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「AI発達で感性がより重要に」

金融ファクシミリ新聞社
顧問
岸本 吉生 氏

――人生120年と言われるように日本人は長生きしている…。

 岸本 私は今年で61歳だ。人生が120年だとすると、残された60年はこれから社会に出る人たちの役に立ちたいと考えている。そのための具体的な行動として、3年前から「常若甲子園」というプログラムを始めた。これは、中学生や高校生が自分の職業人生をみつけるためのキャリア形成のサポートだ。現在の学習指導要領には小中高でキャリア形成できるようにカリキュラムが組まれているが、皆が納得する方法論があるわけではない。そこで、自分の人生の目的を見つけた人がその考えを発表する場となる「常若甲子園」を考案した。一人100秒程度で、自分の人生の目的とそれに向けた具体的な活動を動画で制作し、YouTubeに流すというものだ。それを見て、自分と同じ目的を持つ人や共感する人達が繋がり、その輪が目標に向かう気持ちを後押しするような場になればと考えている。「若常甲子園」は3年前に26人の小学生と高校生で始めた。最初は高校生の参加だけを考えていたが、小学生の推薦が二人あった。また、自分が生きてきた経験を伝えたいという70、80歳代から参加希望があった。大人の参加は、道なき道を歩む高校生の力になると実感している。どんな場所にいるか、どんな教育を受けているか、そういった事は全く関係なく皆に利用して欲しい。自分の将来目標がSNS上で複数の人と繋がり、その色がだんだん濃くなれば、実現の可能性も濃くなってくるだろう。今の時代はインターネットを使って色々な人と繋がることが出来る。自分の職業人生を考える中で、そういったネット技術の利点を大いに利用してもらいたい。

――生成AIなどデジタル技術が人の生き方を変える可能性もある…。

 岸本 『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2100年の世界を描く中で「100年後の人類は今よりもっとヒューマニタリアンになっている」と綴っている。技術の進歩に伴って人間の生活は変わっていくが、一方で、人間の気持ちはより人道的になっていくという予想だ。仮にそういう可能性があるならば、100年後の日本はどのように技術発展し、その結果どのような暮らしを求めていくのだろうか。そういった興味から、私は町や村に住む方々の暮らしを観察し始めた。驚いたのは、都会で生まれて豊かに育ってきたのに、わざわざ離島や郡部に移住している人が多くいるということだ。「自分はお金を払って欲しいものを自由に買うことができるが、何かを作ることはできない。消費者の身体しかもっていない自分自身にうろたえ、果たして自分は何かを作り出せるのか、或いはそういう生活が出来るのかを試したいから来ている」という答えは都会で生まれ育った人の実感かもしれないと思った。話を聞いた人の中には、大阪大学の物理学博士課程を修了した女性や、東京の有名私立大学を卒業後に外資系金融機関に就職した若者がいた。人々の生活というものは、生まれた場所や親の職業によって違ってくると思うが、そのことに疑問を持つ子供がいるというのは意外な発見だった。少なくとも私はそういった疑問を持たなかったからだ。

――敢えて田舎に移住する人々が続出する現象から考えられることは…。

 岸本 私が住む世田谷区の集合住宅には約100世帯が住んでいるが、知り合いは5世帯もいない。近所と言っても隣に住んでいるだけの関係だ。ゴミ出し日のルールを守らない人や、自転車を自分勝手に置く人もいる。顔の見えない人間関係がもたらすストレスや社会的諸問題は多い。それが町や村への移住を促す要因になっていたり、都会の人たちが自分たちのライフスタイルを考え直すきっかけになっているのかもしれない。顔の見える人間関係を求めるライフスタイルの変化があるとすれば、それは今後の日本にどのような影響をもたらすのだろうか。小さい頃、家族で海水浴に行った。夕焼けを見ながら砂浜で感じた海のにおいは今でも懐かしい思い出だ。「五感を全部使って生きる」中で感じた気持ちはAI(人工知能)を使って文字表現することは難しい。他にも、死んだらどこに行くのか、生まれる前はどこにいたのかといった、目に見えない世界についてAIはどこまで関与できるだろうか。AIが発達していく中で、人間の関心は知識と情報から「感性」へと移っていくのではないか。

――AIの発達によりむしろ感性が重要になると…。

 岸本 IT技術の発達によって、パソコンさえあれば仕事ができるようになった。一方で、だからこそ人と一緒に何かをしたり、人の為に何かをするという事が大切な時代になっているように感じている。今のAIのラーニング機能では人の会話を数時間聞くだけで、その人が言いたいことが大体わかるようになるとも言われており、話す機能の付いたコンピューターが一台あれば一人でも生きていけると思っている人もいるかもしれないが、コンピューターに出来る事は「自分がしてもらいたい事」であり、「自分がしたい事」を決めることが私たちの大事な仕事になる。「自分の好きなことが人の役に立ち、且つ、それで生計がたてられる」というのが理想だろう。私たちの毎日は、何かをしたからお金が貰えるという「稼ぎの時間」としたいこと、しなければならないことをする「仕事の時間」の組み合わせでできている。後者の例は、コンクールへの出展の準備や、高校生の子供の弁当作りだ。好きなことであればうまくいかなくても踏ん張りがきく。「好きだ」という想いと紐づけながら職業人生を歩んでいけば、変化の速いこれからの時代、何かがあった時にも志を持って打開していくことができるのではないか。自分の好きな事や、やりたいこと、自分ごとに惹きつけてキャリア形成を一人ひとりが取り組めるよう学校教育の方法論が求められていると感じている。これから5年ないし10年、AIと人間の役割分担の線は明らかに変化していくだろう。それに伴って小中高校の教育内容は、今後の人間がやるべき事は何なのかを見据えて子供たちの教育方針を考えていかなければならない。ITを教えるということというよりも、個々人の人生のプランニングを助けるという観点だ。

――教育方針を考える現場の状況は…。

 岸本 昨年、全日本教職員連盟のシンポジウムに参加した。テーマは「学校のウェルビーイング」で、教職員や生徒の親、子ども自身のウェルビーイング(満足度)を考えるものだった。その場にいた教職員の雰囲気は「自分たちの幸福度よりも親や子供の満足度を高めたい」という感じだった。すばらしい考えだが、教職員の負担は過重になっており、病気で休む教師の割合も高い。先ずは教職員のウェルビーイングを改善しなければ生徒へのサービスの改善は難しいと感じている。規模の経済が働く部門は小さくなった。隣の人と同じ仕事をするのは人気がない。1000人生徒がいれば人生は全て異なる。しかし学校教育の方針は一つの方向に導き順位づけすることが基本だ。順位づけができないことがたくさんあることを思い出さないといけない。校則にしても犯罪や安全に関わることに絞って良いのではないか。土台にメスを入れてこそ、学習する内容を見直したり、個別最適教育を広げる意義が出てくる。

――これからの抱負は…。

 岸本 「常若甲子園」や、学校教育におけるキャリア形成に加え、お金をかけずに志と知恵で健康と教育の問題を解決することを考え、形にしていきたい。国と地方の財政赤字は、早晩行政サービスを見直すことを迫るだろう。フロントに立つ市町村が教育、医療、福祉を見直さざるを得なくなる。そうなった時に慌てなくてよいように、健康と教育は自分たちのお金と知恵で解決していくという住民自治の考え方に立って民間事業を発展させたいと思っている。同時に、厳しい労働環境にある医療福祉従事者や学校の教職員がゆとりをもって生活できるようになればと思っている。[B]

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