金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「世界の参加者に魅力を発信」

日本取引所グループ(JPX)
取締役兼代表執行役グループCEO
山道 裕己 氏

――今後の抱負と課題は…。

 山道 我々のミッションは不変であり、公平公正な売買機会の提供と、世界中の投資家や企業に魅力的な市場やサービスを提供することで、豊かな社会の実現に貢献することだ。これを果たしつつ、市場を取り巻く環境の変化に対応し、デジタル化やサステナビリティに関する取り組みなど、これまで取引所の枠組みになかった新しい分野を積極的に開拓し、競争力を向上していこうと考えている。課題は様々あるが、まずは国内外への情報発信を強化していきたい。昨今、日本を取り巻く環境は大きく変化している。ロシアによるウクライナ侵攻、中国によるロシア支援、台湾情勢の悪化など、地政学リスクが高まっている。その一方で日本国内では、今年度の日本企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、名寄せ後の個人投資家の株主数が過去3年間で10%以上増加するなど、過去20数年間では見られなかったインフレマインドへの変化が見られている。我々も「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなどの取り組みを進めているところであり、日本においてこのような「良い変化」が起きていることを、しっかりと国内外の投資家に伝えていかなければならない。

――情報発信の方法は…。

 山道 情報発信については私からはもちろんのこと、様々なところから、いろいろなレベルで発信していかなければならないと考えている。JPXは非常にステークホルダーの多い会社だ。一般的な会社のステークホルダーとしては、株主、従業員、顧客、地域社会などが挙げられるが、我々の場合はそれに加えて、上場会社、国内外の多種多様な証券会社、様々な投資家、規制当局、さらにはマーケットを分析している有識者などもいる。こうした数多くのステークホルダーと意見交換をしながら、ステークホルダー目線なり、ユーザー目線なりを取り入れていくサイクルを構築し、マーケットの変化を捉え、対応していく必要があると考えている。私自身、国内外問わず、コミュニケーションをとっていくが、社員にもいろいろなレベルでコミュニケーションをとってもらうことで、その成果を組織の施策に活かしていきたい。今年1月に東証と大証が合併してJPXが設立してからちょうど10年を迎え、現在は11年目に入ったところだ。過去10年を振り返ると、東証と大証の統合はもちろん、東京商品取引所の統合と総合取引所の実現、市場区分の見直しなど大きな出来事があったが、いずれも順調に進んだと考えている。今後も不変のミッションを果たし続けながら、情報発信の強化やオープンな組織風土の醸成を進めつつ、今後の10年を築いていきたい。

――取引所の統合の目的の一つである競争力向上についてどう考えているのか…。

 山道 取引所ビジネスにおいて、競争力を規定する要素は実は少ない。1つ目は上場している商品の質と量。現物市場であれば上場企業、デリバティブ市場であれば上場している指数・商品先物やオプションなどになる。2つ目は市場に参加する投資家の数と幅。東証は世界でも特に現物市場の流動性が高いと評価されている。どれだけの上げ相場であっても買うことができ、どれだけの下げ相場であっても売ることができる。これを可能にしているのは多様で幅広い投資家層であり、彼らがこの流動性を生んでいる。3つ目がシステム。取引所というのはシステムを中心にしており、ほぼIT企業のようなものだ。従って我々の売買システムが信頼性、堅牢性、利便性で競争力を有しているかどうかが要素となる。4つ目が取引制度や規制が安定的でユーザーフレンドリーであるか否かという点だ。これらのうちで商品の質と量については、上場商品の多様化として、例えば現物市場であればIPOの推進や、アクティブETFなど新しいタイプのETFの上場制度整備など、デリバティブ市場に関しては、最近では日経225マイクロ先物や日経225ミニオプション、短期金利先物などの上場などを行っている。一方で、「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなど、投資対象としての上場企業の魅力・質を高めるための取り組みも実施している。

――コーポレート・ガバナンス改革は企業の負担との声も聞かれている…。

 山道 コーポレートガバナンス・コードの導入から8年間が経過し、その間に2度の見直しを行ってきたが、ようやく海外の企業から進展が見られていると評価されてきた。今後も改革を持続していくという意思を持ち続けることが重要と考えている。もちろん負担が大きいとの声も受けており、細則主義に陥らないことが大切だ。5月にG7財務相・中央銀行総裁会議に先立って、金融庁とOECDが共催したG7ハイレベル・コーポレートガバナンス・ラウンドテーブルに参加したが、その時の結論はコーポレート・ガバナンスの要諦は形式ではなく実質であるということであり、実質面の追求は日本だけでなく世界中の課題となっている。一朝一夕で解決できる問題ではないが、今後、どのように実質を追求していくかを考えていかなければならない。実質という意味では、「資本コストや株価を意識した経営」の要請も、単に資本コストを計算し、株価を上昇させればよいという話ではなく、中長期に持続的な成長をどう達成するかが本質だ。要請を行ったのは私の東証社長としての最後の日だったが、「単に自社株買いや増配を求めるものでない」ということをはっきりと記載した。もちろん自社株買いや増配を否定するものではなく、余剰資本を株主に返すのは当然の話だが、今回の要請の趣旨は、研究開発・人的資本への投資、設備投資あるいは事業ポートフォリオの見直しなど中長期的な企業価値の向上に資する方策をまず考えてほしいという点にある。

――企業の内部留保も問題視されている…。

 山道 過去数十年間はデフレ経済だったため、現金を保有することがある意味正しい判断だった。しかし、現状では電力料金値上げや食品価格の上昇、企業レベルでも大企業を中心に賃金上昇が進んでいる。今年度の企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、JPXの株主数がこの1年間で13万5000人に倍増したことなどにも表れているように、家計金融資産も株式投資に向かっており、明らかにデフレマインドからインフレマインドに転換してきている。日銀の金融政策次第だが、もし金融政策が変化するとすれば、ある程度のインフレが定着したということ。マーケットは一時的に円高・株安に振れると思うが、その後のマーケットへの影響を考えれば、良いことだろう。

――IPO市場の活性化について…。

 山道 IPOは、新しい経済の担い手であるスタートアップがリスクマネーを調達し、成長するという循環の一部を担っており、連綿と続いていくことが重要となる。我々はIPO活性化に向けて3つの施策を実施している。1つ目が地方におけるIPOエコシステムの構築だ。証券会社や監査法人、IPO経験者などのコミュニティは東京や大阪には存在しているがその他の地域にはあまりない。そこで地方公共団体や地域金融機関、経済団体、大学等と連携して、地域のIPOを目指す人々のためのエコシステム構築を支援している。これまでに全国の地域金融機関11行および1大学と協定を締結し、エコシステム構築に向けた支援活動を行ってきた。こうした取組みの成果もあり、近年では、東京以外の地域から、毎年30社を超える新規上場企業が生まれている。地域経済・雇用の活性化に直結する取り組みであるため今後も精力的に取り組んでいく。2つ目がクロスボーダーIPOで、アジアでのIPOを目指している企業に対して集中的にマーケティングを行っている。クロスボーダーIPOを実現した上場企業は2011年以降の累計で21社だが、水面下では20社程度が東証でのIPOに向けて準備を進めており、毎年3~5社のクロスボーダーIPOが実現できると考えている。アジアの取引所では、シンガポールは流動性に乏しく、セカンダリーでのオファリングが難しく、香港は中国のリスクもあり、敬遠されていることなどもある。そのため、流動性があり、セカンダリーオファリングが可能な東証はアジアにおいて最適とされている。もちろんNASDAQに新規上場したいという企業もいるが、そうした企業においても、東証をインキュベーターとして活用し、成長してからNASDAQに上場するという考えも持つ企業もいる。

――市場区分見直しについては…。

 山道 3つ目が、現在、市場区分見直しに関するフォローアップ会議でテーマに挙がっている、グロース市場の活性化だ。IPO市場の機能強化と上場後の成長に関する方策の2つの面から議論をしている。足元ではグロース市場上場企業の経営者から意見を募集しており、この意見を踏まえて議論を本格化していく。日本にはユニコーンがいないという意見もあるが、我々としては大きく成長してから上場していただいても、小さいうちに上場して、資金調達をして大きく成長していただいてもどちらでも構わない。ただ、日本の場合、レイターステージにおけるリスクマネーの供給者が少ない。そのため、現在の環境下で上場基準を引き上げると、レイターステージの企業が資金調達できなくなり、エコシステムにとってマイナスとなる。英国では年金運用の5%をスタートアップに割り当てるような改革案などの動きがでている。日本も同様にリスクマネーの供給を促進する必要があると考えている。[B][X]

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