるのか…。

 津上 国債の中央銀行引き受けに踏み切れば、中央財政に問題を先送りする余力がまだまだあるが、それをやらないと、経済社会を支えてきた国民の共産党・政府に対する信頼が揺らいで、その先何が起きるか分からない状態に落ち込む恐れがある。中国中央政府は常々「ブラックスワン」や「灰色のサイ」のような事態に備えないといけないと言ってきたが、そうなってしまいかねない原因を中央政府自らが作っている。例えば、中国恒大集団の問題では不動産代金を支払ったのに未だ物件が引き渡されていない人たちが約80万世帯存在する。債務超過の会社が破産宣告されないのも、この残務処理が済まないうちに死んでもらっては困るからだが、2年前からの最大懸案事項なのに一向に工事が進まない。キャッシュが尽きていて、建設業者に支払うお金もないからだ。運転資金を借りようにも債務超過している会社にお金を貸すような銀行はなく、頼みの地方政府も債務保証ができないほどひどい財政状況にある。ここで中央政府が何もアクションを起こさなければ、「住宅が引き渡されないのにローンを払わされるのは御免だ」とローン支払を拒否する人が大勢出てくるかもしれず、そうなると銀行経営にも大きな影響が及んでくるだろう。残務処理が進まないのは、最後に残る巨額の損失を負担するのは誰なのか、どうやって負担するのかの目処が立たないためだ。最後は中央政府が出ていくしかないと思うが、中央政府はその現実に向き合う勇気がなく踏み切れない。権力集中で、部下が忖度ばかりしている今の習近平国家主席に今の状況がどれだけ伝わっているのかわからないが、疲弊しきった国を救うために禁じ手を破るのか問われている。それが今の中国だ。[B]

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