金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「投資家対応できるCFO不在」

ニコン
取締役兼専務執行役員
徳成 旨亮 氏

――「CFO思考」(ダイヤモンド社)という本を著された…。

 徳成 私は過去にペンネームで十数冊の本を書いたが、今回の本は初めて実名で記した。長年、海外駐在も含めグローバルな金融の世界で働いてきた中で、日本社会の弱点として感じたことが金融リテラシーだ。日本には金融リテラシーの義務教育がなく、一般の事業会社では企業に入ってからも教えない。そんな中で、政府の「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、DC年金やつみたてNISAなどを薦められても、普通のビジネスパーソンにはよくわからないだろうと思い、投資や金融リテラシーの本をペンネームで書いてきた。私は三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に新卒入社して運用業務と融資業務を、そして三菱UFJフィナンシャル・グループとメーカーのニコンではCFOとして資金を調達するなど、多様なポジションを経験した。三菱UFJ時代には米国子銀行の取締役も経験し、その中で、日本の財務経理担当役員と欧米流のCFOの違いを大きく感じた。世界には色々なタイプの投資家がいるが、資本市場の歴史が浅い日本ではそういった投資家に対応できるCFOが育っていない。そこで、今回は実名で、日本の伝統的な企業の財務経理担当者に向けて、グローバル基準のCFOを目指して欲しいとこの本を書いた。スタートアップ企業の若手経営者の皆さんも読んでくださっていると知り、日本経済への希望を感じている。

――ニコンのCFOとして就任したのは2020年4月。苦労したことは…。

 徳成 ニコンは過去2度、早期退職を実施したため中間管理職が少ない。そのため、昨年1年間の採用は新卒よりもキャリア採用の方が多く、現在の管理職も約3割はキャリア採用だ。技術者の採用も、これまでのモノを作る技術者よりもデータやソフトウェア関連の知識を持った技術者を多く採用している。こういった変革は現社長の馬立のもとで進められている。私がニコンに入社した1週間後にコロナ禍による緊急事態宣言が出て在宅勤務となったため、部下の顔も覚える暇がなかった。飲み会にも行けずコミュニケーションも図れない中で、会社の状況を把握するのは大変だった。しかし、コロナ禍で売り上げが一気に低下して赤字になったことで、皆の危機意識にスイッチが入り色々なことが進んだ。それはむしろ良かった事だ。

――CFOとしてコロナ禍に進めた事は…。

 徳成 当時は創業103年の歴史の中でも最大の赤字状況にあり、先ずはそれを止血すること、次にビジネスモデルの変革、そして次の成長の種を蒔くことが私の仕事だった。そのような考えのもと、一眼レフからミラーレスにシフトし、ミドル・ハイエンド商品に絞ったことで、スマートフォンに押されて2年連続赤字だったカメラを扱う映像事業は完全に黒字になった。今では稼ぎ頭だ。現代はスマホを使って写真を撮り、それを編集してSNS上に載せる事が誰でもできる。それは裏を返せば映像表現の面白さを誰にでも感じてもらえる環境にあるということだ。そのうちの何割かの人々がスマホに飽き足らず、他の人とは一味違う写真を撮りたいと考え、我々のミドル・ハイエンド商品に興味を持ってもらえれば良い。また、これまで「ニコン製」という完成品に拘っていたものを、部品などのコンポーネント、要は中間製品の生産・販売に注力するよう、新しく事業を立ち上げた。その事業部門は初年度1億円だった利益が一昨年度127億円、昨年度は146億円と急伸した。半導体が稠密化していく中、我々がこれまでに半導体露光装置で培ってきた色々な技術が、半導体関連のメーカーの皆様の悩みに応えることができるのではないかと考えたことが的中した。今は、新しい成長の種となる光の技術を使って、サステナブルな新しい世の中をつくり上げるという成長戦略を立てて取り組んでいるところだ。例えば、レーザーによる様々な金属加工を実現する当社の「光加工機」は、飛行機の表面をサメ肌の形状に加工して空気抵抗を低減し、燃料費及びCO2排出量の削減に貢献出来る。この技術はすでにANAとJALの航空機でテスト採用されている。

――変革を遂げる中で、アクティビストの意見と衝突するようなことは…。

 徳成 広義でのアクティビストとはお付き合いがあるため、当然色々なご意見を頂く。基本的に投資家はそれぞれ違った意見があり、株主配当が良いという人もいれば、株主還元を増やすよりもM&Aに資金を投入した方が良いと考える人もいる。アクティビストといっても議決権行使で通らなければ、その提案は意味がないということをわかっているため、取締役会で納得してもらえるような提案や、他の株主から賛成票が貰えるような、まっとうな提案をしてくるケースも増えているようだ。CFOとしては、フィルターの役を果たし、理不尽な要求には応じないが、会社のためになる提案と考えれば取締役会で議論をするという姿勢が大切だと思う。普通の株主は意見が通らなければ株を売却して終わりだ。不満を持った株主の皆様が何も意見を言わずに黙って離れていってしまうことのほうが実は怖い。

――株主から短期的に利益を求められ、自社株買いに走るような企業もあるが…。

 徳成 当社は自社株買いもしているが、それほど大規模ではなく、中期経営計画でも配分可能原資の約9割は成長戦略のためのM&A、設備投資、R&Dに使い、残りの1割を株主還元に使うと明記している。株価を短期に上げるには株主還元の割合を増やした方が良いのは明らかだが、我々はそうしていない。それを株主の皆様は御理解くださり、評価してくださっている。だからこそ株価も上がってきているのだと感じている。また、こういった我々のスタンスを評価してくださる投資家を選び、株主になってもらえるようお願いしに行くのも私の仕事だ。最近では長期保有が期待できる年金基金やソブリンファンドなどにも会ってもらえるようになってきた。長期安定株主の存在は、他の投資家の方々にとっても安心材料となる。実際に当社の株主にはそのような長期投資家が増えてきており、私はその期待を裏切らないようにこれからも努めていく。

――一般の事業会社のCFOについて思う事は…。

 徳成 CFOになるためには、先ず数字がわかる事が大事で、次にコミュニケーション能力の高さが求められる。欧米やアジアでは女性のCFOも非常に多く、三菱UFJが出資したタイのアユタヤ銀行やインドネシアのバンクダナモンでも女性CFOが活躍していた。日本の女性達にも期待している。また、CFOは業態を変えても活躍できるのも魅力だ。モルガンスタンレーの元CFOはグーグルのCFOとして手腕を振るい、米ゴールドマン・サックスの財務担当者もX(旧ツイッター)に迎え入れられた。GAFAがこれだけ伸びたのは業種を跨いで異動したプロCFOの力だと言っても過言ではないだろう。今、スタートアップで頑張っている日本企業のCFOも、ベンチャーキャピタルとして資金調達に奔走するという、企業として一番大変なところを経験していると思う。そういった人たちがこの本を手に取り、評価してくれているのは、私としても大変喜ばしい。

――取締役と執行役を分離させる方向となっている日本のコーポレートガバナンスについて…。

 徳成 現在のコーポレートガバナンス・コードでは、日本の企業が十分にリスクを取っていないことについて「社外取締役を入れることで健全なリスクテイクを後押しする役割をすべきだ」とされている。しかし、それはなかなか難しいと思う。経営者として成功された大企業の社長や会長が社外取締役となったとしても、彼らはどちらかというと会社が永続することに重きを置いていらっしゃる。監視役としての役割を果たしておられる方に、リスクを取るよう提言する役割を期待する事は無理があると思う。アメリカではBoard3.0が話題となり、PE(プライベート・エイクティ)など長期投資家代表を積極的に取締役会に入れていく事が提言されているが、日本では現実的ではない。日本企業で健全なリスクテイクを進めていくために私が考えるのは、社外取締役として、別の会社でCFOを務めていた人物もしくは証券会社のアナリストなど、資本市場に精通している人や投資家と関わった経験のある人を入れることだ。三菱UFJフィナンシャル・グループでは、必ず他の会社でCFOを経験した人材を社外取締役に招いていた。そうすると社内のCFOと議論をすることが出来る。そうすることで取締役会での資本の使い道に関する議論も活性化する。

――金融機関の若い世代に期待することは…。

 徳成 私の古巣の金融機関のビジネスパーソンには、転職してもその人と仕事をしたいなと思われる人物になっていってほしいと思う。これからは企業サイドも、銀行や証券を金融機関の名前で選ぶのではなく、自分たちの会社の事をずっとサポートしてくれるような人物やチームと付き合っていく時代になるだろう。[B]

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