金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「わが国の技術流出の防止が急務」

参議院議員
大塚 耕平 氏

――日本の半導体産業が弱体化した原因をどう見るか…。

 大塚 日銀で半導体の調査担当をしていた約40年前は、日本が世界の半導体シェアの6割を占めていた最盛期だった。そこから今日の状況に至ってしまった理由はいくつかあるが、そのひとつはバブル崩壊後に「3つの過剰」解消がブームになってしまったことだと思う。1999年の経済白書に盛り込まれた「3つの過剰」の3つとは「債務・設備・雇用」を指す。バブル崩壊後の経済再生を目指していた日本ではこの3つを削ることができる経営者が良い経営者と言われるようになった。しかし、設備を削ったら何もできない、設備を得るには借金も必要だ、最後は何をするにも人材が頼りだが、その3つを削れと号令をかけた日本が成長するはずがない。雇用過剰を解消するために半導体メーカーはエンジニアをリストラしたが、その多くが中国や韓国の半導体メーカーに雇用され、結果的に中国や韓国の技術力向上につながった。その頃、1987年に創業した台湾TSMCの創業者モリス・チャンは「収益を計上する余力があれば、すべて技術開発と人材育成に投入しろ」と指示していた。韓国サムソンの創業者李秉喆(イ・ビョンチョル)は「不景気の時こそ設備投資しろ」として、積極的に半導体設備投資を進めていた。その間、中国では1992年以降、鄧小平が「南巡講話」で改革開放を訴え、安い労働力を売りに中国への投資を呼び掛け、日本企業は競って中国に進出していった。これに対し台湾総統の李登輝は、「戒急用忍」つまり「急がば回れ」という大号令を出し、「重要な産業は大陸に持って行ってはならない。とりわけ半導体産業の国外持ち出しを禁じる」として1995年に対中貿易制限法を制定して自国の産業保護に腐心していた。以上のような経緯を振り返ると、現在の日の丸半導体の低迷は、わが国の政財界の注意力不足、判断ミスと言わざるを得ない。

――半導体分野で戦略的に日本が競争力を確保できる分野を開拓することが急務だ…。

 大塚 半導体製造プロセスにおいて、中流工程のシリコンインゴットの分野は日本とドイツの優位性が維持されている。しかし、さらに上流の原材料の硅石は地球上のどこでも採掘できるにもかかわらず、精錬された高純度シリコンはブラジル、ノルウェー、中国など一部の国がシェアを占めている。それは、精錬して高純度シリコンにする過程で膨大な電力を消費するため、電力料金の安い国が優位ということだ。これについては、生前の安倍元首相に「せっかく中流で優位なのだから、上流で他国に依存するリスクを回避するため、国策として硅石の精錬メーカーに安い電力を供給して国内生産してはどうか」と提言したことがある。また、半導体チップに微細な配線を焼き付けることができるEUV(Extreme UltraViolet:極端紫外線)露光装置はオランダASMLの独壇場であるが、EUVは1986年に日本人が発明した技術だ。また、次の半導体材料のひとつと言われているカーボンナノチューブも日本人が1991年に発明したものだが、今や中国と米国にリードされている。日本は自ら開発したテクノロジーや技術を製品化に活かすことができない体質が根付いてしまったが、これは国の産業政策や企業経営者の問題だ。日本は労働生産性が低いのではなく、政策や経営の生産性が低いと言うべきだろう。究極の半導体材料とも言われる人工ダイヤモンドの実用化が迫っている。この分野でも過去の轍を踏まないように日本のエンジニアや企業の奮闘を期待したい。政策や経営が現場の邪魔をしては、本末転倒だ。

――日本は技術を盗まれることが上手だ(笑)…。

 大塚 世界的には半導体の微細化は限界を迎えており、次は積層化技術が主戦場になる。さらに微細化するといっても2ナノメートルぐらいまでが限界だということはサムスンやインテルも分かっていることだ。日本はベルギーのimec(アイメック)という半導体研究機関と組んで2~3年後に2ナノメートルまでの技術を獲得しようとしているが、ここで注意が必要なのは、imecは逆に日本の積層化技術に注目していることだ。日本にもimecと組むメリットはあるが、imec側にもメリットがあるからこそ日本と組んだということを肝に銘じる必要がある。過去と同じ轍を踏まないように、合意や提携は相手にもメリットがあるから成立するということを念頭に置かなければならない。西側諸国として対中国、対ロシアの価値観を共有しているから協力してくれるというような綺麗ごと、表面的な話ではない。現状では日本の優位性が維持されている積層化技術が流出しないような注意力と戦略的運営が肝要だ。日本が守るべきものは何かということを、政府、産業界が共有し、注意深く他国との提携や協力を進めることが大切だ。

――台湾のTSMCが熊本に半導体工場を建設する…。

 大塚 喜ぶべき話ではあるが、日本が誘致できたTSMCの工場は最先端ではない。半導体集積回路には、ロジック半導体、パワー半導体、センサー半導体など様々なカテゴリーがある。1980年代に日本が半導体業界の中心にいたころは、家電に搭載されるパワー半導体を日本が制覇していた。日本はパワー半導体では現在も優位な立場にあるが、スマホやパソコンのCPUとして使われるロジック半導体では完全に劣後している。4年ほど前、経済産業省に各国メーカーが何ナノメートルまで微細化が実用化されているかを比較図にしてもらったところ、サムスン、インテル、ファーウェイ子会社ハイシリコン等は5ナノメートル前後だったが、その時点で日本は40ナノメートルと桁違いに遅れていた。パワー半導体中心の日本の微細化技術力の相対的地位は現在も変わっていない。日本企業は「半導体は消耗品だから安い国から買えばいい」と考えていたことが災いした。ロジック半導体は産業の生命線を握っている。TSMCは最先端技術を日本には持ち込まず、熊本工場もせいぜい2桁台のナノメートルにとどまるはずだ。台湾は中国対策として製造拠点を世界各地に分散させていく必要があり、その一環として熊本に工場を作った。どの程度の技術を熊本に持ち込むかは、日本との交渉次第だろう。imecの場合と同様、日本固有の技術を適切にブロックしつつ、バーターとして微細化の技術を引き出す必要がある。

――半導体問題に関心を持ったきっかけは…。

 大塚 日銀の新人時代に産業調査を担当した時から関心は維持している。微細化やGPU等の新しい要素は続々と登場しているが、上流から下流までの基本的産業構造は変わっていない。1980年代に当時の半導体メーカーや信越化学等から学ばせてもらった基礎知識は基本的に陳腐化しておらず、現在もその延長線上にある。2010年代に入って意識的にフォローアップしているのは、この分野に関してある程度の知見や土地勘を持たないと産業や経済の先行きを見通せないからだ。岸田政権の評価すべき点は、日本の給料が30年間上がっていないこと、半導体産業を含めた日本の競争力が低下していることを認めた点だ。実質賃金や産業競争力に関して安倍元首相とも国会で議論してきたが、安倍さんは常に総雇用者所得や労働生産性の話に転じていったため、議論は深まらなかった。上述のような半導体の産業構造のことも議論したことがあるが、やはり労働生産性の話に転じていった。労働生産性は「結果」であって「原因」ではない。政策や経営の生産性が高くなければ競争力は維持できない。政策や経営の拙さ故に売上や利益が増えなければ、労働力で除した労働生産性が低下するのは当たり前だ。

――ようやく経済安全保障の議論が一般的になってきた…。

 大塚 半導体以外にも経済安全保障の論点は多岐にわたっているが、ようやく議論できる土壌ができてきた。2014年に国家安全保障局を作ったことは安倍元首相の功績の1つだが、経済班は2020年に設立された。2020年3月、コロナ禍の中で安倍元首相に経済班の対応を質したところ「経済班はまだ作っていない」との答弁が返ってきた。そこで経済班設置の必要性を説き、翌4月に設立された。こうした経緯もあるので、国家安全保障局経済班とは断続的に意見交換しているが、その延長線上で外国人土地取得規制法案も提出した。中国人と中国企業は日本の土地を取得できるのに、日本人と日本企業は中国の土地を取得できないのは相互主義に反する。こうした当たり前の国益の話がようやく真正面からできるようになったことは前進と言える。[B][N]

▲TOP