金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「外為法の制度見直し急務」

明星大学
経営学部教授
細川 昌彦 氏

――外為法に抜け穴があると…。

 細川 政府は2019年の外為法改正で株式取得に必要な事前届け出の割合を10%から1%に引き下げた一方で、2020年に事前届け出の免除規定という告示を出した。この背景には、当時、大手新聞が「海外から投資が激減する」と、海外投資家の声と称して実態は外資系証券会社の日本法人の反発を報じたことがある。そうした大キャンペーンに押されて、財務省は事前届け出の免除規制という大きな抜け穴を作ってしまった。この問題が顕在化したのが、2021年に中国のIT大手テンセントが楽天に出資した事件だ。私は、当時テンセントは外為法の免除規定を利用して事前届け出をしていない、これは安全保障上大きな問題だと楽天がテンセントから出資を受けると発表した直後から新聞、雑誌への寄稿で指摘した。すると米国政府もこの件を問題視するようになった。テンセントは米国政府が警戒している相手で、楽天は米国でも事業を始めようとしており、米国からしたら大問題だ。当時、訪米も予定していた菅内閣は慌てて対応策を模索して、事前届け出がなくても事後にモニタリングをして監視するという弥縫策(びほうさく)で、米国に説明して何とか乗り切った。私が問題視しているのは、政府がこの件を乗り切ったからといって、第2,第3の問題が発生したとき、毎回そうした弥縫策で対応するのかということだ。本来ならば、こういった制度の穴をふさぐことこそやるべきことだ。事後のモニタリングで対応できるのならば、どうして事前届け出制を導入しているのか説明がつかないだろう。

――今その外為法改正から3年経った…。

 細川 事前届け出の免除規定を作ってから1年も経たないうちに不備が露呈してしまったが、財務省としては作った制度をすぐ修正するというわけにはいかないのだろう。そのため今日まで来てしまった。そうした中で、NTT法のあり方が議論される。外資規制は外為法で対応するのならば、外為法の抜け穴をふさぐ必要がある。外為法改正から3年が経過し、財務省は法律改正時にも「不断の見直しをする」としているのだから、今がそのタイミングだろう。これから先、自民党では甘利座長のもとでNTT法の見直しを検討することになるが、攻めの経済安全保障の観点からNTTの経営の自由度を拡大するとともに、守りの経済安保も検証する必要がある。さらに、NTTだけでなく通信事業者は電気通信事業法で規制されるが、電気通信事業者として個人情報やデータを握っているのだから、NTT同様に守るべきだろう。もっとも、外資はすべてNGというのは現在の国際化が進んだ世界では無理がある。懸念のある外資を規制し、わが国の安全保障の観点から問題ない外資は受け入れるというのが、外為法の立て付けとなっているはずだ。

――外為法見直しには何が必要か…。

 細川 まずは現行の外為法でどこまで実効性が確保されているかどうかの検証が必要だ。この点、米国やEUは例えば、中国からの買収案件を毎年何件阻止したかを公表している。わが国の財務省が公表しているのは事前届け出の件数だけで、実際に審査を行ったかどうか、その結果どのくらい投資をストップさせたのかが明らかになっておらず、制度の実効性が明らかにされていない。また事前届け出の免除規定のあり方で問題なのは、外為法の事前届け出で免除規定を活用するかどうかは、出資者の判断に委ねられているという点だ。これは性善説に基づいたもので、全く意味をなさないというのは誰の目から見ても明らかだ。関連して、わが国は諜報機関、つまりインテリジェンス機能を持っていない。米国では、外国からの投資を諜報機関が調べ、問題があれば遡ってでも無効にできる強い権限を持っており、投資審査のスキームに諜報機関が組み込まれている。わが国の財務省や地方財務局はインテリジェンス機能を持っておらず、事前届け出でしか情報を把握できない、いわば「事前届け出こそ命」なのだ。その事前届け出を免除してその条件が遵守されているかどうかを財務省はどうやってチェックしているのだろうか。

――財務省は抜け穴を塞げるのか…。

 細川 事前届け出の免除が広がり過ぎることによる抜け穴をふさぐことは不可欠だが、それと同時に、届け出件数が増えることによる現場での負担を軽減するため、業務を合理化していくことも併せて必要だろう。制度に実効性を持たせるためには、外為法の運用にもっとメリハリを持たせるべきだ。財務省では、提出された事前届け出を30日間で審査しなければならないことになっている。現実的にこれはなかなか大変で、財務省では審査書類を提出し直させて、審査期間を事実上長期化させているのが実態だ。これに対して、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)では、簡便な45日間で処理できるもの、60日で処理するものと仕分けして2段構えで対処している。また、申請者も審査の結果によって投資が無効になった場合のリスクを背負っているが、そのリスクを避けるため、申請者が事前にCFIUSに情報を提供し、契約を結べば、このリスクが軽減されるという仕組みがある。この仕組みによってCFIUSは企業からの積極的な情報提供を得ることができている。財務省にはこういったことも参考にして知恵を出していって欲しい。

――今後の外資規制のあり方は…。

 細川 制度改正後3年間の検証に加え、米国CFIUSなど他国の制度運用を踏まえて、制度をさらに緻密に練り上げる再設計が必要だ。さらに言えば、現行の外為法では外国の民間金融機関は無条件に事前届け出が免除されている。もちろん国有の金融機関は事前届け出の対象になるが、中国の場合、民間か国有かは関係ない。中国には国家情報法という法律があり、民間企業でも政府から求められたら情報を提供しなければならず、他国の民間企業とは危険度が異なる。楽天に出資したテンセントも、中国当局から情報提供を求められたら情報を出さなければならない。未だに財務省は国有か民間かで分けているが、現在の中国にはその分類が意味をなさない。例えば、英HSBCホールディングスは筆頭株主の中国平安保険から、HSBCのアジア部門を分割せよと、法外な提案を受けた。日本でも外為法の事前届け出の免除規定ができてから、この3年間で色々起きていると考えられる。外為法の見直しでは、財務省の限られた人員のなかで無駄なエネルギーを使わず、阻止しなければいけないものを阻止できるような制度の再設計が求められている。[B][N]

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