金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「台湾有事でトリプル安想定」

衆議院議員
神田 潤一 氏

――台湾有事の際に想定されるリスクをどう考えるか…。

 神田 金融市場では株安・円安・債券安のトリプル安となることが想定される。経済的な大混乱が金融市場に波及し、かなり急激かつ大規模な混乱が起こる可能性がある。台湾と中国が交戦状態に入ると、日本の沖縄や九州地方も巻き込まれる可能性が高く、東シナ海のシーレーンが機能不全に陥ることも、日本の経済・金融面に大きな影響を与えると考えている。加えて、最も問題視しているのは在留邦人の問題だ。有事の際に中国や台湾からどうすれば日本に帰国させることができるのかを考えなければならない。ウクライナの場合、陸路で隣国へ避難できたが、中国や台湾から日本に帰国させるには航空機か船が必要で、現状ではかなりの人数を避難させる必要がある。また、輸送を民間が担うのか、自衛隊が担うのか、誰がやるのかも重要だ。今回の福島第一原子力発電所のALPS処理水問題で再認識されたが、中国の意思決定は科学的根拠に基づかない議論のもとで行われている。中国は不当に日本からの水産物の輸入を全面的に停止したが、これによって日本の水産業は最大の輸出相手国を失い、非常に大きな影響を受けている。中国と何らかの結び付きがある産業分野は広範囲に及ぶが、今回のように理不尽な理由で突然ストップされるリスクを踏まえ、サプライチェーンの再構築も考えなければならない。

――経済的な混乱にどう対処するか…。

 神田 もっとも、有事になってからできることはそこまで多くない。日本戦略研究フォーラムが主催する台湾有事のシミュレーションに財務大臣役として参加して感じたのは、台湾有事の際、中国に日本経済や在留邦人を人質に取られないようにするにはどうすれば良いかということを平時のうちから考えなければならないということだ。平時のうちから有事を想定して、どうサプライチェーンを構築していくか、有事の際にどうダメージを抑えるのか、民間企業も含めてわが国全体で考えなければならない。そもそも有事にならないようにする外交努力が前提として必要だが、いざ台湾有事となった場合、非常に早い展開で戦況が進み、経済や金融が混乱することが想定される。中国経済における日本企業のエクスポージャーや中国での生産・取引の在り方が今の規模のままで良いのか、在留邦人をどのように日本に帰国させるのか、有事の際の影響を軽減できるサプライチェーンはどのような姿なのか、考えるべきことは多くあるはずだ。コロナ禍で政府はサプライチェーン構築のために補助金を出し、生産拠点が集中している製品やマスクや医療機器など重要度の高い製品の国内回帰を促したが、経済安全保障という大きな文脈のなかで民間企業を政府が支援し、中国のエクスポージャーを適正水準にしていくことも選択肢として考えられる。

――金融市場では、有事の際にどのように対応するのか…。

 神田 金融市場での備えについても、マーケットなのでなかなか難しい面がある。金融市場では、現物の金利は日銀のコントロール下にある一方で、先物の金利への介入手段を持たず、先物と現物の乖離が発生することは平時でも起こり得るため、この点は日銀もリスクとして認識していると思う。さらに有事の際に、先物も含めて日銀がコントロール可能かどうかを検討するほか、可能ならば日銀がどのように先物市場に関与するのかということを選択肢の一つとして検討しておくことは大切だ。また、有事になる前から政策的な売買の仕掛けと実需によってマーケットが動くリスクは想定される。例えば中国が政治的な意図を持って売りを仕掛けていくリスクや、中国の民間企業や投資家が日本からエクスポージャーを引き上げていく過程で、株や債券が下落するなどだ。その際、政府・日銀は何ができるかが焦点になってくるが、1つは平時から各国の財務省・中央銀行との協調を進めておくことが挙げられる。わが国と志を同じくする国との間で、いざとなったら通貨スワップ協定を発動できるように結んでおくこと、さらに実際に発動する可能性について普段から対話しておくことや、為替が下がっていくような局面で各国の協調介入を行えるように、平時のうちから議論を行っておくべきだ。当然、国連の安全保障理事会はロシアや中国といった常任理事国でもある当事者に対しては機能しないし、IMFなどの枠組みも主要国の通貨が下がるようなケースでは、規模や機能が十分ではない。各国の現行の枠組みで、国際的な金融市場のバックストップが十分かという点については議論すべきだ。

――台湾有事となると、企業への支援、沖縄や九州地方への支援など、金融面での大規模な支援も必要になるが…。

 神田 まずは、大量の流動性を供給するという、日銀がこれまでも行っている危機対応をしっかりやることだ。日銀、財務省、金融庁の連名で緊急措置を発動し、社会不安や金融機関の取り付け騒ぎのようなものは抑えていく必要がある。さらに問題が長期化するような場合は、財政的な手当てが必要になる。経済対策やインフラ整備、在留邦人を退避させるための予算などで10兆円、20兆円といった単位で補正予算を組むとなると、予備費では足りなくなる可能性がある。そうなると急いで国債を発行して調達することになるが、有事にそれだけの国債を誰が引きけるのかが問題だ。日銀が引き受けるには、財政法5条の制約があることに加え、まさに円の急落や金利の急騰など、経済が大混乱に陥る可能性がある。また、円が急落しているなかで戦闘能力を維持し、戦争を継続していくためには外貨建ての国債を発行して外貨を調達する必要も出てくる。1988年以降、外貨建ての国債は発行していないと認識しているが、外貨建ての国債を平時のうちから発行し、ある程度投資家やロードショー先を開拓しておいて、いざというときにしっかりした金額を外貨で確保できるようにする準備も必要ではないか。

――外為特会をもっと利用していくべきではないか…。

 神田 邦銀の外貨資金繰りのために外貨準備を使う場合、国内メガバンクの外貨建てのエクスポージャーは3行それぞれ数十兆円持っており、それらを外貨準備で賄おうとすると外為特会はあっという間になくなってしまう。外貨準備を元に日本が単独で為替介入する場合、昨年の秋にたった3回介入しただけで10兆円減ってしまっているので、急激に円安が進む場面ではあっという間に資金が底を尽きてしまうことになる。このため、私は、外貨準備は為替介入の手段として対外的にアピールしつつも、実際は別の手段でしっかり賄う必要があると考えている。邦銀の外貨資金繰りのためのスワップ協定や外貨建て国債の発行検討など、有事の際の選択肢を確保していくなかで、外為特会が最後のバックストップとする位置付けが良いと思う。

――このほか、台湾有事に備えてわが国ができることは…。

 神田 こうやって台湾有事の話を議論するというのは、戦争に対する備えであることはもちろん、「わが国が有事に対して準備している」「中国が戦争を起こしても日本や米国は思い通りにはならない」と国内外にアピールすること自体が中国の意思決定を妨げ、戦争に対する抑止力になる。これまではタブー視されていた面があったと思うが、国民全体で議論して、準備をしなければならない。また、国際的にも、有事の際にはロシアと同じような経済制裁を行うというコンセンサスを、G7や中央銀行・財務省の会議などで事前に得ておくなど、志を同じくする国、中国の台湾進攻に対して反対する国が結束していると示すことが台湾有事に対する抑止力につながるだろう。[B][N]

▲TOP